次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
『え〜、そんな事があったん? すっご〜!』
『ほとんど関わった事ないけど、シンプルに西園さんが怖くなってきたかも』
玲香が先に眠りについてしまったため、私はシャワーを浴びながら、佳織と莉子の二人と通話を繋いでいた。
先ほどベッドの上で繰り広げられた凄絶な出来事を、包み隠さずすべて打ち明ける。
『葵は痛くないの? それ」
「すっっっっっっっごく痛い。やられてる時なんてずっと泣いて叫んでたのに、全然やめてくれないんだもん。力も信じられないくらい強くて抵抗なんてこれっぽっちもできないし……本当に、死ぬかと思うくらい怖かった」
『でも、そんな酷い仕打ちを受けておいて、葵ちゃんは結構元気あり余ってそうだね?』
佳織の言葉は、恐ろしいほど私の図星を射抜いていた。
私は少し考え込み、言い知れぬ躊躇いを感じながらも、偽らざる心境を吐露した。
「うん……ちょっと――いや、凄く言いづらいんだけどさ、玲香に力づくでやられてる間、結構ドキドキしちゃって…………なんか表現に困るんだけど、超気持ちよくて、心が満たされてる感があったんだよね…………」
『えぇ……ストックホルム症候群的なヤツなのかなぁ?』
『…………(絶句)』
「ストックなんとかっていうのがどんなものかは知ってるけど、私がそれに当てはまるかはわかんないや」
大前提として私が9割悪い。
それは紛れもない事実だが、だとしてもあんな真似をしてくる幼馴染なんて、普通ならやられた時点で絶縁を言い渡してもおかしくないはずなのだ。
それなのに、私の体は今も妙に熱を帯びていて、落ち着かない。
昔の私は玲香の側にいたり、抱きしめたりする行為を結構楽しんでいた時もあったけど、ここまでの気持ちになった事はなかったと思う。
これも自身の成長ゆえなのか、それとも玲香の身の上話を知ってしまったゆえか……もしくはそれ以外の要因があるのか。
自分でもよく分からない。
そしてそれとは別に、玲香を抱きしめた瞬間に抱いた、もう一つの大きな疑問を口にする。
「今思い出したんだけど、なんだかレイと玲香って、似てるんだよね」
『…………』
『えーと、私はその猫さんに会ったことないからわかんない。黒瀬さん的にはどうなの?』
『お……おぉん。わかんないっぴ…………』
突如、佳織の声が露骨に上擦り始めた。
あまりに分かりやすすぎる反応に、かえってこちらが助かるくらいだ。
「何か知ってそうだね、佳織。ここまで玲香のことを裏切ってきたんだし、どうせならレイとの関係性も教えてよ」
『裏切りとは失礼な。想い人と仲直りできるよう背中を押してあげた、って言い直して欲しいね!』
「で、レイと玲香の関係性は?」
少し前の私は、レイが玲香と繋がりを持っていることを深く考えたくなかったから、あえてその事について触れる事はなかった。
もしかしたら、ムギの二の舞になるかもしれなかったから。
けど、ここまで玲香との関係性が修復できた今、知れることなら全部知っておきたい。
『ごめんけど、それだけは絶対に答えられないかな。たぶんレイや玲香の本人達に聞いても、同じ反応すると思うから、そっちは頑張って自分で探って!』
「そんなこと言われてもこっちは納得できないし、気持ちよく眠れそうにないんだけど」
『じゃあ代わりと言っては何だけど、葵ちゃんに満足してもらえる特大ネタをあげる。心して聞けーい』
「特大ネタ……?」
『そう、それは――』
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シャワーを浴び終え、予備で持参していた服に着替えて浴室を出る。
静まり返った暗い部屋を慎重に進み、玲香が眠るベッドへと歩み寄った。
「すー…………すー……」
覗き込む視線の先で、彼女は深い眠りの淵に沈んでいた。
「玲香は……私のことを恋愛対象として見ている」
佳織が最後に落としていった特大の爆弾。
それは、玲香が私に対して抱いている感情が、ただの執着ではなく愛情であるという事実だった。
つい先刻まではレイと玲香の繋がりばかりが気にかかっていたはずなのに、その情報を与えられてからは、もはや脳内はその一点に占拠されていた。
通話の最後、莉子に投げかけられた「葵は西園さんのことが好きなの?」という問いも、重い澱のように胸の底に溜まって離れてくれない。
これまで誰かを特別に想った経験などないし、キスだって、相手は猫のムギやレイだけだ。
そんな特別な行為を、私は玲香と分かち合えるのだろうか。
……正直に言えば、さっき牙を立てられる寸前、私はそれなりの覚悟を固めていた。
玲香の今日の言動や行動を振り返れば、佳織がもたらした情報は、決して根も葉もない戯言とは切り捨てられない。
私に向けられた感情の真実と、レイとの不可解な関係。
今の私は、解き明かしたい謎で溢れかえっていた。
「玲香……起きてる?」
私は寝ているであろう玲香のことを上から覗き込みながら、確認をとった。
今日一日、私を散々翻弄し、やりたい放題に嬲ってくれた白髪の我儘娘は、驚くほどリラックスした様子で仰向けに眠っている。
……本当にその呑気さが羨ましい。
私はといえば、巡る思考と、首筋に刻まれた激痛のせいで、まともに眠りにつける気がしなかった。
「あんなに酷いことをかましてくれたんだから……ちょっとくらい意地悪してもいいよね」
独り言を吐きながら、私は彼女の左頬にそっと掌を添えた。
『はい、もちろん冗談です。もしかして期待しちゃいました〜?』
反芻するたび、あの勝ち誇ったような声が無性に腹立たしく思えてくる。
泣き虫だった玲香の分際で、調子に乗りすぎなのだ。
それにこんな綺麗で、まるで人とは思えないような雰囲気を醸し出しているこの美顔。
マジで生意気だと思う。
今度どこかに隙があったら、100倍返しで泣かせてやる。
気づけば、私たちの距離は唇が触れ合う寸前まで縮まっていた。
「玲香。……今避けないと、あんたのファーストキス、私に奪われちゃうよ?」
心臓が耳の奥で爆音を響かせ、逃げ出したくなるほどの鼓動を刻む。熱を帯びた吐息が重なり、いよいよその柔らかい感触に触れようとした瞬間――玲香はスッと私に背を向けて寝返りを打った。
「………………何、してんだろ……私」
酷い、酷すぎる。
……これは気の迷いだ。
何で私がこんな幼馴染にキスをしようとしてるんだ。
あまりに馬鹿げている。
首からくる痛みが脳髄の奥底にまで達し、一時的に頭がおかしくなっているのだろう。
だからこれは私が悪いのではなくて、全部玲香のせいだ。
「ムカつく……」
やり場のない苛立ちのままに、私は彼女の首筋に指を添え、思いきり抓りあげた。
起きるなら、今すぐ起きてしまえ。
今日はどうせ私は眠れないのだから、道連れにしてやる。
そう思っての行動だったのに……
「葵……?」
玲香は微かに涎を垂らし、重たそうな瞼を半分だけ持ち上げて、視線の端で私を捉えた。
完全に寝ぼけている。
それなのに、その無防備な仕草さえ妙に艶めかしく見えてしまい、私の心臓はまたもや不規則な鼓動を刻んだ。
「な、なに? 文句があるなら何か言い――」
反論を試みた瞬間、私は玲香の細い腕に力強く引かれ、抗う間もなく布団の中へと引きずり込まれた。
彼女はまるで、甘える猫が飼い主に身を寄せるように、私の胸元へと潜り込んでくる。
「葵……抱きしめ……て……。すー……すー……」
……なんて身勝手なヤツなんだろう。
本当に今日は、ずっとやりたい放題で終わらせる気のようだ。
もう私もここまでやられたら、抵抗の余地無しだ。
「私の完敗だよ、玲香。……マジで後で覚えておいてよ」
考えなきゃいけないことが沢山ある気がするけど、今日は一旦これでおしまいだ。
私は腕の中で幼子のように甘える玲香を優しく抱きしめ、夜が明けるまで、彼女の柔らかな背中を一定のリズムで撫で続けた。