「明日D.U.に行かないかしら?」
昼下がりの食堂でアル、ムツキと共に昼食を食べていたヒナは、唐突な誘いにスプーンを口に運ぶのを止めて顔を上げた。
「D.U.へ? いいけれど、何しにいくのかしら」
「そんなのショッピングに決まってるじゃ~ん」
ショッピングと聞いてヒナの頭に思い浮かんできたのは、近所のスーパーの総菜コーナーだった。割引シールが貼られるタイミングを狙ってひしめき合いながら買ったものだ。しかしD.U.にわざわざ行かなくたってゲヘナにあるスーパーでも十分だと思うが、一体何を買うつもりなのだろうか。
「D.U.のスーパーってそんなに良いものがあるの?」
「ん? スーパー? 何でスーパー?」
「買い物をするのよね? お惣菜なら安いところを知ってるけど……」
なんでもないように言うヒナに二人は絶句する。
「あ、あの……別に総菜を買うわけではなくて……服とかお化粧品とかを一緒に見に行かないかしらっていう意味だったのだけど……」
「…………」
「あはは。顔真っ赤だね。髪が白いから日の丸弁当みたい」
ヒナは穴があったら入りたいと心から願った。少し考えれば分かることだったのに、なぜスーパーが一番先に出てくるのだ。
これも日ごろから自分がおよそ可愛げのない灰色の日常を送っているせいだろうか。学校が終われば寮に戻って課題をやり、晩御飯と風呂を済ませたら寝るだけの毎日はお世辞にも少女らしい日々とは言えない。
「じゃあ決まりだね!」
かくしてヒナの明日の予定は決まった。内心「これってほぼデートなのでは」と思ったのは秘密である。
――――
さて、ショッピングに行くことになったのはいいにしても、ヒナには一つ懸念があった。
「明日……何着ていけばいいの……」
クローゼットを開ければそこには学校指定の制服が三着と冬用のコート、それから昔来ていたクマのイラストが施されたシャツが一着だけ。我ながらよくこの有様で今まで生活していたなと呆れにも似たため息がこぼれる。せっかくアルとお出かけができるのにお洒落の一つも満足にできないなんて……
「……こんなことならもう少し服を買っておけばよかった」
しかし過去の自分を呪っていてもしょうがない。ひとまずは制服で行くとして何か他に準備することはないだろうかと、ヒナはぐるぐると部屋を歩き回りながら考える。こういう時に相談できる友人でもいればいいのだが、生憎とそんな人はいなかった。
いつまでも考えがまとまらないうちに、気づけばいい時間になっていた。寝坊して遅れたら最悪だし、あまり深く考えすぎてもよくないだろう。明日の朝に改めて考えて、何かあればその時持っていけばいい。面倒くさがりな自分の性格に嫌気がさすが、三つ子の魂百までと言う。だからこれはしかたないことなのだと言い訳をしながら、ヒナはベッドに潜るのだった。
――――
「あ、ヒナちゃん! こっちよ!」
明くる日、待ち合わせ場所にしていたストリートでアル達は落ち合った。ムツキとアルは先に着いており、ソフトクリームを片手に談笑していた。アルは白地のセーターに上から紅いビスチェを纏い、ムツキはミニパンツとパーカーという組み合わせだ。
(……きれい)
駆け寄ってくるアルに無意識に見とれていたヒナは、ふと自分が制服なのが恥ずかしくなってきた。
「あら? ヒナちゃんリップクリーム変えたの?」
「え? なんで気づいて……」
「なんだかいつもより可愛い気がして。あいやっ、ヒナちゃんは別にいつも可愛いのだけどね!?」
「かっ……可愛いって……!」
わたふたと訂正するアルにヒナはドキドキが収まらなくなってしまう。確かにリップクリームを変えたのはそうだ。ヒナが持っているもので最もお洒落なものがこれしかなかった。それでさえもブランド品とかいうわけでもなく少し色味がついている程度のものなのに、アルは一目見ただけで気づいてくれた。
対するアルは特段恥ずかしがる様子もなく、それがまたヒナの恥ずかしさを煽るのだった。
「二人とも何してるの~?」
「な、何でもない! は、早く行きましょう!」
後ろから様子を伺おうと寄ってきたムツキを追い払うようにヒナは足早に歩き始める。しかしムツキはヒナの顔が先日の一件よろしく赤くなっていたのを見逃さなかった。
(あぁ。これまたなんかアルちゃんが言ったな……)
ムツキの生暖かい視線を背中に感じながら、三人はD.U.のメインストリートにある大型ショッピングモールへと足を踏み入れた。吹き抜けのロビー、煌びやかな照明、そして大音量で流れるポップなBGM。経験したことのない世界にヒナは少しだけ足ごみしてしまう。
そんなヒナの手を引いて、アルはずんずんと進んでいく。
「じゃあ、まずはあのお店に行こ!」
ムツキがビシッと指さしたのは、若者に人気のアパレルショップだった。カラフルなマネキンが並ぶその店は、普段のヒナなら絶対に入らないようなキラキラしたオーラを放っている。
「え、あそこに入るの……?」
「もっちろん! D.U.に来たからには、最先端のファッションを研究しないとね。ほら早く~」
「あ、ちょっとムツキ、待ってよ」
「アルちゃん、引っ張らないで……!」
有無を言わさず腕を引かれ、ヒナは店内に連れ込まれた。
所狭しと並べられた服、服、服。ムツキは水を得た魚のように棚の間を動き回り、次々とハンガーを手に取っていく。アルもアルで何着か手に取って着心地を確かめている。
「見てヒナちゃん! このコート、裏地が紫色よ! なんだか悪のカリスマっぽくない!?」
「……それ、派手すぎないかしら」
「むぅ、そう? じゃあこっちは?」
「悪のカリスマの定義がよく分からないけど……アルちゃんには似合うかも」
「くふふっ、アルちゃんそれ、ただのパーティグッズみたいだよ~。これとかどう?」
そう言ってムツキは後ろからサングラスをかける。ヒナと違ってスタイルがいいからか、セクシーな雰囲気を感じさせるそれに少しだけ嫉妬してしまう。
「ってそうだわ。私よりも今日はヒナちゃんの洋服を買わなくちゃ!」
「私? 私は別に……」
「だーめ。ヒナちゃん可愛いんだから。服も可愛いやつ着ないとね~」
ムツキの合いの手も挟まり、アルは真剣な表情でヒナの方に向き直った。じーっと、値踏みするように上から下まで見つめられ、ヒナは思わず身を固くする。
「そ、そんなに見ないで……」
「んー……よし、決めた!」
アルは何かを閃いたように指を鳴らすと、パーカー売り場へと走っていった。すぐに戻ってきたその手には、少し大きめのサイズの、淡いラベンダー色のパーカーが握られている。
「はい、ヒナちゃん。これ着てみて」
「えっ? ここで?」
「制服の上からでいいから! ほら、少し肌寒いしちょうどいいでしょ?」
押し切られる形で、ヒナは言われるがままに袖を通した。
ダボッとしたシルエットは、小柄なヒナが着るとまるで毛布にくるまっているようだ。長い袖から指先だけがちょこんと出る。
「……どう、かしら」
おずおずと尋ねるヒナに、アルは今日一番の満面の笑みを浮かべた。
「うん! やっぱり私の目に狂いはなかったわ! すごく可愛い!」
「か、可愛いって……ただパーカー羽織っただけじゃない」
「その『着られてる感』がいいんじゃない。でしょう、ムツキ?」
「あはは! ヒナちゃん、マトリョーシカみたいで可愛い~」
「むぅ……二人して馬鹿にしてる……」
口を尖らせるヒナだったが、鏡に映った自分の姿を見て、まんざらでもない気持ちになっていた。制服のカッチリした印象が消え、アルやムツキと並んでも違和感のない、普通の女の子に見える。アルが選んでくれた、優しい色のパーカー。
ヒナは袖の萌え袖をぎゅっと握りしめ、ボソリと呟いた。
「……これ、買う」
「えっ、本当に? やった! 初ショッピング成功ね!」
「くふふ、お揃いのキーホルダーも買っちゃう?」
はしゃぐアルとムツキの後ろを歩きながら、ヒナは胸元のファスナーを少しだけ引き上げた。
アルの選んでくれた服を着ている。ただそれだけのことで、なんだか無敵になれたような気がしたのだった。
――――
ショッピングモールを歩き回って一時間ほど経った頃。アルの提案で、三人は人気のクレープ屋で休憩することになった。
「うわぁ、おいしそう!」
「け、結構大きいわね……お腹いっぱいになっちゃうかも……」
人気の秘訣は味もそうだがその圧倒的なボリューム。どこぞの喫茶店よろしく逆詐欺なイメージ画像が載せられたメニューから頼んでみれば、両手にずっしりと重さを感じられる大きさのクレープを提供しているのがここの売りだ。
ヒナはイチゴのクレープをぱくりと一口頬張る。甘い生クリームに調和するようにイチゴの酸味が鼻孔を突き抜けていく。思わず頬を押さえてしまうほどのおいしさだ。少しだけ歩き疲れた体には甘いものがちょうどいい。
ヒナはしばらくもぐもぐと頬張っていたのだが、ふと横から視線を感じたので顔を上げた。アルがじーっと、ヒナの手元を見つめている。
「……どうしたの?」
「いえ、イチゴもおいしそうねって」
「えっ……」
物欲しそうなアルの視線にヒナは固まる。これはつまり「一口ちょうだい」ということだろうか。
友人同士なら普通のやり取りかもしれない。でも、ヒナにとっては一大事だ。自分が食べたところを、アルがかじる? それはつまり……
ぐるぐると頭を回転させているヒナをよそに、アルは自分のクレープをヒナの口元に差し出した。
「ねえヒナちゃん、交換しましょ! 私のチョコと一口交換!」
「えっ、あ、ええっ!?」
「はい、あーん」
「~~っ!?」
ヒナの顔が一瞬で沸騰する。しかしアルのキラキラした瞳には邪気がない。ここで断るのは野暮というものだろう。ヒナは覚悟を決め、小さく口を開けてアルのクレープにかぶりついた。
「……ん」
「どう? おいしい?」
「……おい、しい」
「でしょでしょ! じゃあ私にもイチゴちょうだい!」
言うが早いか、アルはヒナの手首を掴んで自分の方へ引き寄せ、そのままヒナのクレープをぱくりと一口食べた。
「ん~っ! 甘酸っぱくて最高ね!」
「あ……」
アルの唇が触れた場所をヒナは呆然と見つめる。
間接キス。その事実が頭を駆け巡り、クレープの味などもう分からなくなってしまった。
「くふふっ。ヒナちゃん、また赤くなってる~」
「う、うるさい……!」
「アルちゃんってば罪作りだねぇ。ねー、私の分も食べる?」
「あら、いいの? ムツキのも美味しそうね!」
ヒナの心臓が早鐘を打っていることなどつゆ知らず、アルは無邪気にスイーツを堪能している。その横顔を見ながら、ヒナは自分のクレープの、アルがかじった部分をそっと食べた。イチゴの酸味が、いつもよりずっと甘い。今まで食べた物の中で一番甘いものを挙げろと言われたら、絶対に今日食べたクレープだと即答できる。それほどに甘かったのだ。
――――
その後は三人でボウリングをしたり、銃のデコレーションを見てまわったりして過ごした。アルはどうやら筋がいいのか、五つのストライクを含む186点の驚異的なスコアで堂々のトップを取り、ムツキとヒナは一つもストライクを決められなかった。
スナイパーライフルを使っているから狙いを定めることが得意なのかは知らないが、まったく羨ましい限りである。
気づけば時計の針は午後五時を回っており、そろそろ解散というところで最後にアル達が行ったのはゲームセンターであった。
「記念撮影よ! D.U.に来た証を残さなきゃ!」
ゲームコーナーの一角にあるプリントシール機の前でアルは足を止める。中学生の必須科目とも言えるそれに、ヒナは気後れしつつも中に押し込まれる。
「ちょ、ちょっと狭くない……?」
「三人だとぎゅうぎゅうだね~」
「ポーズは決めたかしら? じゃあ、撮るわよ」
カーテンが閉まり、狭い撮影ブースの中に三人が密着する。続けざまに機械のアナウンスが軽快に響きわたった。
『3、2、1』
「あっ、ちょっ、タイミングが……!」
「あはは! ヒナちゃんこっち向いて~!」
パシャリ。
一枚目はヒナが慌ててカメラを見た瞬間を捉えた、なんとも言えない写真になってしまった。
「もう! 次は本気出すわよ!」
「くふふっ! じゃあ次はぎゅ~っと寄り添って仲良しのポーズしよっか!」
「寄り添う……? こうかしら」
アルがぐいっとヒナの肩を抱き寄せた。
狭い空間で、アルの体温が直に伝わってくる。香水の代わりに使っているシャンプーの優しい香りが鼻をくすぐり、ヒナは息が止まりそうになった。
「ひ、ヒナちゃん、顔が硬いよ?」
「だ、だって……近い……」
「ん? 狭いから仕方ないわよ。ほら、ヒナちゃんもこっち寄って」
アルは気にせず、さらに頬をくっつける勢いで密着してくる。逃げ場のないブースの中で、ヒナはされるがままになるしかなかった。
パシャリ。
フラッシュが焚かれる瞬間、ヒナは無意識にアルの方を見る。今日一日で今までの人生全てを塗り替えるほど鮮やかな思い出ができた。それをもたらしてくれた人がこんなにも近くにいて、なんだか夢を見ているような錯覚を覚えてしまうのだ。
(あぁ……こんなにも……)
現像されたシールが出てくるまでの落書きタイム。アルはタッチペンを握りしめ、真剣な表情で画面に向かう。
「うーん。なんて書こうかしら……」
「……普通に『Best Friend』とかでいいんじゃない?」
「それだわ! さすがムツキね!」
アルは拙い字で『Best Friend』と書き込み、ムツキがその周りにハートマークを散りばめる。やがて完成したシールが排出口から滑り落ちてきた。そこには、満面の笑みのアルとムツキ、そしてその真ん中で、茹でダコのように赤くなりながらも幸せそうに微笑む、パーカー姿のヒナが映っている。
「うん、いい感じね! これ、三等分しましょう」
「……うん」
ハサミで切り分けられた小さなシール。ヒナはそれを受け取ると、学生証の裏にこっそりと貼り付けた。
もしも将来、道が分たれる時が来たとしても。この写真の中の三人は、ずっと笑い合っていられる。何となくだが、ヒナにはそんな気がしたのだ。
「大切にするわ……ありがとう、アルちゃん」
「こちらこそよ! また撮りに来ましょうね! ヒナちゃん!」
よければ掲示板の方にも行ってみてください。