次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第15話 雷のせいでつい抱きしめちゃった猫。

 旅館に戻り、夕食と入浴を済ませた私たちは、(のり)のきいた浴衣に身を包んで自分たちの部屋へと帰ってきた。

 道中、葵は私の顔色を必死に窺いながら、何度も会話の糸口を探っていたようだが、私はそのすべてを無慈悲に切り捨てた。

 

「ここの料理、すごく美味しいね!」というお決まりの賛辞も、貸切風呂での「背中、流してあげようか?」という下衆な提案も、私の鼓膜を震わせる前に意識の外へと追いやった。

 

 私は彼女と仲直りをするつもりは全くないし、今の葵なんかに時間を割くくらいなら、過去の楽しい思い出に浸っていたかったのだ。

 

「ふぅ……今日は疲れました」

 

 夜の21時。

 湯上がりの心地よい余韻をまといながら、私は窓際の椅子に深く腰を下ろして、ようやく一息ついた。

 

「…………」

 

 葵はというと、まるで事が上手くいかない事に、いじけたようにスマホを必死に弄っている。

 きっと馬鹿二人に助けを乞いているのだろう。

 私抜きのLI◯Eグループとか作って、そこでメッセージのやり取りをしているのが、予測できてしまう。

 

 ……ほんっと、見ていて情けないとしか思えない。

 過去の私がこんな馬鹿女を好きだったなんて……

 

「……いえ、昔を否定するのは違いますよね」

 

 ぽつりと独り言を漏らし、私は椅子から立ち上がって、バルコニーへ続くガラス窓にそっと手を触れた。

 

 結局のところ、幼き日の私は葵という存在に救われ、彼女を心の拠り所にしていた。

 それは揺るぎようのない事実であり、現在の彼女をどれほど嫌悪していようとも、否定してはならない真実なのだ。

 

「玲香ぁ」

「……なんですか」

 

 唐突にベッドから這い出してきた葵が、私の両肩を背後から掴んだ。

 

「仲直り……しよ♡」

 

 上目遣いに頬を赤らめ、媚びるような甘い声を紡ぐ。

 端的に表すなら、色気づいた仕草とでも言うのだろう。

 

「触るな、話しかけるな、近づくな。……チッ、気持ち悪い」

 

 私は心底蔑むような視線を投げかけ、彼女の手を汚らわしい虫でも払い落とすかのように叩き落とした。

 

「次、許可なく触れたら、お金だけ置いて私一人で先にタクシーで帰りますからね?」

 

 たぶん、佳織&莉子に相談した結果が、色仕掛けという結論に至ったんだろうな。

 私は佳織のやつに葵が好きだったことや保育所時代の自分の話をしてないけど、あの馬鹿は勘だけで私の過去を見透かしている節がある。

 きっとそこから出た答えで、こうやって葵を人形のように操り、私の感情を弄ぼうとしているのだ。

 

 策を弄する佳織も大概だが、操り人形に成り下がって愚策を演じる葵は、それ以上に救いようがない。

 見ているだけで胸がムカムカする。

 できることなら、今この瞬間、視界から永久に消え去ってほしいとすら思った。

 

「……………………はい。本当にごめんなさい」

 

 葵は力なくそう言い残し、項垂れたまま這うようにしてベッドへと戻っていった。

 

「私も少ししたら休みます。葵も大人しくベッドで寝ててください」

 

 私はそう言って、再び視界を外の川や山の方に移した。

 

 いつの間にか、外は激しい雨に見舞われていた。

 窓を叩く雨音から、嫌でも水を連想し、またしても記憶の濁流に飲み込まれていく。

 

 葵との間にある出来事は、水が関連する事が多い。

 

「はぁ……本当になんでこんなことになったのやら……」

 

 今思えば確かに過去の私は、葵と共に水族館に来たことがあった。

 泣いていた私の隣に葵がいて、彼女が説明した通りの事が起きていたのだと思う。

 だが、そんなかけがえのない記憶を、今の私は忘れてしまっている。

 

 きっと、忘れたかったのだろう。

 

 葵が新しい猫を飼い始めたあの日から、彼女の視線は決定的に歪んでしまった。

 私に対するいわれのない誤解を募らせ、執拗な嫌がらせを繰り返すようになったこの馬鹿に対して、これ以上の思い入れを抱くことが耐え難かったのだ。

 

 もし、あの頃の純粋な憧れのままに葵を慕い続けていたら……第二の家族である猫たちを、いつかこの手で憎み、殺したくなっていただろう。

 自分の幸福を奪った原因として。

 

 それを思うと、やっぱり葵との関係の方を切ったのは、間違いではなかったと今でも思う。

 それに葵が私を裏切っても、猫達は私を裏切らないのだから。

 

「これで……いいんですよね。私は間違ってなんかいないんです」

 

 自分自身に言い聞かせるように、私は胸に手を置き、夜の静寂へと独り言をこぼした。

 未練を断ち切るように壁のスイッチを押し、部屋を闇に沈める。

 ベッドの側まで歩み寄ると、その縁に腰掛けていた葵が、暗がりの中で気まずそうにこちらを見上げてきた。

 

「えっと一緒に寝――じゃなくて、私が床で寝ればいいんだっけ?」

「その必要はありません。私が床で寝ますから」

 

 そう言い放って、ベッド横のカーペットに身を横たえようと腰を落とした、その時だった。

 私の思考を遮るように、葵が迷いのある手つきで私の手首を掴んだ。

 

「床は……流石に汚いし、寝づらいと思うよ?」

「……忘れたんですか? 私、勝手に触れるなって言いましたよね?」

「うっ……でも、やっぱり自分だけベッドで寝るのは罪悪感が凄いし、それなら私が床の方がいいかな〜……なんて」

 

 ……だる。

 

「へぇ。あの嫌がらせばっかりしてくる葵でも、罪悪感なんて感じたんですねー」

「うぅ…………言い返す言葉もありません」

 

 正直なところ、私は床だろうがベッドだろうが、どちらでも構わないのだ。

 猫の姿で外を彷徨っている時は、地べたで眠ることもよくある。

 旅館の清掃が行き届いた床など、むしろ贅沢なくらいだ。

 それを「汚い」だの「寝づらい」だの、的外れな同情ほど余計なお世話なものはない。

 

「三度目はないですからね?」

「……う、うん。ごめんなさい」

 

 今日は葵の謝罪ばかり聞かされている気がする。

 どれひとつとして、私の心に響くものはないけれど。

 

「…………」

「では、おやすみなさい」

 

 まだ何か言いたげに唇を戦慄かせている葵を置き去りにして、私は掴まれていた手首を振り払おうとした。

 

 ――その、刹那だった。

 

「――――――ッ?!?!」

 

 鼓膜を突き破らんばかりの、凄まじい落雷が轟いた。

 激しい閃光と、地響きのような唸り。

 

 ……思考が真っ白に塗り潰される。

 

 私は反射的に、目の前の葵の背へと腕を回し、縋るような力で彼女を抱きしめていた。

 

「玲香……?」

「あ――」

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