PERSONA:E   作:正気山脈

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Case.03[UNION(ユニオン)]

 迷い込んでしまった奇妙な駅から脱出し、元の村前駅へと帰還を果たした廻たち。

 しかし、明らかに長時間滞在していたにも関わらず、ほとんど時間が経過していない事実に気付く。

 さらには帰還時に姿の見えなかったシィプが、今は廻のスマートフォンの中にいることを知り、一同は大いに混乱してしまう。

 その後一旦落ち着きを取り戻した廻たちは、悠希の提案で駅の近くにあるカラオケ店へと移動することとなった。

 

「ここなら誰かに聞かれる心配はねぇな」

 

 無事に入室後、悠希は鞄を置いて静かに息をつく。

 廻も疲れた様子で席に座り、一方でアキラは楽しそうにマイクを手に取る。

 

「アタシ何歌おっかな~♪」

「目的変わってんぞオイ……後にしな」

 

 悠希が肩を竦め、直後に廻の取り出したスマートフォンからシィプの声が聞こえてきた。

 

『さて。メグルにユウキにアキラ、だったな。聞きたいことがあるんだろう? 答えられる範囲で答えよう』

「じゃあ俺から。あの世界について、改めてちゃんと説明して欲しい」

 

 廻が言うと、シィプはスマートフォンの画面から一度消えた後、今度はカラオケのテレビに現れる。デフォルメされたものではなく、異世界で見た、あの小柄で中性的な執事の姿だ。

 

『諸君が迷い込んだ世界の名は夢幻郷(エルドラド)。人の認知と記憶によって成る異界、つまりは、夢の中の世界そのものだ』

「よく分からないんだけど……そもそも、俺たちは眠った覚えがないよ? 立ったままだったし、寝てたにしては時間がほとんど経ってなかった」

『その疑問はもっともだ。順番に答えていこう』

 

 テレビの中でパチンと指を鳴らす。すると、シィプの背後に緑色のソファーが出現し、そのままそこに座った。

 

『諸君らはそのスマートフォンで、ルーマーというアプリを介してあの鏡を写真撮影した直後、自分たちでも気付かない内に眠ってしまったんだ。ボクもそのアプリに詳しいワケではないが、誘眠作用のようなものが働いたと考えられる』

「えっ……眠らされたってこと!?」

『見たところ、有効なのはほんの一瞬だけ……それこそ瞬きするより短いがね』

 

 シィプはそう答えるが、その言葉に悠希たちは首を傾げる。

 

「その一瞬ってのが分かんねぇ。オレたちは、明らかに長いことエルドラドって世界にいただろ?」

『向こうとこちらでは流れる時間の速度が違う、ということだ。あの世界でどんなに長く滞在しても、こちらでは一瞬でしかない。戸惑うのも無理はないがね』

 

 悠希とアキラはまだピンと来ていない様子であるが、廻はそこまで聞いて「なるほど」と頷いていた。

 

「言われてみれば、長いこと夢を見てたはずなのに起きたら10分くらいしか経ってなかったり、逆に短い夢だったのに気付いたらかなりの時間寝てたりすることってあるなぁ」

『記憶と感覚が曖昧になっているだけで、どちらの場合も一瞬の話だ。それに、そのアプリを使うまでもなく、ただ眠るだけでも普通にエルドラドには繋がるぞ。というか全員確実に入っている、覚えていないだけでな』

「そうなの?」

『通常の睡眠中にあの駅……仮に死更来駅としようかな、そこに辿り着くことはないがね。エルドラドとは夢の世界の根幹のようなものであって、睡眠時には皆、人々が見る夢の空間である屡胡夢(ルウム)にいる。マクロとミクロの関係というわけだ』

 

 悠希とアキラが、今度は反対方向に大きく首をひねる。

 話を理解できていない。シィプは溜め息混じりに肩をガクッと落とし、廻が苦笑しつつもそこに補足する。

 

「要するに、エルドラドとルウムは『森と木』とか『国と町』とか『マンションと部屋』みたいな関係ってことで合ってる?」

『概ねその通りだ。そうたとえれば分かりやすかったかな』

「で、その死更来駅もルウムなんだよね……でも、あの夢って個人的な居場所のようには見えないけど?」

『そこは少し複雑でね。ルウムはその性質上、個人が宿主になって夢の空間を管理しているタイプもあれば、噂話の影響を受けた複数人の認知によって組み上げられた共有スペースのようなものもある。死更来駅は後者だ』

 

 シィプの言葉を聞いて、今度はアキラが手を挙げた。

 

「じゃあじゃあ、なんで村前鏡を撮ったら眠っちゃうの? そんな怪談じゃなかったと思うよ?」

『そこはボクにも分からない。ルーマーに何か仕込まれているのか、鏡自体が特別なのか……それに、あのルウムは別の都市伝説とも混ざり合ってできているからな』

「別の都市伝説?」

『影夢、だったかな。聞いたことはあるか?』

 

 撮れば真っ黒な幽霊が写り、呪われて死ぬというのが村前鏡。

 対して影夢とは、電車や駅の中で眠っていると、黒い影のようなものに追いかけ回されて残酷な殺され方をする夢を見てしまい、逃げ切れなければ現実でも同じように命を落とすという怪談だ。

 

『どちらも駅に関わるもので、黒い幽霊が登場し、最終的に死に至る。その共通点から大衆の心理が無意識的に2つの都市伝説を結びつけ、その歪んだ認知が死更来駅というルウムを生み出したということだ』

 

 シィプは画面の中で腕を組み、アキラが首を傾げているのを見て見ぬフリしつつ話を続けた。

 

『死更来駅のせいで多くの人間が迷い込んでしまってね。ボクもできる限りのことはしているが、助けられなかった人間は少なくない』

「……助けられなかった人はどうなる?」

 

 不意に感じた疑問を廻が口に出し、シィプはすぐそれに答える。

 

『シャドウが言っていなかったか、裏返すとかなんとか』

「そういえば言ってたかも」

『アレは本人にとっての夢と現実の時間を逆転させる、という意味だ。先程も言ったように、夢の世界でいくら時間が経っても現実世界では一瞬。それが裏返るということは……』

 

 ゾクッ、と3人全員が背筋を凍らせる。

 それはつまり、現実でどれほどの時間が経過しようと、夢の世界ではそう感じないということ。

 夢に囚われ、文字通り永遠に眠り続けることになるのだ。

 シィプによれば、シャドウたちはそうやってエルドラドに幽閉することで、人間から溢れ出る感情を糧にし続けているのだという。

 

『しかも厄介なことに、シャドウに裏返される前に助けることができたとしても、意識が現実に戻ると同時に夢の中での記憶は失われてしまう』

「ん? でも俺たちは覚えてるよ?」

『キミはペルソナ使いだからな。夢の世界でも、他者の認知に縛られずに自己を保って自在に行動できる。他の2人が記憶を保っている理由に関しては分からない。このケースはボクにとっても初めてだからね』

 

 アキラが目をパチパチとさせて理由を頭をひねりながら考え、しかし見当もつかないためただ唸り続けてしまう。

 一方の悠希は、顎に手を添えて押し黙り、ひとり静かに考え込んでいる様子だ。

 

『怖がらせるつもりはないが、ともかく気をつけることだ。これに限らず、夢の中で起きた出来事は、ある程度現実にもフィードバックされるからな』

 

 言いながらテレビの中のシィプは足を組み、廻の方に視線をやった。

 

『そろそろこちらから質問させて貰おうか。キミ、どうしてペルソナを複数体使えるんだ? ボクはそんなことはできないぞ?』

「えっ、そうなの?」

『そもそもペルソナとは心そのもの、こうありたいと願う自らの夢想を具現化した力、自分自身の理想像のようなものだ。心というものは1人に1つ、だからペルソナも1人につき1体だけのはず。なのにキミはどうして……』

 

 そう言われても心当たりがあるはずなどなく、正直に「分からない」と答えるしかない。

 しかし廻はあの獣戦車との戦いの時、心の内から新しい力が湧き上がったことを思い出し、倒したシャドウの仮面を取り込んでいたのが何か関係があるのではないかと推測した。

 シィプも、その意見に首肯する。

 

『ペルソナもシャドウも元々人間の心から生まれた存在、だからヤツらの砕けた仮面を吸収すればペルソナは強くなれる。それだけだと思っていたが……キミの場合、その特殊な素養のお陰で取り込んだ仮面をペルソナとして再構築することもできる、といったところか』

「どうして、俺にそんな力があるんだ……?」

『そこはボクにも分からない。が、()()()()()()()……』

 

 何かを言いかけ、しかしシィプは頭を振った。

 

『いや、これ以上のことを話す必要はないか』

 

 一体何を言おうとしたのか。尋ねようとする前に、シィプは『他に質問は?』と話を打ち切る。

 

「じゃあ、色々聞きたいことあって聞きそびれてたから一個だけ。いやマジで今更なんだけど……お前結局何者なんだよ!?」

『やはり気になるか』

「当たり前だ! なんか現実に戻ったらスマホの中にいるし!」

『ボクは()()だ』

 

 束の間訪れる沈黙。悠希とアキラはおろか、今度は廻すら頭上に疑問符を浮かべていた。

 

「いや、そんなワケなくね? この世のどこにスマホの中に入れる人間がいるんだよ」

『本当だ。証拠を見せることはできないが、間違いない』

 

 しかし悠希は明らかに納得しておらず、自らの腕を組んだまましきりに首をひねっている。

 シィプは『信じて貰えないかも知れないが』と付け加えつつ、神妙な面持ちで事情を明かす。

 

『ボクの記憶は、その大部分が欠落状態にある。しかし昔のことはかなり断片的にだが覚えているんだ。同じ年頃の子供と砂場で遊んだりとか、文字の勉強をしたりとか、ピクニックに行ったりとか。だから人間だという確信がある』

「じゃあ、どうしてそんな身体に?」

『それは覚えていないが……原因はあの世界(エルドラド)にあると考えている。だからずっと調べて続けているんだ、エルドラドとシャドウたちを』

「そっか、だからシィプはあんなに夢の世界に詳しかったのか……」

 

 納得がいった様子で、また記憶喪失という事情があるにも関わらず自分たちを助けてくれたシィプに対し感激しながら、廻は頷く。

 直後、アキラが再び挙手をする。

 

「ねーねー、話が終わったんならそろそろ遊ばない? アタシ歌いたいんだけど!」

「お前マジで緊張感ねぇな……まぁ、せっかくあんなヤバいところから生き残ったんだ。お祝いってんじゃないが、ちょっとした気分転換は必要かもな」

「特に石動っちはね〜」

 

 アキラが笑顔を浮かべ、悠希が隣でグッと親指を立てた。

 そんな2人を交互に見ながら、廻は微笑んで彼らに頭を下げる。

 

「本当にありがとう」

「なんでお前が礼言うんだよ?」

「刑部や宮妻が助けてくれたから、信じてくれたから。あの時、俺は立ち上がれた。2人が闇の中から連れ出してくれたんだ。だから、ありがとう」

「石動……」

「他人を恐れて、ずっと自分の心を閉じ込めて、闇を作っていたのは俺自身だったんだ。今回のことでそれがよく分かった」

 

 変わりたい。今の自分から。

 シャドウとの戦いの中で、廻が抱いた思い。それは決して、その場限りのものではない。

 現実に戻って、むしろ『知りたい』という願望はより強くなっていた。

 

「これからは今まで見えてなかったもの、経験しなかったものを感じたい。友達だって欲しいし、勉強だけじゃなくて遊びとか、部活とかバイトとか、あとは……あー……恋、とか?」

 

 言った後で頬をほんのり赤く染め、廻は熱くなった顔をつい手で押さえる。

 アキラはそんな彼の照れる様子を見て口角を釣り上げ、拍手を打つ。

 

「うんうん! いいね、アオハルじゃんねー!」

「友達として相談に乗るぜ石動。彼女を1人や2人、いや10人作るのだってオレにとっちゃチョロいモンさ」

 

 悠希もまた己の胸を叩いてそう告げるが、その言葉を聞いてシィプも含めた3人が真顔になった。

 

「いや、ダメでしょ。彼女がいて、他の子と付き合うなんて……」

「ケーブさいてー」

『まさに外道』

「一斉に引いてんじゃねぇよ!? 冗談だからな!?」

 

 全員から冷めた目で見られ、焦った様子で弁明する悠希。

 それを見事に聞き流してして、シィプは廻のスマートフォンに戻る。

 

『ボクはしばらくキミのところで厄介になるとしよう。少し、興味が湧いた』

「そう? じゃあ、これからよろしくね」

「歌お歌おー!」

 

 一行はそれから思う存分カラオケを楽しんだ後、それぞれ家路につくのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「もしかして、何か良いことでもあった?」

 

 帰宅後。

 共に食卓についた廻へ、珪子がそのように声をかけた。

 一瞬言葉に詰まったものの、廻は大皿に盛られた唐揚げをひとつ箸で取って「はい」と小さく頷いて返す。

 

「よかった、あなたここに来た時からずっと表情が沈んでたから」

「そんなに顔に出てました?」

「かなり暗い感じだったわよ。今はちょっと、楽しそう。そういえば帰りにカラオケに行ってたんだっけ、早速友達ができたのね! ね、今度私にも紹介して! みんな一緒にお話しましょ!」

 

 まるで自分自身のことのようにはしゃぎながら、対面側の席に座る珪子は言った。

 しばらく談笑していると、珪子はふと「そういえば」と声を上げる。

 

「姉さんたちに連絡はした?」

「……実は、まだです」

「そっか」

 

 頭を振った廻に対し、珪子はただ優しく笑みを浮かべた。

 

「いつでもいいから、ちゃんとメッセージくらい送ってあげてね。絶対心配してるから」

「……はい」

 

 直後に「さーてと」と席を立った珪子は、冷蔵庫の中からロング缶のビールを取り出す。

 

「それじゃ、今日はたーんと呑んじゃおうかな!」

「え?」

「あっ、もし私が酔い潰れてたら、適当にそこのソファーのところに寝かしてくれたら良いから。起きたら勝手に自分の部屋に戻ると思うし」

「え?」

 

 カシュッ、というプルタブを上げる音が鳴り、珪子は喉を鳴らして呷る。

 唐揚げを頬張り、呑み、呑み、食べ、呑み。

 あまりの勢いに廻は戸惑い、見かねて制止をかける。

 

「あ、あの? 明日も普通にお仕事なんですよね? 確か古美術商でしたっけ? 飲み過ぎでは?」

「あはは! だいじょーぶだいじょーぶ、このくらいはいつものことだし!」

「いつもやってるんですか!?」

 

 驚く間にも珪子は飲み食いを続けていく。

 そうして食事を終える頃には、珪子は目が据わって呂律があまり回らなくなり、フラフラになっていた。

 

「わたひもー、わかいころは、いっぱいあそんでたんだけどねぇー。いまぁシゴトいそがしくってぇー」

「は、はぁ」

「カレシだってね、いたんだよぉ。モテモテだったんだけどぉー。でもなんか、つきあってもみんなすーぐわかれようってぇー」

「そうなんですか……」

「ひどいときなんてみっかだよみっか!! おかしくない!? わたしそんなにみりょくないかなぁー!?」

「いえ、お綺麗ですよ……はい……」

 

 段々メソメソと愚痴をこぼすようになり始め、廻がどうしたらいいのか分からなくなり始めたところで、眠そうに瞼を擦り始める。

 意識があるのかないのか、混濁したままムニャムニャと珪子は言葉を呟き出す。

 

「ほんと、ね……うらやましぃんだ、ねえさんが……あんなからだになっても、いいひとがいて、かわいいこどもがいてさぁー……」

「叔母さん……」

 

 そして、完全に眠りに落ちた。

 廻は言われた通りにソファーへ運ぶため、ゆっくりと彼女を背負う。

 それなりに重量はあるが、動けないほどではない。むしろ、他のところに問題があった。

 

「すかー……すぴー、ンゴゴゴゴーバフーッ」

「うわ、ちょっ……酒臭っ! いびき、うるさすぎ……!」

 

 高校生にとっては慣れない酒の臭い。

 見かけは美女と言って差し支えない叔母だが、なぜ結婚していないのか、廻にはなんとなく分かった気がした。

 だがそれと同時に――自分の背に伝わってくる柔らかく豊かな膨らみの感触で、思わず頬を紅潮させてしまう。

 焦りながらもなんとかソファーに下ろすが、大きく開いた肉付きの良い脚と肌蹴た胸元にやや乱れた髪、ほのかに赤く染まり汗ばんだ頬がやけに扇情的で。

 健全な青少年である廻にとって、今の叔母の姿は目の毒が過ぎた。

 廻は顔を赤らめつつ、毛布をかけた後、飛ぶように自分の部屋に戻って溜め息をひとつ。

 

『どうしたメグル、顔が少し赤いようだが?』

「な、なんでもないよ!」

 

 充電中のスマートフォンからシィプのそんな声が聞こえ、慌てた様子でベッドに腰掛ける。

 そして、先程の珪子との会話を思い出し、チャットアプリを立ち上げた。

 以前と同じように、フリック入力画面で指が彷徨い、何も入力しないまま手が止まる。

 しばらく沈黙していた廻は、やがてアプリの通話機能をタップした。

 数度のコール音。すぐに、相手が通話に応じる。

 

「もしもし、母さん? うん、連絡が遅れてごめんね」

 

 通話先の母の声を聞き、廻は薄く笑みを浮かべた。

 

「大丈夫、ちゃんとやっていけそうだよ。また電話する。おやすみ」

 

 しばし話した後にそう告げ、通話を終了。

 シィプにも眠ることを伝えてから、廻はそのまま部屋の照明を落とす。

 1日で多くの出来事を体験した疲労もあってか、その意識はすぐに薄れていき、あっという間に眠りについた。

 

 

 

 耳元で波と泡の音、そしてピアノの旋律が微かに聞こえ、廻は目を開く。

 青が一面に広がる豪華客船のラウンジ。鼻の長い老紳士と、銀縁眼鏡をかけたサイドテールの美女。

 以前に訪れた、ボトルシップのベルベットルームだ。

 

「またお目にかかれましたな」

「イゴールさん、それに……ローレライさん」

 

 最初に来た時と違い、今回ははっきりと意識を保っていることに気付き、廻は彼らへ尋ねる。

 

「2人は知っていたんですか、あのエルドラドという世界を。俺があのシャドウに襲われることも」

 

 ローレライは眉を下げて俯き、イゴールは落ち着き払ってギョロリとした目で真っ直ぐに廻を見据えた。

 

「その、夢の異世界については知っていました。シャドウの存在のことも。でも、いつどのように災いが降りかかるのか、というところまでは……」

「我々は自在に未来を見通しているのではありません。飽くまでもこれからのお客様の旅路を占い、その先で破滅に閉ざされないようお手伝いさせて頂くことが我らの使命でございます」

 

 イゴールはそう言いながら、何やらローレライへと手で促す。

 すると彼女は慌てつつも、革で装丁された本を膝の上に置いて、廻に話しかける。

 

「あ、えとえと……今回はお客様の中で目覚めた力について、ご説明させて頂きますね」

「そうだ、俺もそれを聞きたかったんです」

 

 カラオケでシィプたちとも話していた、別種のペルソナを使い分ける力。

 アレが何なのかを知っているとすればこの2人しかいない、と廻は思っていたのだ。

 

「お客様が持つ複数のペルソナを扱う素養、それは『ワイルド』という特別な才能なのです。単体では何者でもありませんが、同時に何者にもなり得る無限の可能性を持ちます。つまり数字の『ゼロ』のようなものです」

「ワイルド……」

「ペルソナとは外の事物と向き合う時に現れ、自らの心を鎧う仮面……心を御する力。そして心とは絆によって満ちるもの。他者と交流して心を通わせ合うことで、お客様の力もより強く、深みを持つでしょう」

 

 イゴールが指揮を執るように自らの手を振り上げると、テーブルに四枚のタロットカードが出現する。

 愚者・魔術師・皇帝・恋愛。全て、獣戦車との戦いで廻が使ったものであった。

 どこから出て来たのか、と不思議に感じながら眺めていると、愚者のカードのみが青い光に包みこまれ、誰かの顔が浮かんでくる。

 シィプと悠希、それにアキラ。廻と関わりのある人物だ。

 

「多くの人々と交わり、自分だけの同盟(ユニオン)を築き上げてください。その絆こそがお客様の道を照らし、破滅を退ける希望(ひかり)となるのです」

「絆……同盟……」

 

 ローレライがそう締めくくった後に、汽笛の音が響き渡る。

 それと同時に、廻の意識も微睡み始めた。

 

「どうやら、お時間のようですな。次にお越し頂いた時には、あなたが勝ち得たペルソナの、ワイルドの能力の()()についてご案内致しましょう」

「それではお客様、またのご乗船を楽しみにしてみゃしゅっ……ますぅ!」

「……」

「わぁぁぁーっ! ご、ごめんなさい主様ぁ~!」

 

 涙目で頭を抱えて謝り倒すローレライと、表情を変えないイゴール。

 そんな2人を見て噴き出しそうになりつつ、廻は自分の意識を手放すのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同日、夜。廻が眠りに入った頃。

 既に自宅に戻っている悠希は、自室の机の前で1枚の写真を眺めていた。

 

「シャドウにルウム……エルドラド、か」

 

 それは、家族写真。七御崎学園の入学式の時のものだ。

 写っているのは、校門の前で高校の制服を着て笑っている悠希と、その母親。

 そしてその悠希の肩に腕を回し、ピースサインを作って快活な笑顔を浮かべる、セーラー服を着た少女。

 

「ひょっとしてお前も夢の世界にいるのか? 今この瞬間にも?」

 

 写真の中の少女を指で撫で、目尻を薄く滲ませる。

 

「なぁ……悠理(ユウリ)……」

 

 絞り出すような震える声でぽつりと呟いた後に、部屋の照明は落ちた。




ペルソナ図鑑

[名称]
エアリアル

[アルカナ]
魔術師

[解説]
シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場した、風を操る妖精。
一見すると華奢で可愛らしい容姿だが、船舶を難破させるほどの恐ろしく破壊的な嵐を起こすことができる。
プロスペローの命令に従い復讐の手伝いをした末に、彼に解放されて自由の身となった。
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