次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第20話 焦り

 その日の夜、私はレイとして葵の家を訪れた。

 この大馬鹿者には定期的に顔を見せておかないと、周囲を嗅ぎ回られて後々面倒なことになる。

 

 私にとってこれは、もはや平穏を保つための義務のようなものだった。

 

「久しぶり、レイ! ずっと会いたかったよぉぉおお!!」

「こっちはそんなですけど」

「そんな酷いこと言わないでぇぇええ!!」

 

 葵は嘆きながら私の頬に自分の頬を執拗に擦りつけた後、あろうことか私のお腹に顔を埋めようとしてきた。

 その瞬間、私は彼女の額に鋭い爪を突きつけ、制止する。

 

「まさか猫吸いなどというキショい行為を、私で試そうだなんて思ってませんよね?」

「……ごめんなさい。調子に乗りました」

 

 葵は素直に引き下がり、私をベッドの上へと優しく下ろした。

 

「随分と上機嫌ですね。そんなに玲香との一泊二日が楽しかったんですか? 私は一応犬猿の仲と聞いていたんですが」

「んーっと、まだ玲香から話を聞いてない感じ?」

「聞いてません」

「そうなんだ。じゃあ私の口から報告しちゃうけど――この二日間を通して、ついに玲香と仲直りできましたー!!」

 

 葵は最高潮のテンションで、パチパチと拍手を鳴らし始めた。

 

「へ〜、そうなんですね」

 

 そんなことは当事者である私が、一番よく分かっている。

 今さら驚くふりをするのも馬鹿馬鹿しく、私は適当な相槌で済ませた。

 

「全然興味なさげだね」

「まぁ実際どうでもいいので」

「そうなの? 一応レイの運命を決める大事なことのはずなんだけど」

「私の運命を決める〜? ……一体何を馬鹿なことを――」

 

 私が反論しようとした、その刹那。

 視界が揺れたかと思うと、首筋にひやりとした感覚が走り、気づけば首輪とリードが完璧な手際で装着されていた。

 

「へ?」

「だって玲香と仲良くなれたら、レイはうちの飼い猫になってくれる。そういう約束でしょ?」

「あぁ……………………あ」

 

 まずい。

 ひっっっっっっっっじょうにまずい!!!!

 

 そういえば旅館では勢いに任せて仲直りをしてしまったが、そうなると私は玲香の飼い猫にならなきゃいけない運命になるのか。

 交わした約束である以上、守らないといけない話ではあるのだが、そうなると私の生活が立ちいかなくなる。

 どうにか色々と話をズラさなければ……

 

「あ……葵?」

「どうしたの、レイ? 声なんか震わせちゃって」

 

 葵は満面の笑みを浮かべている。

 その瞳には獲物を追い詰めた猛獣のような、逃がす気など毛頭ないという意思が宿っていた。

 

「ちょっと私は外に急用ができたので、これで失礼したいな〜……なんて」

「まさか約束を破るの?」

「い、いえ! そんなつもりはないんですけど……」

 

 私が言葉を濁すと、葵はずずいと顔を近づけ、逃げ場を塞ぐような冷徹な眼光で私を見下ろした。

 これほどまでに威圧的な彼女の表情を見るのは、出会ってから初めてのことかもしれない。

 

「ヒッ……」

「そもそも、レイがそこまで外の世界に固執する理由なんてないよね? 頻繁にここへ遊びに来てくれてるし、特定の誰かに飼われてるわけでもないんでしょ?」

「まぁ……そうですね。ハイ」

「じゃあなんで私の物になってくれないのかな? おかしくない?? それにムギはレイに、私と一緒に暮らすようにお願いしたんでしょ?」

 

 ムギはそこまで具体的なことは言っていなかったはずだが……ここで下手に反論すれば火に油を注ぐだけだ。

 私は賢明に沈黙を守ることにした。

 

「もしかして、レイが私の物になってくれない理由の中には――玲香が深く関係してるのかな?」

「関係ないです」

 

 こればかりは食い気味に、そして断固として否定した。

 万が一にも私が玲香本人だと露呈してしまえば、今後どのような形で弱みを握られ、利用されるか分かったものではない。

 

 それにこれまでの行動の矛盾を、死ぬほど詰められるに違いないのだ。

 私はそれに返す正論を持ち合わせてないので、絶対に葵にだけは正体を明かすわけにはいかない。

 

 葵は獲物を観察するように、私の体をまじまじと見分し始めた。

 

「レイって結構、玲香と共通する点あるよね」

「はい?」

「体毛は真っ白だし、あの子も髪の毛は白。それに二人揃って雷を怖がってるし……あと喋り方もなんか似てるよね」

「しゃ……喋り方はぁ…………人間の言語を玲香に教えてもらったので」

「そっかぁ。でもやっぱり似てるなぁ」

 

 そして、葵は何かに合点がいったような顔をすると、不意に私を抱き上げた。

 

「私、分かった気がする」

「……な、何をですか?」

「レイの正体」

「おっ……ぉぉ」

「やっぱり自分の正体がバレたら、レイは困っちゃったりするのかな?……なんか凄く焦っちゃってるみたいだけど、今、当てちゃってもいい?」

「ま、まぁ……当てられたら死にたくなるくらい怖いんですが、それを聞かずにいるのも怖いので…………答えを聞かせて欲しいですね」

「そう? じゃあズバリ答えちゃうんだけど……」

 

 私は喉をごくりと鳴らし、固唾を呑んで次の言葉を待った。

 

 ここでバレれば、積み上げてきたすべてが瓦解する。

 そんな破滅の予感に震えながら、私は彼女の唇が動くのを凝視した。

 

「レイの正体は――玲香の妹!」

「全然違いますね」

「だよね〜。そうなると玲香の正体は猫って事になっちゃうか、それにレイが人間の可能性が出ちゃうもんね」

「…………………………………………………」

 

 当たらずとも遠からず。

 あろうことか、彼女は確実に真実の輪郭を捉えつつあった。

 このまま思索を深めさせていれば、いずれ点と線が結ばれる日が来るだろう。

 

「それにいくら玲香の家族が謎だからって、これは話が飛躍しすぎてるかな? ……けど、答えは近いところにある気もするような……」

 

 あっ、本当にこれ放置しちゃダメなやつだ。

 少々無理やりではあるが、話題を変えさせてもらおう。

 

「わ、分かりました! なら一つ提案をさせてくださいっ!!」

「提案?」

「そうっ! ……そうですね。ではここは賭けの続きといきませんか?」

「ふ〜ん……詳しい話を聞かせてよ」

「まずは報酬の話です。もしこの賭けに貴女が勝てば、私は永続的に貴女の所有物になることを誓いましょう。さらに猫吸いや肉球、尻尾に至るまで、あらゆるスキンシップを無制限に解禁することをここに宣言します!!」

「おぉ!!……それで賭けの内容は?」

「玲香と、今以上に仲良くなってください」

「えぇ……これ以上? そんなの、ウルトラ難しくな~い?」

 

 葵は困り果てたような声を出しながら、私を抱えたままベッドへと倒れ込んだ。

 

「できないのであれば、この話はなかったことに」

「なんで一度負けたはずのレイが、そんなに偉そうなのかな?」

「うっ……」

「まあいいよ。その賭け、乗ってあげる」

「え?」

 

 まさか引き受けてくるとは思ってなかった。

 普通にこんな提案はブチギレられて、他の方法を考える事を、余儀なくさせられると思ったのに。

 

 こんなのあまりに抽象的すぎて、成立しないような話だ。

 ほぼ私の勝ち確で終わる話だなんてのは、葵自身も分かっているはず。

 これのどこに納得できて、引き受けれる要素があったのだろうか?

 

 もちろん葵の立場からすれば、この提案を蹴れば最悪私は彼女の前から姿を消すか、あるいは現状維持が確定する読みがあったかもしれない。

 葵視点では望みが薄くとも、賭けに乗る以外に道はなかったかもしれない。

 

「仲良くなるっていうのは、どんな形でもいいんだよね?」

「別に形が決まっているわけじゃないので、そちらにお任せしますけど。ただ私が納得できるものじゃないとって感じですね」

「なら、大丈夫」

「……その根拠は?」

「聞くところによると、玲香は私のことが――大好きらしいから」

「は…………………………?」

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