アイギス   作:しゅたーじ

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アイギス

 夜更け過ぎ、タイ王国上空。地表より一万メートル離れた境界圏を切るように飛ぶ影があった。

 灰色の制空迷彩に身を包んだ戦闘機。地球防衛軍の識別表示を掲げた三機編隊がエンジンを響かせていた。その胴体には一様にものものしい様相の爆弾がぶら下がっている。

 その真下にはマングローブ林に面した海が───しかしその海面からは、おおよそ自然の産物とは思われない巨大な触手がいくつも伸びていた。

「……ファーン1、目標を捉えた。報告通り、大型のタコ型怪獣。未だ海中なるも上陸寸前の模様」

「司令部よりファーン1へ、了解。攻撃準備」

 その無線を受け取ったファーン1からさらに指令が下される。各機は爆撃管制モードに入り、抱えているそれ――Mk48スペシウム爆弾をいつでも落とせる状態で待機する。

 GPSを搭載した爆弾は正確に目標へと誘導され、微々たるズレをも残さず着弾する。瞬間、スペシウム弾頭は莫大なエネルギーを反応させて爆発。それに伴う激烈な衝撃は堅牢な怪獣の表皮すら崩壊させ、怪獣に不可逆なほどのダメージを与えるであろう。そんなものを一機あたり10発搭載しているのだから、この海に潜む怪物にも致命打を与えるのは必至だった。

「……目標は上陸しつつあり。即時攻撃を具申する」

「こちら司令部、ファーン1,2,3は作戦空域にて待機せよ……現地住民が地上部隊の呼びかけに従わない」

「従わない?」ファーン1は耳を疑った。空からでさえ異様を誇るその触手を見て、まともな人間が逃げないはずはない。怪獣とはそういうものだ。それが逃げないとは――戦闘機のパイロットが理解できる状況では到底なかった。

「どういうことだ。もう海岸まで来てるんだぞ」

「攻撃は許可されない。作戦空域にて待機せよ」

「了解。……」

 

 その海岸では、ひっきりなしに避難を呼びかけるアナウンスが響いていた。しかし海岸近くの村で逃げる人影は誰一人としていない。電気のついた家まであった。

 上陸を視野に入れて、当初より現地には防衛軍の地上部隊が展開していた。だが地域住民を無視して攻撃するとなれば、流れ弾や誤射によって余計な犠牲者が出ないとも限らない。特に桁違いの威力を誇るスペシウム爆弾など、もってのほかだった。

 「こちらフジ23、地域住民の護送は3世帯完了。あと24世帯……か……」

 一人の兵士がため息をつく。この村を越えて数分ほど車を出せば、すぐに小さな飛行場へ到着する。EDFの輸送ヘリはすでに何十機と到着していて、避難準備は整っているといってよかった。

 それが、どういうわけか。

「なあ、おい、兄ちゃん!」装甲車の下から若い男が言った。見たところ村の住民のようだ。「この車のエンジン、切ってくんないか。あとサイレンも。うるさくてたまったもんじゃないよ」

「何を、お前」兵士は怒ったように聞き返した。「いま怪獣が来てるんだ。早く逃げないとおまえだって危ないんだぞ」

「怪獣?」男の態度はすこしいら立っていた。()()()()()()奴を相手にするときのそれだ。「あれは神様だよ。俺たちが手を出せるもんじゃない」

「神様だと!」兵士は信じられず繰り返した。「あれは、怪獣だぞ。ただの動物だ。おれ達のことなんかなんとも思ってやしない。今に踏み潰されても同じことを言うのか」

「そんなんじゃないよ」男は首を振る。「神様ってのはそうじゃない。どっちにしろ俺らは逃げないよ。不信心なくらいなら、俺らは神様に殺されるさ」

「この……」

 捨て台詞も吐く気になれない。兵士は踵を返して装甲車に戻ろうとする。

 その時であった。

 閃光弾と見紛う光。真っ黒い影が一瞬視界に焼きつく。街灯もない村の全容がくっきりわかるほどの光に、兵士は思わず顔をそむける。

 その昔日本に住んでいた叔父のことを思い出した。東京に光を焚く怪獣が現れて、そいつのせいで失明しかけたのだと。もしやその怪獣か。だとしたら二体目か。背筋がぞわりとする。

 青色の光が燃えるように森を照らし、集まり、そのたびにまばゆく。目を閉じても分かる光。

 その光は空からも十分に視認できた。光量にして50万ルーメン秒、照明弾100発分はあろうかという閃光。

「なんだ!?」

「ファーン1、近隣にて強烈な閃光! 詳細不明」

「司令部よりファーン1へ、目標を報告せよ」

「司令部へ、不明瞭なるも複数の閃光が……」

 ファーン1は言いかけ、口を閉じる。耳に続いて己の目も信じられなくなっていた。

 一瞬目を離した隙に、その光はまるで巨人のような形に変じていた。

 銀色に光る巨人。調子の悪い電球のようにバシバシと発光しつつも、人型なのは目にも明らかだった。

 これは……まるで、

「……ウルトラマン?」

「ファーン1、状況を報告せよ。状況を……」

 銀色の巨人が怪獣のほうを向き、ファイティングポーズをとる。やる気だった。

「ファーン1……ウルトラマンみたいな奴がタコと戦ってる。どちらを攻撃すべきか? 至急返答願う」

「…………」司令部からの返答は重苦しかった。「現状では民間人を巻き込みかねない。作戦空域を離脱せよ」

「……ファーン1より各機へ、ミッション中止。直ちに作戦空域を離脱せよ。繰り返す!」

 F-15Eの編隊は重い爆弾をぶら下げたまま機体を傾け、とんぼ返りとばかりに雲を裂いていった。その5000メートル直下ではまさに巨人がタコに飛びかかろうとしている。

 いびつな触手を輝く手がひっつかむと、巨人はカブを抜くように足を大きく踏ん張らせた。海の向こうでゴボゴボと大きなあぶく(・・・)が立つ。巨人の立つ浜辺の砂が破壊的な重量を受けて、形を大きく崩した。

 巨人はこのタコを海から水揚げしようというのだ。一体どれほどの腕力か、投げるように両腕を躍動させ、そのまま───

「!!」

 男と兵士は確かに見た。銀色の巨人さえも人形か何かに見えるほどの巨軀が、ザパンと海からひきずり出されて夜空を切る。

 海水が数滴、頬に当たった。

 タコが巨人に背負投げられ、マングローブ林に叩きつけられる。地面と空気が激しく揺らいだ。巨人の二倍ほどもあるその大ダコはしかし、まるで効いていないかのように腕を動かしている。

 巨人も疲弊はないと見えて、絡みつこうとうねる腕に手刀を叩き込む――が、ダメージはない。

 タコからすればこちらのほうが有利だった。数分程度なら陸上にいたところで大したこともない。相手は十本の腕すべてに対応しなければならないが、こちらはたった一人の巨人だけを相手にすればよい。その上あちらは徒手空拳が武器だから、否が応でも接近戦を強いられる。そこを絡め取り、ただ海に沈めるだけで勝負は終わるのだ。

 手刀を防がれた巨人の手首にいくつもの赤い腕が殺到する。一本二本ほど絡んだだけで、巨人には振り払うことができない。先程タコの巨体を空に舞わせたあの剛力を以てしてもなお、まるで抵抗は許されない。

 今度は巨人がクレーンで引っ張られたように動かされ、足元がぐぐっと揺らぐ。

 気づけば両手ともタコの腕に縛られていた。両腕をばたつかせてもがく巨人、しかしみるみる抵抗は小さくなっていく。

「おい、あれ大丈夫なのかよ」

「いや、わかんねえけど……」

 男と兵士はまるでプロレスを見るようにひそひそと言葉を交わしていた。すると銀色の両腕が青白く輝き、一閃――巨人を絡める赤い腕が真っ赤に照らされる。

 それは燃え上がっていた。

 巨人の両腕はあっという間に自由を得て、先程までは自らを縛り付けていたタコの腕を逆に掴んでいた。その掌がまた光り、次の瞬間には――焼き切れた腕が空を切り、海中に没してしまった。

 タコは信じられないように黒く焼き切れた腕を眼前に運ぶ。巨人は今や全身を淡く輝かせ、静かに、大ダコを睨みつけていた。

 大ダコも忌々しげに巨人を睨み、腕をにじらせる。両者動こうとしない。膠着状態のまま、時間が過ぎる。

 そのにじらせていた腕がバタリと音を立て、動き出し始める。

「あれ……?」

 が、その先は巨人ではない。男が怪訝な顔で見渡す。海でもなく巨人の方でもなく、マングローブ林へと大ダコは動いていた。

 野生の動物は本能的なかたちで危機を察知することができる。それはきっと怪獣並みの体躯を有したとしても変わらない本能で、そういう意味では彼らを引き際のプロ(・・・・・・)とも呼べるのだろう。

 だから大ダコが残る腕をバタつかせて逃げを選択したのは、ある種当然だった。たとえ無様であっても生存戦略だ。全長200メートル級の巨体が強靭な圧力でマングローブ林を越え、陸地を進撃する。そのまま岬を横断して逃げ延びようとしているのだ。

 巨人はしかしただ、追わず立つのみ。

「おいおい、逃げちまうぞ!」

 男は慌てて叫ぶが、兵士のほうは苦笑いだった。さっきまで神様だなんだと言っていたのが嘘のようだと兵士は思う。目の前の光景からすれば無理もないのだろうか。そうにしても現金な話ではないか……

「お前なあ……」

 と、その表情が変わる。

「───おい待て、伏せろ!」

 兵士が叫んだ瞬間、大ダコの頭のあたりが爆煙に包まれる。少し遅れて凄まじい轟音と暴風が彼らを襲った。

「車の裏に隠れろ!しっかり捕まってろよ!」

 兵士は男の方へ叫んだ。返答は聞こえない。ヘルメットに砂がぶつかり、辺りにほのかなオゾン臭が広がる。

「使ったのか……空軍の野郎、勝手なマネしやがってよ」

「ファーン1、目標に全弾命中。激烈な効果を認める(グッド・インパクト)。」ファーン1が上空を旋回しながら報告する。「初めからこうしとけばよかったんだ。変な巨人まで出やがって」

 スペシウム爆弾――ウルトラマンなき時代の人類が編み出した怪獣殺しの牙が、哀れ大ダコを噛み砕いたのだ。

 頭に直撃弾を食ったそれは今や虫の息だった。爆発のエネルギーに耐えきれず片目は潰れ、強靭な膜に守られてなお中身を強烈にシェイクしていた。本来墨の出る口と潰れた目からはとめどなく赤い液体が流れている。

 真っ赤になった口からゴボゴボ泡を吹き、大ダコは唸り声を上げた。その視線の先にいたのは、いまだ健在の銀色の巨人。

 淡い輝きは全身から両腕に収束し、そして腕を十字に交差して――その構えは明らかに、

「スペシウム光線――!」

 腕がカッと発光。瞬間、その刹那、タコの表皮がサーチライトに当てられたごとくぴかりと輝き、

爆発した。

 

 

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