次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
「猫が喋ってる……? どうして? これ夢なの……?」
「残念ながら現実です。というか、そんな細かいことはどうでもいいんですよ。こんなところに座り込んでないで、家に戻ってください」
私はそう言いながら、前脚を不恰好に突き出して、すぐ近くにある彼女の家を指し示した。
猫の身体ではまともに方向を指せているのか怪しいものだが、意図くらいは伝わるだろう。
「でも……ムギが…………」
いつまで死んだ猫の事を引きずっているつもりかと、イライラしてしまいそうになるが、ここら辺は死生観の違いか。
死期を悟っていた猫を何百匹とも見てきた私と、初めて愛猫を亡くした彼女とでは、見えている世界が違う。
……少しだけ、助け舟を出してやることにした。
「分かってると思いますけど、ムギはもう寿命が近づいてました」
「……知ってる」
「なら話は早いですね。私はその猫から貴女のことを頼まれているんです。そんなところでじっとしてないで、もう大人しく家に戻ってください」
「ムギが……あんたに、私を……?」
呆然とする葵を置いて、私は数歩先を歩き出した。
「ほら、何度も言わせないでください。いつまでそこにいるつもりですか? 帰りますよ」
促すように鳴いて、私は葵を彼女の家へと導いた。
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その後ムギは一筋の望みをかけて、葵の家族総出で動物病院へと運ばれていく。
けれど結局は私の見立て通りだった。
ムギはやはりただの物言わぬ骸でしかなく、病院で正式に死亡が確認された。
そんな騒動を終え、時計の針は21時を回った。
今家に帰っても『どこに行ってたんだ!」って、お婆ちゃんに怒鳴られるんだろうなぁ。
だけど、私はまだ帰れそうにない。
なぜなら私は今、ベッドの上で葵にきつく抱きしめられているからだ。
それも、骨が軋むほどの力で。
「大丈夫ですか?」
「うん……ありがとう。あんたの事を抱えてるおかげで、凄く落ち着いてられるよ」
「それはよかったです」
……大嫌いな女に抱かれ、なんとも居心地が悪い。
でも、今は大目に見てやることにした。
そろそろ解放してほしいが、今の彼女にそれを言えるほど、私は冷酷な化物になりきれない。
「…………ムギは……最後に、何か言ってた?」
葵が震える声で尋ねてきた。
「あの子、何考えてるか全然分からなかったし……ずっと外で遊んでばかりだったから。私のこと、どう思ってたのかなって」
「『楽しい人生だった』と言っていましたよ」
「そうなんだ…………よかった。ムギが最後まで楽しんでくれたなら」
「それと自分の死を悟ってたからか、私に貴女のことを託そうとしてましたね」
「あのムギが、託す……」
「はい。まぁ私としてはムギに対する恨みは少しあれど、そんな願いを聞く義理なんか全くないんですけどね。ほんっとうに舐められたものです」
そう言って私は、腕の中からすり抜けて脱出しようと試みた。
が、力ずくで引き戻される。
「ん? そろそろ離してもらっていいですか? 用件は済んだので、帰りたいんですけど……」
「帰る? どこに?」
「どこって……そんなの普通に家に決まってるでしょう」
「どこの家? 教えてくれたら、送ってあげるよ」
なんだコイツ。
そんなの教えれるわけがない。
だって猫の正体、私だし。
だから「家は貴女の隣なんですよ」なんて絶対に口が裂けても、言えるわけがない。
ここは適当な嘘で煙に巻くとしよう。
「すみません、間違えました。私は野良猫なので、外に――」
「野良っ……!!?」
「…………えぇ」
突然の絶叫に、怖くて思わず体がすくんだ。
……一体、なんなんだ。
「本当に野良??」
「そうですけど……」
「じゃあ、うちの猫にならない? 絶対に幸せにするし、退屈させないから!!!」
葵はキラキラとした……いや、ギラギラとした瞳で私を抱き上げ、真正面から見つめてきた。
「………………えぇぇぇ…………」
思わず、低くて乾いた声が漏れる。
「お断りします」
「なんで!!」
「私もムギと同じく、野生で暮らすのが性にあってるんですよ。家の中で暮らすとかマジでごめんです」
「そっかぁ。ちなみにムギとはどんな関係だったの?」
「10年くらいの腐れ縁って感じです」
「ふ〜ん」
生返事と共に葵が動いた。
私を片手で器用に抱えたまま、部屋の扉を閉め、窓のクレセント錠を弾く。
さらに備え付けのロックまで、カチリと小気味よい音を立てて固定した。
「あの……何をしてらっしゃるんですか?」
「こうすれば、逃げられないかなって思って」
「…………はい????」
なんだ、逃げられないって。
この馬鹿は何を言っている????
「今からあんたはうちの飼い猫になるの。それにムギはあんたに私を託したんでしょ? だったら責任をもって、私の面倒を見るべきじゃない?」
「はぃぃいいいいいいいい?!?!?!」
「大丈夫だよ。今度は絶対に、ムギみたいに怖い思いをさせたりしないから。私が、ちゃーんとあんたの面倒を見てあげる」
そう言って、葵は私を抱きしめたままベッドへダイブした。
「ねぇ、あんたの名前を教えてよ」
「なんか勝手に話を進めてるみたいですけど、こっちは一言も了承してませんよっ?!」
「えっと、真っ白い毛の猫だから――」
この馬鹿女、都合の悪い言葉だけが綺麗に聞こえないらしい。
クソっ!このままじゃ勝手に変な名前をつけられる……!
「あああああ!! もうっ! 勝手に名前を付けようとしないでください!! 私の名前は……」
――待てよ。
ここで本名を出すのはダメだ。
ただでさえ言葉を喋る猫なんて、世間一般的にみればキショいのに、もし自分が
ここは適当な偽名でやり過ごすしかない。
「……私の名前はレイです」
「そっか、良い名前だね! 私は椎名 葵っていうの!」
「知ってます」
「……え、知ってるの??」
あっ、普通にミスった。
なんで脊髄で返答してるんだ、私は。
ちゃんと考えて話さないと……
「ムギから名前を聞いてるので……知ってます」
「そうなんだ! じゃあ、今日はムギがどんなことを思ってたのか、私が寝るまでたっぷり教えてほしいな」
「そんなことより、私を早く外に――」
解放を訴えようとした私の前で、葵が平然とスマートフォンを取り出した。
レンズの先は、迷いなくこちらを向いている。
「そういえば家族みんなで集まってた時、私がいくら話しかけても、全部無視してたよね? 喋る猫って初めてみたし、他の人にバレるとまずいんでしょ?」
「……………………」
「今のほんの一瞬だけど、レイが喋ってるところ、しっかり動画に撮れちゃった。これでもまだ、外に出たいなんて言っちゃうのかな?」
酷い……酷すぎる。
清々しいほどのクズだ。
まさか葵がここまで最低な人間になってるとは、全く思いもしなかった。
すべてはあの猫、ムギとの出会いが原因に違いない。
……マジで恨む。
「……喜ンデ。葵サンノ、家猫ニナロウト思イマス」
「やったあ!!」
よくもまぁ平然と脅しておいて、そんな無邪気に喜べるものだ。
「貴女……絶対にロクな死に方し――」
その時。
窓の外が真っ白に弾け、すぐ近くで鼓膜を震わせるような激しい落雷が響いた。
「突然どうしたの、レイ? 私のお腹に自分から抱きついちゃったりして」
「…………」
「死に方がなんとかって言おうとしてなかった? 今」
「……そ、そうですよ! 貴女はロクな――」
言い終える前に、二度目の雷鳴が部屋を揺らした。
「ヒッ…………!」
「まさか、レイ……雷が怖いの?」
葵の隠そうともしないニヤニヤした声が、すぐ頭上から降ってくる。
彼女はお腹にしがみついていた私を引き剥がし、ひょいと抱き上げた。
視線が嫌な角度で交差する。
「ハッ、誰が雷如きに……っ」
「でも、身体震えてるよ?」
「これは、さっき雨に打たれたせいで身体が冷えたからで、雷なんて何の関係もありませんよ。馬鹿言わないでくださ――」
強がってみたものの、三度目の雷鳴にはもう耐えられなかった。
「……すみません、嘘をつきました。雷が怖いんです。お願いですから私を布団に隠してください。……大きい音が大嫌いなんです」
「さっきまで外に逃げたがってたのに、雷には弱いんだ? ……レイ、超可愛いじゃん」
「うるさい……です」
蚊の鳴くような声で返すと、葵は私を抱えたまま布団に潜り込み、そのまま腕の中でそっと私を抱きしめてくれた。
「雷が怖い、ね。……ふふっ、なんかどっかの馬鹿白髪頭を思い出しちゃうな〜」
「誰が白髪頭ですか。これは生まれつきなんですけど」
「あははっ、レイのことじゃないよ。玲香って人のこと。私には髪の白い幼馴染がいたの。――って、レイにこんな話をしても意味ないか」
「………………」
「そんなことより、こうやって抱きしめててあげるからさ、交換条件としてムギの事を話してよ。それくらいいいでしょ?」
「……まぁ、寝るまでの間くらいなら」
雨音と時折響く雷鳴を遠くに聞きながら、私たちは日付が変わるまで、あの一匹の老猫について語り合った。