明日へ至る銃声   作:イズモ様 カワ(・∀・)イイ!!

9 / 10
ちょい少なめ




 

 パトリツィオの家に来てから、数年が経った。

 

 射撃の基礎から始まった訓練は、少しずつその幅を広げていった。守護銃の整備、体術、戦術の基本。加えて、ラテラーノ法や他国情勢といった座学も、彼は決して疎かにしなかった。

 

「戦えるだけの執行人は、いずれ壊れる」

 

 座学の合間、パトリツィオはよくそう言っていた。

 

「腕だけを鍛えても、支える土台がなければ意味がない。知識と規律。それが、長く生き延びるための下地になる」

 

 最初のうちは、正直、退屈に感じることも多かった。前世の記憶がある分、法律や制度の話には、既視感というか、既に知っているような感覚すら覚えることがあった。それでも、この世界特有のルールや歴史は、当然ながら別物として学ぶ必要があった。

 

 守護銃の整備は、思いのほか性に合っていた。

 

「ここのネジ、締めすぎ」

 

 整備台の向かいから、フィアメッタがそう指摘してくる。

 

「そんなに締めたら、次の分解のとき苦労するよ」

 

「……ちょうどいいと思ったんですけど」

 

「思っただけでしょ、それ」

 

 彼女は呆れたように言いながら、こちらの手元を覗き込んできた。

 

 整備の腕前は、フィアメッタの方が圧倒的に上だった。彼女自身、パトリツィオから「筋がいい」と評されるほどで、僕はもっぱら教わる側に回っていた。

 

「フィアメッタさんは、いつからこれを?」

 

「物心つく前から、かな。気付いたら工具握らされてた」

 

 彼女は淡々とそう答えた。

 

「わたしの場合、リーベリだから、って理由もあると思う。銃騎士になるにしたって、人一倍結果を出さないと、認めてもらえないから」

 

 その言葉には、感情の起伏があまり感じられなかった。もう何年もかけて、その現実に折り合いをつけてきたのだろう、ということだけは伝わってきた。

 

「大変ですね」

 

「今更、その感想?」

 

 フィアメッタは苦笑しながら、こちらの整備作業に視線を戻した。

 

「でも、まあ。ここまでやってきたんだから、今更やめる理由もないし」

 

 彼女はそう言って、器用な手つきで守護銃の部品を組み上げていく。カチリ、と小気味いい音が響いた。

 

 

 

 体術の訓練では、何度もパトリツィオに投げ飛ばされた。

 

「隙だらけじゃぞ」

 

 地面に転がった僕を見下ろしながら、パトリツィオは笑っていた。

 

「体格差があるのに、真正面から受けようとするからじゃ。躱すことも、大事な技術じゃぞ」

 

「……次は、躱します」

 

 そう言って立ち上がるものの、実際にはなかなかうまくいかなかった。それでも、繰り返すうちに、少しずつ受け身の取り方や、力の逃がし方が身についていった。

 

 ある日の訓練の後、汗を拭いながら休んでいると、パトリツィオがふと、こんなことを口にした。

 

「お前さんたちを見ていると、時々、昔のことを思い出す」

 

「昔、ですか」

 

「ああ。ワシにも、昔は相棒がおってな」

 

 珍しく、パトリツィオが自分のことを語り始めた。

 

「銃を作ってくれる、腕のいい職人じゃった。今は――まあ、色々あって、疎遠になっとるがな」

 

 それ以上は語らなかった。ただ、その表情には、後悔とも呼べる、複雑な色が滲んでいた。

 

「他にも、色々あった。守り切れなかったものも、少なくない」

 

「……」

 

「だから、お前さんたちには、同じ思いをさせたくない、と思っとる。それだけじゃ」

 

 パトリツィオは、そう言ってすぐに話を切り上げた。

 

 フィアメッタは、その様子を少し離れた場所から、黙って見ていた。彼女もまた、何か知っているのかもしれない――そう思ったが、あえて聞くことはしなかった。

 

 

 

 最初の数ヶ月、僕はまだフィアメッタに敬語を使っていた。

 

「フィアメッタさん、今日の的当て、どうでしたか」

 

「悪くなかったんじゃない。あと、その敬語、いい加減やめない?」

 

「え」

 

「同い年でしょ、わたしたち。なんかむず痒い」

 

 そう言われても、すぐには切り替えられなかった。長年染み付いた癖というのは、そう簡単には抜けないものらしい。

 

「……フィアメッタさん」

 

「呼び方は残すんだ」

 

 フィアメッタが呆れたように笑った。

 

 それから数週間、少しずつ言葉遣いが崩れていった。

 

「フィアメッタさんって、いつからここに?」

 

「その敬語、まだ引きずってる」

 

「あ……フィアメッタは、いつから?」

 

「うん、それでいい」

 

 数ヶ月経つ頃には、敬語はほとんど抜けていた。

 

「なあ、フィアメッタ。整備の手順、また間違えた気がする」

 

「またそこ? 三回目じゃない、それ」

 

「悪い、覚えが悪くて」

 

「悪びれてないでしょ、その顔」

 

 遠慮のかけらもない軽口の応酬にも、いつの間にか慣れていた。

 

 半年を過ぎる頃には、二人の間の距離感は、もはや修行仲間というより、口うるさい姉弟のそれに近くなっていた。

 

「ちょっと、また勝手にわたしの整備道具使った?」

 

「借りただけだろ、そんな怒ること?」

 

「使ったら戻せって、前も言ったでしょ」

 

「戻したじゃん、そこに」

 

「そこじゃなくて、この位置!」

 

 フィアメッタが、道具箱の一角を指差して抗議してくる。

 

「そんな細かいこと気にしてたら禿げるぞ」

 

「はぁ?」

 

「悪い悪い、言い過ぎた」

 

「謝る前に手が出てるんだけど」

 

 軽く頭に手刀を落とされたところで、隣の部屋からパトリツィオの声が飛んできた。

 

「おいおい、喧嘩は外でやれ、備品を壊されたら敵わん」

 

「喧嘩じゃないです」

 

「じゃないから」

 

 二人の声が、また揃った。

 

 パトリツィオは大きくため息をついてから、呆れたように笑っていた。

 

「まあ、これくらい騒がしい方が、家の中も賑やかでいい」

 

 彼はそう呟いて、また自分の作業に戻っていった。

 

 その日の夜、自室に戻ってから、僕はふと気付いた。

 

 最初にこの家に来た日、フィアメッタとの間にあった、あのぎこちない距離感を。

 

 今はもう、その距離のことなど、すっかり忘れてしまっていた。

 

 喧嘩をして、軽口を叩いて、時々は本気で言い合いになって。

 

 それが「普通」になっていることに、なんだか少しだけ、くすぐったい気持ちになった。

 

 

 

 夜、割り当てられた自室で、僕はその日習った内容をノートにまとめる習慣を続けていた。

 

 窓の外を見上げると、都市部の明かりの向こうに、微かに星が見えた。

 

 両親を失ってから、もう何年も経つ。リシアさんとの別れも、レミュアンとの別れも、遠い記憶になりつつある――と思いたかったが、実際には、そう簡単に薄れるものではなかった。

 

 それでも、ここでの日々は、確かに僕を作り変えていた。

 

 守護銃の重み。体術の痛み。座学で叩き込まれる規律。フィアメッタの遠慮のない指摘。パトリツィオの、飄々としながらも芯のある教え。

 

 その全てが、少しずつ積み重なって、今の自分を形作っている。

 

 ノートを閉じ、僕は明かりを消した。

 

 明日は休日、何をして過ごそうか。

 

 

 

 

 

 

 銃騎士という仕事には、思っていたよりもずっと休みが少ないらしい。

 

 パトリツィオが家にいる日は、月のうち数えるほどしかなかった。遠征、訓練の監督、儀礼行事への出席――理由は様々だったが、とにかく彼は忙しかった。

 

「今日もいないの?」

 

 朝食の席、僕がそう尋ねると、フィアメッタは肩をすくめた。

 

「昨日連絡あった。今週いっぱいは戻らないって」

 

「そっか」

 

「別に、今更驚くことでもないでしょ」

 

 彼女はパンをかじりながら、そう言った。慣れた口調だった。

 

 最初のうちは、パトリツィオの不在が少し寂しく感じられたものだが、いつの間にか、それも日常の一部になっていた。

 

「暇なら、街出る?」

 

 食後、フィアメッタがそう切り出してきた。

 

「珍しいな、誘ってくれるなんて」

 

「一人で行くのもつまんないから」

 

 素っ気ない言い方だったが、断る理由もなかった。

 

 

 

 二人で向かった娯楽エリアは、休日ということもあって、それなりに賑わっていた。

 

「あそこ、早撃ちの店あるじゃん。やってく?」

 

 フィアメッタが指差した先には、模擬銃を使った射撃ゲームの店があった。反応速度と的中率を競う、よくある娯楽施設だ。

 

「僕、そういうの向いてなさそうだけど」

 

「やる前から諦めるやつが一番伸びないって、パトリツィオがよく言ってる」

 

「説教くさいぞ、それ」

 

「事実だし」

 

 結局押し切られる形で、僕たちは店の中に入った。

 

 結果は、案の定フィアメッタの圧勝だった。

 

「……もう一回」

 

「あと何回やる気? さっきから負け越し増える一方じゃない」

 

「負けたままじゃ終われない性分なんだよ」

 

「知らなかった、そんな面倒な性分持ってたんだ」

 

 からかうような口調に、少しだけムキになって、僕はまたコインを投入した。

 

 結局、五回連続で負けた末に、ようやく一勝を拾った。

 

「あ、勝った」

 

「今の、店員側の反応が明らかに遅かっただけじゃない?」

 

「勝ちは勝ちだろ」

 

「往生際が悪いなあ」

 

 フィアメッタは呆れたように笑いながらも、それ以上は追及してこなかった。

 

 

 

 その後は、広場の一角で行われていた、破裂音を売りにした見世物にも立ち寄った。

 

 派手な色の煙と共に、小さな爆発が連続して起こる出し物だった。子供向けの見世物にしては、なかなかに賑やかな演出だ。

 

「うわ、でか」

 

 一際大きな破裂音に、僕は思わず身をすくめた。

 

「あんた、案外そういうの苦手なんだ」

 

「不意打ちには弱いだけだよ」

 

「戦場でそれ言ってたら、笑えないやつになるけど?二重の意味でね。」

 

「わかってるよ、それくらい」

 

 軽口を返しながらも、内心では少しどきりとした。彼女の言葉には、時々こうして、修行という枠組みの先にある「実戦」の気配が、さりげなく混じることがある。

 

 

 

 娯楽エリアを一通り回った後、僕たちは甘味屋の並ぶ通りへと足を向けた。

 

「今日はどこから攻める?」

 

 フィアメッタの目が、少しだけ輝いていた。

 

「珍しく積極的だな、こっちは」

 

「甘いものは別腹だから」

 

 彼女はそう言って、迷わず一軒目の店へと入っていった。

 

 串に刺さった果物の飴がけ、焼きたての菓子パン、氷菓を挟んだクレープのようなもの。二人で分け合いながら、通りを端から端まで食べ歩いた。

 

「これ、うまいな」

 

「でしょ。ここ、わたしのお気に入り」

 

 フィアメッタは、口の端についた粉砂糖を指で拭いながら、満足そうに頷いた。

 

 その顔は、射撃訓練のときとも、座学のときとも違う、年相応の少女の顔をしていた。

 

「なあ、フィアメッタ」

 

「何」

 

「こういう時間、意外と悪くないな」

 

「良かった。」

 

 彼女は少し驚いたような顔をしてから、小さく笑った。

 

「わたしも、悪くないと思うけど」

 

 夕暮れの通りを歩きながら、僕たちは他愛のない話を続けた。

 

 パトリツィオが帰ってきたら、この店の菓子を土産に買っていこう、とか。

 

 次の休みは、どこに行こうか、とか。

 

 特別なことは、何もなかった。

 

 それでも、こういう何でもない時間の積み重ねが、いつの間にか、僕にとってかけがえのないものになっていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。