異様に静かな駅の中で、ひとつの小柄な影がそう呟く。
構内の長過ぎる廊下には現実味のないポスターや案内図が貼られており、どこを通ればいいのか判然としないものの、その人物の歩みに迷いはない。
その手に持ったペンデュラムを用いて、ダウジングによって道を探っているようであった。
「少し多いな……四……いや、三人? ひと固まりになっている? 近くにシャドウもいるな」
ペンデュラムの先端には緑色の宝石がはまっており、さらに青い炎で燃えている。まるで行き先を示しているかのように。
しかしその振り子の炎に、異変が起こった。
突如としてパチパチと音を立て、激しく燃え盛り始めたのだ。
「この反応は、まさか」
顔を上げ、件の人物は急いだ様子で目的地に向かって走り出した。
東京から生更来市に引っ越して来た高校生の少年、石動 廻。
彼は転校先の七御崎学園高校で出会った刑部 悠希と宮妻 アキラと共に、SNSアプリのルーマーに載っていた『村前鏡』と呼ばれる怪談の内容を実行することに。
書いてある通りに鏡を写真で撮影した結果、三人は奇妙な空間で異形の怪物に襲われてしまう。そして窮地に陥ったその時、廻は不思議な力に覚醒した。
「な、なんだぁこりゃあ!?」
「ぺる、そな……?」
廻の背後に現れた、黒衣の戦士の幻像。悠希とアキラは、尻餅をついたままその威容を見上げてそんな声を上げる。
一方の廻は、心の内から沸き起こる強大なパワーと昂揚感で、自分でも気付かない内に口角を吊り上げていた。
背後の幻像が、そんな廻に語りかけてくる。
『我が名は巌窟王モンテクリスト! 永き呪縛を破り、暗闇から一条の希望を手繰る者……お前が望むならば、今こそ力を与えよう』
「力を寄越せ、ありったけだ」
『よかろう、ならばまず武器を取れ!』
モンテクリストの呼びかける声と同時に、縞模様の球の怪物が舌を伸ばして襲いかかって来る。
瞬間、廊下の天井から剥き身の大振りな剣が生えるように出現し、廻は落下して来たそれを素早く手に取って振り下ろす。
剣先が怪物の黒い舌を真っ二つに割り、怯んだ隙にモンテクリストの追い打ちの蹴りが命中。異形の怪物を消滅させる。
『それで良い。我が力の及ぶ限りなら、お前はこの世界でどんなことでもできる。もっと魅せてみろ!』
「任せろ」
地面に剣を突き刺し、腕を伸ばしながら突進して来た粘体の攻撃を素早くかわす。
続いて壁に背を預けた後、左手の甲でコンコンとノック。すると、先程剣が出て来た時と同じように、今度はハンドガンが出現し、廻はそれを取って粘体たちを全て撃ち抜いた。
残るは2体の縞模様の怪物。異形たちは左右から挟み込む形で突撃を仕掛けようとするが、廻は全く動じることなく、頭の中に浮かんだ呪文でモンテクリストに指示を下す。
「ブフ!」
命令と同時に黒衣の戦士は銀の銃を抜いて、右側から迫る怪物の口部に刃を突き刺し、引き金を弾く。銃口から放たれた冷気と氷の塊が、その球の如き身体を内側から凍らせ粉砕した。
残った1体も、金の銃に付いた刀身によって一振りで斬り裂く。
「すご、あっという間に倒した……全部」
「一体何をやったんだ!?」
戦いが終わり、下がって見ていたアキラと悠希が驚く中で、モンテクリストが青い炎と共に徐々に薄くなっていく。
やがて完全に形が失われると、その姿は1枚の青いカードへと変化する。
裏面に白黒の仮面、表面には荷物を担ぐ旅人のイラストが描かれたカード。それがタロットカードの『愚者』であると、廻には頭の中で理解できていた。
愚者のカードはそのまま身体の中に溶け込み、廻は自分の掌を開いたり閉じたりした後、悠希たちに答える。
「俺も全部を分かってるワケじゃない。ただ、このペルソナの力があればあのバケモノ共を相手にできるみたいだ」
直後、怪物たちが落とした仮面が砕け散ったかと思うと、その破片が揺れ動くペンデュラムの宝石に吸収されていく。
それと同時に自分の中に力が蓄えられたような感覚を覚えつつ、廻はそれを首から下げて、未だ動揺の最中にある二人に向かって呼びかけた。
「行こう。どうにかして、シラミ潰ししてでも出口を見つけないと」
「――その必要はない」
突如三人の後ろから聞こえて来た、何者かの声。
振り向くと、そこにはひとつの小柄な人影があり、少しずつ近付いているのが見て取れる。
廻は二人を下がらせ、剣を握って待ち構え、視認できる程度の距離まで来たところで目を丸くした。
「え……子供?」
そこにいたのは、10歳ほどの中性的な顔立ちの子供。
クセのある白い髪に瞳は水色、メイドカチューシャを頭に付けている他、側頭部には羊の巻角に見える大きな装飾らしきものがある。
黒のショートパンツと白いタイツを穿いており、フリル付きの執事服のジャケットは裾が長くふわりと膨らみを作っており、遠目にはそのシルエットがロングスカートのメイド服のようにも見えた。
「男の子? 女の子?」
「ンなことはどうでも良いだろ! お前、さっきの言葉はどういう意味だ!」
性別不詳の子供に向かってビシッと指を差し、悠希が問う。
すると、少年とも少女とも取れるその執事服の子供は、溜め息混じりに頭を振った。
「あまり騒ぎ立てるな、シャドウに見つかってしまうぞ」
「シャドウ?」
「キミが戦った黒い怪物のことだ。その様子だと、やはり何も知らないようだな」
言いながら執事の子供は自身の両手を合わせ、広げる。
するとそこに黒いステッキが出現し、それを握ってコツッと地面を突いた。
「ボクはシィプ、諸君の望む現実世界に繋がる出口を知っている者だ」
「マジ!? 案内して!!」
それを聞き、真っ先に身を乗り出したのはアキラだ。
やっと帰れるのだという安心感で、その顔は綻んでいる。廻もまた安堵の溜め息を吐き出す。
しかし、そこに眉を寄せた悠希が割り込んだ。
「待てよお前ら、こいつの言うことを信じるつもりか? さっきのシャドウってヤツが化けてるかも知れないんだぜ?」
「どうかな……本当にその気なんだったら、とっくに襲いかかってると思う。それに、他に頼れるものがないのも事実だよ」
廻の反論に対し、悠希は口を噤む。
そして唸りながら逡巡した末に、改めてビシッとシィプに指を突きつけた。
「背に腹は代えられねぇ、外へ案内しな。でもオレたちを騙しやがったら即ブチのめすからな! 石動が!」
「えっ、俺!?」
「わかったわかった。では諸君、ボクの後について来てくれ」
それからしばらくの間駅の廊下を歩き続け、時折出てくる黒い液状の怪物を物陰に隠れてやり過ごしながら、時折何やら手元を確認しつつ、どんどん先へと進んでいく。
シィプは先頭で怪物の動向を窺い、顎に手を添え「ふむ」と息をついた。
「今日はシャドウたちが一段と騒がしいな」
「そのシャドウって一体何なんだ? っつーか、ここどこなんだよ?」
「人間の集合的無意識から生み落とされる影なる人格、この世界に侵入した者を捕まえて精神を貪る怪物だ。この世界は『エルドラド』と言う夢の中の空間で、今いるここはその中でも『ルウム』という場所であり……」
「……頼むからもっと、普通の高校生でも分かるように説明してくれよ!?」
悠希が頭を抱えながら言い放ち、アキラもしきりに首を傾げている。
直後、進行方向から青い仮面とピンク仮面の二種の液状の怪物が現れ、腕と頭を形成して襲いかかって来た。
「キミが騒ぐからシャドウに見つかったではないか」
「オレのせいかよ!?」
「仕方がないな、ここは迎え撃つとしよう」
敵を観察しながら、シィプは自身の右手に握ったあるものを掲げ言い放つ。
それは、先頃廻が使ったものによく似た、金の鎖のペンデュラム。ただし錘はダイアモンドではなく、エメラルドとなっている。
「臆病のマーヤと残酷のマーヤか。大した敵ではない、一掃する」
一同が唖然としている間に、シィプのペンデュラムが円運動を始めた。
頭上で光輪が描かれ、そこから生み出された青い炎の内側に『魔術師』のアルカナのカードが視認できる。
「吹き荒べ、エアリアル!」
シィプがペンデュラムを振り抜くと、カードが弾けて幻像が姿を現す。
緑色の結晶状の翅を背負い、顔部をクリアグリーンのバイザーで覆い隠した、球体関節や歯車のような機械的な要素とディテールが目立つ妖精。
妖精の羽ばたきは突風を生み、青仮面のシャドウ、臆病のマーヤを吹き飛ばして消滅させた。
「お、お前もそれ使えんのかよ!? 先に言えよ!!」
「一々はしゃぐなよ……キミ、手伝ってくれ」
言われる前にペンデュラムを手にしていた廻は、頷いて自身もダウジングを始め、青い炎と愚者のカードを召喚し、そこから黒き幻像を呼び出す。
「モンテクリスト!」
「エアリアル!」
二つの幻像が、ピンク色の仮面を付けたシャドウである残酷のマーヤを1体ずつ倒し、残りは臆病のマーヤのみ。
廻は剣を肩で担ぎ、自ら敵に斬り込まんとするが、その寸前で照明が落ちて視界が暗く閉ざされてしまう。
「う……!?」
すると、まるで鎖で縛られているかのように廻の身体が固まり、モンテクリストも動きを止めた。
それを隙と見たか、臆病のマーヤが仕掛けに向かうが、その前にシィプが頭上からシャドウに杖を叩きつける。
「ガル」
さらに呪文を唱えると、突風がシャドウを吹き飛ばして消滅させた。
照明も元に戻り、二人のペンデュラムが仮面の破片をそれぞれ吸収した後に、廻は荒い呼吸を整えて心を落ち着かせる。
そうして脅威がいなくなったことを確認した上で、シィプは悠希とアキラの方を振り返った。
「こんなところであまり消耗したくはない、今後は極力見つからないようにしてくれ」
「わ、悪ぃ」
悠希は謝罪の言葉を述べ、改めて一行は出口に向かって歩き出す。
しばらく進んでいくと、廻たちは看板が壊れて『死』の文字で埋め尽くされた駅内コンビニに辿り着く。
「ここは安全地帯だ。もう少し歩けば出口に着く、一旦休憩にした方が良いだろう」
「えっ、一気に進まないの?」
「万全な状態で向かうべきだよ、何が起こるか分からないから」
散乱しているパイプ椅子を起こして座り、シィプが言った。
他の三人もそれに倣い、ひとまず休息を取ることにする。
「ところでキミ。動きは悪くないが、たまに戦いの手が止まってしまっている時があるぞ?」
ふと、休んでいる間にシィプから廻へとそのような指摘がされた。
「ボクの見る限りでは、照明が暗くなるとぎこちなくなるようだ。戦いの中でそのクセは致命的だろう、改善した方が良い」
廻はぐっと言葉を詰まらせ、すぐに「分かったよ」と続ける。
しかし悠希はそこで話を終わらせようとせず、彼の顔を見つめて尋ねた。
「何か事情があんのか?」
問われて、廻はやや眉を寄せた後、再び呼吸を整えてから語り出す。
「俺はね、自分がどこから来たのか知らない……赤ん坊の頃に血で濡れたコインロッカーの中に閉じ込められた状態で見つかったんだ」
そのたった一言で、悠希とアキラは絶句。廻はさらに、そのまま自分の過去を打ち明ける。
「警察だかレスキューだかがすぐに開けてくれたらしくて、俺自身は特に傷もないし命に別状はなかったらしいんだけど。その時のことを覚えてて、暗い場所が怖くなった」
「暗所恐怖症……か」
「小さい頃に比べたら、かなりマシになった方なんだけどね。それでも停電とかでいきなり暗くなると、思い出しちゃってさ」
指を組んで小さく息をつき、目を伏せながら話を続けていく。
「誰がそんなことをしたのかは分かってない。誘拐目的でやったのか、それとも親が俺を捨てたのか」
「え、ちょっと待って? 石動っちの親って……?」
「俺を育ててくれた人たちとは血が繋がってないんだ。俺を産んだのが誰なのかってことも、ロッカーに付いてた血が誰のものだったのかも……警察の人たちが調べたけど何も分からなかったって」
自嘲気味でぎこちない笑みを隠すように、頭を振って廻は椅子から立ち上がった。
「シィプくんの言う通り、今は怖いなんて言ってられる状況じゃない。これからは気をつけるよ」
「そうしてくれ」
悠希もアキラも、何も声をかけることができない。
何も言えないまま、十分に休息を終えた四人は駅を出るために歩き出す。
そしてしばらく進んだ末、一同は『生』とだけ書かれた案内標識と上階への階段を発見した。
シィプは廻たちを振り返り、その階段を指差す。
「アレが出口だ、急ごう」
これでようやく帰ることができる。
そんな安堵が三人の心に溢れた、その瞬間。
狙い澄ましたかのように轟音が響き、天井から3つの黒い影が落ちて立ち塞がった。
「きゃあ!?」
「クッ、ここまで来て!?」
粘液状の影が浮かび上がり、形を成す。
現れた影の内の2つは、先程の虚言のアブルリーの色違い。青色の仮面はそのままに、縞模様の体色が白ではなくピンクに変わっている。
残る1体は、巨大な車輪の上に獅子の皮を被せ、顔部に黄色い仮面を接合したような姿の異形。車輪の軸からは左右に長く鋭いスパイクが伸びており、近付くことさえ躊躇わせるようであった。
「蛮勇の獣車輪に、失言のアブルリー……! キミ、気をつけろ! さっきまでの連中より強敵だぞ!」
「わかっ……」
ペンデュラムを使ってモンテクリストを呼び出そうとする、その寸前。
『怖いよなぁ? 暗闇は?』
失言のアブルリーと呼ばれたその怪物が、言葉を喋った。
「なに、を」
『何も言わなくて良いんだよ。俺たちはお前や他のヤツらの心の一部だ、なんでも分かるのさ』
長い舌と大きな口を使って流暢に話す縞模様の球を前にして、廻は動きを止めてしまい、シィプも思わず瞠目してしまう。
「さっきの会話を聞かれて学習されたというのか? バカな……」
「おい石動! 耳貸すな、なんかヤバい気がする!」
「くっ、ガル!」
エアリアルの出現と共に疾風の魔法が失言のアブルリーの横面を叩くが、大したダメージになっておらず、逆にタックルでシィプごとエアリアルが押し返された。
『暗くて狭い場所に閉じ込められて、泣いても喚いても誰にも気付いて貰えない……怖いよなぁ? でも、お前が本当に恐れている闇は
「うっ……や、やめろ……!」
『お前が心から恐れているのは、
そう言った獣車輪の体表とアブルリーの口内から黒い液体が徐々に滲み出て、ヒレが付いた人間の顔のようなものが形成されていき、その顔が口々に言葉を発する。
『奥さん知ってる? あの子の噂。血塗れのロッカーの中に入ってた赤ん坊なんですって。怖いわよねぇ、両親も分からないなんて』
『あの旦那さんも相当おかしな人だよなぁ、奥さんが半身不随だからってあんな不気味で得体の知れない子供を引き取るとは』
『そうまでして子供が欲しいのかしら。私だったら絶対嫌だわ。正直、不幸が伝染っちゃいそうだもの』
『お前自身に問題があるから、実の親に捨てられたんだろ? 黙って教師や友達の言うことを聞け! どうせ何もできん子供なんだからな!』
廻の表情が強張っていき、身体が震え始めた。
黒い軟泥から出てきた言葉は、その全てが廻自身が聞いたこと、言われたことだ。
粘体はそのまま廻を嘲り続ける。
『覚えてるだろ? お前は呪われた子供だ。それが何の根拠もない言いがかりであっても、お前は全部飲み込んで来たんだよなぁ? そのせいで言いたいことも言えなくなっちまってよぉ? 人間が怖くなったんだよなぁ?』
「う、あ……あああっ!?」
『知らない街で誰かにちょっと優しくされたからって、人とは違う力を手に入れたって、忘れられるワケがない』
「やめろ、やめてくれ……っ!!」
『お前は今でも囚われてるんだよ!! 底知れない心の闇ってヤツになぁ!!』
両手で頭を抱え、廻は膝をついてしまう。
このままでは、無防備なままシャドウの攻撃を受けることになる。それではいけないと考えて、シィプは声を張り上げた。
「おい、気をしっかり持て! ペルソナは心の力だ、キミ自身が心折れるとペルソナにも悪影響が出るぞ!」
だが廻にはもう言葉が聞こえていないのか、蹲った姿勢のままだ。
アブルリーたちが動けない廻を思い切り突き飛ばし、身体に傷を負わせる。
さらに、獣車輪の獅子頭とホイールが唸りを上げ始めた。
『今ラクにしてやるよ! ここで死んでしまえ、忌み子めが!』
「――させるかァ!」
あわや激突の寸前というところで、横から飛び出して廻を抱き込む形で悠希がかばう。
「刑部……!?」
取り乱し呆けていた廻が、我に返る。
獣車輪に張り付いた黒い泥は、その顔を歪め舌打ちした。
『お前何のつもりだぁ? 話を聞いてなかったのか? 何も知らないクセに、この呪われたガキのために命捨てようってのかよ?』
「ああ、知らねぇよ。オレはこいつのことなんにも知らねぇ。
廻を守ろうと、悠希が前に出て、毅然とした態度で怪物と対峙する。
「テメェが何を言おうが、何を考えてようが関係ねぇ。クソどうでも良い。テメェらは命を奪おうとして、こいつは助けてくれたんだ」
『あ……?』
「何も知らなくても、何を信じるべきかは決まってんだろーが。言い返せねぇンなら黙って失せろ! やる気ならオレが相手になってやる、かかって来やがれバケモンが!」
力強く啖呵を切ってアブルリーと獣車輪の注意を引き、攻撃が始まれば全力で回避に動く。
「無茶をするヤツだ……スクカジャ!」
シィプはそんな彼の行動に対して呆れつつも、エアリアルの力で援護した。
身体能力を向上させ、素早く動けるようになる魔法。ただの横っ跳びで三体から大きく距離を取れたことに悠希自身驚きつつ、その効力が続いている内に派手に動き回って惹きつける。
その間に、アキラが今の内にと廻に近づき、鞄から塗り薬を取り出す。
「石動っちが優しいコなのアタシも分かってるし! あんなキモいヤツらの言うコト、マジに考えちゃダメだかんね!」
廻の両肩に手を乗せ、涙目になりながらもアキラは言った。
恐怖で硬直していた身体に、少しずつ力が戻ってくる。
闇に閉ざされかけた心が、今再び目を覚ます。
「……ありがとう」
ペンデュラムを取り、ダウジングを始める。
円運動に合わせて背後に光の円が描かれ、内側から青い炎が噴き上がり、一枚のカードが出現した。
そのアルカナは愚者――
「ペルソナ――
『なッ!?』
出現したのは『恋愛』のアルカナのタロットカード。砕けたその一枚から生まれたのは、青いレオタードを着用した小さな可愛らしい妖精。
閃く薄翅で舞い、アブルリーに電撃の魔法を浴びせた。
『ど、どういうことだ!?』
「ジオ!」
状況が理解できず怯んでいる隙に、今度は別のアブルリーへ雷が叩き込まれる。
モンテクリストとは全く異なる姿であり、別の攻撃手段を持つペルソナ。それを見て、味方であるシィプも目を白黒させていた。
そして疑問の答えが一切出ない内に、廻はさらなる手を繰り出す。
「ケットシー!」
『またか!?』
今度は『皇帝』のアルカナ。現れたのは、羽根付きの赤い帽子を被り長靴を履いた、剣士風の猫だ。
獣車輪へ果敢に疾走して斬りつけ、エアリアルと同じ疾風魔法で一撃を食らわせる。
それでもシャドウたちは未だ倒れず、復帰したアブルリーらと獣車輪が反撃にかかり、だが廻はその全てをかわしてペンデュラムを振り抜いた。
「ジャックランタン!」
青い炎の中に浮かぶ『魔術師』のアルカナのカードが弾け、トンガリ帽子を被ったカボチャ頭の幽霊のようなペルソナが現出。
手に持ったランタンから真っ赤な炎を放ち、加勢に来たエアリアルと共に二体のアブルリーを撃破した。
これで廻は、合計四体のペルソナを使ったことになる。
「……あり得ない、キミは一人で複数のペルソナを操ることができるのか!?」
目の前で起きている事態が信じられないとばかりに、シィプは目を剥いた。
獣車輪に纏わりついていた粘性の黒い液体にも、動揺が見られる。
廻はその隙を突いて獅子頭の横面に剣撃と銃弾を食らわせ、思い切り蹴って転倒せしめた。
『このガキ……!』
「確かに、お前の言葉は俺の考えてることそのものだ。ずっと人が怖くて縮こまっていた。でもそれは、
『黙れ!!』
頭上の照明が落ち、視界がブラックアウトしてしまう。
また攻撃が止まるかに見えたが、廻が手にしたペンデュラムから青い炎がほとばしり、暗闇を斬り裂く灯火となった。
「これからの俺は違ってみせる! 変わってみせる! 乗り越えてやる、
青炎は廻の首に移りマフラーのように変化して、より一層強く煌めきを放ち、周囲を照らし続ける。
もう決して闇に囚われることはない、と。そう主張しているかのように。
そうして再びペンデュラムが動き出し、背後に愚者のカードか召喚された。
「目覚めろ!! モンテクリストォォォーッ!!」
金と銀の銃剣が獣車輪を斬り裂き、乱射された弾丸がその身を隅々まで凍らせる。
氷像と化したシャドウは、続けざまに放たれた廻の剣とモンテクリストのキックによって砕け散り、無数の氷片に変えた。
戦いの終わり。しかしシィプは慌てた様子で、廻たちに手招きをする。
「色々聞きたいが……すぐにここを出るぞ、また別のシャドウに目をつけられたくない!」
「分かってる」
もはや出口は目前。一同は階段を駆け抜け、息を切らせつつもついに駅の外に脱出した。
だが。
「え!?」
「はっ……なんだよこれ!?」
その先にあった風景は、三人の望んだ外の光景ではなかった。
空はエメラルドグリーンで紫色の雲が浮かび、太陽とも月とも思えない血のような色の巨大な球体が見下ろしている。
周囲の建造物も、見た目や配置こそ生更来市のそれによく似ているが、駅で見かけた張り紙と同じように、人物が写っているはずのポスターの首から上が切り取られているなど明らかな別物であることが分かった。
どう見ても現実ではないその様子に酷く狼狽しつつも、悠希はシィプを振り返って詰め寄る。
「全然出口じゃねぇじゃねーか、騙したのか!?」
「慌てないで、まだ目的地じゃない。次はこの世界から脱出するための道に案内する!」
それを先に言えよ、という言葉が悠希の口から出かかったが、またシャドウが出てきたらマズいと思い、グッと堪えた。
共に走り抜けた先にあったものは、まるで覆い隠すように木々に囲まれた、仄かに青い光を放つ八角形の機械の柱。
解読不能で奇妙な文字が無数に刻印されており、これをどうすれば戻れるのか悠希にもアキラにも分からなかったが、シィプは迷うことなくペンデュラムを持って近付く。
するとペンデュラムの灯と柱の光が呼応して溶け合い、眼前に青い光の『穴』を生み出した。
「ここだ、速く!」
「二人から先に入って!」
シィプと廻の言葉に頷き、悠希たちが先に飛び込む。その後に続いて、残る二人も光の中に入っていく。
※ ※ ※ ※ ※
気が付くと、三人は駅の鏡の前に立っていた。
間違いなく村前駅の中、普通の人間の姿も確認できる。
「戻れた、のか?」
廻が呟くと、両隣にいる悠希とアキラも安心した様子でへたり込んだ。
「か、帰って来れたぁぁぁ~!」
「すげぇ体験だったな……っつーかやべぇ、今何時なんだ? アレから何時間経ったよ?」
悠希が手に
その動きを見て廻もアキラも怪訝に思いつつ、しかしすぐにハッとして自分たちの手を見下ろす。
「なぁ。オレたちって放課後すぐここに来て、鏡に写真撮ってああなったんだよな……いや、写真撮る時に、その、チラッと時間見てたから覚えてんだけど」
すぐ傍で聞こえる悠希の震え声を聞きながら、二人も身を震わせる。
自分たちは先程まで奇妙な異界にいたはずだった。シャドウという怪物から逃れ、必死に走ってようやくここに辿り着いたはずなのだ。
まさか。
まさか、と心の中で何度も言葉が反響し、心臓が警鐘を鳴らす。
「
ゾッと悪寒が走り、三人は全員でもう一度時間を確認する。
授業が終わり、駅に着いたのが大体15時30分ほど。写真を撮った時間は、スマートフォンの画像データによれば15時38分。
そして、現在の時刻は15時40分。先程の問答や諸々の確認で多少時間は進んだが、明らかに計算が、辻褄が合わない。
「うそ、ウソウソウソウソウソ過ぎでしょ!? 何がどうなってんのコレ!?」
「あり得ない……俺たち全員、かなり少なく見積もっても二時間半くらいはあそこにいたはずだよ」
「夢だったってのか? 白昼夢ってヤツ? でも、全員で同じ夢見るなんてそんなワケ……っつーかこの疲労感で夢とかぜってーその方がウソだろ!」
アキラが涙目になり、廻と悠希も当惑する。
そんな状況に切り込むかのように、三人の耳に聞き覚えのある声が聴こえて来た。
『夢の中の出来事という認識はあながち間違いじゃない。ただし、あの世界での出来事は諸君にとって紛れもなく現実でもあるけどね』
中性的な声と独特な口調。その正体に思い至って、三人は声を上げる。
「……シィプか!?」
「そうだ、オレ色々聞きたかったんだよ!」
「あれ? そういえばあの子、ドコにいんの?」
周囲を見回すが、どこにもシィプの姿はない。近くから声がすることは間違いないのだが、本人がいない。
一体どこにいるのだろう、と廻が思っていると、不意にスマートフォンの画面に奇妙なものが映っていることに気が付いた。
丸く白い毛玉のような、小さな物体。
廻がタップしようとすると、その毛玉から胴体と手足が生え、立ち上がった。
『やぁキミ。悪いが、お邪魔させて貰っているよ』
それは、シィプだった。極端にデフォルメして擬人化された羊のような状態になっているものの、明らかにそうと分かる口調な上、あの独特な執事服も確認できた。
足元にも
悠希とアキラも画面を覗き込み、そして同時に叫ぶ。
『ええええええ!?』
ペルソナ図鑑
[名称]
モンテクリスト
[アルカナ]
愚者
[解説]
フランスの小説家、アレクサンドル・デュマ・ペールが執筆した小説『モンテ・クリスト伯』の主人公を元とした存在。
策謀に陥れられ無実の罪で投獄された後、脱獄を果たして協力者の知識と財宝を受け継いだ復讐者。
冷酷で容赦のない男だが、直接的に相手の命を奪うことはしなかった。