次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第16話 非っ常に不本意ながらの仲直り

 うわああああああああああああああああっっ!!!!!!!!

 何をやっているんだ、私は!!!

 

 脳内がパニックで真っ白に染まる。

 あろうことか反射的に、無意識に、この世で最も大嫌いなはずの女を、全力で抱きしめてしまった。

 それも人間の姿で!!

 

 ……おち、落ちつけ私。

 いまだこの歳で雷のことを怖がっているなんて、人に知られたくない。

 それも絶対、葵にだけは。

 

「玲香……もしかして」

 

 至近距離の耳元で葵が何かを囁こうとした。

 その吐息を感じた瞬間、私は弾かれたように彼女を突き飛ばした。

 

「ち、違いますよ!? 今のは……これはですね! 貴女が私の手を掴んでいたから、それを振り払おうとした反動で勢い余ったというか、物理的な慣性の法則というか……!」

「…………」

「それ以前に! 私は先ほど言いましたよね? 許可なく触れるなと。貴女が約束を破ったことに、私は今、心底腹を立てているんです。まあ、今回は不慮の事故として許してあげなくもありませんが、二度としないでくださいね!?」

 

 心臓の鼓動を誤魔化すように、私は矢継ぎ早に言葉を捲し立てた。

 だが、葵はすべてを理解したと言わんばかりの、嫌に冴えわたった表情で私を見つめている。

 あろうことか、絶好の弱みを握ったと確信したような、満面の笑みを浮かべて。

 

「ニヤり」

「くッ……」

 

 クッッッソぉぉぉ!!

 超イラつく!!!

 

 もはやもう勝った気でいるかのように、自分が楽しんでいることを『ニヤり』などという、ゲロキショい言葉で表してきた。

 

 このマジでムカつく顔面を今すぐ全力でぶん殴ってやりたい。

 だが、雷鳴が轟くこの状況で、私には一時退散する以外の選択肢がなかった。

 

 私は強引にポーカーフェイスを張り付け、クローゼットの扉に手をかけた。

 

「すみません。用事思い出したので、ちょっとこれで失礼しますね」

 

 そして流れるような動作でその狭い暗がりに潜り込む。

 それとほぼ同時に葵がクローゼットをこじ開けようとするのを、私は内側から必死の力で押さえつける。

 

「そ、そんなところに用がある人なんていないよ?!?!」

 

 うるさい、黙れ、話しかけるな。

 罵倒の言葉は喉まで出かかっていたが、外で鳴り響く雷の音に、私の強気は無残にも霧散していた。

 

「玲香……やっぱり、まだ雷が怖いんでしょ? 昔みたいに抱きしめてあげるから、そんなとこに閉じこもってないで出てきてよ」

「そんなの必要ないですし、貴女は私の知る葵じゃありません。全くの別人です。これ以上近づいてこないでください」

 

 拒絶の言葉を投げつけると、クローゼットにかかっていた力がふっと消えた。

 

「あのさ……どこか良いタイミングで、ちゃんと伝えようと思ってたこと。今言うね?」

「……何をですか?」

「これまで玲香に酷いことしてきて、本当にごめん!!」

 

 その言葉と同時に、クローゼットの外から衣擦れの音と、床に何かがぶつかる鈍い音が聞こえてきた。

 きっと、床に額をこすりつける勢いで頭を下げたのだろう。

 

「私って本当に馬鹿だからさ、レイに真実を口にされるまで状況を飲み込めなかったし、玲香の話も聞こうとしなかった」

「…………」

「だから埋め合わせをさせて欲しい」

「埋め合わせ……?」

「うん。内容は……ん〜っと、シンプルイズベストで、一つだけ本当に何でも言うことを聞くってので、どう?」

 

 何でも言うことを聞く。

 あの大嫌いな葵に、何でも命令できる。

 たぶん、10年前ならありえないくらい喜んだのだろうが、今の私は葵をどういう目で見るのだろうか。

 今の葵のことをまともに真正面から見ているのは、レイとしての時だけ。

 だから人間として私が、葵に今更どう接すればいいかなんて分からないし、願いを叶えてもらえるなんて言われたところで……

 

「……本当に何でもですか?」

「うん」

「たとえば、ここで『自分の両足を折って下さい』と言っても?」

「――んんっ?! 例えばから出てくる一つ目で、それぇっ?!?!」

「10年の溜め込んだ恨みですよ。あんまり人の思いを舐めないでください」

 

 私の冷徹な宣告に葵は沈黙した。

 

 扉越しに、彼女がじっくりと考え込み、やがて凄まじく嫌そうに、もはや半泣き寸前の震える声で言葉を絞り出すのが分かった。

 

「それが…………玲香のお願いながら、頑張るしかないんだけどさぁ………………できれば、もっと優しいので許してくれないかな〜……なんて」

「別に例えばの話ですよ。じゃあ今度一生、私の恋人として生きていく――なんてどうでしょうか?」

「えぇ……二つ返事はできないけど、さっきのよりは遥かにマシかなー」

「そ、それならこれも例えばなんですけど…………私とエッチして欲しいってお願いしても、ちゃんと言うことを聞いてくれ――」

 

 私がそこまで言いかけた瞬間、クローゼットの扉に猛烈な圧力がかかった。

 葵が全力で扉をこじ開けようとしている。

 

「だあああああああッッッ!!! もう!! 何でも言うことを聞いてあげるって言ってんでしょうが!!!!」

「…………っ!」

「つべこべ言わずにそこから出てきてよ! 恋人だろうがエッチだろうが、玲香が満足するまで付き合ってあげるって、何度言えば分かるの!?」

 

 どうやら、彼女の覚悟は本気らしい。

 打算や賭けの都合も含まれているのだろうが、それでも真正面から私に向き合おうとする意志だけは伝わってきた。

 

 長い時を越えて、また昔のように言葉を交わせるのではないか。

 そう思うと胸の奥に灯った微かな熱が、凝り固まった心をじわりと溶かしていくのを感じた。

 

 だけどそれでも、自分から扉を開けることだけは、醜いプライドが許してくれなかった。

 意地を張り、暗がりに蹲り続けようとした私を、無情な自然現象が襲う。

 

「ッ――!?」

 

 両親との縁が完全に断たれたあの日を想起させる、忌まわしいトラウマの音。

 

 ――バリバリッ、と。

 またしても鼓膜を震わせる轟音が鳴り響く。

 

 その瞬間、理屈もプライドもすべて吹き飛んだ。

 

 恋心という名の異常気象が荒れ狂うかのように、本能が心を置き去りにして、私はクローゼットを飛び出し、葵にしがみついていた。

 

「やっと出てきてくれた」

「……調子に乗らないでください。こっちは葵に何でも言うことを聞かせれる権利を、持ってるんですからね?」

「分かってるって。できればお手柔らかにお願いしたいなぁ」

 

 震える私を、葵は拒むことなく受け止めた。

 

 私たちは体が軋むくらい力強く抱き合ったまま、静かにベッドの縁へと腰を下ろした。

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