明日へ至る銃声   作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!

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五

 

 

 寝てる最中に身体を揺さぶられ、目が覚めた。

 

 自分の肩を掴む手のその元を覗くと、淡いピンク色の長髪を棚引かせる少女が、こちらを見下ろしていた。

 

「……起きた?」

 

 小声だった。周りの寝息を気遣っているのがわかる。

 

 僕は寝ぼけ眼のまま、身体を起こした。共同部屋は真っ暗で、窓から差し込む月明かりだけが、彼女の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。頭上の光輪は、眠っている他の子供たちのものよりも、心なしか弱く灯っているように見えた。

 

「……誰?」

 

「私?レミュアン」

 

 名乗るだけ名乗って、彼女はそのまま僕の隣にちょこんと腰を下ろした。誰かに許可を求めるでもなく、当然のようにそこにいる、という座り方だった。

 

「眠れないの?」

 

「……うん」

 

 それだけ言って、彼女は膝を抱えた。

 

 僕は何も言わずに、その様子を眺めていた。無理に会話を続けようとは思わなかった。前世で培った経験則がひとつある。眠れない人間に必要なのは、慰めの言葉よりも、ただ隣にいてくれる誰かだ。

 

 しばらく、静寂だけが流れた。

 

「……ねえ」

 

 やがて、レミュアンがぽつりと口を開いた。

 

「わたし、時々、怖くなるの」

 

 ふいに、そう言った。

 

 声色に涙はなかった。かといって、平静を装っているふうでもない。ただ、胸の奥にずっと閊えていたものを、そのまま零しているという響きだった。

 

「怖い?」

 

「このまま、誰にも選ばれなかったらどうしよう、って」

 

 彼女はそこで言葉を切った。

 

 僕は続きを促さなかった。促されて話せるようなことなら、彼女はとっくに他の誰かに話しているはずだ。それをせずに、こんな夜中に、会ったばかりの僕のところへ来た。ということは、まだ言葉にできていないのだろう。

 

「……あなたは」

 

 しばらくして、レミュアンがこちらを見た。月明かりの下で、彼女の目がわずかに揺れているのが見えた。

 

「あなたは、どうしてここにいるの」

 

 直球な質問だった。

 

 この孤児院では、あまり互いの事情に踏み込まないのが暗黙の了解になっている。誰もが何かを抱えてここにいる。だからこそ、詮索しないことが最低限の礼儀のようなものだった。

 

 それを承知の上で聞いてくる、ということは。

 

「両親が死んだんだ。仕事でね」

 

 僕は淡々と答えた。

 

「そう」

 

 レミュアンも、それ以上は聞いてこなかった。

 

 ただ、彼女の中にある何かが、少しだけ緩んだ気配があった。共感の効く相手ではあるはずなのに、彼女は特に何かを伝えようとしてくる素振りは見せなかった。感情を隠すことに、もう慣れているのかもしれない。

 

「わたしね」

 

 しばらくして、彼女はぽつぽつと話し始めた。

 

「本当の親にね、捨てられたの、ここに置いていかれたから」

 

「……そう」

 

「だから、今のわたしを選んでくれる人なんて、本当にいるのかな、って」

 

 彼女はそこで、自分の膝に顔を埋めた。くぐもった声が続く。

 

「優しくしてくれる大人はいるよ。職員さんも、たまに見学に来る人たちも。でも…」

 

「でも?」

 

「本当に、わたしのことが欲しいのかな、って。可哀想だからとか、義務だからとか、そういうのじゃなくて」

 

 その問いに、僕はすぐには答えられなかった。

 

 答えを持っているわけではなかったからだ。ただ、彼女が今欲しがっているのは、たぶん正解や慰めの言葉ではないという気がした。

 

「わからないよ、そんなの」

 

 だから、素直にそう返した。

 

「本当のところなんて、向こうに聞いてみないとわからない。今こうやって君が眠れなくなるくらい気にしてるってことは、少なくとも君にとっては、どうでもいい話じゃないってことだろ」

 

 レミュアンが顔を上げた。

 

「……変なの」

 

「よく言われる」

 

 彼女は小さく笑った。初めて見る笑顔だった。少しだけ気の抜けたような、それでいてどこか安堵したような表情だった。

 

「ねえ、名前、聞いてなかった」

 

「ムミヤ」

 

「ムミヤ」

 

 彼女は僕の名前を、確かめるように一度繰り返した。

 

「ありがとう、ムミヤ」

 

「別に、大したこと言ってないけど」

 

「そういうとこも含めて」

 

 そう言うと、レミュアンは膝から顔を上げ、月明かりの差し込む窓の方をぼんやりと眺めた。

 

「……なんか、ちょっとだけ、眠れそうな気がしてきた」

 

「それは良かった」

 

 二人分の小さな笑い声が、静かな共同部屋にほんの少しだけ響いて、すぐに消えていった。

 

 結局、その夜はそれ以上何を話すでもなく、レミュアンはいつの間にか僕の肩にもたれて眠ってしまった。

 

 起こすのも忍びなく、僕はそのまま、彼女の重みを受け止めながら夜が明けるのを待った。

 

 朝になって、レミュアンは決まり悪そうな顔で自分の寝台に戻っていった。

 

 

 

 それから、レミュアンと僕は妙に馬が合った。

 

 示し合わせたわけでもないのに、気付けば食事の席が隣同士になっていたし、自由時間には決まって同じ場所に集まるようになっていた。

 

「今日、ミラがまた泣いてたよ」

 

「知ってる。慰めといた」

 

「さすがね、にいちゃん」

 

 からかうような口調で、レミュアンはよくそう言った。彼女は彼女で、年下の子たちの世話を焼くのが得意だった。むしろ僕よりもずっと自然に、子供たちの輪に入っていく。

 

 どうしてここにいるのか、お互いに深くは聞かなかった。それでも、一緒にいる時間が積み重なるうちに、言葉にしなくても伝わるものが増えていった。

 

 夜、眠れない日がある。理由のない不安に押しつぶされそうになる夜がある。そういう夜は、どちらからともなく、共同部屋の隅で肩を並べて座るのが習慣になっていった。

 

「ねえ、ムミヤ」

 

「何」

 

「あなたって、あんまり本音言わないよね」

 

 ある夜、唐突にそう言われたことがある。

 

「そう?」

 

「そう。いつも、うまいこと躱してる」

 

 図星だった。だが、それを認めるのも躱すうちに入る気がして、僕はただ肩をすくめた。

 

「レミュアンだって、そんなに変わらないと思うけど」

 

「……まあ、そうかも」

 

 彼女は苦笑して、それ以上は踏み込んでこなかった。

 

 お互い、本音の在り処には触れない。それでも、隣にいることだけは続けている。そういう距離感が、いつの間にか僕たちにとっての「普通」になっていた。

 

 

 

 自由時間、僕たちはよく施設の裏庭でボール遊びをした。大した規則があるわけでもない、適当に投げて適当に受け止めるだけの遊びだ。

 

「ほら、いくわよ」

 

 レミュアンがボールを構える。

 

 構える、というよりは、狙いを定める、という言い方の方が近い動作だった。目線がまっすぐ僕の顔に向いている。

 

 だから、僕は右に一歩、身体をずらした。

 

 その瞬間、ボールは僕がさっきまでいた場所――つまり、彼女の視線の先――を通り抜けていった。

 

「……あ」

 

 レミュアンが目を丸くする。

 

「なんでわかったのよ」

 

「なんとなく」

 

 本当に「なんとなく」だった。彼女がボールを構えた瞬間、視線とは裏腹に、意識のどこかが少しだけ別の方向に逸れているのを感じた。共感の作用というより、もっと感覚的な、空気の揺れのようなものだ。

 

「今の目こっちを見てたのに」

 

「目は嘘つくけど、狙いはあんまり誤魔化せてなかった」

 

「……ふうん」

 

 レミュアンは少し悔しそうな顔をして、ボールを拾いに行った。

 

「じゃあ、今度はこっちの番」

 

 僕がボールを構える。今度は僕が視線を逸らす番だった。わざと明後日の方向を見ながら、狙いだけは正確にレミュアンの足元へと寄せる。

 

 投げた瞬間、彼女はほとんど反射的に、視線とは逆の方向――僕が本当に狙っていた場所へ、半歩だけ身体を寄せていた。

 

 ボールは、その半歩分だけ逸れた場所に落ちた。

 

「……惜しい」

 

「反則じゃないそんなの、視線と逆に構えるなんて」

 

「レミュアンだって似たようなことしてたじゃん」

 

「わたしのは正当な技術よ」

 

 彼女は澄まし顔でそう言って、また構え直した。

 

 それから何度も、僕たちはお互いの「狙い」を読み合った。目線で誤魔化す。呼吸で誤魔化す。それでも、どこかに滲み出てしまう本当の狙いだけは、なぜか読み取れてしまう。

 

 共感の力が働いているのか、それとも単に観察眼の問題なのか、正直よくわからなかった。ただ、レミュアンの「外し方」は、回数を重ねるごとに精度を増していった。

 

「レミュアンって、こういうの得意だよね」

 

「そう?」

 

「うん。狙いを絞るのが純粋に上手い」

 

 彼女は少し照れたように笑って、それから小さく肩をすくめた。

 

「わかんない。でも、なんか、こういうのは楽しいわね」

 

「なんとなくわかった気がする」

 

 レミュアンはボールを両手で弄びながら、ぽつりと呟いた。

 

「わたしね、狙うとき、相手がどこに動きたがってるか、先に見えるような気がするの」

 

「見える?」

 

「うまく言えないけど……なんていうか、次の一歩、みたいな」

 

 彼女はそう言って、自分の手のひらを見つめた。何かを確かめるような仕草だった。

 

「気持ち悪い?」

 

「別に」

 

 僕は肩をすくめた。

 

「気持ち悪がる要素なんてどこにもなくない? ただの遊びの延長でしょ」

 

「……そうだよね」

 

 レミュアンは少しほっとしたように笑って、またボールを構え直した。

 

「じゃあ、もう一回いい?」

 

「いいよ」

 

 それから僕たちは、日が傾くまでボールを投げ合った。

 

 視線で誤魔化す。呼吸を殺す。わざと隙を見せてから、直前で狙いを変える。ありとあらゆる小手先の駆け引きを試したが、結局のところ、決定打になるようなコツは掴めないまま終わった。ただ、当たる回数だけは、どちらも確実に増えていった。

 

「今日、ムミヤに二回しか勝ててないわ」

 

「勝ち負けの話だったんだ、これ」

 

「わたしの中ではそうよ?」

 

 汗を拭いながら、レミュアンは満足げに息を吐いた。夕陽が彼女の髪を淡いオレンジ色に染めている。

 

 こういう他愛のない時間が、いつまでも続けばいいと思った。

 

 根拠のない願いだということは、僕自身、よくわかっていた。この世界に来てから、「いつまでも」という言葉がどれだけ簡単に裏切られるかを、嫌というほど思い知らされてきたからだ。

 

 それでも、今この瞬間だけは。

 

「明日も、やる?」

 

 レミュアンがそう聞いてくる。

 

「暇だったらね」

 

「暇にしといてよ」

 

「命令すんな」

 

 軽口を叩き合いながら、僕たちは寮舎へと戻っていった。

 

 その日々が、一年続いた。

 

 ボール遊びだけじゃない。文字の練習を一緒にさぼって職員に叱られたり、年下の子たちの喧嘩を二人がかりで仲裁したり、夜中にこっそり厨房から菓子をくすねて分け合ったり。

 

 特別なことは、ほとんど何もなかった。ただの、ありふれた日常の積み重ねだった。

 

 だからこそ、僕はその積み重ねを、少しずつ大事に思うようになっていた。

 

 誰かに言えば笑われそうな話だが、僕はこの頃から、ひそかにこう思うようになっていた。

 

 ――この時間が、できるだけ長く続きますように。

 

 

 

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