次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第10話 緊急事態

 この十数日間、葵は本当によく絡んできた。

 

 最初は登校時の挨拶だ。

 

「おはよう、玲香!」

「…………」

「玲香〜?」

「…………」

「あ い さ つ !くらい返そうよ!!」

「……おはようございます、葵」

「ございますって……丁寧すぎ」

 

 無視すると挨拶が返ってくるまで、絶対に粘り続けてくる。

 これだけは絶対に譲れないらしい。

 挨拶程度の距離感で、賭けに負けるとも思えないから、多少はそれに付き合ってやることにした。

 

 そして数日後には、昼休みに弁当を持って私の席まで来た。

 

「隣、いい? 久しぶりにちょっとくらい話そうよ」

「ダメです。視界に入らないでもらえますか」

 即座に切り捨てたが、彼女はめげるどころか斜め後ろの席に居座り、莉子と並んで私を観察するようにジロジロ見つめながら弁当を食べ始めた。

 何なんだコイツとは思いながらも、指摘するのも面倒で放置した。

 

 挙句には放課後だ。

 帰るために列に並んでバスを待っていたら、葵が割り込んできて、

 

「一緒に帰ろ?」

 

 と言ってきた。

 いつもなら私の隣には佳織が、葵の隣には莉子がいる。

 だというのに、その日は計ったように二人の姿がなかった。

 

「ちょっとくらいお話してくれても、いいんじゃない?」

「貴女と話すことなんか、何もないです。ついてこないでください」

「でも帰り道は同じだし、家は隣だしな〜。途中までは一緒になっちゃっても仕方ないよね」

「…………」

「じゃあさ、別に会話とかなくていいから、隣にいさせてよ」

「はぁ…………勝手にしてください、もう」

 

 宣言通り、道中一言も言葉は交わさなかった。葵は特に気まずそうにするでもなく、時折鼻歌をこぼしながら、何事もなかったかのように私の隣を歩いて家まで帰り着いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 ……我ながら、よくもまあこんな厄介な状況を自ら招いたものだと、ため息が出る。

 猫の姿で軽率に賭けを持ちかけたのは、この私だ。

 葵がここまで本気で動いてくるとは、あの時の私は夢にも思っていなかった。

 

 正直舐めていた。

 どうせ三日も経てば飽きるだろうと高を括っていたのに、結構な日数が経った今もこの調子である。

 早く諦めて欲しいものだが。

 

「いらっしゃいませ〜」

 

 自動ドアの音に反応して声を出し、私は慌てて思考の海から這い上がった。

 バイト中だというのに、頭の中が葵のことで埋め尽くされている。

 我ながら情けなくて目眩がしそうだった。

 

 客の会計を済ませ、店内が再び静まり返る。

 BGMと冷蔵庫の駆動音だけが、私の焦燥感を煽るように低く響いていた。

 

「でも……やっぱり少しずつ追い込まれてる感はありますよね」

 

 たかが挨拶、されど挨拶。

 あの性悪女とまともな言葉を交わすことが、いつの間にか日常の風景に組み込まれつつある。

 このまま彼女のペースに飲み込まれ続ければ、いずれ賭けの天秤が傾きかねない。

 

 もちろん、負けるつもりなど微塵もないし、これまでの所業を許すつもりも毛頭ない。

 それなのにムギの遺言を律儀に守って、夜な夜な猫として彼女に付き合ってやる生活がルーティン化しているのは、自分でもだいぶウザいと思う。

 

 ただ同時に猫として葵と会話することに、楽しみを見出している自分の側面があることも、否定できない。

 私ではない私として接するなら、別に葵との関係も良好でいて良いのではと、今の関係を続けていると思ってしまう。

 猫の状態でいれば、昔の私が大好きだった頃の葵と話してるようで、とても気分が良いのもまた事実――

 

「何を考えてるのやら、私は」

 

 感傷を振り払うように、品出しをしながら自分の頬を強く抓った。

 ――その時だった。

 

「ふぅ……最近は暑いな。まだ春だろうに」

 

 自動ドアが開き、聞き覚えのある、しかし今の私にとって最も聞きたくない声が鼓膜を打った。

 うちの学校の数学担当の先生が、店内に入ってきたのだ。

 

「そんな……!」

 

 心臓が跳ね上がり、反射的に顔を伏せる。

 

 バイトが露見すれば即座に謹慎。

 おまけに長期休暇はすべて特別補習で埋まり、私の食料問題が更に面倒なことになる。

 頭から冷や汗が出た。

 

 まさか葵がチクったのか?

 いや、レイとの賭けがある手前、今の彼女にそんなことをできるわけがない。

 

 だから、これは偶然。

 おそらく見回りの類。

 どうせ来るなら、私のシフト外の時に来て欲しかった。

 

 私が品出しの手を止めてカウンターに戻るまでに、何か急用でも入って、今すぐにこの場を立ち去ってくれないだろうか。

 

 そんな祈りも虚しく、教師は迷いのない足取りでカップ麺と缶コーヒーを手に取ると、レジの正面へと堂々と立った。

 

「もう最悪…………私の命もここまでですか」

 

 足取りは重い。

 

 今からギロチン台へと昇る死刑囚のような絶望感を抱え、私はカウンターへと向かった。

 俯き加減でレジの前に立ち、ついに正面から面と向かいそうになった――その刹那。

 

「えぇっ!? 先生!! こんなところで会うなんて、超・偶・然……じゃん!!」

 

 店内に響き渡る絶叫。

 顔中に滝のような汗を浮かべた葵が、暴力的なまでの勢いで店内に飛び入ってきた。

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