Sanctum Fracture明日へ至る銃声 作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!
そこから更に二年ほど経った頃。
その日は、ラテラーノの年が変わる日だった。
街には灯りが多く、人通りも普段より多かった。
教会の鐘が鳴り、広場では屋台が並び、焼き菓子の匂いが風に混ざっていた。
本来なら、パパンとママンの部隊は、二日前にカズデルから帰還する予定だった。
だが予定時刻を過ぎても連絡はなく、帰還報告も無かった。
リシアさんは「遠征では遅延もありますから」と言っていた。
だからムミヤは窓際に座って外を見ていた。
夜になっても帰ってこなかった。
鐘の音だけが遠くで鳴っていた。
そして日付が変わる少し前。
玄関の扉が叩かれた。
リシアさんが扉を開ける。
外には伝令局の職員が二人立っていた。
どちらも黒い外套を着ていた。
一人が書類ケースを抱えていた。
「・・・家でお間違いありませんか」
事務的な口調だった。
リシアさんが頷く。
職員は短く礼をして室内に入った。
そのままテーブルに書類を置く。
「第七執行小隊遠征任務に関する報告です」
淡々とした声だった。
書類が開かれる。
部隊名。
遠征地域。
任務番号。
損耗状況。
そこに並んでいたのは、生存者二名という記載だった。
「隊長以下、隊員の大半が戦闘中に死亡」
「撤退支援のため後衛に残留」
「交戦継続後、通信途絶」
職員は書類を読み上げていく。
途中で声色は変わらなかった。
「生存隊員の証言により、両名の戦死を確認」
テーブルの上に、黒いケースが一つ置かれた。
守護銃だった。
ケースには大きな亀裂が入っていた。
「交戦対称はサルカズ傭兵部隊」
「指名手配犯の、ホルスト・ティフィンデールだと確認が取れました」
その名前だけが、静かな部屋の中にはっきり残った。
職員は報告を終えると、必要事項の説明を続けた。
外では鐘の音が鳴っていた。
ラテラーノの年が変わった。
そこから先の処理は、滞りなく進んだ。
死亡認定。
遺品整理。
部隊記録の保管。
戸籍情報の更新。
ラテラーノという国は、そういった制度がよく整備されていた。
ムミヤは保護対象児童として扱われ、親族への引き渡し手続きが進められた。
ただ、すぐという訳ではなかった。
両親は生前、一定期間の養育費を既に支払っていたらしい。
そのため、リシアさんとの契約は継続された。
「五歳までは、私が預かります」
書類を確認しながら、リシアさんはそう言った。
事務局側も特に異論は無かった。
ムミヤ自身としても、その方が都合は良かった。
知らない親族の家へ急に送られるよりは、まだ生活環境が変わらない方が楽だったからだ。
もっとも。
その“親族”達に対する印象は、あまり良くなかった。
理由は単純である。
頻繁に家へ来るようになったからだ。
両親が死ぬ前には、ほとんど顔を見せなかった人間達だった。
それが今では、やたらと書類や財産の話をしている。
「この家はどうするんです?」
「補償金はどの程度出るんですか」
「遺品管理はこちらで引き受けても――」
そんな会話ばかりだった。
別に法的な手続き自体は必要なのだろう。
ムミヤもそこは理解していた。
だが。
リビングの棚に置かれた家族写真を一度も見ないまま、金額や権利の話だけを続ける姿は、あまり好きにはなれなかった。
特に、一人。
母方の親族だという男は、露骨だった。
「子供一人にこの家は広すぎる」
「維持費だって掛かる」
「売却した方が合理的でしょう」
合理的。
確かにそうかもしれない。
だがその男は、最後まで両親の名前をほとんど口にしなかった。
代わりに“補償金”“資産”“権利”という単語ばかり使っていた。
ムミヤは四歳児らしく黙って座っていた。
すると相手は、子供には理解できないと思っているのか、そのまま話を続ける。
「隊長職なら遺族年金も相当でしょう」
「執行部関係の保険もある筈だ」
リシアさんは黙っていた。
ただ、感情だけは伝わってきた。
冷えていた。
少なくとも歓迎している空気ではなかった。
そしてムミヤ自身も、少しずつ理解し始めていた。
――この人達は、別に自分を心配して来ている訳ではない。
ということを。
最初の頃、親族達は一応“子供の前では配慮している”つもりだったらしい。
声量を落とし。
別室で話し。
難しい言葉を使う。
だが、サンクタ同士の共感能力はそんな小細工を簡単に通り抜ける。
部屋の向こう側からでも伝わってくるのだ。
焦り。
計算。
苛立ち。
そして時折混ざる、“面倒事を早く片付けたい”という感情。
ある日など、廊下で男がこんなことを言っていた。
「どうせまだ子供だ」
「覚えてもいないでしょう」
その瞬間、リシアさんの感情を表すように羽を揺らしていた事を覚えている。
だが彼女は何も言わなかった。
代わりに、ムミヤの前では出来るだけ普段通りに接していた。
「今日はアップルパイ焼きましょうか」
「新しい絵本、借りてきましたよ」
「ほら、ちゃんと歯磨き」
そんな風に。
何も変わっていないみたいに振る舞っていた。
もっとも、ムミヤにはわかっていた。
リシアさん自身も悩んでいることを。
保護期間が終われば、自分は親族へ正式に引き渡される。
そして彼女はラテラーノを離れるつもりでいる。
つまり、この時間には終わりがある。
たった数ヶ月。
それでも十分だった。
ここに居続けても、碌な扱いは受けない。
少なくとも、あの家にあった空気はもう無い。
帰れば誰かが居て、笑って、名前を呼んでくれる場所ではなくなっていた。
親族達は表面上こそ丁寧だったが、共感能力のあるサンクタ相手に感情を隠し切れるほど器用ではなかった。
面倒。
負担。
金。
そういう感情が、会話の端々から滲んでいた。
ムミヤはそれを理解していた。
だから、逃げ出したかった。
もっとも、完全に嫌いになれた訳ではない。
それが余計に厄介だった。
親族達の中にも、一応“善意”は存在していたからだ。
ただ、その善意より先に損得勘定が来る。
ムミヤはそれをなんとなく感じ取っていた。
だから居心地が悪かった。
怒鳴られる訳でもない。
殴られる訳でもない。
それでも、“歓迎されていない”という空気だけははっきり伝わってくる。
食卓で席が余っている感覚。
会話が自分を中心に止まる感覚。
誰かが「この子どうするの」と話している感覚。
そういう小さな違和感が、毎日少しずつ積み重なっていった。
そんな空気を察したのか。
ある日の夕方、リシアさんはキッチンで食器を片付けながら言った。
「私ね、この仕事、今年で最後にしようと思ってて」
穏やかな声だった。
「叔父さんがシエスタで会社やってるから、そこに行こうと思ってるの」
シエスタ。
聞いたことはある。
観光都市だとか、火山があるだとか、そういう話を以前聞いた気がする。
リシアさんは水を止め、少しだけこちらを見た。
「それでね」
「君を見てたら、それ早めても良いかなって思ってて」
そのまま、わざとらしく考えるような間を置く。
「“たまたま”シエスタに向かう車のトランクに」
「“たまたま”隠れんぼしたい男の子が入り込んでるかもしれないでしょ?」
ムミヤは黙って聞いていた。
「もしラテラーノに残りたいなら、ちゃんとした孤児院に預ける」
「私、ツテあるから」
「変な所にはしない」
そこで一度言葉を切る。
「でも」
「私と来たいなら、家はそこまで心狭くないし」
静かな声だった。
押し付ける感じではない。
ただ選択肢として置いているだけだった。
「君はどうしたい?」
部屋は静かだった。
ムミヤは少しだけ考えた。
シエスタへ行く。
それも別に悪くはないのかもしれない。
リシアさんと一緒なら、少なくとも今より悪い環境にはならないだろう。
彼女はちゃんと自分を見てくれていた。
泣けば来てくれるし。
眠れない夜には隣に居てくれる。
熱を出した時も、仕事を休んで看病してくれた。
だから、きっと悪い未来ではない。
けれど。
今の親族達の家に残るという選択肢だけは、最初から頭に無かった。
そしてもう一つ。
ムミヤは、ラテラーノを離れたくなかった。
理由を上手く説明することは出来なかった。
ただ、この街には両親が居た痕跡が残っている。
通っていたパン屋。
休日に三人で歩いた通り。
父がよく連れて行ってくれた射撃訓練場。
母が好きだった店。
そういうものを、全部置いて行くのが嫌だった。
ムミヤは椅子から降りると、そのままリシアさんの服の裾を掴んだ。
「シリアさんごめんなさい」
「僕はラテラーノに居たい」
リシアさんは少しだけ目を丸くする。
予想外だったのかもしれない。
そのまま少し黙り込み、やがて困ったように笑った。
「……そっか」
それだけ言って笑った。
「じゃあ、隠れんぼの練習しなきゃね