週末もダラダラ累ちゃんと過ごすことが多い。
一緒にサブスク動画観たり、ゲームしたり、他の友達と出掛ける時も大体一緒。
『飽きないの?』って訊かれるけど、逆に訊きたい。
幼なじみに飽きるって現象が起きるもの? 家族みたいな存在なのに? 生まれた時から一緒だよ?
飽きるならもうとっくに、一〇年以上前にはなっている。
ならなかった私達。なのに、土曜日も日曜日も累ちゃんは一人でお出掛け、行き先は秘密で再三置いてきぼりにされている。
私ってこんなに束縛気質だったかと不安になる。独占欲ヤバ。
その気持ちを勿論分かってしまう累ちゃんは『約束の準備だから不安にならないでよ。かなのためだからね』と念押しする。
特訓の成果なのか、ルイ様の声、一昨日から格段によくなっている。金曜の放課後もどこかに寄るって言って私は単独帰宅させられたけど、届いたボイスがもう最高。
なになにどうしたのって思っちゃったもんね。もしかしてマイク買うためにバイトしてるとか? どこかで収録してるとか?
ダメだよ累ちゃーん、もうそこまで私のこと大好きなんだね〰〰♡
というような気持ちもあるけれど、つまらないのはつまらない。
自分を慰めるためにコンビニでお菓子買う。
夜の一人の外出は家族と累ちゃんと累ちゃんの家族に禁止されてるし、週末はお父さんが家にいるから付いて来てしまう。だからまだ辛うじて明るい時間だ。仲よしだけど、高校生にもなって引率がいるってちょっと恥ずかしい。
累ちゃんと色違いで買ったエコバッグには、Wの味が楽しめる大きなシュークリームと、選びきれなかったエクレアが一個ずつ。最近お気に入りのピスタチオクッキーに、ついでにチョコチップも買った。優柔不断なんだよね私。
ぷらぷら歩いてマンションのエントランスの前まで来ると、丁度扉を開けていたご近所さん。
「おばちゃん、こんばんは~」
「あらかなちゃん。お出掛け?」
「そこのコンビニまでー。一個持つよ」
「ありがとね~」
累ちゃんの親はどちらも優しいけどしっかりしてるというか、車で移動するしでお買い物にはマイカゴを使っている。なんと今日は二個持ちのおばちゃんから一個貰って、二人でエレベータに乗る。
新染家と藍澤家の部屋は最上階の七階だ。
「累と面白いことしてるんだって?」
「あぁー、うん。累ちゃんから聞いちゃった?」
「夜に何だかコソコソしてたから気になって。かなちゃん、累の声に恋してるのねえ」
「んー、そうなのかなあ?」
ルイ様、累ちゃんの声を推している。単推しで同担拒否気味だけどガチ恋勢とは違う気がする。
だってルイ様は累ちゃんの一部だ。私は累ちゃんの全体が好き。そこは譲れない。
「かなちゃん、この後ちょっと時間平気?」
「いいよ。おばちゃん、でもご飯は?」
「今日は累もお父さんも遅くなるからのんびりできるの」
へえ──累ちゃん、どこをほっつき歩いてるんだか!
なんてね、私のために頑張ってくれてる推し、最上級の栄養を楽しみにしてますよぉ。
藍澤家のキッチンまでカゴを運んで、ダイニングテーブルで待つように言われる。
昔は累ちゃんの両親のこと『累ちゃんパパ、累ちゃんママ』って呼んでいたから、『おじちゃん、おばちゃん』に変えたら悲しまれたっけなあ。
最近昔のことを思い出す機会が増えている。
どうしてだろう、累ちゃんとのメモリアルがいっぱいだからアルバムを読み返したい気分なのだろう。
おじちゃんお手製のココアペーストから作ったミルクココア──藍澤家にあるのにほぼ私専用──が用意された。
向かい側に緑茶の湯飲みを置いたおばちゃんは、フォトフレームが飾られたチェストの引き出しから黒い物体を取り出した。
例の、おばちゃんが知り合いから貰って全然使われずに仕舞われていた、高額高性能ボイスレコーダーだ。
パッと見の印象は、難しそう。厳つい。
やっぱり私可愛いマイクがいいんだけど、もしかしたらくれるのかもって期待する。
「ね、かなちゃん、ちょっとしたアルバイトしてみない?」
「バイト?」
あれ、違った。
羅々崎女子高、略してララ女ではバイト禁止だって知ってるはずのおばちゃんは、スマートホンの画面を見せた。
メールだ、読んでもいいんだろうか──タイトルは【女子高生への依頼の件】だった。何なに?
「私の友達のお手伝いをしてほしいの。一日で終わるし、今かなちゃん達がしてることとちょっと似てるのよ。ASMRを作ってほしいの」
「エーエス……エー……何かで見たかも!」
「簡単に言うと、立体的な、臨場感のある音よ。実際にその場で体験しているような気持ちになれるの。お願いしたいのは、雨が降ってる日に街を歩いて、このレコーダーで傘の内側の音を録ること。依頼主はこれの元持ち主ね」
このレコーダー君の商品ページも、このくらい噛み砕いて書いてくれればいいのにと思いながらメールの続きを読む。
長文で、今自分には雨の音と少女の声が必要なんだと切々と訴えている文面からはすごい圧。大丈夫かなこの人。
「聞くのは確認に私と、依頼主の私の女友達だけ」
「これ女の人なんだ!」
「仕事に行き詰まってて癒やしと刺激がほしいんだって。この文面だと不審者だけど、ちゃんとしてる大人だから安心して」
勝手におじさんだと思っていた。おばちゃんと同い年ってことは、でもやっぱりおばさんだ。
「昔かなちゃんにあげたブローチ覚えてる? チューリップの花束の。あれの作者さんよ」
「えー! あれ大好きなの! 針が曲がっちゃってるから使えないけど、今も机に飾ってて!」
「ありがとうのお手紙書いてたものねえ。彼女もそのことよく覚えていて、是非叶歌ちゃんにって」
新染家と藍澤家は子供のお誕生日会を一緒に開いてお祝いするので、私が小学四年生の時におじちゃんとおばちゃんから貰ったのがお花のブローチ。
三月生まれのかなちゃんに、と金色の台座に花びらに金の縁が付いた赤白黄色にピンクのチューリップのカラフルなブーケ。お姉さんっぽくて大のお気に入りで毎日付けてた。
累ちゃんはその翌年の五月、自分で選んだカキツバタという紫色の花を選んでいた。カサネ・アイサワチョイスはいつだって一風変わっている。
「独り言はできればってだけで無理に言わなくていいの。──ちなみに、一番大事なお給料なんだけど」
苦笑しながらスワイプされて出てきたメールの文章は簡潔。
『言い値で買う』だった。
「言い値、って私の欲しい金額くれるってこと……? あのねっ、私、欲しいマイクがあるんだけど、結構高くて……」
ブックマークしてた商品ページをおばちゃんに見せてドキドキすると、ふっと累ちゃんそっくりの笑顔になった。
「この人これの五倍は全然出すわよ」
「えぇー!? そんなに?!」
「そんなにそんなに。でも、あんまり貰い過ぎるとかなちゃん気が引けちゃうでしょ? それに高額だとお父さんとお母さんも心配するから、お給料……お駄賃の額は新染さんに決めてもらおっか。雨が降る中を歩いてもらうから、その辺りも考慮してくださいって伝えて。まずはかなちゃんから相談して、OKだったらおばちゃんからもお話しするわね」
「はぁーい!」
私って本当にラッキー。臨時収入ゲット確約!
後はお父さんとお母さんに相談して、妹の未羽には何かちょっと買ってあげるってことでオッケーしてもらおう。
『累には内緒よ』と口止めに三個入りのプリンの一つをくれて、私はほくほくで家に帰った。
・・・
「雨の音……傘の上で跳ねてる雨の音、結構好きかも」
周りが見えないのは危ないから透明なビニール傘にしようって言ったお父さん。変な人に絡まれる確立を減らすのが一番とお母さん。
しっかり者の妹・未羽の鶴の一声、『お姉ちゃんが好きな傘がいいでしょ』ということで、お気に入りを差して歩く。
これ、累ちゃんと中学二年生の時に二人で買いに行った物だ。
入学からずっと使っていた傘を図書館の傘立てに置いてたら誰かに持って行かれて、戻って来ることがなかった。
盗まれてしまった悪意に落ち込んだ私を、幼なじみはお買い物に連れ出してくれた。
人混みなんて累ちゃん嫌いなのに、何個もお店を回って、足りない分は建て替えてくれて、雨の日にも明るくいられる一本を手にした。開いた時にフリルみたいな形をしていてとても可愛い。
叶歌なのにピンクじゃないね──そう、私はいつもピンクを選ぶのに、この時だけ白色を選んだ。ピンクもあったのに、累ちゃんが最初に手に取ったのがこれだったからだ。
新染叶歌は藍澤累ちゃんに染められてしまっている。
「パラパラより、ぽつぽつぽつの方が、好きかな」
雨が降ったら傘を差す。
当たり前が当たり前じゃない時間。
左手で柄を持って、右手は骨子と防水生地に近付けるように少し上。
町は色んな音に溢れている。
未羽と予習も兼ねてASMRを動画サイトで色々聞いた。未羽には波の音が好感触で私は鳥の囀りが入ってる森の音が好み。累ちゃんはたき火の音とか好きそうだ。私達みんな耳かきの音は苦手で、雨の音はきっと好き。
今日は小雨。ざあざあ降りだと危ないし平日は学校。アルバイトの誘いを受けた翌週に丁度いい雨模様になるから、やっぱり私は持ってる方。
「台風の日、外に出ようとしたら、累ちゃんに怒られた。一度くらい、走ってみたいのにな」
私と累ちゃんにお花のブローチを作ってくれた人とは直接連絡を取っていない。
どんな独り言をっていうオーダーもない。
自然とこの傘の中で、この傘を一緒に買った、これを差して一番隣で歩いている幼なじみとのことを話している。
癒やしってなんだろうねって未羽に相談したら、騒がしくない方がいいよって言うから、気持ち、小さな声にしている。
このレコーダーはすごいのだ。集音機能が高性能だし、前後左右どの方向からでも、360度から音をキャッチして、しかも手ぶれで入る音を自動でカットしてくれる。
でも雑音が入ってもいいんだそうだ。アーティストってよく分からない。
「傘って、いつから差すようになったっけ。幼稚園の時は、合羽だった気がするけど。違うかな」
私は、何色だったかな。
累ちゃんも、何色だったかなあ。
「あっ──私、黄色だ」
そうそう、ヒヨコの黄色。よく覚えてたなあ。
男の子にからかわれたから記憶に引っ掛かってたのだろう。
累ちゃんの後ろばっかりピヨピヨ付いて行ってるって、恥ずかしいヤツだと言われたのだ。
そうしたら累ちゃん、超絶冷たく言い放ってた。
「『羨ましいなら優しくすれば? あげないけど』──だったかなあ♡ あぁ……♡ 累ちゃんは昔から私の王子様だね──♡」
ずっとずーっと優しい幼なじみは、今頃、私にキスをするルイ様になりきって甘いくちづけの練習をしている。
演技。ルイ様は累ちゃんだけど、累ちゃんは私にキスはしない。
「…………累ちゃん、本当の時は、どんなキスするのかな」
呟いてから気が付いた。
今のこの声、これまでの惚気染みた内容全部、録音されてしまっている。
「あ、あぁあ──っ! どうしよお……! う〰〰! もォ~! 累ちゃんが早くキスしてくれないからだよ……!!」
もう仕方ないことにして、その後は静かに雨の音を響かせた。
レコーダーは熱を拾わないし、累ちゃんが聞かない音声だから、いい。
この顔だけは累ちゃんに見られたくない。
私にも幼なじみに言えない秘密ができてしまった。