次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第30話 痛恨のミス

 バスを降りた後、葵は私を振り返ることもなく、早足で校門へと消えていった。

 今の私と言葉を交わしても、何一つ生産的な結末は得られない――そう突き放されたかのような背中だった。

 それはかつて、私が彼女に対して無意識に取っていた拒絶の態度を、そのまま鏡で見せられているかのよう。

 

 学校へ向かう途中で佳織と合流し、これまでの経緯をすべて吐き出した。

 藁にもすがる思いだったが、返ってきたのは呆れるほど軽い調子だった。

 

「な〜んだ。もう結構良い感じじゃん」

「は?」

「そこまで行ったんなら、付き合っちゃいなよ。自分から距離取ってないでさ」

「知ったような口で。私は葵をそんな対象で見てないと、何度言えば……」

「もし正体が完全にバレた後でもその態度を続けてたら、取り返しのつかない関係になっちゃうかもよ? お互いこれだけ意識し合ってるんだし、今さらブレーキをかけるだけ無駄でしょ」

「…………」

「たぶん、葵ちゃんは猫状態の玲香に恋をしてたんだと思う。それでその猫の正体が実は――って話になったら、もう答えは出てるようなもんじゃない?」

「……貴女は物事を色々簡単に見過ぎなんですよ」

 

 自分でももはやどう振る舞うのが正解なのか分からない。

 流れに身を任せて、レイとしての側面がある事を、打ち明けるべきなのだろうか。

 

「別に正体がバレたからって、今の葵ちゃんが玲香に牙を向くようなことはないって、自分が一番分かってるんでしょ?」

「……分かってます」

「そんじゃ、今一度ちゃんと聞くけど――玲香は葵ちゃんが好き?」

「好き、です」

 

 ぎこちなく、けれど食い気味に答えてしまった自分に少し驚く。

 

「じゃあその気持ちを本人に伝えるだけだ! 学校に登校したら、すぐに行ってみよ〜♪」

 

 佳織は無責任に背中を押すが、私は途中で足を止め、顔を両手で覆いながら天を仰いだ。

 

「………………無理ぃぃぃ」

 

 結局のところ、校内で彼女に告白する勇気など、微塵も湧いてこなかった。

 そもそも、そんな大それたことをしたいわけではないのだ。

 もし、この剥き出しの感情を真っ向から否定されたら――そう考えると、指先が凍りつくほど怖い。

 

 そして私からは近づけず、葵からも歩み寄ってこない。

 当然いつもの四人組の空気は終わっていた。

 昼食時間など全員が空気を察して、黙って食べてたくらいだ。

 

 帰り際、佳織には「このヘタレ」と心ない罵声を浴びせられる始末。

 あいつはあいつで、高みの見物を決め込んで言いたい放題なのがウザい。

 

 この後、レイとして葵の前に立つ事を考えるだけでも、頭が痛くなる。

 何も起きないでほしいと願うばかりだ。

 

 そして帰宅後私は服を脱ぎ捨て、慣れ親しんだ四足歩行で二階へと跳躍した。

 葵の部屋の窓ガラスの前に立ち、中を覗き込む。

 彼女は机に向かい、熱心に学校の課題に取り組んでいるようだった。

 

「…………にゃー」

 

 私はいつもより少し低めのトーンで鳴き、控えめに爪で窓を叩いた。

 正直に言えば、今日ばかりは無視してくれた方が、精神的にはありがたい。

 だが、葵は私の姿を視界に入れるとすぐに窓を滑らせ、吸い寄せられるように私を抱きしめた。

 

「おかえり…………それと、ごめん」

「別にいいですよ。葵が無事でいてくれたなら、それで」

 

 

 

 ---

 

 

 

「話は玲香から聞いてるよ。通ってる病院のお医者さんに助けられたんだって?」

「はい。……詳しい状況を話すと、熊を撃退した後、私は結構危ない状態だったんですが、偶然遭遇した野良猫に『周りの人間を誰でもいいから連れてきてほしい』と命令したんです」

「うん、それで?」

「そしたら出会ったのが……って感じでした。お医者さん本人も呟いてましたが、世界は狭いようです」

「そっか」

 

 葵は相槌を打ちながら、私の頬や頭を執拗なほど丁寧に撫でまわした。

 

 彼女が見たのは獣人形態の私なので、今の状態でそうやって傷を確認しても、意味はないのに。

 

「凄いお医者さんなんだね。私も飼い主として挨拶しておきたいなぁ」

「それは……ちょっと困りますね」

 

 だってあの人、口軽そうだし。

 恋の相手が同性だと知ったら、引っ掻き回してきそうだ。

 

「どうして?――自分が玲香だっていう証明になっちゃうから?」

 

 突然、不意打ちで精神に対するボディーブロー。

 

 全く構えてなかったので、ダイレクトに喰らって一瞬思考が停止した。

 

 だが、落ち着け。

 焦りは禁物なのだ。

 

「一体何を言っているんですか?」

「ううん、何でもないよ。二人とも色が一緒だから、ちょっと適当言ってみただけ」

 

 ……あれ?

 思ったよりもあっさりと引き下がった。

 

 バスの中で「玲香にはもう振らない」と宣言していたから、てっきりその分、レイである私にすべての疑念をぶつけてくるものと身構えていたのだが。

 考えすぎだったのだろうか。

 特に獣人状態の私の事など、葵としてはとても聞きたい話だろうに。

 

 まぁそれならそれで、全然ありがたい。

 人間としての私が嫌われていそうなのが、だいぶ残念ではあるけど、レイとしてだけでも彼女の側にいられるのは、私としては充分すぎるほど嬉しいのだ。

 

 そんなことより……

 

「そういえば貴女を逃すときに、結構力強く引っ掻いちゃいましたよね? 見る限り大丈夫そうじゃないみたいで、その…………ごめんなさい」

 

 土曜日に見た時は、服の上から適当言ってただけだが、今は彼女は寝る前なので、結構肌が露出している。

 それで分かるのだが、彼女は私のせいで二の腕から肘にかけて、痛々しいほど真っ白で厚いガーゼに覆われ、それを固定するように伸縮性のある包帯が何重にも巻き付けられていた。

 

「全然平気だよ。お互い死んでないんだし。それこそ熊に殴られてたレイの方が、怪我はヤバかっただろうから」

「私は別に……凄く腕の良いお医者さんに治療されちゃいましたから、大したことはありません」

「ふふっ、そっか。でも、こっちにはその後に問題が起きてね、あの時は初めて親のことをぶっ飛ばしたくなっちゃったなぁ」

「え……それはどうして?」

「レイが私を置いてどこかへ行っちゃった後、すぐ親に『レイを一緒に探してほしい』って頼み込んだんだけどね、お父さん達からすれば猫より私の腕の傷の方が心配だったみたいで、無理やり病院に連れてかれちゃったんだ〜……ひどくない?」

「それは……仕方のないことですし、家族なら当然の反応ですよ。私からすれば、少し羨ましいくらいです」

 

 てっきりあの後、家族総出で私を探しているのかと思ったが、それはあまりに自意識過剰だったらしい。

 所詮、私はまだ一匹の野良猫。

 その上、基本的に葵の元にしか姿を現していないのだ。

 そんな程度の関係値で、彼女の家族が私を探そうとするはずもなかった。

 

 自分の思い上がりが、急にひどく恥ずかしくなる。

 

「しかも病院の後、山に行かずみんなで買い出しに行ったんだよ!? こっちがキレてるのに、酷すぎるとは思わない? レイは私の事を助けてくれた恩人なのに」

「まぁまぁ。普通はそういうものだと思いますよ」

「それでね――あっ、今思い出したんけど、買い物中にレイのお婆ちゃんが歩いてるの見たよ」

「あー……もしかして、なんか言ってました?」

 

 私が何気なく尋ねると、葵は私の耳元に顔を寄せ、悪戯っぽく、けれど確信を込めた低い声で囁いた。

 

「うん、言ってた。『最近の()()はバイトばっかりで、私とお買い物にも行ってくれない』ってさ」

「あっ……………………」

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