次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第33話 獣の交尾

「今のは逃げでしょ」

「逃げてないです」

 

 食い気味に速攻で返した。

 

「嘘。だって顔真っ赤じゃん!」

「なってないです!!! 街灯の光でそう見えてるだけ!!」

 

 言い訳を叫びながら、私は乱暴にそっぽを向いた。

 自分でも耳の先まで熱くなっているのが分かって、情けなくなる。

 

「じゃあもう一度言ってみてよ」

「……………………昔から。初めて会ったあの日から…………ずっと、葵のことが好きでした」

 

 意を決して紡ぎ出した告白に、葵は泥だらけの私の傘を拾い上げ、そっと隣に立った。

 

「うん、知ってる」

 

 そのしたり顔に、思わず舌打ちが出る。

 

「……知ったのはつい最近でしょうに」

「えへへ〜」

「よくもまあ、人の積もり積もった恋心を、ここまで無茶苦茶にかき乱してくれたものです」

「しょうがないでしょ。だって私が玲香を意識し始めたのなんて、ここ二ヶ月くらいのことなんだし。……それより前のことは、本当にごめんだし」

「………………」

「でも今は私も、玲香のことが好き」

 

 葵は私の正面に回り込み、静かに手を差し出してきた。

 

「だから――私と付き合ってください」

 

 そう。

 私が求めていたのはこれだった。

 この強固な繋がりが欲しかった。

 葵はどう思ってるか知らないけど、私は体だけの関係で終わりたくなかったから。

 

 ……けれど、やっぱりいざその瞬間に直面すると、緊張を消し去るなんて到底無理な話で、心臓が爆発しそうなほど恥ずかしい。

 

「こちらこそ…………よろしくお願いします」

 

 俯いたまま、小刻みに震える手を恐る恐る差し出す。

 すると葵はその手を握るのではなく、私の二の腕ごと強引に引き寄せ、そのまま腕の中に抱き込んだ。

 

「こら! 返事くらい面と向かって言え!!」

「ご、ごめんなさい!! やっぱ無理です! 全然恥ずかしかったです! 認めるので許してください!!」

「……まぁ、別にいいんだけどさ」

 

 葵は満足げに笑うと、今度は優しく私の指を絡めた。

 

「ほら、傘と玲香の手を握っててあげるから、ゴミの方を持って。捨てに行くんでしょ?」

「……はい」

 

 ずぶ濡れの私達は一つの傘の下で、ゴミ捨て場へと歩き出した。

 

 雨に打たれながら繋いだ手の温度だけが、やけに鮮明で心地いい。

 

「思うんですけど……葵って私のことを好きになる要素ありました?」

「ん〜? まぁ玲香だけだったら、別にって感じかな? 玲香っていう人間だけを見てたら、たぶん私から告白なんてしてないと思う」

「うっ……」

「だけど、レイとして関わってくれた分を思うと、話は別かな? やっぱり家族が亡くなった時に寄り添ってくれたのは、大きすぎるかも」

「動物に恋心を抱いてたんですか?」

「違うよ。レイを通して感じた、玲香の不器用な優しさに惚れたの」

 

 そう言って、葵はさらに深く私に体を密着させてきた。

 雨で冷え切ったはずの彼女の体温が、服越しに熱く伝わってくる。

 

「……やめて下さい。私、この前言いましたよね?」

「これくらい、いいじゃん。減るものでもないだろうし」

 

 減るものはなくても、私の中の欲求がぐぐっと跳ね上がってくのが問題だ。

 

「それにさ、玲香のお婆ちゃん。数日は帰ってこないんでしょ?」

「……な、ぜ、それを」

「このあたりは狭いからね、話が回ってくるのも早いの。だから、玲香さえ良ければなんだけど。今夜……泊まりに行ってもいいかな?」

 

 私はその言葉によって、心臓の鼓動が自分でもうるさいと感じるほどに高鳴った。

 

「……明日、学校ですよ」

「朝になったら家に帰るよ。家隣なんだし大丈夫」

「…………バイトがあるので、早めに寝たいです」

「それなら学校で寝てればいいじゃん。ちょっとくらい授業中に寝ても問題ないでしょ」

「………………家の人が心配――」

 

 なおも往生際悪く逃げ道を探そうとする私を、彼女は見逃さなかった。

 繋いだ手を強く引き寄せ、雨音に紛れ込ませるように耳元で囁く。

 

「玲香はレイの姿のとき、いつも私の部屋で寝泊まりしてたよね? 対して、私は一度も玲香の家に入ったことがない。その分を考えると、ちょっとくらいは……ってならない?」

 

 彼女は私の弱みを冷徹なまでに突いて、完璧に退路を塞ぎにかかってくる。

 逃げる言い訳を与えないように。

 

 だが、レイとして泊まることになったのは、葵の我儘が始まりで、真実を突きつければ弱みでもなんでもない。

 だから逃げようと思えば逃げれる。

 それは葵自身も分かっているはず。

 

 だけど――

 

「…………なります」

「じゃあ、家に行ってもいい?」

「……はい」

 

 私は彼女に対する情欲に屈した。

 体を求めてしまった。

 ただ、私達は恋人として付き合い始めたのだから、それくらい許されてもいいだろう。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「へぇ……ここが玲香の部屋なんだ。なんだか新鮮」

「他人を家にあげたのは初めてなので、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 葵は物珍しそうに、けれどどこか感慨深げに私の自室を見渡していた。

 

「びしょ濡れですし、先にシャワーを浴びてきていいですよ」

「いいよ。着替え持ってきてないし」

 

 いや、全然良くない。

 このままではお互い雨の匂いが染み付いてしまうし、何よりこの状況で不潔なままなのは耐え難い。

 

 それに……

 

「葵の服なら……ありますよ」

 

 私はクローゼットから、保管していた紙袋を取り出して手渡した。

 中身を確認した葵は、目を丸くして驚愕の声を上げた。

 

「え、なんで持ってんの?…………怖い」

「ちっ、違いますよ!誤解です! レイとして会った初日、葵は私を閉じ込めたじゃないですか。その日はちょっと急ぎだったので、しかたな〜く服を拝借しただけです」

「なるほどね。なら仕方ないか――んで、これは何?」

 

 納得した様子の葵が次に目を留めたのは、机の上に鎮座していた赤の小瓶だった。

 正体はあのお医者さんから貰った、媚薬である。

 

 その小瓶には何の配慮もなしに、ラベルに媚薬と大きく書かれている。

 

「媚薬って書いてあるみたいだけど」

「栄養ドリンクです」

 

 私は極めて真面目な顔で嘘を吐いた。

 

「なら飲んでみてよ。栄養ドリンクなんでしょ?」

 

 葵は楽しそうに目を細めると、手際よく小瓶の栓を引き抜き、私の鼻先に突きつけてきた。

 

 漂ってきたのは、匂いを嗅いだだけで理性が揺らぎそうな、濃厚で甘ったるい芳香。

 

「…………いや、あの……勘弁してください」

「これって結局なんなの?」

「病院に行った時に貰った惚れ薬的なやつです。その……私には発情期があるので『それを好きな人に飲ませて盛っちゃえばいいよ』みたいなニュアンスなことを言われて……」

「え〜……お医者さんがそんなこと言ってんの? ドン引きなんだけど」

「で、でも私は、絶対に使うつもりとか無かったですからね?! 証拠としてそこに放置したままだったんですから!!」

「別に責めてるつもりはないんだけどさ」

 

 葵が呆れたように言った隙を突き、私はその小瓶を奪い取った。

 そのまま窓を勢いよく開け放つ。

 

「こんなもの、必要な――」

 

 そのまま雨の夜へと投げ捨てようとしたが、私の意図を察した葵に、強引に瓶を奪い返された。

 驚く間もなく、彼女はあろうことかその中身を、自らの口に含んだ。

 

「な――何やってるんですか?!」

 

 叫ぶ私を他所に、葵は薬液を口に含んだまま、口角を吊り上げてニヤリと笑った。

 そしてその妖艶な笑みを浮かべたまま、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 

 無言のまま、獲物を追い詰めるような冷徹な熱を瞳に宿して。

 

「ちょ……怖いので近づかないでください!」

 

 必死に後ずさり続けたが、踵がベッドの縁に当たった。

 これ以上の逃げ場がないことを後ろを見て確認し、再び前を向いた瞬間、葵の右手が私のうなじを強引に、そして的確に鷲掴みにした。

 

「――ひぎぃッ?!」

 

 そこは猫にとっての弱点であり、この形態の私にとっても抗いようのない急所。

 一瞬にして身体から力が抜け、反射的に口が開いてしまう。

 その隙を逃さず、葵は自らの口に含んでいた液体を、流し込むように私へと口移しした。

 

 ――媚薬。

 喉を滑り落ち胃に落ちたそれは、瞬時に血液と混ざり合い、これまでに経験したことのない絶対的な、そして暴力的とも言える興奮の渦へと私を叩き落とした。

 

「あ……ぉぃ……っ」

 

 燃えるような熱に苛まれ、まともに立っていることすらできない。

 私は崩れ落ちるようにベッドへ前のめりになり、指先が白くなるほど強くシーツを掴んで耐えるのが精一杯だった。

 

 そんな私を、葵は背後からうなじに牙を立てるようにして、ゆっくりとベッドの中央へと引きずり上げていく。

 

「……ふふっ。期待以上の可愛い反応してくれるんだね、玲香」

「せめて……体を……洗った、後に…………」

「だーめ。そんなことしてたら、せっかくの熱が冷めちゃうでしょ? お薬も飲ませてあげたことだし……長年溜まりに溜まった玲香の欲求、私が責任を持って、全部処理してあげる」

 

 耳元で囁かれる甘く冷徹な声に、背筋が震える。

 彼女は抗う隙も与えず、再び深いキスで私の意識を奪いにきた。

 

「ねえ、玲香。あの時の姿になってよ。……私を助けてくれた時の、あの姿に」

 

 もはや拒む意志など、熱に溶かされて消えていた。

 彼女の望むまま、私は細胞を組み換え、白い獣耳と長い尻尾を露わにする。

 そのまま、私は彼女の細い体躯に押し倒された。

 

「ありがとう、玲香。愛してる」

「……私も大好きです。今度は絶対に離れないでください」

「うん。だって玲香は私の猫だからね。これからは責任持って死ぬまで一緒にいるよ」

 

 降り頻る雨音が部屋を包む中、私たちはついに、重なり合った。

 十年分という果てしない歳月のすれ違いを一本ずつ解きほぐすように。

 私たちは互いの体温を、魂を、剥き出しの愛を、夜明けまで激しくぶつけ合い続けた。

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