次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第31話 レイ=玲香

「残念だったね、玲香」

「なっ……何を言ってるんですか。私は……レイ、ですよ……っ」

「ううん、レイは玲香だよ。自分でも今のは酷いミスだって分かってるくせに、まだ言い逃れができると思ってるの?」

 

 ――くっ、ここまでか。

 

 脳内で幾重にもシミュレーションを重ねてきた言い訳の筋書きが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

 ここから盤面をひっくり返せる手駒は、もう一つたりとも残されていない。

 

「参考までに、どうして気づいたか教えてあげよっか?」

「……聞くだけ聞きましょう」

「それはもちろん、あの時の熊のやつでほぼ確定しちゃってはいるんだけど、それでもやっぱり発言が目立つ」

「発言? ……私はそんな自分を明かすようなこと――」

「ううん、言ってるよ。特に自分以外の話をする時は、凄くお口がガバガバ。お医者さんの話然り、お婆ちゃんの話然り、さっきの親に対する羨ましいって思ってる感情然り……ね」

 

 あぁ……

 そこかぁ。

 それは確かに私の落ち度だ。

 覆しようのない事実。

 

 私は両手をあげて降参ポーズをとった。

 

「もう、私の負けでいいですぅぅぅ…………煮るなり焼くなり好きにしてくださ〜いぃぃぃ」

 

 せっかく綱渡りのような二重生活を頑張ってきたのに、こうも呆気なく幕を閉じるとは。

 情けなさと安堵が混ざり合い、冗談半分で本当に涙が滲んできた。

 

 だが、葵はそんな私を茶化すこともなく、ただ静かに、そして折れそうなほど力強く抱きしめた。

 

「葵?」

「ありがとう。……ずっと虐めてた私のことなんて、本当に大嫌いだったはずなのに。あんなに酷いことをされて嫌だったはずなのに……それでもレイとして出会って側にいて、私を支えてくれて……本当に、ありがとう」

 

 彼女の肩が微かに震えていた。

 

 温かい雫が私の背中の毛を濡らしていく。

 

「…………別にいいですよ、そんなの。ムギに頼まれたから、仕方なくやっただけですし」

「それでも凄く助けになった。それに山でのことは本当にごめんなさい。私が馬鹿で玲香が死んじゃうとこだった。……痛かったよね? 辛かったよね?」

「もう! それもいいですって!! はぁ……こうやって関係が変わっちゃうから、バレたくなかったのに」

 

 私は照れ隠しに、肉球で葵の頬をそっと押し返し、密着した距離を引き剥がそうとした。

 彼女は素直に身を引いてくれたが、潤んだ瞳で私を見つめるその視線は、明らかにこれまでの私を見る目とは、別ものへと変わっていた。

 

 なんか……とても魅惑的だ。

 猫状態なのに、情欲を立てられるような空気感を醸し出している。

 

「ねぇ玲香、一つお願いしてもいい?」

「……私に出来ることなら」

「じゃあ、あの時見せてくれた猫耳と尻尾がついた、人間に近い姿の玲香が見たいな」

「ダメです」

 

 私は即答した。

 

「なんで〜?」

「今ここで姿を切り替えたら、裸で登場することになっちゃいます」

「問題ないでしょ。女の子同士なんだし」

「それに人間に近い状態で葵のそばに長いこと居ると、色々と困るっていうか……なんていうか」

「えー……なら、あれだけキスを毎日してくれた落とし前は、どうやってつけてくれるのかな〜?」

「うっ……」

 

 そこでそのネタを出してくるか。

 確かにそれで脅すのは、釣り合いが取れている気もしなくないが……

 それでも裸で葵の前に出るのは、色々とまずい。

 

 今回は旅館の時みたいに葵のことを嫌っていたのとは違い、自分で明確に葵に対する好意を自覚しているのだ。

 そうなると、どれだけ自分の本能に抑えが利くか分からない。

 

 これは正直に話してしまうべきか……?

 

「その……私はお医者さんから、そういう欲求を抑える薬を貰ってるって話をしましたよね?」

「したね」

「私は……中学生の頃からずっとその欲求が強すぎて、薬を飲み続けていたんです。少し前まではそれで何とかなっていたのですが、最近は、その……」

「あ〜、なるほど。それが理由でバスに乗ってる時、毎回のようにキスしてきたんだ」

「そういう話でもあるのですが、それだけじゃなくて……人間に近い状態だと抑えが利かないので、葵にあの姿を見せるのは、ちょっと躊躇われるというか…………すみません、勘弁してください」

「全然ダメだよ?? そんな理由で断っていいわけないじゃん」

「えぇ…………」

 

 なんで立場が逆転してるんだろう。

 というか、今ちゃんと姿を現す危険性を語ったはずなのだが。

 

「その欲求って、私以外の誰かに向いたことってある?」

「……ない、です」

「じゃあ尚更オッケーじゃん。ほら、四の五の言わずに変身してよ」

 

 何がどうオッケーなのか、論理の飛躍が激しすぎて全く理解できない。

 だが、握られている弱みの大きさを考えれば、私に拒否権など残されていなかった。

 

「な、何が起きても……絶対に後悔しないでくださいね!!!」

 

 半ば自暴自棄になりながら、私は細胞の組み換えを強制実行した。

 

 筋肉が膨張し、骨格が鳴り、皮膚が柔らかな曲線を描く。

 月光に照らされた部屋の中に、真っ白な獣耳と長い尻尾を揺らした獣人の姿が立ち現れる。

 完全なる無垢の状態で。

 

 流石にこのままだと恥ずかしいので、私はベッドの縁に腰を下ろすと、組んだ足と両腕で辛うじて急所を隠した。

 

「本当に玲香なんだね。結構驚きかも。それに目の色も青と赤色で、まんま昔の玲香と一緒だ」

「覚えてたんですね」

「『思い出した』が正解かな? 山で初めてあの姿を見た時に、昔の玲香の目もこんなに綺麗な色をしてたな……って」

 

 やっぱりそこが一番の大きな失敗だったか。

 きっと熊を撃退した後、葵に顎クイされた時にほぼ確定していたのだ。

 

 それでも半信半疑だったろうに。

 

「もういいです……服を貸してくれませんか。恥ずかしいので」

「それはもうちょっと後で……ねぇ、それより尻尾と耳触ってもいい?」

「…………さっき話した危険性を承知の上でなら、どうぞ」

「じゃ、遠慮なく〜♪」

 

 彼女は弾むような声で言い、私の隣に腰を下ろした。

 物珍しそうにしながらも、優しく私の獣耳と尻尾を指先で()で始める。

 

「わー……ふさふさだ」

 

 葵は知的好奇心に突き動かされているだけかもしれない。

 だが、その行為が私に与える影響は、もはや拷問に近いものだった。

 触れられるたびに全身に熱が走り、脳内を真っ赤な本能が塗り潰していく。

 それこそ今すぐに彼女を組み伏せ、すべてを蹂躙してしまいたい――してほしいという獣の衝動に、私は必死で歯を食いしばっていた。

 

 でも、そんな場面ではないことくらい分かってるし、私の理性自体も心の準備ができていない。

 だからそういうのは、絶対にダメだ……!

 

「玲香ってば、さっきからずっと目がギラついてるよ? そんなに私と――シたいの?」

「なっ?! 何を馬鹿なことを!!」

「でもシたいのはほんとでしょ?」

「……………………………………」

 

 言い返せる言葉など、何一つ持ち合わせていなかった。

 口先でどんなに否定したところで、私の瞳が、呼吸が、そして昂ぶった身体が、隠しようもなく彼女を求めてしまっているのだから。

 

 理性と本能。

 その境界線が激しく揺らぎ、決壊寸前にまで追い込まれたその時――葵が私をベッドへと押し倒した。

 

 彼女の両手が私の手首を掴み、シーツに縫い付ける。

 

「いいんだよ? 盛っちゃっても。私が許してあげる。私が玲香を満足させてあげる」

「……あ、おい……っ」

「だから、玲香――私を受け入れて?」

 

 蕩けるような甘い声。

 彼女の唇が私の唇へとゆっくりと、吸い寄せられるように近づいてくる。

 

 これを受け入れてしまえば。

 彼女に身を委ねてしまえば、長年私を苦しめてきたこの呪いのような渇望から、ようやく解放される。

 

 薬に頼る必要もなくなり、葵さえいれば私は……

 

「……だめッ!」

 

 本当に最後の一片となった理性を振り絞り、私は彼女の細い体を突き放した。

 

「え……?」

 

 不意を突かれた葵は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ベッドの上で呆然と私を見つめている。

 

「はぁ……はぁ…………っ、ごめんなさい」

 

 荒い呼吸と共に、激しい欲求を力ずくで抑え込み、私はそれだけを絞り出すように告げた。

 

 そして彼女の瞳にさらなる問いが宿る前に、私は猫の姿へと逃げるように変身し、開いたままの窓から夜の闇へと飛び出した。

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