次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第17話 一生残る傷をつけたい

「玲香ってさ、なんで雷をそんなに怖がってるの? 水族館は結構大丈夫に見えたけど、雷だけは全然ダメだよね?」

「あぁ……それはですね」

 

 

 

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 私は重い口を開き、葵に説明をした。

 

 五歳になるまで、私は実の両親のもとで育てられていた。

 けれど、この異質な髪色で生まれてしまったせいで、父からも母からも、疎まれこそすれ愛された記憶はほとんどない。

 

 後にDNA鑑定で血縁関係は証明されたものの、幼少期の私は亜人としての特性が強く出すぎていた。

 今よりずっと野生的で、本能に支配されていたのだ。

 残酷な言い方をするなら、当時の私はまともな教育が通用しない知的な欠陥がある子供と、さして変わらなかった。

 結局私が原因で、両親の諍いは絶えることがなかった。

 

 そして、私が三歳になった頃に弟が生まれた。

 その子は混じり気のない黒髪で、二歳になる頃には、五歳の私と遜色ないほど――あるいはそれ以上に、理知的で聡明な子供へと成長した。

 両親がその正常な弟を溺愛するようになるまで時間はかからなかった。

 だが、弟が生まれたからといって、私の処遇を巡る泥沼の喧嘩が止むことはなかった。

 

 そして、ついに限界が訪れたのだ。

 激しい雨と雷が鳴り響く、ある日の夕暮れ。

 

 父と母の両方から、これまでの鬱憤をすべてぶつけるような罵声を浴びせられた後、私はそのまま玄関の外へと放り出された。

 

『お前みたいな気持ち悪い子供は、うちにいらない』

『猫とお話ができるんでしょ? 山にでも行って野生で生きていったら?』

 

 あの頃の知能が乏しかった私でも、それがどれだけ残酷で、頼りにできる唯一の存在から切り捨てられ、自身が今際の際にあることを、真っ暗な雷雨の中を行く当てもなく歩き進みながらも自覚できた。

 そしてどれほどの時間を彷徨っただろうか。

 ようやく辿り着いた公園の片隅で、ずぶ濡れになりながら一人、笑ってブランコを漕いでいる少女を見つけたのだ。

 

 その子は、雨に打たれる私の姿に気づくと、無邪気に駆け寄ってきてこう言った。

 

『雨の日のブランコって、すっごく気持ちいいんだよ? 一緒にやる? 雨がびしゃーって顔にかかって、マジでヤバいの!』

 

 

 

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「うわぁ……そうだったんだ。いや、初めて出会った時のことは覚えてるし、玲香があの後すぐ雷で縮こまっちゃったから、私の家に連れて行ったのも覚えてるんだけどさ……えぇ? そんな酷い話ある??」

「そうですね。客観的に見ても、救いようのない話です。おまけにうちの両親、私の後にも三人の子供に恵まれたそうで、今は何不自由なく幸せに暮らしているらしいです」

「ヤバすぎるでしょ……それ」

「ほんっと、因果応報などというくだらない言葉を作った人は、苦しみながら死んでもらった方が世のために思えてきますよ」

 

 その後、偶然にも葵の家族と、私の父方の祖母に交流があったという幸運に恵まれる。

 おまけに家が小さな公園を挟んだ隣同士だったことも重なり、事態は速やかに祖母の耳へと届いた。

 そうして私は、偏屈で気難しいお婆ちゃんと二人きりの生活を始めることになったのだ。

 

 すべては単なる偶然の積み重ねに過ぎない。

 けれど、あの絶望的な状況から私を救い出し、ここまで導いてくれたのは、間違いなく葵だった。

 それにその後も家が近いこともあって、友達のいない私を彼女はいつも遊びに誘ってくれた。

 

 暗闇の中で見つけた、唯一の光。

 たった一人の幼馴染。

 そんな存在を……好きになるなと言われる方が、土台無理な話だったのだ。

 なのに、それなのに――。

 

「ッ?!」

「ヤバいのは貴女もですよ、葵」

 

 私は隣に座っていた葵を、力任せにベッドへ押し倒した。

 驚きに目を見開く彼女を、上から完全に覆い被さるようにして組み敷く。

 

「私を救ってくれた唯一の幼馴染が、猫を飼い始めた影響で私を憎悪の目で見るようになったんです。…………本当にふざけてると思いませんか?」

「…………」

「それに正直に言うと、親に捨てられたことよりも、貴女からあんな冷淡な視線を向けられた時の方が、遥かに深く心を抉られました。貴女に愛されている猫に、醜い嫉妬すら覚えた。……歯車が一つでも狂っていたら、私はきっと自ら命を絶っていたでしょうね」

「……ごめん」

「謝らなくていいですよ。今ここで10年分の恨みを、全部ぶつけてあげますから」

 

 冷たく言い放ち、私はじりじりと、獲物を追い詰めるように体を密着させていった。

 吐息が混じり合うほど、唇が触れ合う寸前まで顔を近づけた時、葵が震える声で口を開いた。

 

「えっと……たぶん、この雰囲気だと私たち……これからエッチするんだよね? さっき例え話で言ってたし」

「はい? 全然違いますけど?」

「えっ…………違うの? じゃあこんなに近づいて、何やろうとしてんの?」

「決まっているでしょう。十年分のお返しとして、貴女に一生消えない痛みを刻みつけてやろうかと。……そうですね、まずはその無防備な首筋を噛みちぎってあげましょうか」

「それは……私の首に噛み跡がちょっと残る、優しめでちょっと色っぽい感じのやつ?」

「は? そんなのが10年溜めた恨みの代わりになるわけがないでしょう? 普通に一生傷跡が残るくらい、めちゃくちゃ痛いヤツをおみまいしてやりますよ」

「そ……そんなぁ」

 

 絶望に染まった葵の声を切り裂くように、私は彼女の細い首筋へ、鋭く尖った牙を這わせた。

 恐怖に支配された彼女の体が、小刻みに、それでいて激しく震え始める。

 

「何でも一つ言うことを聞くんですよね? なら、この痛みに泣き叫ばずに堪えてください。それができたらお互いに仲直りといきましょう」

「うぅ、そうだよね。私なんでもするって言っちゃったもんね。でもこれならエッチの方が遥かにマシだったような……」

「問答無用です」

 

 冷たく宣告し、私は容赦なく牙を突き立てた。

 

 もちろん一気に終わらせてやるつもりなどない。

 

 葵が恐怖に顔を歪め、一秒でも長く苦痛を味わうように、私はゆっくりと、深奥へと牙を沈めていく。

 

「かっ――アッ…………ぐぅぅ」

 

 あまりの激痛に、葵は体を引き絞るように捩り、必死にもがき逃れようとした。

 だが、私はそれを許さない。

 

 逃げ場を奪うように彼女の両腕をシーツへ縫い付け、逃走の意志を物理的に封じ込める。

 中途半端な深さで一度牙を離し、私は彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「抵抗は許しませんよ」

「も、もう無理……痛い……怖いよ……! お願い、これで許して。他のお願いなら何でも聞くから、これだけはっ……!」

 

 葵は両目から涙を溢れさせ、無様に、それでいて必死に懇願してきた。

 

「ダメです。これは貴女が私を裏切って、長い時間私に苦痛を与えたことに対する償いなんですよ? こんな軽いもので、すむわけないじゃないですか」

「玲香ぁ……!!」

「馬鹿言ってないで、続きをしますよ」

 

 私は再び、残酷な儀式を再開した。

 一時間近く、焦らし、嬲り、積年の怨嗟を晴らすように、じっくりと彼女を執拗に痛めつけていく。

 

 葵はやがて、涙だけでなく鼻水や涎まで垂らしながら、形をなさない悲鳴で止めるよう縋り付いてきたが、もはや高揚しきった私の耳にその声は届かなかった。

 外では雷鳴が狂ったように轟き続けていたが、今の私には、もはや自然の咆哮などただのノイズにすぎなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「はっ、ぁ……っ、は、ひ……っ! あ、が……っ、はぁ、はぁっ、……っげ、ほっ……!」

「はい。軽く消毒して、止血も済ませましたよ」

 

 極限の痛みと恐怖に晒された葵の顔は、汗と涙でぐちゃぐちゃに濡れ、見るも無残に崩れていた。

 私はそれを、まるで愛しいものを慈しむように、優しく丁寧に拭い取る。

 

「葵、今の貴女は本当にいい顔をしてますよ?」

「どこ……が、よ……っ!」

 

 震える声で反論を試みる彼女の頬を、私は掌で静かに制した。

 

 ふと気づけば、今の葵はこれまでの不遜な態度とは打って変わり、どこか艶めかしい色気を帯びている。

 これほどの仕打ちを受けておきながら、そんな表情を見せられるとは。

 もしかしたら彼女には、底知れぬドMの才能があるのかもしれない。

 

「貴女は分からなくていいんです。私だけが知ってればいいので」

 

 そう囁きながら、私は葵の唇へと、吸い寄せられるように自分の顔を寄せていった。

 

「ちょっと待って……玲香……! さっきので……お願いは、終了、でしょ……?」

「嫌だったら拒んでくれればいいんですよ? ――それが今の貴女にできればですけどね」

「そんなの……ズル、じゃん……!!」

 

 触れ合う寸前、熱を帯びた吐息が混じり合う距離で、私は唇を重ねる代わりに、お互いの額をこつんと合わせた。

 

「はい、もちろん冗談です。もしかして期待しちゃいました〜?」

「ッ?!」

「さっきので私達は仲直りしちゃいましたからね。これ以上何かしたりはしませんよ」

 

 呆然とする葵を置き去りにして、私は身を翻すと、彼女の隣の空いたスペースにゴロンと転がった。

 

 揶揄うのはこれくらいにしておかないと、私の欲求も本格的なスイッチが入りだしそうだ。

 ただでさえここ数年間くらい薬で止めてるのに、自分でギアを上げるわけにはいかない。

 もう時間も遅いし、寝よう。

 

「どうでもいいことですけど、自分の体の汚れが気になるようなら、部屋にシャワーがあるので、それを使ってください。私はもう寝ますから」

「…………そんなこと言われたら、浴びないなんて選択肢ないでしょ。今はまだ、まともに動けないから……少し休んでからにする」

「そうですか。では、先に眠ります。おやすみなさい」

 

 その時に寝返りを打って逆方向を向いた時、ようやく私はカラコンを外した。

 おそらく葵が唯一忘れている事があるとすれば、幼少期の私はカラコンを付けていなかったこと。

 葵はずっと私が黒目であると勘違いしているのだ。

 そしてレイの状態では赤青のオッドアイ。

 

 万が一にでも、ありのままの私の眼を見られれば、点と線は一瞬で結ばれ、レイとの繋がりを決定的に疑われることになるだろう。

 

 この眼だけは、決して彼女に見せるわけにはいかない。

 

「うん……おやすみ」

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