自己加速しすぎてスタープラチナ・ザ・ワールド   作:常谷 優大

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筆が思ったより乗っちまいました。

こーゆー文字数多くて1話の内容濃い方がいいのかは分かりませんが自由気ままにやってきたいと思います。

気がついたらUAが1万超えて、お気に入りも400件くらいになりました。まじで皆さんありがとうございます。大好きです。


第3話

 

地面に倒れ込んだまま、俺は息を整えることしかできなかった。

胸の上で震えている七草先輩――いや、“真由美姉さん”はさっきまでの完璧な生徒会長の顔をどこかに置き忘れてきたように、まるで時間が巻き戻ったかのような声で俺の名前を呼んだ。

 

「はちくん…はちくんなんだよね…?」

 

その声音は、“数年ぶりにやっと見つけた幼なじみ”のような…そんな響きがあった。

渡辺先輩は完全に固まっている。そりゃそうだ。普段は誰よりも落ち着いている会長が――

今は俺の胸に顔を埋めて泣きそうになっているのだから。

 

俺はというと、胸の奥がざわつくのを誤魔化すようにため息をひとつ吐いた。

 

「……あの、真由美姉さん。重いって」

 

その呼び方をした瞬間、会長の肩がビクッと震えゆっくりと顔を上げた。

 

「……やっぱり…はちくんだ…。」

 

ようやく落ち着きを取り戻したのか、真由美姉さんは俺の制服を名残惜しそうにそっと話すと立ち上がって制服の裾をスっと払う。

 

「ごめんね…?ちょっと…取り乱しちゃって。」

 

「真由美…お前、比企谷と知り合いだったのか…?」

 

渡辺先輩はまだ状況を飲み込めてないようで、口をぽかんと開けながら俺と真由美姉さんを交互に見つめている。

 

「うん。昔ね。」

 

視線を一瞬だけ落とし、少しだけ頷いて答える真由美姉さん。

 

「でも、また会えるとは思ってなかったから…」

 

その声色は、"また会えて嬉しい"とそんな気持ちを隠しきれていなかった。

静かに、それでいてはっきりとした声色に周囲はざわつく。今隣にいる司波達也からの視線が痛すぎてつらい。まるで物理的な質量でも持ってるんじゃねぇかと思うほどだ。

当の俺はというと、心の中で盛大に頭を抱えていた。俺の穏やかで平穏な、波音立てない高校生活が入学二日目にして終わりを迎えたのだ。

 

 

俺と真由美姉さん―――七草真由美の関係は、数年前まで遡る。

 

 

 

 

 

当時の俺は、今よりもさらにひねくれたガキで、自覚したばかりの自分の『自己加速魔法』の出力調整もできず、ただ「周囲の人間が全員のろまに見える世界」で孤独を拗らせていた。正直…自暴自棄になっていたともいえる。

 

そんなある日、十師族の派閥争いだか、あるいは海外の工作員だかの一悶着に俺はうっかり巻き込まれたのだ。

正確にはサボり場所を探して忍び込んだ廃ビルで、何者かに拉致されかけていた真由美姉さんを見つけてしまった。

 

妨害音波のせいで魔法が使えず、恐怖で今にも泣き出しそうな声を漏らす彼女。その姿を見た瞬間、俺の頭は「逃げろ、関わるな」と警報を鳴らしていた。……鳴らしていたはずなのに。

 

気づけば俺の足は、一歩前へ踏み出していた。それは理屈なんかじゃあない。ただあんな風に怯えて泣いている女の子を無視して通り過ぎるなんて、俺の中の何かが絶対に許さなかった。

 

 

「……あー、もう、クソッ!!」

 

俺は半ばヤケクソで、まだ使いこなせていない『自己加速』の意識のギアを壊す気で、一気に引き上げた。

 

 

――カツンッ! と、脳をハチに刺されたような激痛が走る。

 

そして世界から全ての「音」が消え去った。

風に舞う砂埃も、男たちの残虐な笑みも、彼女の目からこぼれ落ちそうになっていた一粒の涙さえも、モノクロームの背景となって『静止』する。

 

「がはっ……、おえっ……!」

 

だが、世界最強レベルの加速の負荷は、当時の俺の未熟な肉体と精神を容赦なく破壊しにきた。一歩進むだけで、凄まじいG(重力)が全身にのしかかる。そりゃそうだ。理論上光の速さにも匹敵するこのスピードだと普通なら慣性の法則で肉体が弾け飛ぶ。

肺の空気が全部押し出され、視界がチカチカと明滅する。当時の俺の魔法は時間を止めるなんて綺麗なものじゃない。血を吐きながら泥水を泳ぐような泥臭くて拙い、必死の暴走だ。

 

「おい……動け、俺の足……っ!」

 

激痛で意識が飛びそうになりながらも、俺は必死に男たちの間をすり抜け、真由美姉さんの細い手を握った。

主観時間にしてわずか数秒。加速を維持したまま、彼女をこれ以上怖がらせないように、だが必死にその手を引いて廃ビルから走り出た。男たちの軍用CADを奪い取って近くに投げ捨てるのが精一杯だった。

 

 

大通りの物陰まで辿り着いた瞬間、俺の脳の許容量が限界を迎えた。強制的に加速が解除(リリース)され、世界に『時間』が戻る。

 

「はぁっ……! げほっ、ごほっ……!」

 

大通りの喧騒の中、地面に倒れ込んで激しく咳き込み、鼻血まで流している俺。そして突然安全な場所に移動して呆然とする真由美姉さん。

ボロボロになりながらも俺は彼女が無事なのを確かめて、小さく息を吐いた。

 

一方の真由美姉さんは自分が置かれた状況が理解できず、完全にパニックになっていた。

さっきまで自分を囲んでいた廃ビルの暗がりも、黒服の男たちも、突きつけられていた銃口も、次の瞬間にはそのすべてが唐突に消え失せ、見知らぬ大通りの近くにある裏路地に座っているのだ。おまけに自分の手を握っているのは、死にそうな顔で血を吐いている同世代の男の子。

 

「え……? あ、あれ……? なに、ここ……っ?」

 

過呼吸気味に周囲を見回し、ガタガタと震える真由美姉さん。魔法の使いすぎで脳が焼き切れかけている俺には、気の利いた説明をする余裕なんてひとかけらも残っていなかった。

ただここで彼女に泣き叫ばれて野次馬が集まるのだけは勘弁してほしかった。だから俺は、震える彼女のドレスの裾を弱々しく引っ張って必死に声を絞り出した。

 

「……おい、大声、出すな……。あいつら、追ってくる、かも……しれねぇ、から……」

 

その掠れた声を聞いた瞬間、真由美姉さんはハッと目を見開いた。

何が起きたのかは分からない。どんな魔法を使われたのかも理解できない。だけど、「目の前で死にかけているこの少年が、ボロボロになりながら自分をあの地獄から連れ出してくれた」ということだけは、彼女の聡明な頭に痛いほど伝わったのだ。

 

「あ、あなた……私を、助けてくれたの……?」

 

「…はぁ……はぁ…。…助けたっていうか、その…あんたが今にも泣きそうな顔してたから、その……つい、足が動いたっていうか……。あー、クソ、マジでキャラじゃないことしたわ……」

 

俺が死にそうな顔で、頭を掻きながらぶつぶつとボヤくと、真由美姉さんは驚いたように目を見開いた。

それからぽろぽろと涙をこぼしながら、張り詰めていた緊張をすべて解くように心からの綺麗な笑顔を見せてくれた。

 

何が起こったのか分からなくても、この少年の「不器用な優しさ」だけは本物だと彼女は確信したのだ。

 

 

それからだ。七草家の人間には「通りすがりの不器用な魔法師に助けられた」とだけ報告した彼女はなぜか俺を猛烈に気に入り、俺たちの『秘密の交流』が始まったのは。

 

まさかの同じ学校であったという驚愕の事実がすぐに分かると、学校帰りに待ち合わせて手を引かれてお洒落なカフェに連れて行かれたり、俺の部屋に真由美姉さんがお忍びで遊びに来て、小町と一緒になって俺をからかったり。

 

いつしか彼女は、俺のことを「はちくん」と呼び、俺も彼女の前でだけは、気恥ずかしさを隠しながら「真由美姉さん」と呼ぶようになっていた。

お互いに家柄も立場も関係なく、本当の自分でいられる、数年間だけの温かな関係。

 

だが彼女が進学し、七草家の長女としての表舞台での活動が忙しくなってからは自然と連絡が途絶えていた。十師族の令嬢と、ただの一般家庭のぼっち。自然と連絡は無くなっていった。

 

それなのに、まさかこんな形で、一高の生徒会長となった彼女とドラマチックな再会を果たすなんて。

 

 

 

 

「ふふ、相変わらず言い訳が下手ね、はちくん。でも……本当に、また会えてよかった」

 

目の前で、あの頃よりもずっと綺麗になった真由美姉さんが、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。その表情は、一高の完璧な生徒会長のものではなく、俺の知っている「真由美姉さん」そのものだった。

 

「あぁ。俺も会えてよかった。」

 

「…でも、女の子に重いなんて言っちゃダメよ?」

 

「悪かったって」

 

ほんの少しだけ昔のような雰囲気にもどる。真由美姉さんの纏う空気がふっと柔らかくなり、俺も少しだけ気が緩む。

 

「…今日は、色々とあったようだし……また今度ゆっくり話そ?」

 

「もちろん。」

 

「…それでは皆さん。本日はお見苦しいところをお見せしました。またどこかで。」

 

未だ呆然としている周囲の生徒たちにぺこりと一礼したあと、振り返って校舎へと戻っていく。俺と真由美姉さんを交互に見つめて固まっている渡辺先輩の背中を押していった。

二人の姿が完全に校舎へと消えると、張り詰めていた周囲の空気が一気に弛緩した。すると同時に、先程まで黙って見つめていた同じクラスの森なんとかが話しかけてくる。

 

「…比企谷。」

 

「…んだよ?」

 

「……正直に言う。助かった。礼を言う。」

 

「意外だな。」

 

「何がだ」

 

「お前みたいなやつは自分の過ちを認めずに腐って人生ドン底に堕ちた挙句に噛ませになって退場していくタイプだと思ってた」

 

死にたいならそう言えよ?

 

最低限の礼儀はなってるようで安心したってんだ。

 

「…ふんっ」

 

言いたいことを言えて満足したのか、森なんとかは踵を返して帰っていった。やっぱあいつ噛ませだろ。

 

 

「比企谷…君か?さっきは助かったよ。ありがとう。」

 

一通り事態が収束したため、今回の被害者である司波達也が俺に話しかけてくる。怪しさ全開だから話しかけてくるよね。うん。

 

「いやまぁ犯罪が目の前で起きようとしてたらさすがに止めるわ。」

 

「それより!どうやってあたしの前に来たの!?」

 

不意に横から飛んできたその快活な声に、俺はパッと視線を向けた。

声を上げて身を乗り出してきたのは、さっきの森崎とのゴタゴタの当事者である、赤髪のショートヘアがよく似合う女子――2科生の制服を着た子だ。

 

「そうそう! ぶっちゃけ俺もビビったわ。いきなり人が消えたと思ったら、次の瞬間にはお前が森崎の前に立ってたもんな!」

 

隣にいる、いかにも頑丈そうな体格な短髪の男子生徒もそれに便乗してくる。この場にいる人々が俺に畏怖や興味の視線を送っていた中、この2人驚くほど物怖じせずに俺に話しかけてきた。

 

「いや、普通に歩いて割って入っただけだけだぞ? ほら俺って存在感薄いからみんな森なんとかに注目してる隙にするっと。所謂ステルスぼっち技術の応用」

 

「そんなわけないでしょ! あたしの目が誤魔化せるわけないじゃん!」

 

赤髪の女子がジト目で詰め寄ってくる。これは…誤魔化せそうに無さそうだな…。俺は視線を泳がせると彼らの後ろに立つ司波達也がその濁りのない瞳で俺を観察するように真っ直ぐに見据えている。

このままここで追及されるのは色んな意味でマズすぎる。真由美姉さんとの一件もあって早くこの場を離脱しないと俺のライフはゼロになる。

すると俺の焦りを察したのか、横にいた光井が助け舟を出すように進み出てくれた。

 

「あの、よかったらなんですけど…これから比企谷くんと近くのカフェに行く予定なんですけど、みんなも一緒にどうでしょうか…?」

 

予想外の提案に驚く俺。光井はどうやらこのまま俺を逃す気など毛頭ないらしい。

 

「私は1年A組の光井ほのかって言います!こっちは北山雫で私の幼なじみです。ここで立ち話というのもなんですし…」

 

「……近くカフェ、マフィンが美味しい。一緒に行こう。あと比企谷、さっきの七草会長との関係も聞きたい。」

 

雫もいつものローテンションながら有無を言わせない空気で誘う。最後だけ語尾強かった気がする。おそらく気の所為。

 

「え、1科生直々のお誘い? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな! あたしは千葉エリカ。よろしくね!」

 

「俺は西城レオンハルト。レオでいいぜ」

 

「し、柴田美月です……よろしくお願いします」

 

「司波達也だ。迷惑じゃなければ、妹の深雪共々同席させてもらおう」

 

oh......、めちゃくちゃ行く気満々だった…。

こうして俺、光井、北山の3人に加え、一高の門前で出会ったE組の5人という、総勢8人の奇妙な混成グループは、駅前にある落ち着いた佇まいのカフェへと向かうことになった。

校門を出て、駅へと続く並木道を8人で歩く。

 

 

「それにしても比企谷くん、本当にただ歩いただけなの? あたし、一応動体視力には自信あるんだけどなー」

 

千葉がまだ納得いかない様子で、俺の隣に並んで覗き込んできた。

 

「いや、だからただの歩行だって。それよりも…」

 

俺は話を逸らすように、彼女の腰元へ視線を落とした。

 

「俺が何かしようとするまでもなく、さっき森崎が魔法を使おうとした時右手を腰の後ろに回してただろ。あれ、警棒タイプの近接戦用CADだよな? しかも術式を展開する直前までいってた」

 

「えっ……!?」

 

千葉の足がピタッと止まり、その目が驚愕に見開かれる。

それにつられて司波達也やその他の面々の視線も一斉に千葉の腰元、そして俺へと集まった。

 

「なんで分かったの……? あたし、服の上から隠してたのに」

 

「いや、服の不自然な皺の寄り方とか肩の重心の移動のさせ方を見れば剣術か何かの居合いの構えだってことくらいは分かる。

もしあのまま魔法が撃たれてたら、間合いを詰めてCADごと腕を叩き折る気だったろ。1年生のくせに物騒極まりないなおい」

 

俺が呆れたように言うと、司波達也の目が一瞬だけ鋭く細められた。自分の観察眼を上回るレベルで他人の動きを見抜かれたのが意外だったのだろう。

驚きを隠せない千葉は腰元に添えたCADを取り出して俺に見せてくる。

 

「これがCADってことも分かるんだね。さすが1科生ってところ?」

 

「いや、ただの勘だな。そんな特殊なCAD見たことねえし」

 

「あははっ!」

 

だよねと笑い、そのまま歩き続ける千葉。それにつられて再び全員が歩き始める。しかし本当にCADだったのか…。まぁでも自信満々で魔法に対抗するくらいならCADじゃねえとおかしいか。触れただけで魔法無力化できる代物とか聞いたことも見たこともねえ。でもちょっと興味あるから今度作ってみようかな。

 

俺が1人思考にふけっている間、他のみんなは雑談をしていた。俺はその集団の最後尾についてとぼとぼと歩いている。すると何を思ったのか、司波達也は歩くスピードを緩めて俺の傍に近寄ってきた。

正直めっちゃ緊張してる。観察・護衛対象なんだぞお前。俺の気持ち考えてくれ。

 

「改めて自己紹介させてくれ。俺は司波達也。達也でいい。君と同じクラスにいる司波深雪の兄だ。よろしく頼むよ。」

 

「…よろしく頼む。比企谷八幡だ。一校の一般人代表としてやらせてもらってる。」

 

「…少なくとも、1科生に入れる程の実力者が一般人では無いと思うぞ。」

 

だよね俺も今のは返答ミスったと思う。会話下手すぎる。これじゃ自分は怪しい人ですって言ってるもんじゃあねえか。しかし名前呼びか…結構距離感近めでいいのね。西条も確かレオって呼んでっつってたし、まぁ本人の意志を尊重してそれでいこうか。

 

 

「…ところで…君とはどこかで会ったような気がするんだが、俺の気の所為か?」

 

「…?いや、多分気の所為じゃないか?」

 

「…そうか。」

 

司波達也…達也はそれ以上追及してくる様子もなく、ただ前を向いて俺と同じペースで歩き続けている。

……いや、無言で横に並んで歩かれるとプレッシャー半端ないんですけど。

この男、歩く姿一つとっても全く隙がない。重心が完全に安定していていつでも次の行動に移れるような、そんな気配を感じる。さすがは世界を滅ぼしかねない四葉の規格外だ。これやっぱ護衛の必要なくね?

俺の思惑も知らず、無表情のまま妹の司波深雪を見つめている達也は、俺と同じ生粋の「お兄ちゃん」なんだと思うと、不思議と親近感が湧いた。

 

 

 

 

目的のカフェに着くと、店の奥の広めのテーブル席に案内される。俺は当初のお目当てだったMAXコーヒーを注文し、ソファー席に着く。他のみんなも注文を終えたのか、それぞれソファー席に深く座った。注文し終えた順に座ったはずなのだが、何故か俺の両隣は光井と北山にがっちりキープされている。なんで??

 

「こうでもしないと逃げそうだったから」

 

「そうした方がいいと思ったので!」

 

涼しい顔でアイスコーヒーのメニューに目を落とす北山と、少しだけ頬を染めながらも強い意志を感じる目で俺を見つめる光井。

美少女2人に挟まれる1科生(一般人枠のつもり)の図って、客観的に見て針の筵以外の何物でもないんだが。

 

「……あの、お二人さん?周りの視線がさっきから俺を貫通しそうなんだけど。席代わらない?」

 

俺が引きつった笑みで懇願するも、2人は示し合わせたように首を横に振った。

 

「ダメ」

 

「諦めて!」

 

「だよねー」

 

ため息を吐きながら、俺はあきらめて深く背をもたれかけさせた。

その様子を向かいの席から見ていた千葉がストローを咥えたまま、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてこちらを突っついてくる。

 

「あはは! 比企谷くん、入学二日目にして早くも一科生の美少女二人を両手に花状態じゃん。やりおるねー」

 

「やめろ。その言い方だと俺がただの軽薄な野郎みたいに聞こえるだろ。俺は平穏に過ごしたいんだ。こんな目立つポジション、一秒でも早く返上したいわ」

 

「えー? でもさっきの七草先輩との件といい、比企谷くんって実はとんでもない隠れ超有名人だったりするわけ?」

 

千葉のその言葉を皮切りにテーブルを囲む全員の視線が、再び俺へと集中した。

特に、千葉の隣に座る西城…レオは「そうだな、ぶっちゃけ俺たちもさっきの魔法気になって夜しか眠れねぇよ」と身を乗り出し、柴田も目をパチパチとさせながら興味深そうにこちらを見ている。夜眠れるなら十分じゃねえか。

そしてその中心にいる達也。彼は静かに運ばれてきたコーヒーに口を付けると、濁りのない瞳で俺を真っ直ぐに見据えていた。その隣に当然のようにいる司波深雪も同じようにこちらを見ている。

 

 

「今日は元々、比企谷の得意な魔法について聞こうって会だったんだよね。」

 

北山が淡々とした口調で場を仕切る。俺の隣をキープしたままの鉄壁の布陣は崩さない構えだ。良いディフェンスだよほんと。世界取れる。

 

「へぇ…なら丁度いいじゃねえか!」

 

レオが嬉しそうに拳をポンと叩き、笑顔で言う。

 

「あんな一瞬で間合いに割り込むような体術とも魔法ともつかねえ動き、見たことねえんだよな。」

 

「…えっと……今日知り合ったばかりなんですけど…本当に聞いてもいいんでしょうか…?」

 

柴田が恐縮したようにおずおずと口を開いた。彼女からすれば他人の得意魔法――いわば手の内を明かさせるような流れに、少し気まずさを感じているらしい。

 

「…そうだな。確かに気になるが、マナー的には良くないだろう。」

 

達也がコーヒーのカップを置き、柴田の意見に同調するように静かに頷いた。

 

「魔法師にとって、自身の得意とする術式の詳細を明かすことは戦術的弱点を晒すことと同義だ。強制するべきではないな」

 

「もうここまで来たら話すしかねえよ。流石に気になるだろうしな。」

 

ぐうーっと身体を伸ばして一息つく。空気も緊張も弛緩させる意味でも自分をリラックスさせた。

 

「ここでケチって隠し事にする方がお前らみたいな『目の良い』連中にずっと付きまとわれそうで嫌だしな。特にそこの千葉とか」

 

「えー、あたし? 心外だなー。好奇心旺盛なだけだってば」

 

「えっと……私…言い出しっぺだけど…比企谷くんが無理するくらいなら…話さなくても…」

 

光井が改めて自分の言い出したことを慮ったのか、俺の隣でしゅんと眉を下げた。ほんとにいいやつだ。

 

「言っただろ?マナーなんて気にしなくていいって。何回も説明する手間が省けたんだ。むしろ感謝するよ。」

 

「…ほんと?」

 

「ほんとだよ。ありがとな。」

 

「比企谷さんがよろしければ、ぜひ教えて頂きたいです。正直、今でも何が起きたのか理解しかねますので…」

 

司波深雪が美しい人形のような微笑みで俺にそう言ってくる。改めて見ると、間違いなく四葉真夜と同じ血を継いでいるのだと分かる顔立ちをしている。

その微笑みに真夜さんの面影を感じると、俺は心を鎮めるようにMAXコーヒーを飲んでこれからの説明のために口を湿らせる。

 

「んじゃ、魔法の勉強会といこうか。」

 

 

「実技は苦手だが分析は得意っつってた達也に聞くが、まず魔法ってのはどーゆーもんだ?」

 

いきなり当てられた達也は少しだけ目を見開いた後にすぐ答える。

 

「…俺たちが使う『魔法』というのは、物質そのものを造り変える代物ではない。分かりやすく言うなら、この世界に存在するあらゆる事象の『設計図』を一時的に書き換える技術のことだ。」

 

うん。満点の回答。補足として言うなら、所謂ファンタジー系ラノベの『魔法』は、割となんでもありな奇跡の超常現象のことを言う。しかしこの現実世界の『魔法』はどちらかっつーとSFのガチガチな科学技術に近い。現実の物理理論をベースにして現象が起きるから、そこには必ず理詰めの原理が存在する…みたいな。

 

「エイドスのことを『設計図』……言い得て妙ですね。」

 

「あぁ。現代魔法学ではこの世界に存在する物質や現象の情報体を『個別情報体(エイドス)』と呼ぶ。

この『設計図』を自身の想子(サイオン)という粒子を使って『起動式』を展開し、その一部分を一時的に別のデータへと上書きするんだ。熱を加えたり、移動させたりな。そしてその改変されたエイドスが現実の世界へフィードバックされることで、物理現象としての『魔法』が発現する。」

 

達也が一通り話終えると、「もういいか」という視線を俺に向ける。「完璧だ」という意味を込めて頷いて俺も続ける。

 

「そゆこと。無茶ぶりに答えてくれてさんきゅーな。そんで、俺がどうやって森崎と千葉の間に入ったのかってんだが……」

 

「そうそう!あれ、どーやったのよ。」

 

「簡単な話だ。俺の得意な魔法を使っただけ。」

 

「それで…比企谷の得意魔法は…?」

 

期待に満ち溢れた目をした北山が早く早くと急かすように言う。

 

『自己加速魔法』。それが俺の得意魔法だ。」

 

全員が「?」な顔をする。まぁ、こんなに単純な魔法だとは思わねえよな。

 

「…つまり比企谷は、単純な身体強化魔法で間に入った…というわけか?」

 

That's Right(その通り)…ほら、大したことねえだろ?」

 

「いやいやいやいや!あのスピードがただの『自己加速魔法』なわけないでしょ!」

 

お。鋭い。さすが目のいい千葉さん。

 

「まあ納得いかないよな。お手本のような反応で助かるよ。」

 

怪訝そうな表情をする千葉や他の面々に「ごめんごめん」と謝った後に、ニヤリと笑って情報を訂正する。これ以上引き延ばすのも面倒だし、中途半端な嘘は達也に速攻で見破られる。ここからは俺の魔法の本当のタネ明かしだ。

 

 

「俺の『自己加速魔法』はちと特殊でな。加速しすぎて()()()()()()()()()んだよ。」

 

 

「「「「……は!!!???」」」」

 

喫茶店の奥の席で、見事なまでにハモった絶叫が上がった。

光井、柴田、西城、そして千葉が、文字通り開いた口が塞がらないといった様子で固まっている。あのクールな北山ですら、目を見開いてフリーズしていた。

 

 

「あ、あの……比企谷君…?今、なんて……?」

 

柴田がしどろもどろになりながら、自分の耳を疑うようにおずおずと聞き返してくる。

 

「いや、だから言葉通りの意味。俺が意識のギアをトップまで叩き込むと、周囲の人間が完全に静止するレベルまで自分の主観時間が加速する。周囲から見れば、まるで『世界が止まった』ように見えるわけだ」

 

「せ、世界が、止まる……!?」

 

光井がコクコクと息を呑む。

 

「あぁ。時間にして()5()()()…俺は完全に止まった時の中を動ける。」

 

全員が信じられないといった表情をしている。まぁありえねえよな。現代魔法の常識を真っ向から全否定するようなデタラメな能力だ、誰もが言葉を失うのも無理はない。

 

「約5秒、ですか……」

 

柴田が恐怖にも似た驚きで声を震わせた。

 

「その5秒間、比企谷君以外の誰も動けなくて、魔法も使えない……。それって、無敵…ってことですよね……?」

 

「そゆことになるな。でも、さすがに時が止まっている間は魔法式を構築できない。できてもサイオンをぶつけることくらいだな。」

 

「…俺、バカだから分かんねえけどよお、要は速く動きすぎて周りが止まってるってわけだろ?そんだけ速く動いてたら慣性の法則かなんちゃらで身体がもたねえんじゃねえか?」

 

疑問に思ったことをそのまんま聞いてくるレオ。お前そのセリフどっかのアニメで聞いたことあるけど似合いすぎねえか?

 

「鋭いな。もちろん。慣性の法則によれば、あの超スピードから急停止した場合、俺の五臓六腑が口からこんにちはする事になる。」

 

俺の説明に柴田や光井が「ひえっ!」と短い悲鳴をあげて口元に手を当てた。もう少しオブラートに包めばよかったかな。ごめんね。

 

「じゃあ、なんで比企谷くんは無事なの? さっきだって平気な顔してたじゃん」

 

千葉が不思議そうに眉をひそめる。同じく白兵戦を繰り広げる魔法師としてこういった魔法は興味津々なようだ。

 

「約5秒間ってのがミソでな。それ以上時間を止めると俺の許容量(キャパシティ)を超えて崩壊していく。これに関しては俺も理解できてない部分が多いんだが、その数秒であれば世界の法則すら超えていると解釈してる。」

 

「ふむふむ。」

 

「ではその5秒間であれば、お前は慣性も気にせずに動ける、というわけか。しかし、時を戻した後は?先程言った通りならスピードが元に戻った瞬間、身体はお陀仏なんだろう?」

 

「そこで聞こうか。じゃあ今度は司波妹。」

 

「わ、私でしょうか?」

 

当てられると思っていなかったのか、頼んでいたカフェラテを口に含んで落ち着きを取り戻す。

 

「例え話で問うが、もし猛スピードで暴走してる車があるとしたらどうやって対処する?」

 

「…私の場合はタイヤやエンジン、地面に至るまで分子運動を停止させて凍結させますが…一般的には減速魔法でしょうか?」

 

「そうだ司波妹は新入生総代だったんだわ…まぁこの場合は減速魔法でいこうか。つまり、車のタイヤの地面との摩擦係数をいじったり、車の『設計図』を書き換えて速度をゼロにする。」

 

全員が頷きながら聞いているのを見て今の話を理解しているのを確認する。

 

「俺は思ったんだよ。その車が時速100km以上で走ってるとしたら、その書き換えはとてつもなく大きなものになる。なら、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()。」

 

「確かに。そうすれば魔法を使った人の負担は限りなく少なくなる。でも逆に大変じゃない?」

 

「あぁ。雫の言う通り、複数回に分ける場合だとその都度魔法式に代入する変数を変えて演算をしなければならない。…まさか、それを『自己加速魔法』でもやっているというわけか?」

 

達也が北山の言葉に乗っかり、俺の例え話の意図に気がつく。その通り、猛スピードで暴走している車というのは俺で、それを安全に止めるためにはどうするか、というのが今の話だった。

 

 

「…末恐ろしいな…自分自身の慣性、いや、この場合ベクトルと言った方が正しいかもしれないな。それをコンマ秒単位で把握しながら周囲の空間のエイドスに干渉している…というわけか。」

 

「空間…ということは…地球のエイドスに干渉しているんですか…!?そんな規模をどうやって…」

 

「俺の家系がそういった魔法について研究してたんだよ。話すと長くなるが、簡単に言えば自己領域限定型の術式で段階的にスピードを落としてるんだ。」

 

「…なるほど。徐々にスピードを落とすことで慣性が抑制されて身体への負担も少なくなるってことか。」

 

達也がなるほどといった表情で納得する。話が早い達也も含めたこの面々、めちゃくちゃ理解が早い。頭が良い証拠だろう。

 

 

「…あ、やっぱ比企谷くんの名前の『八幡』って…」

 

「おう。一応『八幡家』の血筋だ。だけどもう途絶えたし、地位も名誉も権力もないからただの一般人なんだよ俺は」

 

一応『八幡家』の話をすると、その昔、『数字付き(ナンバーズ)』の一員であり、古式魔法と現代魔法の融合について研究していた家だったらしい。俺は人づてにしか聞いたことは無いが、当時の人達にとっては革命的だったとか。その融合が形を変えて今の魔法体系になっているため、『八幡家』は現代魔法の先駆者とも言われている。

具体的にどういったものだったのかというと、古式魔法の一種である『霊子情報体』を現代魔法の観点から顕現・封印するというものだ。その際に、自分の周囲にある空間の情報体(エイドス)に干渉し、想子(サイオン)を流して空間を固定する。これが現代魔法における『領域干渉』の原型で、八幡家相伝の術式では登竜門だったそう。

長々と話したが、要するに俺の『自己加速魔法』はその領域固定の技術を「自分自身の肉体と時間軸」だけに極限まで収束・応用したものってわけだ。

 

 

「…この魔法使えるやつが一般人であってたまるかよ…。」

 

レオが呆れたように呟くと、周囲もそれに頷いて同意を示す。

 

「魔法科高校に、一般人はいないと思う。」

 

北山の静かなツッコミは俺たちの共通認識をさらに深めるもので、この話は1度おしまいということになった。その後は趣味やらこの学校についての話だったり、雑談に花を咲かせた。その結果全員のことを名前呼びで強制された。お前ら俺はぼっちなんだぞ。ハードル高ぇんじゃ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そろそろ戻るか。あまり遅くなると、また一科生の連中に変な目を向けられそうだしな」

 

八幡がMAXコーヒー(これを飲めるやつが世の中にいるとはいると思わなかった)の氷をカラリと鳴らし、そう言って席を立った。それに続くように、ほのかや雫、エリカたちも「そうだね」「楽しかったー!」と口々に言いながら荷物をまとめ始める。

店を出て校門へと向かう道すがら、俺は少し後ろから比企谷のお世辞にも姿勢が良いとは言えない背中を見つめていた。

 

「(比企谷八幡……)」

 

あの男の持つ『自己加速』は、戦闘における絶対的な先手(イニシアチブ)を約束する。

俺の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』をもってしても、彼が「止まった世界」に入り込んだ瞬間そのエイドスを追うことは不可能だ。事象の処理速度そのものが絶対的な優位にある以上、俺の『分解』や『術式解体』であっても、発動する「時間」そのものを与えられなければ、文字通り触れることすら叶わない。

 

「(……負ける気はしないが、勝てる気もしないな)」

 

それが、俺が導き出した冷静な分析結果だった。

敵対することだけは何としても避けなければならない。幸い、彼にはその圧倒的な力を誇示するような野心はなく、むしろ「日陰の一般人」であることを強く望んでいる。その歪んだ平穏主義こそが俺の救いだった。

 

「…んじゃ、また明日な。」と言って軽く手を挙げて去っていく比企谷を、俺は少しだけ口元を緩めて見送った。

 

 

 

その日の夜。リビングのソファに腰掛けた俺は、携帯端末の画面を見つめながら、今日カフェで八幡が語った魔法理論をもう一度脳内で反芻し、再構築(トレース)していた。

自身の時間軸を世界から完全に切り離すほどの超高倍率の『自己加速魔法』。

そしてその加速によって生じる超絶的な慣性(ベクトル)を、コンマ秒単位の超高速演算で自己領域に限定し、段階的にスピードを落とすことで無効化する技術。

その緻密で繊細な術式構成は、現代魔法のシステムを逸脱していながらも、完璧な理詰めで構築されていた。

 

「――お兄様、まだ八幡さんの魔法についての分析を?」

 

いつの間にかリビングに現れた深雪が、手にしたハーブティーのカップをテーブルに置きながら不思議そうに俺を覗き込んできた。

 

「あぁ。彼の魔法は知れば知るほど底が知れない。もしあの5秒間を完全にコントロールされているのだとしたら、彼を戦術的に無力化する手段は極めて限られるからな」

 

「お兄様にそこまで言わせるなんて……。ですが、八幡さんにはあの力を悪用する風には見えませんでしたが…。」

 

「あぁ、それについては心配ない。俺が考えていたのは別のことだ、深雪。彼のあの『完全に止まった世界を動ける5秒間』という能力……。それを聞いた時、俺はある仮説に行き着いた」

 

端末の画面を消し、俺は静かに深雪を見つめた。

 

「3年前の、あの沖縄の日のことだ」

 

深雪の身体が、微かに強張った。

3年前の大亜連合による沖縄侵攻。あの日、俺たち家族は侵略の戦火の真っ只中にいた。

 

「あの時、俺たちは敵の猛烈な奇襲によって退路を完全に断たれ、絶体絶命の窮地に陥っていた。……だが、次の瞬間、まるで世界が一瞬だけ静止したかのように、眼前にいた敵兵たちが一斉に吹き飛び、気づけば俺たちは安全な後方にまで移動させられていた。……覚えているな?」

 

「はい、忘れるはずがありません。」

 

あの日のことを思い出したのか、胸の前で手をきゅっと握る深雪。俺もあの日のことを思い出す。絶え間ない銃声、四方八方に囲まれて絶体絶命かと思いきや、眼前にいる屈強な敵兵が突如なにかに殴られたかのように吹き飛んだ。

それを認識するや否や、俺と深雪は数十メートル離れた場所に飛んでいた。何を言っているか分からないと思うが、俺も自分が何をされたか分からなかった。

 

「…あの時、術式の残滓すら観測できずに正体不明の戦略級魔法師による介入だと軍は結論づけていたが…」

 

そこまで言うと深雪はハッと目を見開く。

 

「…!お兄様!まさか…」

 

「あぁ。世界を止める5秒間があれば、絶望的な戦線を一人でひっくり返し、人間数人を安全圏へ運ぶことなど、あの男にとっては容易な『肉体労働』に過ぎない。もしあの時、俺たちを助けてくれたのが八幡だったとしたら、全ての辻褄が合うんだ」

 

俺たちがその奇跡の正体に戦慄していると、リビングのドアが静かに開いた。

 

 

「あら、達也に深雪。二人とも、こんな夜遅くまで何を難しい顔をして話し込んでいるの?」

 

おっとりとした、しかし気品に満ちた声と共に部屋に入ってきたのは、美しい寝間着に身を包んだ女性――四葉家の現当主の双子の姉であり、俺たちの実の母親である、司波深夜こと四葉深夜だった。

 

「お母様。夜分遅くに騒がしくしてしまい、申し訳ありません」

 

深雪がすっと立ち上がり、母様を迎え入れる。

 

「いいのよ、深雪。それより達也、さっき『沖縄の恩人』の正体が分かったかもしれない、なんて言っていなかったかしら?」

 

「…それは誠でしょうか?」

 

深夜の言葉に続くように、彼女の後ろからもう一人の女性が姿を現す。

深夜の髪を梳かすためのブラシを手に持った、凛とした佇まいの女性――桜井穂波だ。彼女の身体には、遺伝子調整による魔法師特有の衰えや、あの戦争で命を落としかけたような形跡は微塵も感じられない。

 

「私も気になります、達也様。あの日、深夜様をお守りするために限界を超えて魔法を行使しようとした私を、突如として包んだ不思議な静寂……。あれがどなたの仕業だったのか、四葉の調査でもずっと掴めずにおりましたから」

 

穂波さんが少しだけ真剣な面持ちで俺に視線を向ける。

 

 

3年前の沖縄。

本来ならば、ガーディアンとして肉体を酷使した穂波さんは命を落とし、そのショックと戦火のストレスによって、お母様も精神と肉体を病み、遠からず亡くなる運命だった。

四葉の歴史が、そして俺たち家族の運命がここで完全に狂わずに済んだのは、あの戦場に、歴史の裏に埋もれたはずの『八幡家』の怪物が介在していたから。そう考えると全ての点が線で繋がったような気がした。

彼が命がけで世界を止めた数秒間が、お母様と穂波先生の命を救い、今こうして4人で平穏に暮らす未来を創り出したのだ。

 

「……まだ仮説の段階ですが、その可能性は極めて高いと考えています。ただ、本人はその事実を明かすつもりも、恩を売るつもりも毛頭ないようですが」

 

「…まずあの日のことを覚えているかどうかですら怪しいですし…」

 

俺と深雪が苦笑混じりに言うと、お母様は少し意外そうに目を細め、それから優しく微笑んだ。

 

「あら……随分と欲のない、風変わりな魔法師様なのね。いつか、その方にお礼を言える日が来るといいのだけれど」

 

「はい。私たちの命の恩人ですから。」

 

深雪が母様の言葉に深く頷き、万感の想いを込めて言葉を紡ぐ。あの日の奇跡が八幡の手によるものだとしたら、司波家にとって彼は文字通り、家族の未来を繋ぎ止めてくれた恩人に他ならない。

 

 

「……。」

 

少しだけ何かを考えたような表情の母様に俺と穂波さんが気がつく。

 

「…どうかなさいましたか…?」

 

「…いえ、今考えついたことがあるのだけれど、最近真夜の動きがどうも少し怪しいのよ。四葉のスポンサーである組織や、国防軍の一部の人間と、公にはできない頻度で連絡を取り合っている形跡があるの。それも真夜個人の私兵ではなく、本家の直轄部隊を動かそうとしている節があるわ」

 

母様の見解に、俺と深雪は微かに息を呑んだ。現当主である四葉真夜が分家や周囲に秘匿して独自の動きを見せている。その意図がどこにあるのか双子の姉である深夜であっても捉えきれていないらしい。

 

「姉の勘、といったところかしらね。もしあの時の恩人が見つかったのだとしたら真夜は絶対に逃さない。だからちょっと危うい気がするの。達也、あなたも十分に気をつけなさい。」

 

「…分かりました。叔母様の動向含めて、十分に気をつけます。」

 

俺が静かに答えると、母様は「頼むわね」と優しく微笑み、穂波さんを伴って「おやすみなさい」と部屋を後にした。

リビングに残された俺と深雪。部屋の静寂が先ほどのお母様の言葉の重みを引き立てる。

真夜叔母様が裏で何を企んでいるのかは分からない。八幡のことを恩人だとほぼほぼ決めつけているようなものだが、もしあの日に俺たちを救ってくれたのが八幡であるなら、その恩を返さなければならない。

 

「(… 真夜叔母様が何を企んでいようと、お前がくれたこの家族の平穏を今度は俺が守る番だ)」

 

いつかこの学校で互いの背中を預け合えるような――そんな親友であり、相棒と呼べる関係になれるかもしれない。

夜の静寂の中、俺は携帯端末に記した彼のデータをもう一度見つめながら、まだ見ぬ未来への奇妙な期待と決意に、静かに胸を躍らせていた。

 





ってことでまさかの深夜さん穂波さん生存です。誰が助けたことやら…(すっとぼけ)。
あとで混乱しないようにここに設定置いときますね。

失われた姓(ロスト・ナンバーズ)『八幡家』
かつて古式魔法の「霊子(プシオン)制御」を用いて、空間のエイドスを固定(ロック)する魔法(領域干渉の前型)や、現代魔法との融合を行っていた家系。『霊子情報体』ってのは式神や精霊などのことです。
八幡の『自己加速』は、加速しすぎて光速を超えるため、この領域固定を「自分の肉体と時間軸だけ」に極限まで絞って適用して世界から独立して5秒間動けるというものです。
なぜ真由美を助けた時に明らかに5秒以上動いているのか、という疑問ですが、あれは厳密に言うと時が止まってないままめっちゃ速く動いて身体クソ痛えみたいな状態でした。まだ空間に干渉できるほど経験値が足りてないと思ってくれれば。

現時点で達也は八幡のことを「恩人(仮)」としてます。本人は覚えてるか知らんけど。八幡にとっては観察・護衛対象の達也のことを「(なんでこいつこんな堂々としてんの?)」と思って少しだけすれ違っておもろい構図になってます。
八幡と達也の最強コンビが結成されるのは果たしていつになるのだろうか…どうぞお楽しみに。

では、また次回。
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