次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
私はその日のうちに葵に『レイは月曜の夜には、そっちに顔を出すそうですよ』とLINEで伝えた。
帰ってきた返事は『分かった。ありがとう』というシンプルなものであった。
別にいつもとメッセージのノリは変わってないけど、さっきのことを考えると、相当機嫌が悪そうだ。
少しくらい、素直に感謝してくれてもいいではないか……なんて、どうにもならない事を考えてしまう。
もしあの山中で、私がもう一歩判断を誤っていれば、私たちは今頃二人揃って熊の胃袋に収まっていたに違いないのだから。
まぁ、色々と有耶無耶にしてるし、あっちがそんな態度でも全然仕方ないんだけど。
「これなら、しばらくは一人で登校できそうですね。葵だって、あれだけ空気を悪くしておいて、平然と顔を出せるとは思えませんし」
そう高を括っていたのだが……
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「……おはよ」
「お、おはようございます」
まさかしっかりと迎えにきてくれた。
だが、変わらず機嫌が悪そうだ。
やっぱり『狸に化かされたんですよ』という、分かりやすすぎる誤魔化しが、相当お気に召さなかったのだろう。
「行くよ」
「……はい」
短く促され、彼女に手を引かれるままに歩き出す。
いつもなら止まることなく溢れ出す他愛ない世間話も、今日の葵の口からは一切漏れてこない。
重苦しい沈黙が、私たちの間を支配していた。
それなのに、ちゃんと手は繋いでくるのだ。
本当に意味がわからない。
そのまま会話の一言も交わさぬまま、私たちはバスに乗り込んだ。
ちなみにこれは、葵が起きているという事実が発覚してから、初めて乗るバスである。
普通に彼女が起きているのを知っている前提でキスなど、絶対にしたくない。
その上、葵は目に見えて機嫌が悪いし。
というか、自身の欲に負け始めている自分を既に超恥じているのに、これ以上死体蹴りかの如く恥の上塗りなんてしてなるものか。
お互いが気まずい雰囲気であるこの瞬間は、もはや絶好のチャンスだった。
私は進んで一人席に足を伸ばそうとしたが――
「ぐぇっ?!」
「どこに行こうとしてるの? あんたはこっちでしょ」
葵に襟首を掴まれ、抗う間もなく二人掛けの席へと強制送還された。
……正気かコイツ?
丁度、この険悪な雰囲気を抜け出す絶好のチャンスだったのに、彼女はそれを自分から消した。
本当に何を考えているのか教えて欲しい。
「肩、借りるね」
「…………あ、はい」
しかもいつものように自分の存在を、その香りを私に押し付けるようにして、私の肩を枕に寝たふりを始めてしまった。
なんでこんな空気感でそれを実行できるのだろう。
頭おかしいんじゃなかろうか。
そして二十分もしないうちに、私の体がむずむずとし始めた。
結構我慢した気がするけど、もう限界だ。
葵は寝ているように見えるが、これが寝たふりなのだろう。
知っていながら私はこれから自ら進んで、彼女の罠に飛び込む。
ただ、この焼き付くような渇望を鎮めるためだけに。
「うぅ……ごめんなさい、葵」
消え入るような声で懺悔を漏らし、私は彼女の唇を深く、深く塞いだ。
理性を溶かし、彼女の口内を執拗に蹂躙する。
熱に浮かされるまま、しばらくの陶酔を貪った後、名残惜しさを引きずるようにしてゆっくりと舌を離した――その瞬間だった。
閉ざされていたはずの葵の目が、カッと見開かれた。
「ヒェッ――?!」
心臓が跳ね上がり、情けない声が漏れる。
だが、彼女はそんな私の動揺など一顧だにせず、鋭い手つきで私の後頭部に手を回した。
今度は彼女の方から、強引に唇を重ねてきた。
初めて奪われる側に回った衝撃と、逃げ場のない快楽に脳が焼き切られそうになる。
抵抗すら許されない密な時間にどれほどの間、身を委ねていただろう。
ようやく唇が離されたかと思えば、即座に胸ぐらを力任せに掴まれた。
「じゃあ質問の続きをするんだけど――なんで玲香は毎日、私にキスをしてるの?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝ってほしいんじゃなくて、質問に答えてほしいの」
終わった。
逃げられない。
おまけに先ほど彼女から受けたキスの余熱が体に灯り、思考をまともに回転させることができない。
「キスする直前、『ごめんなさい』って言ったよね。これまでも何度か言ってた。……ねえ、なんで玲香は私にキスする必要があるの? それも、まるで盛りのついた猿みたいな必死さでさ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!!」
もはや、壊れた機械のように謝罪を繰り返すことしかできなかった。
「……いいよ。じゃあ、これだけ答えてくれたら許してあげる」
「…………はい」
「レイの正体は――玲香なの? 『はい』か『いいえ』だけで答えて!」
葵は力強く言った。
やはり彼女の中では、疑念は確信へと変わりつつあったのだ。
それも当然だろう。
あの山中で、獣の耳と尻尾を携えた私の姿を、彼女は確かに目撃したのだ。
どんなに言葉を尽くしても、今の言い訳は虚しく響くだけだった。
「もし、レイが玲香なんだとしたら、伝えたいことが山ほどあるの! ごめんねって気持ちも、助けてくれてありがとうって気持ちも。それに……大好きだって気持ちも、いっぱい――」
縋るようなその瞳に心が激しく揺れる。
だが、それでも……
私はここで、嘘を突き通す道を選んだ。
「………………いいえ。昨日も言いましたが、それは貴女の見間違いですよ」
平坦な声で突き放すように告げると、彼女は天を仰いで深く、重い溜息を吐き出した。
そして力なくシートに腰を下ろした。
「分かった。……もういいよ、喋んなくて。この話題は玲香に振らないから」
葵の声からは先ほどまでの熱が消え、まるで絶望したかのような、冷え切った響きだけが残っていた。
「………………」
うん、もうその話題を振ってこないでほしい。
こっちも嘘を吐き続けるのは、心苦しいのだ。
というか、それを知って葵はどうしたいのだろう?
これまでに積み重ねてきた私達の関係を、ここで終わりにしたいのだろうか?
考えれば考えるほど、答えの出ない迷路に迷い込んでいくようで、ただただ思考を止めたくなった。