次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
「落ち着きましたか?」
「うん……ありがとう。それとレイのことはごめん。私が馬鹿なせいであの子が大怪我しちゃった」
「らしいですね。私がレイとお話した時、普通にブチギレてましたよ『葵が言うことを聞いてくれなかったから、危うく死ぬとこだった!!!』って」
私がそう告げると、言葉の節々に何か違和感を覚えたのか、葵は突き刺すような視線をこちらに向けてきた。
……返答をミスっただろうか。
それとも、落ち着きを取り戻した彼女の鋭敏な知性が、私自身も気づいていない矛盾を見つけ出したのか。
だが、こう答える以外に逃げ道はない。
……いや、違う。
彼女の脳裏に焼き付いているのは、血に塗れながらも自分を救った、あの獣の耳と尻尾が生えた私の姿だ。
彼女は依然として、私とレイが同一人物であるという疑念を捨てきれずにいるのだ。
「ねぇ、玲香。聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、なんでしょうか」
「病院にいるってことは、今は動物病院に入院してるってことでしょ」
「まぁ、そうなりますね」
「お見舞いついでに謝りに行きたいから、今すぐ病院の名前を教えてくれる?」
「無理です」
「……なんで?」
なんか……声のトーンが変わっている気がする。
それは行方不明の猫を案じる飼い主のそれではなく、獲物を追い詰める冷徹な審問官の響きだった。
……さっきまでの殊勝な涙は、一体どこへ消えたのやら。
「じゃあ質問を変えるんだけど、どうやって山の中にいたレイを確保したの?」
「それは…………たまたま、貴女みたいに山菜を採りに行ってたお医者さんが、いたみ――」
「そんな偶然、あるわけないでしょ!!!!!」
本日何度目だろうか、これ。
私の鼓膜を破ろうとしないでほしい。
あと、葵も情緒が不安定で怖い。
そしてどう考えても確実に、私が疑われているようだ。
レイの正体は私であると。
だが、山菜を採りにきていたアウトドアな医者が、事実そこにいたのだ。
確か妹と遊びにきている的な事が書いてあった気がするが、証拠は破り捨ててしまったから存在しない。
というか、証拠を見せたら私がレイだってバレる。
「…………じゃあ、最後の質問。私がレイとはぐれる前に見た姿は……たぶん玲香そのものだった。これについて、納得できる説明をしてもらえる?」
「あっははは。猫が私の姿をしていた? 葵……貴女、疲れてるんですよ。きっと狸か何かに化かされたんですって」
「…………………………」
葵は私の苦し紛れの冗談が、よほど癪に障ったらしい。
彼女は無言でスッと立ち上がると、ここに用はなくなったというように、私に背を向けた。
「分かった。もういい」
「あ、あれ?」
「今日はもう帰る。レイが退院する日取りが決まったら、LINEで教えて。バイバイ」
彼女は凍てつくような冷たさを言葉に宿して、振り返りもせずに去っていった。
「ふぅ……一難去ってまた一難。最近は忙しくてたまりませんね」
嵐が過ぎ去った玄関先で、私は力なく腰を下ろし、深い溜息を吐き出した。
……正直、そろそろ正体を明かしても良い頃合いなのかもしれない。
ゴールデンウィーク前であれば、正体を知った葵がどんな狡猾な手段で私を支配下に置こうとするか、想像するだけで恐ろしかった。
でも、今の関係性なら……
ただ私とレイでは、葵と接する態度の違いに、だいぶ乖離がある。
それこそ正体を明かしたら、確実に私達の関係性は大きく変わる事だろう。
それが良い方向に行くか、悪い方向に進むかは分からない。
……私は今のこの関係性に、ある程度満足している。
こうやって緩い関係が一生続いていくのも、悪くないと思っている。
だからやっぱり、できる限りレイである事を知られたくない、というのが私の結論だ。
「あ〜……人間関係って、難しい」
「いつまでそんなとこで座っとんが? 早く家に入られま。カレーできとるよ」
気づけば、お婆ちゃんが玄関の引き戸を開けて顔を出していた。
「……は〜い」
今日は22時頃にもう一話投稿します。