次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
「葵……」
「いや〜、こんな偶然もあったんだねぇ」
最悪だ。
まさかよりによって、この単細胞に見つかるなんて。
「どうして…………ここが分かったんですか?」
「そんなの、普通に後ろからつけてきただけだよ?」
「きっしょ。ただのストーカーじゃないですか」
「口の利き方がなってないね。私にそんな口答えしちゃっていいの?」
葵はニヤついた顔で、レジカウンターに商品を置いた。
それは棚の大部分を占拠していた、私の筋子おにぎりだった。
このカス……私の大好物を掻っ攫うつもりか?
「もちろんこれだけで終わるつもりはないよ?」
「はい?」
「明日、ちゃんと先生に言いつけてあげる。『西園玲香さんがコンビニでバイトしてました!』って。入学して一ヶ月も経たないうちにこうなるなんて、残念だったねー」
……そうくるか、この恩知らずめ。
やっぱり昨日助けたのは大間違いだったようだ。
長い付き合いの猫からの頼みだったとはいえ、わざわざ手を差し伸べてやるんじゃなかったと、腹の底から後悔がせり上がってくる。
「…………どうすれば、黙っていてくれるんですか」
「話が早くて助かるよ」
「…………」
「そうだなあ。うちは昨日、新しく猫を飼い始めたんだけど――」
その言葉を聞いた瞬間、彼女が何を要求しようとしているのかにおおよその見当がついてしまい、私は思わず右手で顔を覆った。
「何してんの?」
「……いえ。どうぞ、続きを言ってください」
「えっ、あ、うん。その猫ちゃんは、今度は完全室内飼いにするつもりだから、色々と揃えてあげたいんだよね。キャットタワーとか、おもちゃとか」
「そうですか……話が読めました。つまり、私にお金をせびろうとしているわけですね」
それに玩具って……
私がそんなので満足するわけないし、っていうかもうそっちに顔を出すつもりはないから、そんな物を買ったところで無駄だ。
彼女は今日家に帰ったら、新しく飼い始めた猫がいないことに気づき、絶望することだろう。
「せびるっていうか、黙っててあげる代わりに、毎月私に一万寄越せつってんの。普通にこっちは教室で言われた発言、一生忘れるつもりはないからね??」
「はいはい」
「『はい』は一回でしょ! ――って……、このやり取り、今朝も誰かとしたような……」
葵がデジャヴに眉をひそめ、考えるポーズに入った。
こっちのミスで正体が露見する前に、私は突き放すように言葉を被せる。
「あいにくですが、こちらにも余裕はありません。その申し出は却下です。用が済んだのなら、早々にお立ち去りください、お客様」
このボケカスにお金を渡すという選択肢だけは、断じてあり得ない。
そんな申し出は当然却下である。
「はあ!? 本当に先生に言いつけちゃっていいわけ!?」
「ええ。どうぞお好きに。そこに居座られても営業の邪魔なので、もう出ていってください。……そして家で待っている愛しの猫ちゃんに、早く顔を見せてあげたらどうですか?」
「言われなくてもそうするつもり!!!」
叩きつけるようにおにぎりの代金を支払い、店を出る寸前、彼女は毒々しい笑みで振り返った。
「明日のあんたの顔がどう歪むか、今からすっごく楽しみ。マジで覚えてなさいよ!!」
「はいはい」
せいぜい、その憎たらしい顔で今のうちに笑っておくといい。
私が帰宅する頃には、その余裕も涙で見苦しく歪んでいるはずなのだから。
残り一時間足らずの優越感を、存分に噛み締めているがいい。
「『はい』は一回!!」
「はい」
吐き捨てるように言い残し、彼女は去っていった。
自動ドアが閉まり、静寂が戻った店内で私は深く、重い溜息を吐き出した。
「はぁ…………これは、今日中になんとかしないとですね」
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バイト終了、二十時。
コンビニの制服を脱ぎ捨てて外に出た瞬間、私は即座に佳織へ電話をかけた。
『お、どしたん? 玲香から電話なんて珍しいじゃん。なんかあったー?』
「……それがあるんですよ。大変なことが」
歩きながら、私はバイト先を葵に突き止められ、そこであったことを簡潔かつ呪詛を込めて話した。
『あはは、凡ミスしちゃったんだね』
「何が凡ミスなもんですか。普通に考えてストーカーかましてくる馬鹿がいるなんて、想像できるわけないでしょうに」
『まあその通りなんだけどさ。現実にバレちゃった以上、対処するしかないよね?』
「そうですよ。このままじゃ夏休みが消滅するどころか、資金の供給源まで断たれます。何かいい方法はないですか」
『ん〜、良い方法ねー』
電話の向こうで佳織が『うーん』と唸る。
一分ほどの沈黙の後、返ってきたのは呆れるほど安直な提案だった。
『聞く限りだと、葵ちゃんは猫姿の玲香を気にいっちゃってんでしょ〜?』
「みたいですね……とても不本意ながら」
『じゃあさ、猫の状態でお願いしてみればいいじゃん。可愛くさ、「あの子のバイトをチクるのはやめてあげてくださーい!」って』
「猫の姿でそんな事を馬鹿正直に言ったら、私の正体がバレちゃいますよ」
それに葵に正体がバレた日には、その後がどうなるか分かったものじゃない。
バレた日には、野良猫や外飼いされている猫を総動員して、私が人外であることを、あの性悪を脅して口止めしないといけないだろう。
これは最終手段にしたいものだが。
「他に案はありませんか?」
『あっ、ごめ。私今から風呂だから、また明日ね〜』
「は? ちょっと待っ――」
言い終える前に通話を切られてしまった。
この自由人め。
とはいえ、あの適当なアドバイスの中にも解決の糸口はあるかもしれない。
不本意だが、猫になって葵に接触するのはマストだ。
二度とあの姿で近づくつもりはなかったが、バイトの密告を阻止するため、今夜中に手を打たなければならない。
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バスに揺られて見慣れた住宅街に戻ると、夜の静寂を切り裂きながら、聞き覚えのある泣き声が聞こえてきた。
「レイィィィィ……どこにいるのぉぉ? お願いだから帰ってきてよおおお……っ!」
暗い街灯の下。
髪を振り乱し鼻を赤くして、涙でぐちゃぐちゃの顔で住宅街を彷徨う葵を発見した。
その手には、コンビニで買ったばかりの筋子おにぎりの袋が、無造作に握られている。
つい3時間前、レジ越しに私を冷酷に脅していた女と同一人物とは、到底思えない。
「はは……予想通りというか。期待を裏切ってくれないのは、さすがですね」