次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
「残念だったね、玲香」
「なっ……何を言ってるんですか。私は……レイ、ですよ……っ」
「ううん、レイは玲香だよ。自分でも今のは酷いミスだって分かってるくせに、まだ言い逃れができると思ってるの?」
――くっ、ここまでか。
脳内で幾重にもシミュレーションを重ねてきた言い訳の筋書きが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。
ここから盤面をひっくり返せる手駒は、もう一つたりとも残されていない。
「参考までに、どうして気づいたか教えてあげよっか?」
「……聞くだけ聞きましょう」
「それはもちろん、あの時の熊のやつでほぼ確定しちゃってはいるんだけど、それでもやっぱり発言が目立つ」
「発言? ……私はそんな自分を明かすようなこと――」
「ううん、言ってるよ。特に自分以外の話をする時は、凄くお口がガバガバ。お医者さんの話然り、お婆ちゃんの話然り、さっきの親に対する羨ましいって思ってる感情然り……ね」
あぁ……
そこかぁ。
それは確かに私の落ち度だ。
覆しようのない事実。
私は両手をあげて降参ポーズをとった。
「もう、私の負けでいいですぅぅぅ…………煮るなり焼くなり好きにしてくださ〜いぃぃぃ」
せっかく綱渡りのような二重生活を頑張ってきたのに、こうも呆気なく幕を閉じるとは。
情けなさと安堵が混ざり合い、冗談半分で本当に涙が滲んできた。
だが、葵はそんな私を茶化すこともなく、ただ静かに、そして折れそうなほど力強く抱きしめた。
「葵?」
「ありがとう。……ずっと虐めてた私のことなんて、本当に大嫌いだったはずなのに。あんなに酷いことをされて嫌だったはずなのに……それでもレイとして出会って側にいて、私を支えてくれて……本当に、ありがとう」
彼女の肩が微かに震えていた。
温かい雫が私の背中の毛を濡らしていく。
「…………別にいいですよ、そんなの。ムギに頼まれたから、仕方なくやっただけですし」
「それでも凄く助けになった。それに山でのことは本当にごめんなさい。私が馬鹿で玲香が死んじゃうとこだった。……痛かったよね? 辛かったよね?」
「もう! それもいいですって!! はぁ……こうやって関係が変わっちゃうから、バレたくなかったのに」
私は照れ隠しに、肉球で葵の頬をそっと押し返し、密着した距離を引き剥がそうとした。
彼女は素直に身を引いてくれたが、潤んだ瞳で私を見つめるその視線は、明らかにこれまでの私を見る目とは、別ものへと変わっていた。
なんか……とても魅惑的だ。
猫状態なのに、情欲を立てられるような空気感を醸し出している。
「ねぇ玲香、一つお願いしてもいい?」
「……私に出来ることなら」
「じゃあ、あの時見せてくれた猫耳と尻尾がついた、人間に近い姿の玲香が見たいな」
「ダメです」
私は即答した。
「なんで〜?」
「今ここで姿を切り替えたら、裸で登場することになっちゃいます」
「問題ないでしょ。女の子同士なんだし」
「それに人間に近い状態で葵のそばに長いこと居ると、色々と困るっていうか……なんていうか」
「えー……なら、あれだけキスを毎日してくれた落とし前は、どうやってつけてくれるのかな〜?」
「うっ……」
そこでそのネタを出してくるか。
確かにそれで脅すのは、釣り合いが取れている気もしなくないが……
それでも裸で葵の前に出るのは、色々とまずい。
今回は旅館の時みたいに葵のことを嫌っていたのとは違い、自分で明確に葵に対する好意を自覚しているのだ。
そうなると、どれだけ自分の本能に抑えが利くか分からない。
これは正直に話してしまうべきか……?
「その……私はお医者さんから、そういう欲求を抑える薬を貰ってるって話をしましたよね?」
「したね」
「私は……中学生の頃からずっとその欲求が強すぎて、薬を飲み続けていたんです。少し前まではそれで何とかなっていたのですが、最近は、その……」
「あ〜、なるほど。それが理由でバスに乗ってる時、毎回のようにキスしてきたんだ」
「そういう話でもあるのですが、それだけじゃなくて……人間に近い状態だと抑えが利かないので、葵にあの姿を見せるのは、ちょっと躊躇われるというか…………すみません、勘弁してください」
「全然ダメだよ?? そんな理由で断っていいわけないじゃん」
「えぇ…………」
なんで立場が逆転してるんだろう。
というか、今ちゃんと姿を現す危険性を語ったはずなのだが。
「その欲求って、私以外の誰かに向いたことってある?」
「……ない、です」
「じゃあ尚更オッケーじゃん。ほら、四の五の言わずに変身してよ」
何がどうオッケーなのか、論理の飛躍が激しすぎて全く理解できない。
だが、握られている弱みの大きさを考えれば、私に拒否権など残されていなかった。
「な、何が起きても……絶対に後悔しないでくださいね!!!」
半ば自暴自棄になりながら、私は細胞の組み換えを強制実行した。
筋肉が膨張し、骨格が鳴り、皮膚が柔らかな曲線を描く。
月光に照らされた部屋の中に、真っ白な獣耳と長い尻尾を揺らした獣人の姿が立ち現れる。
完全なる無垢の状態で。
流石にこのままだと恥ずかしいので、私はベッドの縁に腰を下ろすと、組んだ足と両腕で辛うじて急所を隠した。
「本当に玲香なんだね。結構驚きかも。それに目の色も青と赤色で、まんま昔の玲香と一緒だ」
「覚えてたんですね」
「『思い出した』が正解かな? 山で初めてあの姿を見た時に、昔の玲香の目もこんなに綺麗な色をしてたな……って」
やっぱりそこが一番の大きな失敗だったか。
きっと熊を撃退した後、葵に顎クイされた時にほぼ確定していたのだ。
それでも半信半疑だったろうに。
「もういいです……服を貸してくれませんか。恥ずかしいので」
「それはもうちょっと後で……ねぇ、それより尻尾と耳触ってもいい?」
「…………さっき話した危険性を承知の上でなら、どうぞ」
「じゃ、遠慮なく〜♪」
彼女は弾むような声で言い、私の隣に腰を下ろした。
物珍しそうにしながらも、優しく私の獣耳と尻尾を指先で
「わー……ふさふさだ」
葵は知的好奇心に突き動かされているだけかもしれない。
だが、その行為が私に与える影響は、もはや拷問に近いものだった。
触れられるたびに全身に熱が走り、脳内を真っ赤な本能が塗り潰していく。
それこそ今すぐに彼女を組み伏せ、すべてを蹂躙してしまいたい――してほしいという獣の衝動に、私は必死で歯を食いしばっていた。
でも、そんな場面ではないことくらい分かってるし、私の理性自体も心の準備ができていない。
だからそういうのは、絶対にダメだ……!
「玲香ってば、さっきからずっと目がギラついてるよ? そんなに私と――シたいの?」
「なっ?! 何を馬鹿なことを!!」
「でもシたいのはほんとでしょ?」
「……………………………………」
言い返せる言葉など、何一つ持ち合わせていなかった。
口先でどんなに否定したところで、私の瞳が、呼吸が、そして昂ぶった身体が、隠しようもなく彼女を求めてしまっているのだから。
理性と本能。
その境界線が激しく揺らぎ、決壊寸前にまで追い込まれたその時――葵が私をベッドへと押し倒した。
彼女の両手が私の手首を掴み、シーツに縫い付ける。
「いいんだよ? 盛っちゃっても。私が許してあげる。私が玲香を満足させてあげる」
「……あ、おい……っ」
「だから、玲香――私を受け入れて?」
蕩けるような甘い声。
彼女の唇が私の唇へとゆっくりと、吸い寄せられるように近づいてくる。
これを受け入れてしまえば。
彼女に身を委ねてしまえば、長年私を苦しめてきたこの呪いのような渇望から、ようやく解放される。
薬に頼る必要もなくなり、葵さえいれば私は……
「……だめッ!」
本当に最後の一片となった理性を振り絞り、私は彼女の細い体を突き放した。
「え……?」
不意を突かれた葵は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ベッドの上で呆然と私を見つめている。
「はぁ……はぁ…………っ、ごめんなさい」
荒い呼吸と共に、激しい欲求を力ずくで抑え込み、私はそれだけを絞り出すように告げた。
そして彼女の瞳にさらなる問いが宿る前に、私は猫の姿へと逃げるように変身し、開いたままの窓から夜の闇へと飛び出した。