次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第22話 発情とファーストキス 

 そしてゴールデンウィーク明け。

 

「行ってきま〜す!」

「いってらっしゃい」

 

 久しぶりの登校に少しだけ背筋を伸ばし、お婆ちゃんに元気よく声をかけて玄関を飛び出した。

 すると、視線のすぐ先に葵が立っていた。

 

「おはよ、玲香!」

 

 なぜ彼女がここにいるのか。

 あまりに唐突な光景に脳の処理が追いつかず、私は思わず足を止めた。

 私は葵と何か約束事をしただろうか?

 

「今日から一緒に登校しない? どうせ莉子や佳織とはバスに乗ってからの合流だし、二人で向かう分には問題ないでしょ?」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「…………」

 

 私はあえて何も答えず、何も見えていなかったかのように、彼女の横を素通りした。

 

「無視は酷くない?! っていうか、休み中もLI◯Eを何度か送ったのに、全部既読スルーだったよね! 流石に傷つくよ、私!!」

「外で人様に噛みつくような獣に、構ってなんかいられません」

「でも、玲香だって私にもっと酷いことしたじゃん! 私が獣なら玲香だって獣だよ。怒ったらすぐ噛みついてくる猫と一緒!」

 

 それはまぁ、事実私は猫でもあるし。

 否定はしない。

 

「あれは貴女から得た正当な権利を行使したまでです。それに、朝は静かに過ごしたいので一人にして――ッ?!」

 

 拒む言葉を続けようとした瞬間、視界が揺れた。

 気づけば葵に右手を奪われ、指と指を深く絡め合う恋人繋ぎの形に固定されていた。

 

「静かなのが好きなら、玲香は喋らなくてもいいからさ。一緒にいさせてよ」

 

 屈託のない笑顔でそう囁きながら、彼女はさらに強く指を食い込ませてくる。

 その突然の接触に、体の奥底からぐわっと、制御不能な熱がせり上がってくるのを感じた。

 同時にあのマイペースすぎる医者の言葉が、呪いのように脳裏を支配する。

 

『それは恋の病……だね』

『違います』

『そもそもとして獣人タイプの亜人って中学生くらいの時には、自分の事を理解してくれる交尾の相手を見つけてるのが、普通なんだよね』

『…………』

『今は玲香さん自身の理性で必死に押さえ込んでると思うんだけど、結構やってることヤバいよ? 去勢なしで獣が自分の本能に抗ってるようなものだからね〜。そんな馬鹿やってる獣人はキミしか知らないな〜』

『でも、今までは全く問題ありませんでした』

『だからこその恋の病だって言ってんじゃん』

 

 最悪だ。

 あの医者の言葉のせいで、私はこれまで以上に一段と強く葵を意識してしまうようになった。

 

 だけど私はもう、断じて葵のことをそんな目で見ていないはずなのだ。

 というか、そんなの私のプライドが絶対に認められない。

 

「何ですか…………その手は」

「ただ手を繋いでるだけだけど。幼馴染なんだしこれくらい当然じゃない?」

「当然じゃないです。……こっちが困るのでやめてもらえませんか」

「困っちゃうか〜――まぁ、玲香が私でそんなにドキドキしちゃうってんなら、しょうがないかなぁ」

 

 葵は茶化すようにそう言って、わざとらしく手を緩めようとした。

 

 ……そうか。

 そういえばそうだった。

 この馬鹿は、私が葵のことを大好きである、などというイかれた勘違いをしている上に、そのまま二人で取り交わした賭けを遂行しようとしているのだ。

 つまり私が葵のペースに乗せられてしまえば、いずれ家猫として飼い殺される未来。

 

 不本意極まりないが、ここは微塵も効いていないフリを貫き通すしかない。

 今の葵の言葉を事実だと認めないためには、むしろこの接触をなんの気なしに受け流す必要がある。

 

 私は離れようとした葵の手を、逆に強く握り締め直した。

 

「ドキドキなんかしてません!! ただ……」

「ただ?」

「ちょっと暑苦しいなって思っただけです! というか、同性の幼馴染と手繋ぎした程度でドキドキするって、どういうことですか? そんなやついるとしたら、普通に頭沸いてますよ」

「そんなに早口で捲し立てなくても、分かってるよ」

 

 余裕の笑みを崩さない葵に腹を立てながらも、私たちはそのままバス停へと辿り着いた。

 やってきたバスに乗り込み、ごく自然な動作で二人掛けの席に肩を並べて腰を下ろした。

 

 

 

 ---

 

 

 

「玲香〜」

「次は何ですか……」

「眠いから肩貸してくんない?」

「どうせ断ったら適当言ってくるんでしょう? もう勝手にしてくださいよ」

「ふふっ、分かってるじゃん。ありがとっ♪」

 

 葵はそう言って、私の肩にこんと頭を乗せた。

 だが、これを許可してしまったのは最大の過ちだった。

 

「……ッ!」

 

 葵の匂いが、容赦なく鼻腔を突き抜けた。

 肌が触れ合う熱、そして獣としての鋭敏な嗅覚が、葵という存在を強烈に、残酷なまでに知覚させてしまう。

 

 断じてこの感情や感覚を、性欲などという下劣な言葉で括りたくはない。

 だが、叫びたがっている本能は、今すぐ牙を剥き、すべてを曝け出せと体を突き動かして止まなかった。

 

「すー……すー……」

 

 葵はもう寝てしまっているようだ。

 

「……す、好きじゃない。断じて、葵のことなんか好きじゃ……ない……!」

 

 頭で言い聞かせるだけじゃ、火照った体は止まってくれない。

 だから葵が寝ているのを確認して、それを言葉にしてまで自分を抑えようとしたが、それでも私の本能は薬と理性だけでは、抑えが利かなくなり始めていた。

 これも全部あの医者の言葉のせいにしたい。

 

 ……と、とにかく、妥協案を探さなければ!

 これほどまで内側に熱が溜まってしまえば、葵を起こして距離を取るだけでは、到底この渇きを癒やしきれない。

 

「絶対に……はぁ……起きないでくださいね……はぁ……葵……っ!」

 

 荒い吐息を漏らしながら、私は細心の注意を払って体をずらした。

 葵の頭を自分の手で固定し、彼女を深い眠りから呼び戻さないよう、慎重にその顔を上向かせる。

 

「一回だけ……一回だけですから」

 

 逃げ道を作るように自分に言い訳をして、私は眠りこける葵に――口付けた。

 

 でも、それだけでは足りない。

 堰を切ったように溢れ出した渇望のままに、私は彼女の口内に舌を強引に割り込ませ、互いの粘液を貪るように絡め合わせる。

「ぬちゅり」と、静まり返った車内に場違いな水音が響く。

 しかし乗客のまばらなバスは、私たちの背徳的な行為をただ黙殺していた。

 

 やがて、喉の奥まで満たされるような充足感を得た私は、名残惜しさを振り切るようにゆっくりと舌を引き抜いた。

 

「ふぅ……これくらいで充分でしょう」

 

 私と葵の唇の間に繋がっていた細い銀色の糸を指先で拭い、何事もなかったかのような顔で、再び葵の頭を私の肩へと戻した。

 

 どうやら、葵はまだ深い眠りの中にあるようだ。九死に一生を得た、と言っても過言ではない。

 もし途中で起きてこようものなら、私は言い訳の手段は持ち合わせていなく、そして速攻で飼い猫コース確定だっただろう。

 というか、私のファーストキスが最悪な形で消えてしまった気がするが、もはやそれに頭を悩ませている場合じゃなかったから仕方ない。

 人としての恋愛感情など以前に、本能がそれを命じ、渇望してしまった以上、抗うことにも限度があるのだ。

 

 欲求の満足度は3割と言ったところだが、これでも普通に学校生活を送る分には、残りは理性でカバーできる。

 問題はない。

 問題があるとすれば、こうやって葵と登校するのが日常になると、毎度のようにこんなことをしたくなる可能性を考慮しないといけないことくらいだろう。

 

「大問題……ですよね」

 

 そんな危うい綱渡りを続けていれば、いつか必ず破綻する。

 どうにかして、早急に解決の糸口を見つけなければならない。

 

 そう頭を悩ませていた頃、となりの葵が、ニヤリ、と口を歪ませたような気がした。

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