幼なじみがどんなキスをするのか、興味津々なんて言えない。
そんなことを尋ねたら、
昔から累ちゃんは恋バナするのが苦手でいつも聞き役。
私達2人共『初恋もまだなの?』と驚かれて、揃って『急いでするものでもないしね』と返すのがお決まりだった。
でも雨の中を歩きながら思ってしまった。
少なくとも幼稚園生の時に抱いていた幼なじみへの気持ちは、多分、恋と表現しても間違いではない。
今は完全友情だけど、私の初恋の相手、もしかしなくても累ちゃんだ。
累ちゃんもそうだったらいいな。
ずっとラブラブなことに満足してマンションに戻って来た。
7階の角部屋、私の家とはエレベーターを挟んで反対側のおうちのドアチャイムを押す。
「こんばんは~、
「いらっしゃい、待っててね」
お、今日はおじちゃんだ。
おじちゃんは背が高くてサラサラの黒髪で、容姿の6割くらいを累ちゃんは継いでいる。声質もDNA情報に載っていたりするのだろうか。
そんなことを思いながら待っているとドアが開く。
「録って来ました~」
「かなちゃん! 濡れちゃってる! ちょっと待っててね、タオルタオル」
「平気だよぉ」
「あっ、かなちゃん! そんなに濡れちゃったの!? ごめんね、寒かったでしょう……!」
大袈裟に驚くおじちゃんとおばちゃん。累ちゃんには伏せられてるけどおじちゃんは事情を知ってるっぽい。
レコーダーを差し出すと雷が落ちる。
「おばちゃん、これ」
「いいから入りなさい!」
おばちゃんに渡されたふかふかのバスタオルを頭に載せてレインブーツを脱ぐ。ショート丈だったから靴下まで濡れてしまっている。お行儀悪いけど脱がせてもらって、叶歌専用ピンクのルームシューズに素足をインした。
思っていた以上にびしょ濡れだった私は、リビングに通される。
キョロキョロ視線を動かして、累ちゃんの不在を確認。怒られなくて一安心だ。
「
「私すぐ帰るよ?」
「それがねえ、累に足止めするように言われてるの。今16時半でしょ? 後30分もしたら帰って来るだろうから──」
私には優しいけど娘には厳しいおばちゃんの強引さが珍しい。
半月経っても累ちゃんはちゅー音を渡してくれない。ゴールデンウィーク丸ごと私を放っておくのかな。そういうの、よくないよ累ちゃん。
脱衣所で着替えさせてもらう。累ちゃんとの身長の違いを実感する。丈も袖も長い。
私達、この前の健康診断で18センチも違った。171センチある累ちゃんはクラスで2番目に背が高い。
私は平均身長を下回ってて、累ちゃんの高身長に憧れがある。すらっとしてるのに女の子らしい体型、羨ましい。
バストは差があってウエストは同じくらいなのが不公平だと思う。
ドライヤーは累ちゃんの部屋にあるのを使わせてもらうから、乾いているタオルへと交換して肩に掛けたままリビングに戻った。
「着替えてきたよ~」
「ココア淹れておいたよ」
「ありがとー」
「だぶだぶだねぇ」
「累ちゃんが大きくなり過ぎなんだよお」
おじちゃん最高、マシュマロ浮かべててくれてる。
私専用のマグカップに用意された温かいドリンクで心も身体も癒やされて、そう言えばとおばちゃんに尋ねる。
「結構濡らしちゃったかもしれないけど、ボイレコ、壊れてなかった?」
「最初は聞けてるから多分大丈夫。叶歌ちゃんの個人情報の部分で渡せない部分はおばちゃんがカットするけど──累の母親が、聞いても平気?」
「うん、大丈夫」
観察眼に優れている
いいんだ、今日のことも、音で感じる気持ちも大事にしていたいし、私の声でインスピレーションを受けて作られる作品というのにも興味がある。
お母さんに連絡したらお夕飯前に帰ればOKということで、おじちゃんと2人でテレビを観ている。
累ちゃんまで髪と服を濡らして、ドタドタと帰って来た。
「ただいま……!!」
「おかえりー、累ちゃーん」
「ただいま──。ちょっと! 母さん……」
私の顔を見て、目を尖らせてキッチンに向かう累ちゃん。
おばちゃん、またやったなっておじちゃんとほのぼの笑う。
累ちゃんをすぐに帰らせたい時には『かなちゃんが待ってるよ』と連絡をすれば速攻で帰ってくる習性を利用したのだ。
今日は大分私の〝お待ちしてますレベル〟を大袈裟に言ったんだろう。リビングに戻って来た累ちゃんは疲れた顔をしている。
今日の洋服、比較的よそ行きだ。
選ぶのが面倒だから制服が助かると言って憚らない幼なじみは勿体ないくらいのものぐさ具合。乾かすのが面倒でショートヘアだし、ルーズで締め付け感がない服を好んでいる。
グレーのコットンシャツにカーディガンとロングスカート。シンプルな格好こそ美形を引き立てている。
「かな、これあげる」
「りんごジュース?」
隣に座った累ちゃんに、500ミリリットルの紙パックジュースを渡される。ストローも付けてて甲斐甲斐しい。ココアを飲み終えていたし早速飲む。
「累ちゃんが珍しいね、甘い飲み物」
「録音にね、必要だったんだよ」
「りんごジュースが? 何で?」
答えを曖昧にさせる娘に、父親、席を立つ。
累ちゃん最近目つきが悪いよ、おじちゃん何にも悪くないじゃん。
「やっぱり、どっか行って録ってるの?」
「うん、まあ──後でデータ送るから。イヤホンで聴くといいよ」
「ホントにキスしてくれるの?」
「……本当にではないから。てか、ここで話す内容じゃなかった。部屋行くよ。髪の毛乾かしてあげる」
「うん!」
りんごジュースの謎は解けていないけど、累ちゃんに付いて部屋に向かう。
お泊まりの時の定位置で、ベッドに座る累ちゃんと床のクッションに着く私。累ちゃんは何でも器用で、ドライヤーを掛けるのも上手い。
「かなはさ、まだ、王子様に来てほしいって思ってる? ……彼氏欲しいとか、あるの?」
「彼氏はいらなーい。累ちゃんが私の王子様だしー♡」
「……叶歌ちゃん、好きだよ」
「私も好き♡」
風の音に紛れずによく通る声に、私も思いの丈をたっぷり送った。
髪が綺麗なカールになるように抜群の手つきを発揮してくれる幼なじみより格好いい男子はそうそういない。累ちゃんにも、私より可愛いと思う女の子はいない。
「はい、終わり」
「累ちゃん、これ飲んで」
「いらない」
「お願い♡」
手にしていた、もうそろそろ飲み終える紙パックジュースを掲げるように差し出すと、盛大な溜め息と共に掛かる影。
じゅ、と短い音がすれば、累ちゃんの唇もりんご味になる。
「累ちゃん──ちゅっ♡」
私は上下で見つめ合う幼馴染みにリップ音を立てた。
すると、累ちゃんは、大袈裟に真っ赤になってわたわたし始める。
「はあ?! ちょっ、かな! バカ! 何いきなり!?」
「私達の初めてのキスだね♡」
「してないから!! あんたもうホントいい加減にしなよ……!!」
「痛いよお、累ちゃーん♡ 暴力はんたーい♡」
唇は合わせてないけれど、私達は今確かにキスをした。
そのせいでヘッドロックをされて、そのまま抱き込まれているけど、耳元に届く息遣いでドキドキするからお仕置きにもならない。
累ちゃんが好き、声も、体温も好き。
「ルイ様が私にキスしてくれるなら、累ちゃんには私からいっぱいするんだ♡」
「──かなも録音してくれんの?」
「え、しない」
「ホンット……。……かなぁ? あんた、私じゃなかったら、どうなってるか知らないよ」
恨みがましい台詞も、むにむにと唇を挟んでくる指も、どちらも甘い。
累ちゃんは叶歌をダメにする腕が超一流。
今夜は全身その吐息に染められる。