次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第6話 嫉妬の真実

 どうせこの馬鹿女は、猫が家にいないことに気づいて、大慌てで外を探し歩いていたのだろう。

 まっ、今絡まれても猫化出来ないし、一旦服を全部脱ぐために家に帰らないと……なのだが。

 

「ちょっと待って、待ってぇぇぇ!!!」

 

 玄関の鍵を開けようとした瞬間、背後から絶叫が響いた。

 振り向く間もなく、目も鼻もぐちゃぐちゃに濡らした葵が猛ダッシュで突っ込んできて、私の両肩を砕かんばかりの力で掴み上げた。

 

「……はぁ。なんですか、一体」

「えっと……その……猫。白い猫、見かけなかったかなって思って……っ!」

「はい? こっちは()()()で疲れてるので、話しかけないでほしいんですけど?」

 

 先ほどレジ越しに脅されたネタをあえて使い、冷たく突き放してやった。

 これだけ言えば、少しは自分の立場を思い出して気まずい顔をするかと思ったのだが――

 

「白い猫を見かけなかったかって聞いてるの!!! いいから早く答えなさいよ!!」

 

 逆ギレである。

 これが人にものを頼む態度か。

 

 私はこんな馬鹿のために、この後猫化して時間を使うのか。

 仕方ないとはいえ、嫌になってくる。

 

 考えるだけで目眩がしてきた。

 

「……仮に知っていたとしても。数時間前に私を脅して金をせびろうとした人間に、教える義理なんてどこにあるんですか?」

「う、うぅ……っ……それは……ぁ……」

 

 反論の余地なし。

 

 私は彼女の手を力尽くで振り払い、背を向けて玄関の扉を開けた。

 

 その時背後で、コン、と硬い音が響いた。

 

 嫌な予感がして振り返ると、葵が地面に額をこすりつけ、見事なまでの土下座を晒していた。

 

「さっきはごめんなさい。…………だからお願い……玲香。あの子は特別な猫なの……もしも他の大人に見つかったりしたら、殺されちゃうかもしれないくらい、珍しい猫なの!!」

「…………」

「だから居場所を知ってるなら教えてほしい……それにあの子は、ムギのお友達で……私の一番辛い時にそばにいてくれた子だから…………お願いします」

 

 葵はそうやって惨めったらしく、頭を下げ続けていた。

 

 幼い頃の私を、振り回してばかりいた自由な幼馴染。

 両親に捨てられ、死に瀕していた私を迷わず助けてくれた優しい幼馴染。

 そんな彼女が今、ただの猫の姿をした私なんかのために、こんな無様な姿を晒している。

 

 滑稽だ。

 

 あまりに滑稽で――そして、見ていて無性にイライラする。

 私は土下座している彼女の胸ぐらを掴み、強引に引きずり上げた。

 

「……っ、ぐ!」

「気色の悪い真似はやめて、さっさと立ってください」

「でも、レイが……っ」

 

 そういえば学校で、私は周辺の猫の生態をすべて把握していると言ってしまったんだっけ。

 それに彼女は昔から、私がこの地域の猫たちと妙に仲が良いことを知っている。

 この状況で、彼女が私を唯一の希望として縋ってくるのは、至極当然の帰結だった。

 

「白い猫――レイを探しているんですよね。あの子は自由人なので具体的な居場所は知りませんが、今日中に葵のもとに顔を出すよう、周辺の猫たちに頼んでおきます。だから、貴女は一度家に帰ってください」

「他の猫に……頼む?」

「昔から知ってるでしょう? 私は猫に好かれやすいんです」

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 葵をどうにか宥めて帰らせた後、私は家で手早く夕飯を済ませた。

 自室に戻るなり、私は迷うことなく服を脱ぎ捨て、再び猫へと姿を変える。

 

 その後夜の闇に紛れて葵の家へと走り、二階にある彼女の部屋の窓を、爪で軽く叩いた。

 

「にゃー♪」

「レイ!!!」

 

 窓が開くと同時に、葵が飛び出さんばかりの勢いで私を抱き上げた。

 その腕は震えていて、私の背中にポタポタと、熱い涙が零れ落ちた。

 

「私、すっごく心配したんだよ……! なんで勝手に脱走なんてしたの!? あんたは自分が世にも珍しい喋る猫だって自覚がないの!? もし人間に捕まったら……っ」

「あまり大きな声を出さないでください。私は大きな音が嫌いなんです」

「……あ、ごめん」

 

 私は彼女の手からスルリと抜け出すと、ベッドの上に腰を下ろした。

 

「葵はもう飼い主になった気で私を心配してくれているみたいですが、色々とお門違いです。そもそもあの程度の脅しで、私が貴女の猫になるわけないでしょう?」

 

 今思えば、猫が喋る動画なんて現代なら「AI生成だろう」の一言で片付けられる。

 冷静になれば、あんな脅迫に怯える必要などなかったのだ。

 

「そんな……酷いよ。私、あんなに必死で探し回ったのに……っ」

「うっ。……ですから、心配する必要なんてないと――」

「じゃあ、あんたは誰の猫なの?」

 

 葵の声が、一瞬で十段階ほど低い温度へと叩き落とされた。

 先ほどまでの涙交じりの懇願は消え失せ、底知れない怒りが部屋の空気を支配する。

 

「えぇ……」

「まさか、また玲香なの? きっとそうなんでしょ??? 昔から野良猫はみんな玲香に寄りつくし、それに今日なんか周りの猫を全部把握してるって言ってたし、それにレイがここに顔を出したのだって玲香が……」

 

 聞いているだけで眩暈がするほど、言葉が弾丸のように捲し立てられる。

 

 葵は猫のことになると、いつもこれだ。

 彼女の脳内では、この地域の猫たちを統括するボスである私を「猫はみんな玲香が大好きだ! だから玲香の言うことを聞く」などという、ある意味では正解に近い、けれど決定的に間違った被害妄想が膨れ上がっている。

 

 マジで勘弁して欲しい。

 

「そうなんでしょ……答えなさいよ!!!」

「はぁ……」

 

 葵の怒りが沸点に達し、言葉の弾丸を撃ち尽くしたのを見計らってから、私はわざとらしく重い溜息を吐き出した。

 

「貴女は勘違いをしています」

「勘違い?? 勘違いって何よ!!」

「……いい加減にしてください。落ち着いて話を聞く気がないなら、貴女との関係はここで終わりにさせてもらいますよ」

 

 氷のように冷ややかな声を投げると、葵はびくりと肩を揺らした。

 そして渋々といった様子で、荒い呼吸を整えるための深呼吸を始めた。

 

「…………ごめん。もう大丈夫だから話して」

「はい。では続きを話しますが――貴女の最大の誤解は『玲香が猫に好かれている』という点にあります」

 

 葵の顔に大きな疑問符が浮かんだ。

 いかにも不服そうだが、これ以上キレ散らかせば私が消えると分かっているらしく、必死に続きを待っている。

 

「そもそもあの人は特別なんです。すべての猫と言葉を介し、目の届く範囲にいる猫たちが一秒でも長生きできるよう、呼びかけ、導く。……言ってしまえば、西園玲香は無償で保育園を開いている、園長のようなものなんですよ」

 

 ボス猫という風に表現してもよかったが、正直私にそこまでの自覚はない。

 呼びかければ猫達は喜んで応じてくれるけど、ムギを含めて基本的に全ての猫が、私のことを舐め腐ってるし。

 猫相手に犬のような上下関係を築くのは、私のような化け物であっても無理だ。

 

「つまり……好意があるわけじゃなくて、ただ猫たちは身の安全のために、玲香を頼ってただけってこと?」

「まぁ、そうなりますね。昔の貴女も見たことあるでしょうが、玲香は稀に野良猫に食事を分け与えたり、猫の鳴き真似で危険な場所を教えたりしていたのを」

 

 本来、責任を持てない野良猫に餌を与えるべきではない。

 でも、私のように会話が成立する相手なら話は別だ。

 

 もっとも猫社会に義務教育なんて制度は存在しない。

 個体による知性の差は、人間社会のそれよりも遥かに激しいのだが。

 

「じゃあ、ムギは? ムギはあいつのところに、自分からよく遊びに行ってたみたいだけど……」

「そもそも元野良猫だったムギは、性格的に家で飼うのがほぼ不可能な猫でした。まぁそんなことは貴女が一番よく分かってますよね」

「……うん。家に閉じ込めておくと、『外に出せ!』ってよく暴れてた」

「理由はそこにあるんですよ。ムギは猫たちの中でも群を抜いて賢い子でした。当然、外を巡回している玲香ともよく遭遇します。すると、知性の高い猫同士で会話が成立してしまい、つい楽しくなっちゃうわけですよ。……それでも、あの二人はどこまでいっても腐れ縁でしかありませんでしたが」

「…………」

「そして結局、ムギが死ぬ前にお願いしたのは、自身の飼い主である葵のことでした。玲香じゃなくて、貴女のことを想ってたんですよ。はぁ………久しぶりにいっぱい喋った気がします。この話、これで終わりにしていいですか?」

「あっ、うん……そっ、か。……そっかぁ」

 

 葵は憑き物が落ちたように、ベッドの上にゆっくりと倒れ込んだ。

 天井を見つめる彼女の瞳からは、先ほどまでの刺々しい殺気が消え去っている。

 

「……私達、なんでこんな話してるんだっけ?」

「貴女が玲香、玲香ってブチギレたからでしょう? よかったですね、10年越しの勘違いが解けて」

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