次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が…… 作:顔のない女
「あははははははっ!! めっちゃ面白いことやってるじゃん」
「こっちはなにも面白くないですけどね」
佳織は廊下の壁に手をつき、酸欠になりそうな勢いで肩を震わせている。
今朝、登校するなり昨夜の出来事を話したのだが、相談するべき意味相手を間違えたかもしれない。
「それに笑いごとじゃないです」
「いや〜……玲香も良い人生送ってるね。面白そうだから、私も葵ちゃんに協力したくなってきた」
「はい? 貴女は私に、猫として生涯を終えて欲しいんですか?」
「別にそういうわけじゃないけどさ。でも、玲香ってなんだかんだ言って、葵ちゃんのこと――大好きでしょ?」
私はその戯言を耳にした瞬間、壁に背を預けたまま、虚空を見上げて深い溜息を吐き出した。
「おかしいですね。ここ最近眠れてなさすぎて、私の親友が超エゲツない冗談を口走ったように聞こえました」
昨夜もまた、まともに眠れなかったのだ。
葵の腕の中に捕らえられ、うとうとしては意識が浮上し、またまどろんでは目が覚める。
そんなループを繰り返しているうちに、朝の光が差し込んできた。
猫の状態では目を閉じるだけである程度体力は回復するが、熟睡できるかどうかはまた別の話だ。
あの馬鹿の体温が近すぎて、まともに気が抜けなかった。
「めっちゃ否定したがるじゃん。おもろー」
「これまでの私と葵のかけ合いを見て、今更そんな言葉が出てくることの方が、こっちは驚きですよ。一体これまで貴女は、私の何を見てきたんですか?」
「葵に対する、玲香の一方的な片想い……?」
「おーけー、おーけー。小学生から続いた私達の信頼関係も、今日で終わりみたいです。今まで本当にありがとうございました。さようなら」
「ちょっ、冗談じゃん! そんなマジにキレんでよ」
平謝りしながら詰め寄ってくる佳織を、冷ややかな視線でそっぽを向いてあしらおうとした、その時だった。
「おはよう、玲香」
聞き馴染みのある声に顔を向けると、葵が莉子を伴ってすぐ横に立っていた。
今しがた登校してきたのだろう。
「…………」
本当にやってくるんだ、この人。
猫の私が唆してしまったこととはいえ、いざ正面から素直な挨拶を投げかけられると、毒気を抜かれるというか、少しばかり不気味だ。
「……なんですか? 急に挨拶されても不気味でしょうがないんですけど」
「それは違くない? おはようって言ったんだから、普通に挨拶で返してよ」
何が『それは違くない?』だ。
そっちは昨日、私のバイトを密告すると脅しをかけた張本人だろう。
私が何も知らない普通の人間だったら、もはやこれも一種の圧をかけられてるようにしか思えなかったはず。
『今日、死ぬほど先生に怒られると思うけど、覚悟できてるぅ?』的な。
まぁいい。
たらればを考えたところで意味はない。
すべては私が猫の姿で仕組んだことなのだから、不自然にならない程度には、おとなしく付き合ってやる。
「……おはようございます」
「よし!」
葵は目の前で、小さく、けれど力強いガッツポーズを作った。
……あまりに分かりやすすぎて、危うく吹き出しそうになる。
背後ではすべての状況を把握している佳織が、必死に口元を押さえて肩を震わせていた。
対照的に葵の友人である莉子は、突然トチ狂った行動を取り始めた葵を、理解不能なものを見る目で見つめた後、細めた視線をこちらに投げかけてくる。
「莉子、先に教室行っててくれる?」
「……葵、何してるの?」
「ちょっとだけ玲香と話したいことがあって」
「???……分かった」
莉子は一度だけ私を見てから、それ以上何も言わずに歩き出した。
廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで、その背中を目で追う。
やはり訝しんでいるのか、教室に入る直前で莉子は私をチラッと見た。
さて、これで三人になった。
佳織は気配を消すように半歩下がっているが、視界の端で肩が小刻みに揺れているのが分かる。
……コイツマジで私を舐めてるな。
後で覚えとけ。
「それで、話ってなんですか」
「別に難しい話じゃないよ」
葵が一歩、前に出た。
物理的な距離が縮まる。
「えっと……その…………」
……次に出てくる言葉の内容は、大方読めている。
だが、それを今言われたところで、心の準備など欠片もできていない。
それに、もしここで「はい」と言えば、私は生涯彼女の飼い猫にされてしまう。
答えは永遠に、NO以外あり得ない。
「私と仲直りして欲しい!!…………ですっ」
「…………」
ほら、来た。
一ミリの狂いもなく予想通りだ。
どこまで単純な馬鹿なのだろうか。
葵の考えていることなんて、昔から手に取るように分かってしまう。
そして、こちらの返答はもちろん――
「お断りします♡」
私は満面の笑みで親指を地面に指差し、地獄に堕ちろとジェスチャーをした。