幼なじみの累ちゃんへの評価は私の感想とズレていることがよくあった。
だけど今はピッタンコに合っている。
自分で言うのもなんだけど、累ちゃん、私に甘過ぎる。
「〈叶歌ちゃん、今日も頑張ったね。今日も可愛い笑顔を見せてくれてありがとう〉」
私の、声が、入ったら、台無しだから、頑張る。
奇声を上げないように努力する新染叶歌を応援してほしい。だってこんなに大事な王子様ボイスだ。好き好き好き好き、累ちゃんが好き過ぎる。
「〈あれ、顔が真っ赤だよ。恥ずかしくなってきちゃったかな?〉」
「うん……照れちゃうけど、好き♡」
「可愛いね、叶歌」
「んもぉ〰〰累ちゃーん! ルイ様は呼び捨てしないでしょ~♡」
ボイレコスマホアプリが動いている間は、累ちゃん、余計な声は入れないようにしてくれる。
そんなところも王子様。優しくて私だけのスウィートプリンス。
着てるのは部屋着だけど、部屋には学習机があるけど、目の前の人は掛け替えのない私の推し。
メロくてクラクラしてしまう私に、グッと堪えていた累ちゃんは一度目を閉じた後で停止ボタンをタップした。
累ちゃんは半分私のスマホを好きなように使う。お互いのパスコードを教え合っているくらいだから全然気にしないし、どうもありがとうございますの思いだ。
「かな……ルイの設定、詳しくある感じ?」
「設定? んー、特に? 累ちゃんがルイ様でしょ? なりきってくれてるよね?」
「それは……あんたが喜ぶし……。けどかなりキッツイからね!」
最後を強調する幼なじみは、不満を言いながらも毎日連続で新規録音してくれるから大好きだ。アプリを入れてくれて、真顔でいらないところをカットしてくれる世話焼きっぷりもだーいすき♡
今日は同じマンションの累ちゃんの家に夜ご飯後に遊びに来ている。
通い続けてる部屋での二人っきりラブボイスタイムは、累ちゃん、リビングに累ちゃんママがいるからボリューム小さめだ。うちに来てる時の方が開き直っているみたいにちゃんと声を出している。
録音の時には累ちゃんったら私を見てくれるからドキドキしちゃう♡ 睨んでる目だけどそこもいい♡ っていうか累ちゃんすごく器用だと毎回思う。
本日の収録が終わったのでベッドを背に肩を寄せて並んで座り、一つのスマホを覗き合う。
「かなー。これ、ルイ様のイメージイラストらしいよ」
「へえ──」
「みんな面白がってるよね」
冷たい人だと誤解されがちな累ちゃんだったのが、叶歌甘々プロジェクトによって話し掛けるクラスメイトが増えていった。
悪いことじゃないし良いことだけど、サラサラ黒髪の優しげな瞳の王子様──肩のところに飾りがあって白いパンツにブーツを履いてる、THEプリンスなキャラクターが到着していることにモヤモヤしている。
だってこれ、違うのだ。累ちゃんでもなければルイ様でもない。
絵としてはすごくいいと思う。累ちゃんキャラクターでなければ大絶賛だ。私と累ちゃんの絵なら描いてほしい。
本能が違うと告げている。
累ちゃんは女の子、ルイ様はこれまで男の人かもと曖昧に思っていたのに、こうして明らかに男性として描写されると頭が拒絶反応を起こしていた。
「かな?」
「累ちゃん──ルイ様って一人称、私だよね?」
「そうだったっけ? この絵の人っぽく言うなら〈私〉で合ってるんじゃない? それか〈僕〉? やっぱり〈俺〉がいい?」
「累ちゃんは『私』って言う。だからルイ様もそうだといいな……」
俺って言う累ちゃんもいいとは思うけど、私のルイ様ではなかった。ルイ様は女性だ。そうあってほしい。
この絵を描いてくれた子には悪いけど、イメージ図も頭から出してしまおう。
だってルイ様のヴィジュアルは累ちゃんでしかない。累ちゃん・イコール・ルイ様の方程式こそ美しいのだ。
「かなは、ルイ様が好きだね」
「好きだよ、大好き!!」
食い気味に即答した私に、累ちゃんは最近のトレンドになってしまっている困り顔をして、何も言わずに頭を撫でてくる。
累ちゃんは私のこと全部知ってる。へこんだことに気付いて寄り添ってくれる。こんなに最高な幼なじみがいて、私は毎年大吉を引く運の強さを実感している。
ラッキーハッピースウィーテストな時間に水を差された気分を振り切り、私は累ちゃんに相談事。
「ねえ累ちゃん。やっぱりさ、マイク買った方がいいよね?」
「……マイク?」
「うん。マイク」
「いらないよ」
「いるんだよ! スマホのマイクじゃ音質が悪いんだよねー。もっといいマイクが欲しいんだ。累ちゃんの愛を高品質で保存した~い♡」
私は思うのだ、餅は餅屋だと。録音にはマイクだと。
スマホに吹き込んでいる累ちゃんより、マイクに向かってしゃべっている累ちゃんのほうがずっと魅力的だと思う。
それで言ってもらいたい。『叶歌、好きだよ』──って。
「マイクっていくらするの?」
「え、知らない」
「先に調べなよ」
ほっぺがくっ付くくらい、画面を見つめる私達。
累ちゃんはAIの調べ物機能はあんまり使わない。累ちゃんパパが学校の先生をしている影響だそうだ。
検索ボックスにキーワード【自宅 収録 スマホ マイク 安価】が打ち込まれる。検索結果がずらりと並ぶ中、一つのページがスクロールされた。
「かな。無駄遣い」
「マイクってこんなにするの?!」
「これでも安いみたいだよ」
「えぇ~? でも、マイク……」
捨てきれないマイクへの夢。音楽ショップの【初心者にもおすすめ】の一覧の中には、私のお小遣いではちょっと尻込みしてしまう金額が多い。
アルバイト禁止の学校に通っているから、お年玉とお盆玉と月々定額の収入のみ。ポンッと一万円以上の物を買ったりできない。
高校生は大変だ。あれもこれもどれも、買いたい物で溢れているし、友達と出掛けるのだってあんまり我慢したくない。
「あっ……これ……」
「なになに?」
「あぁ、うん、何でも」
「なーにー?」
違うサイトの特集を見ている案外熱心な累ちゃんは、とある商品に目を止めた。
それ、マイクじゃないよ、ボイスレコーダー。
「このボイレコ、母さんが持ってる……」
「うそ! えっ、えっ、どんなの?」
抵抗感ありありで商品ページにアクセスした累ちゃんは渋い顔だけど、それよりもまずは最新情報。
累ちゃんママの私物はお友達からのお下がりらしく、二回ほど使われただけで仕舞われているらしい。
「
「知らない」
「
「多分、キロヘルツ……?」
専門用語が多過ぎる。この商品説明だけで頭ちんぷんかんぷんポンポンポン。
音ってこんなに難しいの? 音楽の授業で習うのと被ってない。
私が知っているのはオクターブとか、デクレッシェンドにソプラノとかアルトとかで、同じ世界だとは思えない。
「こういうの大体分かってないとマイク買えないんだよ」
「そうなのかなあ」
「うちのボイレコ、性能はすごくいいみたいだけど、かなの趣味ではないんでしょ? 諦めようよ」
「うーん……」
お仕事で使う感じにはバチバチにいいんだけど、ボイレコにイケボってちょっとミスマッチ。でもマイクっぽいボフボフを付けると可愛くて好き。
私の理想のルイ様ボイス収集は険しい道のりになりかけている。
「こういうのって、想像してたよりたっかいね。かな、安いのでも持て余すよ」
「そうかも……」
「一度始めたら危ないからこれ」
「だよねえ……!!」
そのまま高性能マイクの特集に行くと、金額が凄まじく跳ね上がって驚いた。
一体これは何に使うのだろう。プロ用だ、プロなら仕方ない。
私が高校生じゃなくてアルバイトもできたら、入門編おすすめトップも買える。パソコンはお父さんしか持っていないから、スマホで使える物でないと本当に宝の持ち腐れ。写真を見て気に入ったこの子は買ってしまいたい。
でも、想像以上に大変な世界を目の当たりにしてしまった私達は、ちょっとどんよりしてしまっていた。価格帯だけでどっしりさせるマイクの世界、怖い。諦めるしかないのかなマイク。
だけどこれだけは譲れない。
「累ちゃん。これからもルイ様のラブボイスくれるよね……?」
「…………ときめきボイスとかにしようよ」
「ルイ様! 叶歌に『愛してる』ってずっと言ってくれる? 叶歌もずーっと累ちゃんが好きだよ♡ しゅきしゅきしゅき♡ 累ちゃ~ん♡」
「言うから、言うから……! あんたホンットいい加減にしなよ!?」
「えー、私、累ちゃんが大好きだもーん♡」
恥ずかしいから言わないけど、累ちゃんのドキドキボイスは一人で聞いてる時まで『私も』とか『嬉しい』とかを返している。
ルイ様は特別声を変えている訳ではないから、累ちゃんが素の声で私に愛を届けてくれるのだ。
私の推し、世界で一番いい声してる、カサネ・アイサワ、愛してる♡
独占欲で二度とルイ様の声を誰にも聞かせたくはなかったけど、私のライブラリーには沢山欲しい。
「かな。私もあんたのこと好きだよ」
「両想いだね、私達♡」
「……一方通行だから」
「そんなことない! 大好き!」
そう言って、私は十年ぶりくらいに累ちゃんの頬にキスをした。
幼稚園の頃にブームがあって、今より多分すべすべ赤ちゃんなほっぺに毎日ちゅっちゅしていた。
最初は驚いたり照れているだけだった累ちゃんが、ある日突然真っ赤になって抵抗してきた。謝っても無視され続け、新染叶歌のほっぺちゅーは封印された。
悲しかった、あれが最初の累ちゃんからの拒絶。
仲直りは昔はできた。累ちゃんにキスをするの、本当はちょっと怖かった。
「累ちゃんもしていいよ~……?」
「する」
「えっ──いいよいいよ! しないしないしない!」
「ルイ様がしないから?」
「累ちゃんにキスされたら私倒れちゃう……!!」
肩に手を置く累ちゃんの真剣な眼差し、最高なシチュエーションのはずなのに、ぶり返している記憶達。
泣いてごめんなさいを言う私にたった一回だけチューをしてくれた累ちゃんの唇の柔らかさが、暫く忘れられなかった。
「死んじゃうからやめて!!」
「……かな。今度キスの音録音してあげる。それならいい?」
「うん──」
いきなりどうしたの累ちゃん。出血大サービス過ぎるけどここで乗らなかったら永遠に手に入らなそうだから確実に乗る。
「目の前ではしないけど、いいよね。あんたが嫌がることしないから、安心しな」
「ありがとう累ちゃん……。楽しみにしてるね」
やっぱり最高の王子様。でも累ちゃんは女の子だからお姫様?
気の抜けたダルダル襟首の服を着ていても、私のスーパーダーリン様が大好きだ。