次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……   作:顔のない女

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第9話 三人寄れば文殊の知恵 (椎名 葵:視点)

 あれから、十数日が過ぎた。

 

 賭けの当日、レイは私が繋いだはずのリードから鮮やかに抜け出し、夜の闇へと消えた。

 それからは二、三日に一度、夜中にひょっこりと現れて、生存報告をしてくれるのが習慣になっている。

 

 いつの間にか家に忍び込んでいて、扉をカリカリと引っ掻いて「開けてください」と催促するか、窓枠に座ってベッドで横になっている私を見下ろしているか。

 レイを出迎えるたびに、私は心の底から安堵してしまう。

 それが少し、悔しい。

 

 外に出たがりなのは分かっていた。

 レイはムギと同じで、家の中に縛り付けておくのが難しいタイプの猫だ。

 だから時々でも顔を見せてくれるなら、それで十分と思うべきなのかもしれない。

 だけどやっぱり、車に轢かれて死んでいたムギの姿が、どうしても頭をちらつく。

 

 アスファルトの上、いつもと全く変わらないで横たわっていたムギ。

 ただ眠っているだけのように見えて、決してそこから目覚めない、私の愛しい家族。

 絶対に忘れられない記憶だ。

 

 外に出るたびに、あの子もあんな目に遭うかもしれないと心配してしまう。

 そう考えると、やっぱり手の届くところにいてほしかった。

 だとしたら、やるべきことは一つしかない。

 レイとの賭けに勝つ。

 つまり、玲香と仲良くなることだ。

 

 だけど玲香は、今のところとりつく島もなかった。

 登校して挨拶をすれば、とても嫌そうな顔しながら『おはようございます』と返してはくれる。

 声をかければ最低限の返答はある。

 だけどそれだけだ。

 

 こちらが一歩踏み込もうとすれば、柳のようにするりと躱される。

 怒鳴られるわけでも、露骨に無視されるわけでもない。

 ただ柔らかく、けれど絶望的に分厚い壁で遠ざけられる。

 今の私たちは、挨拶を交わすだけのひどく微妙な空気感を漂わせた、ただのクラスメイトに過ぎない。

 

 十年もの間、一方的に嫌がらせを続けてきたのだ。

 許されるはずがないのは、痛いほど分かっている。

 でも、分かっているからといって、上手くいくわけでもない。

 どうしようもない。

 

「あ〜……うまくいかないなぁ」

 

 放課後、バスを待ちながら私は駅前のデパートの壁に背中を預けた。

 夕方の湿った風が前髪を執拗に揺らす。

 家路を急ぐ人々の流れは絶え間なく続いていくのに、自分だけが時間の止まったエアポケットに取り残されているような錯覚に陥る。

 

「最近の葵って、結構変わったよね」

 

 隣に並んで立っていた莉子が、前を向いたまま静かに口を開いた。

 

「変わった、かな」

「そうだよ。あんなに熱心に西園さんに嫌がらせを仕掛けてたのに、今じゃすっかり、ね」

「まあ……色々、あったから」

 

 色々とは言っても、ただただ玲香周りの真実をレイに聞かされて、反省しただけなんだけど。

 ここら辺の超最低で酷い勘違いも、ちゃんと話す機会があったら、謝らないとなぁ。

 

「葵が突然こうなってから、周りにいた人達が距離をとるようになっちゃったけど、それはいいの?」

「別にいいよ。女の友情なんて豆腐より脆いもん。週を跨げばグループの顔ぶれが変わるなんてよくある話だし、いちいち気にしてられないよ」

「そっかぁ」

 

 ある日を境に突然玲香に対する虐めをやめた私を見て、一緒にいた女子たちは最初きょとんとして、それから少しずつ距離を置くようになった。

 

 変わった、浮いてる、何考えてるか分からない。

 そんな声が背後から聞こえてくることも、一度や二度じゃなかった。

 

 でも別に何も問題なかった。

 気にならなかったというより、それより大事なことができた、のが近いか。

 やっぱりムギの死が私に与えた影響は、とても大きい。

 そして喋る猫であるレイとの出会いも。

 

「そろそろそうなった理由を、私くらいには教えてくれてもいいんじゃない?」

「ん?」

「私達は他の人達とは違って親友なんだし、協力できそうなことなら、協力するよ?」

 

 莉子はいつもそうだ。

 聞きたいことがあっても急かさない。

 ただ静かに、こちらが話す気になるのを待っていてくれる。

 よくもまぁこのタイミングまで、一度も事情を聞いてこなかったものだと感心してしまう。

 

 だからこそ逆に話したくなった。

 けれどどこから、どこまで話したものか。

 レイの全容は、たとえ無二の親友であっても容易に明かしていい情報ではない。

 

 迷いながらも、覚悟を決めて口を開きかけた――その時だった。

 

「協力するよ〜!!」

 

 背後から、鼓膜に突き刺さるような明るい声が降ってきた。

 

「わっ……! びっくりしたぁ」

「なんで玲香側の人間がここにいるのよ……」

 

 振り返ると、黒瀬佳織が向日葵のような笑顔を浮かべて立っていた。

 玲香の唯一無二の友人。

 確かこの辺りに住んでいると聞いたことがあるような、ないような。

 

「葵ちゃんが玲香と仲良くしようとしてるのは分かってるよ〜。事情を全く知らない莉子ちゃん共々、今後の作戦会議といこうじゃんか〜」

「あんたは玲香側の人間でしょ? 莉子に話すのはともかく、なんであんたになんか……」

「ん〜? 確かに。信用できないのも無理ないか」

 

 なんだコイツ。

 昔から意味不明な言動ばかりで、周りから浮いてる女だったけど、久しぶりにしゃべってみるとやっぱり理解できないな。

 この人とは関わるのはよした方が良さそうだ。

 

「行こ、莉子。あっちで話そ」

 

 私は莉子の手を引き、逃げるようにその場を去ろうとした。

 だが、背後から放たれた佳織の言葉が、私の心臓を冷たく掴んだ。

 

「でも、葵ちゃ〜ん? 私はレイのことも知ってるんだけどな〜??」

 

 足が止まり、私の目が大きく見開いた。

 

 なんでこの変人からあの子の名前が出る……?

 

 いや、玲香の友人ならレイとも交流があったっておかしくないのか。

 

 だがそれを含めても、レイの事情をどこまで知っているのかが気になる。

 流石にこのまま佳織を放置するのも、後が怖い。

 ……私の事情を小出しにしながら、探るだけ探ってやるか。

 

 私は重い鉄の扉を開けるような心地で、ゆっくりと振り返った。

 佳織は変わらず笑顔で、言葉を続けた。

 

「どう? 3人で話す気になったっしょ〜?」

 

 莉子が判断を委ねるように、私の顔を覗き込んでくる。

 

「どうする、葵?」

「まぁいいよ。3人でマ◯クにでも寄って話そう」

 

 

 

 ---

 

 

「……………………」

「へぇ、喋る猫なんて存在するんだ。その子と賭けをしてたから、最近の葵の様子がおかしかったんだ〜」

「そうそう。けど玲香は見ての通りで、今のところ全く相手にするつもりがないみたいだけどね」

「そっかぁ。まあ、これまでの行いを考えれば、当然の反応なのかな?――って、どうしたの葵、顔色が悪いよ?」

 

 驚いた。

 というか、ドン引き。

 

 この変人、一体どこまで情報を知ってるんだって感じだし、喋りすぎだ。

 レイのことは正直、莉子に話すつもりもなかったのに、佳織は気にした様子もなく全て話してしまった。

 何より不可解なのは、彼女の手持ち情報の深さだ。

 まるでレイと、日常的に会話でもしているかのような素振り――

 

「あっ……葵ちゃん、もしかして私がレイの事を何でも知ってるからって、嫉妬してる? けど心配しないでいいよ。賭けに勝ったらレイは結局、葵の飼い猫になるんだから」

「…………私、何にも言ってないんだけど」

「賭け、ね。今の西園さん相手にズルズルやっても、どうにもならなそうだけど、黒瀬さんはどう思う?」

「それはね、ちょっと面白そうな妙案があるんだよね! ただ、お金が正直足りないかな〜?」

「金で解決しようとしてんの?」

 

 玲香はバイトしてるとはいえ、その手の物欲はあまりなさそうだけど。

 強いていうなら、自分の好きなおにぎりを一生買い続けてることくらいか。

 

「お金で解決できることなら、多少は協力できるよ?」

「うんうん。ありがとうね、莉子ちゃん」

「っていうか、金だけであの白髪頭が動くわけないでしょ。早く具体的な案を出して」

「まぁまぁ、そんな焦んないでよ。千里の道も一歩から!!……マジでこの賭けを、勝利に導いてみせるよ〜ん」

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