次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
人の血を糧とし生き続ける吸血鬼然り、人の精を主食とする淫魔然り。
この世界には亜人と呼ばれる人外が、隠れながら暮らしている。
かく言うこの私もそのうちの一人。
猫に変化できる化物である。
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夕暮れに染まった家の縁側で、私は大嫌いな幼馴染が飼っている老猫の隣に座る。
毛並みはかつての艶を失い、前脚を揃えて丸まるその姿にも、若い頃のような張りがない。
それでも瞳だけは静かに澄んでいて、遠いところを見ていた。
「もういい歳してますよね。そろそろ死んじゃうんじゃないですか、貴女」
私が聞くと、老猫のムギはゆっくりと瞬きをした。
「まぁね。……生きるのは充分楽しんだし、もう私に悔いはないかな」
端的な答えだった。
猫というのは大体が自由な生き物だが、この猫は特にそうだ。
昔から無駄なことを言わないし、家猫として縛られるのが大嫌いな子だった。
そんな自由な猫のことを、私はそこまで嫌いではなかった。
…………飼い主の方も、この温厚な猫の性格を見習って欲しいものだ。
「死ぬ前にあの最悪な貴女の飼い主を、どうにかしておいてくれませんか」
「それはちょっと無理な相談だ」
「分かってると思いますけど、貴女が私のもとに遊びに来るようになってから、すっかり性格が歪んだんですよ、
「みたいだね」
「飼い猫が自分以外に懐くのが許せないからって、関係ない私にまでずっと嫌がらせして。まったく、どうしてこうなったのやら……というわけで、責任もって死ぬ前にどうにかし――」
私が続きを言おうとすると、ムギはひょいと縁側から飛び降りた。
「元気だったらまた会いに来るよ。おやつの用意お願いね」
「人の話は最後まで聞くものですよ……全く」
「人?
彼女はゴロゴロと喉を鳴らし、嘲笑するように視線を私の頭上と腰のあたりに向けた。
私は『この方が体が楽だから』という一点のみで出していた獣の耳と尻尾を、気怠げながらに内側へと引っ込めた。
……完全な猫状態なら、更に体調が安定するんだけど。
「どうやら老いが進行しすぎてボケたようですね……話にならないので、もう行っていいですよ」
「ふむ?」
「飼い主を悲しませたくないなら、私達の目の届かないところで勝手に死んでてください。きっと貴女の死を、葵はとても悲しむでしょうから」
「そうなったら、後のことは全て玲香に任せるよ。私のどうしようもない
そう言い残して、猫は立ち去っていった。
「勝手なことばかり言って…………猫という生き物は、つくづく自分勝手なものです」
それから数日間。
いつものように縁側でだらだらと過ごしてみたが、あの猫が姿を現すことは二度となかった。
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夜19時頃。
「玲香〜!」
「なに、お婆ちゃん」
「ゴミ捨ててきてくれんか〜」
なんとも嫌なお願いである。
この馬鹿みたいに大雨と雷が降ってる中で、ゴミ出しに行くのは中々億劫だ。
これは猫としての遺伝子が、雨を本能的に嫌悪しているのだろう。
とはいえ、私は人間として生活している身だし、九十歳のおばあちゃんに重いゴミ袋を持たせるわけにもいかない。
大嫌いな雷が近くに落ちてこないことだけを祈りつつ、私は元気よく返事をした。
「おっけ〜!」
玄関を出て、すぐに傘を差す。
叩きつけるような雨の中、ゴミ捨て場へ一歩踏み込もうとした、その時だった。
「起きてよ、ムギ……! ねぇ、起きてよっっ!! ムギ…………ッ」
激しい雨音に混じって、悲痛な叫びが聞こえた。
茶色のセミロング。
見惚れるほど整っているのに、今はぐちゃぐちゃに歪んでいる顔。
視線の先には、ぐったりとした猫を抱えて泣き叫ぶ大嫌いな幼馴染――
遠目からでも、事の次第はすぐに理解できる。
おそらく猫が車にでも撥ねられたのだろう。
あの猫の性格上、自由を奪ったらキレだすタイプだったとはいえ、外飼いなんていう無謀な真似をしていれば、いつかこうなることは目に見えていた。
「私を一人にしないでよ……ムギがいなきゃ、生きていけないよ…………」
本当に、馬鹿な女だと思う。
散々私をいじめてきたカスが、これ以上ないほど惨めに泣いている。
その姿を見て清々する自分もいた。
いっそ隣に立って「猫が死んだのは貴女のせいだよ」と追い打ちをかけてやりたいとさえ思う。
だが……
『私のどうしようもないお友達をお願いね』
あの日、縁側で聞いた老猫の最後の言葉が、脳裏に強くフラッシュバックした。
「…………これだから、目の届かないところで死んで欲しいと言ったのに。まさかあの猫……これを計算してたんですか」
この長いこと私を虐めていた女に、思うところは腐るほどある。
とりあえずは猫と私の関係の対する嫉妬心如きで、幼い私との友人関係を完全に断ち切った馬鹿さ加減には、たとえ自分が寿命で死んだ後でも、地獄まで追いかけて文句を言ってやりたいくらいだ。
……そう思うほどにあの頃の私には、葵しかいなかったのに。
だけどそれはそれ、これはこれだ。
こんな大雨が降る夜中に、ああやって猫を抱えて踞られると、ここで死体がもう一つ増えかねない。
となると、どうするか。
今の私が人間の姿で話しかけたところで、嫉妬の対象が現れたとあっては、火に油を注ぐのが関の山だろう。
……まぁ、あの老猫とは長い付き合いだ。
しゃあなしに、最期の遺言をほんの少しだけ聞いてやるとしよう。
大人しく葵を家に帰らせてやる。
「ほんっと…………ありがたく思ってくださいよ、この
私は着ていた服をすべて脱ぎ捨てた。
赤と青のオッドアイを隠していた黒のカラコンも外し、まとめて隣の公園のブランコがある方へと放り投げる。
雨に打たれる真っさらな肌。
そこへ、魔を編むようにして猫の毛並みを纏わせていく。
骨格が軋み、視界が低くなる。
体のサイズを一般的な猫の大きさにまで作り変えれば、準備は完了だ。
「よし、これでいいでしょう」
四肢に伝わるアスファルトの冷たさを感じながら、私は彼女の隣まで歩み寄った。
「ちょっと。いつまでそんな場所で蹲っているつもりですか?」
「うるさい……ほっといて…………どっか行って」
「ここにいたら危ないですよ。貴女まで車に轢かれちゃいます」
「ムギが死んじゃったんだもん……。私だってもう、どうなったって……」
はぁ。
話にならない。
これが過去の私を救ってくれた、今の幼馴染の姿とは。
……あまりに見るに堪えない。
どうやら彼女は、愛猫の後を追っかけたいそうである。
その上こっちに目線さえ送ってくれない。
この調子だと、日が明けてもここに座り続けてそうだ。
仕方ない。
一発痛いのをおみまいしてやろう。
私は肉球の奥から、鋭い爪を引き出した。
「ていっ」
そして葵の足首を、容赦なく思いっきり引っ掻いてやった。
「痛っったあああああああっっ!!!!!」
葵はムギを抱えたまま、弾かれたように飛び上がった。
痛みでようやく正気に戻ったのか、彼女は涙でぐちゃぐちゃの顔をこちらへ向ける。
「な、何してくれてんのよ……! あん……た……っ?」
「ようやく気づきましたか? どうも、猫です」
「え?…………え?」