好き避けというものを理解できなかった。
好きなら、一緒にいたいと思うのが普通だ。
好きなら、話しをしたい、笑い合いたいのが当然だ。
そんな、
顔、見られない。
声、聞けない。
『おはよう』の一言が出てこなかった。
制服の白いシャツ、紺色とアイボリーのチェック柄のネクタイにスカート。姿勢がよくてキラキラという効果音を纏える、誰もが認めるクールビューティー風美少女が、私だけを待つ。
「かな、おはよう」
累ちゃんは昨夜の音声のために単独登下校を敢行していただけで、常に毎日いつだって、かなファーストを貫いていた。
照れ笑いで朗らかな爽やかフェイルだが、頬はりんごのように染まっている気がする。
俯いてしまっていた。磨かれたローファーの踵が浮いたから、私は全力ダッシュを決める。
エレベーターが到着していなかったから、ボタンを押してあたふたオロオロ。
逃げたい逃げたい、今累ちゃんとはいられない。
そんな私に目尻を垂らして『かなだなぁ』みたいに笑っている。
なにその余裕。ずるくない? 何この人!
累ちゃんのこと大好きだけど──っ、今は無理!!
ポーンとご機嫌な到着音を立てた避難ルームに逃げ込んでから、『閉』ボタンを連打しながら頑張った。
「先行ってる……っ!」
「転ばないでねー」
何を暢気な、優しい優しい、そういうとこ好き♡ 大好き累ちゃん♡
だけどだけど、今はおしゃべりできっこない。
私思いの累ちゃんは、駅までの道も追い付かないし、電車の車両も変えてくれたし、昇降口で鉢合わせしないようにしてくれた。
登校してくる友達とは『おはよう』って言い合えるのに、累ちゃんとは会話ができない。
累ちゃんの声を聞けない。
ルイ様の台詞は累ちゃんの内側から生まれた心。累ちゃんは台本でもない限りすらすらと口説き文句が出てこないだろう。
半ば本心、最後は本気で私だけが大本命。
藍澤累のとって新染叶歌は、唯一特別最愛の女の子だ。
とことん挙動不審に衝動を抑え付けながら教室に入ると、ここにあるのは昨日までと同じ日常だ。
恋をすると景色が変わることはなかった。
私はこれまで無自覚に、きっと幼なじみに恋をしていた。
多分そのはずだ、累ちゃんへの友情と恋情と愛情は複合的に相互作用をしていて、切り離すのは不可能だ。私達の15年の歴史は、幼なじみという関係性にすべてが詰まっている。
呼吸を落ち着かせて席に着く。
押し留めなかったら今にもみっともなく蠢いてしまう。
ムリムリむりむり、好き好きしゅきしゅき、思い出すだけで悶絶するから封印しておかないといけない。
ずっと幼なじみのことが大好きだ。
2人はいつも傍にいた。
累ちゃんはいつから、私を〝そういう意味〟で好きなんだろう。
累ちゃんには、今の私はどう見えているのだろう。
「おはよう」
「おはよう、藍澤さん。新染さん先に来てるよ? 寝坊?」
「駅で、乗換に迷ってる人を案内してたから」
「あっ、王子様~」
声が聞こえてバッと振り向いてしまった。
なにっ、嬉しそうにしちゃって、浮気者。私だけの王子様でしょ。
気さくに輝かんばかりのご尊顔で颯爽とご入場あそばれる累ちゃん、今日はやけに王子様してる。
背景は据え置きで、累ちゃんだけ発光していた。
スカートだけど、女の子だけど、新染叶歌のプリンスだ。
ふと、こちらを見てきて、熱視線を注いでしまっていた私に目を細める。
「まって……」
絶命させるつもりだろうか。
本格的に幼なじみが女誑しになってしまった。
人の感情を弄んで──私の方が弄んでたけど、これはない、酷い、惨過ぎる。
累ちゃんはそんな簡単にニコニコしない。
私の累ちゃんは気軽に笑顔なんて……私にだけは『かな』って笑う、微笑む、かなちゃん大好きだよっていつも表情が伝えてくるのだ。
「きゃああ〰〰♡♡」
「うわっ……! うるさいよ、新染さん」
「ごめん~っ! 私ぃ……!」
前の席に座っていた
私だって悲鳴を上げるつもりはなかったのだ。
全部全部累ちゃんが悪い、悪くない、累ちゃん大好き……♡
「藍澤さんと、絶対何かあったよね?」
「あった! あったの!! か、かっ、累ちゃんから──キス……されちゃったの……♡」
「音声、作ってくれたんだ」
「演技じゃなくてえ──♡」
言いたくない気持ちが芽生えてしまう。
あの累ちゃんが、ルイ様アンチ代表格のカサネ・アイサワが、収録という形で告白してくれたのは奇跡と呼ぶより天変地異な訳だが、甘いラブボイスの後でトドメを刺してきたのが実に負けず嫌いを発揮している。
あれは演技ではない。ああいうことで嘘吐く子じゃないのだ。
累ちゃんは私が好き。
累ちゃんは、私が……好き……。
「あぁあんっ、累ちゃ~~んっ♡♡」
「──なに?」
「きゃーっ♡♡」
「うるさいよ……藍澤さん、彼女黙らせて」
椅子を激しく鳴らして立ち上がり、その場でぴょんぴょんジャンプしてしまう私と、落ち着けようと肩を押さえる累ちゃん、うんざりしている冷静な友達。
いつの間に寄って来たの、そうも軽々しくボディタッチしないでもらいたい。
屈んで顔を近付けられると固まってしまうから、累ちゃんは易々と女の子と距離を詰めてはならないのだ。
「かな、落ち着きな」
「むっ……無理……♡」
「かーな」
「無理ぃ~~♡♡」
パシパシと無駄に累ちゃんの二の腕を叩いてしまうが、随分楽しそうに幼なじみはされるがままだ。
「ごめんねっ、累ちゃん……!! 今私累ちゃんといられないの──っ!」
「私が嫌いになった訳じゃないよね?」
「なる訳ない! なる訳ないよ!!」
聞き捨てならない質問に食って掛かると、わんぱくな椅子を直して座らせてくれる。
そのまま頭を撫でるの手慣れ過ぎている。
よくこれで私達幼なじみだったなとちょっと冷静になれてしまった。
「知ってくれてるだけで、今はいい」
「うん──、すっ……っごくいい人だよね累ちゃんって!!」
「そっかな」
『好き』と口を衝いて出そうになったのに、漫画みたいな誤魔化し方をしてしまった。
背中をポンポンして、自分の席に離れて行ってしまう出席番号1番。
私は机に突っ伏して、恋って大変だとジタバタしていた。