「娘……どうやらお前は……。」
「お湯をかけて融かしてくれるのを……」
「忘れたみたいだ。」
あぁ……本当に……。
寒いな。
末端から温もりが消えていく、それはやがて心臓まで達し俺の意識を消していく。それで、俺は終わるはずだったんだ。
開くはずの無い瞳がまたその幕をあげる。どうやら俺は倒れていたようだ。何故か傷の痛みはなく、両の目がしっかりと開く。俺の前に広がる景色は先程までいた陰鬱な下水道などではなく。21区の巣にもあるような青い空と白い砂浜。だが水平線は見えず、代わりに球状のナニカが海の先を覆っていた。
「……ここはどこだろうか。俺の保険は使えないはず、一体どうやって……」
改めて確認していくと、阿頼耶識で切られたはずの顔と胸の傷は、最初から無かったかのように戻っており、指令により定められたスーツも、まるで新品のようになっていた。
だが、まさかヘルメスとカドゥケウスを持っているとは思わなかった。娘と相対した時にヘルメスは壊してしまったが故に動きはしないだろうが……
いつの間にか背負っていたバッグこの中には財布と何処かの鍵、たしかスマートフォン……といったか。この3点が入っていた。
そうやって暫く思案していると急に吹いた風が頬を撫でた。まるで都市とは違う空気。今までの陰鬱なものとは違い、澄んだ綺麗な場所。その景色に見とれていると、遠くから声をかけてくる人がいた。中肉中背の立派な髭を蓄えた機械生命融和体……両足を義体にした男のようだ。
「おーい、兄ちゃん。大丈夫かぁ?足取りがおぼつかねぇと思ったら急に倒れちまってたじゃねぇか。」
「……あぁ、大丈夫だ。すまないが、ここはどこだろうか。ここまでの記憶がないんだ。」
「あ?記憶がねぇ?!……マジか。ここはポートエルピスってんだ、兄ちゃんみてぇのはあんま来ねぇ場所だな。」
「そうか、ではあれは?あの、海の先にある。」
「ホロウまで忘れちまってんのか……分かった。わかんねぇ事があったら、俺が教えてやるよ。」
「すまない。ありがとう。」
そう会話を続けると幾つか分かることがあった。
ここは新エリー都といい、数年前のほろうさいがいとやらで移動してきた場所だという。そして、その存在感の大きいドームのようなものはホロウといい、中は化け物が住み、空間がめちゃくちゃになっていて出るのには特製の探索モジュールが必要だそうだ。それ故に、入る際は専門のプロキシと呼ばれる人材を雇うのが一般的だと。何故そんなことまで知っているのかと問うと、「男にゃ秘密ってもんがあんだよ。」とはぐらかされてしまった。
となると、中の生物の強さにもよるが、都市の星レベルの外郭の遺跡というのが1番ピッタリな表現だろう。指令で中指を半壊した時に都市の星になってしまったことがあったが……当時の他の星々を考えてもかなりの難易度だろう。オマケに、入るのは簡単だが出るのは難しいときた。もし入ることになったら気をつけなければいけないな。
「教えてくれてありがとう。だが何故、こんな見ず知らずの男に良くしてくれるんだ?」
「そりゃあ……お前さんが心配だからだよ。今のお前さんからは自殺でもしちまいそうなくらい暗いオーラが溢れてる。実際にゃ見えてねぇけどな、そんな風ってだけだ。それを見て見ぬふりをすんのは出来ねぇってだけよ。」
「そうか、ありがとう。……最後に1つ聞いてもらってもいいか?」
「ここまで付き合ってんだ、ひとつ増えたところでなんともねぇさ」
「うん。それを聞けて安心したよ。そう……自分の家が分からないんだ。」
「……。…………。………………はぁ?!!?一大事じゃねぇか!」
「はっ、そうだね。一大事だ。」
「さて、どうしようね……うん?」
そう話を続けようとしたその時。俺にとっては聞き馴染みのある。だが、確かな異音が俺たち二人の間に響いた。
ーーーーピピッ
【リアンへ。下記に示す場所に向かえ。期限は2時間】
「もしやとは思っていたけど……まだ動くのか。」
「なんだぁ?それ?懐中時計にしてはやけに細長いな。」
「これはヘルメス。俺が所属していた人差し指という組織の、命令を受信する機械……といったところだ。なぜ未だに動くかは分からないが、今は助かる。」
「兎に角、家までの案内はこれがしてくれる。せっかくだ、ぜひ来て欲しい。お礼をしたいんだ。」
「うーん……おう、分かった。何処に行くかは分からんが、ついていくぜ。」
「ありがとう。じゃあ行こうか。」
そうして、俺たちはヘルメスが指し示す方へ、話しながら向かうことにしたんだ。
「そういえば、自己紹介をしていなかったな。俺の名はリアンというんだ。」
「おう、随分と今更だな?まぁいいか、俺はアトロスってんだ。」
「アトロス。もし良ければここの常識について詳しく教えてくれないか?この歩いている最中だけでも構わないんだ。」
「いいぜ。つっても、俺も分かんねぇこともあるから、それは気をつけてくれ。」
「あぁ、よろしく頼む」
そうやってアトロスに常識を教えて貰いつつ、ポートエルピスから歩くこと30分弱。しきりに鳴っていた指令が遂に、その動きを止めた。それを聞き周りを見渡すと、目の前には二階建てのアパートが会った。ヘルメスの画面上には、そのアパートの部屋番であろう数字が浮かんでいる。
「どうやら、ここみたいだ。」
「ようやくか、でも思ったより近かったな?」
「そうだね、住所不定という訳ではなくてよかった。」
「ハッ!全くだな。」
軽口を軽口で返し、部屋の扉の前に立つ。バッグに入っていた鍵を取り出し、鍵穴に差し込み回す。それはなんの違和感もなく回り、無事に空いた。
「よし、開いたみたいだ。すまない、先に部屋を見てくる、少し待ってて欲しい。」
「ん?部屋の片付けか?分かったよ、待ってる。」
「ありがとう、手早く済ませてくるよ。」
そうして中に入ると、指令を
「……ははっ、まさかとは思ったが、ここまで同じなのか。」
「だが不思議と心地はいいな。やはりここは元の俺の家か。」
眼前に広がっていたのは都市でよく見た景色。家族を失い、蜘蛛の巣に向かう直前の俺の家そのものだった。
「……うん。これで十分かな。」
家は思ったよりも綺麗で、少しまだ掃除が不十分な場所はあれど、人様に見せてもいいレベルではあるだろうと判断して、男を家へ招き入れた。
「おお、ここが兄ちゃんの家か、意外と綺麗だな。」
「掃除はしたけど元々綺麗だったからね。」
「で?わざわざ家に連れてきて話してぇ事はなんなんだ?」
「うん、単刀直入に言おうか。貴方の裏の仕事を手伝わせて欲しい。俺はそれを出来るだけの力はあると思うんだ。」
「なっ……お前気づいて……あぁクソッ、そういうことかよ。」
「合ってるみたいで良かったよ。」
先程の会話の最中、どうやら勝手にホロウに入る事は違法ということだったが、アトロスは常習的にホロウに入っている事が示唆できる言い方をしていた。
カマをかけたつもりだったが、どうやらそれは合っていたようだ。
アトロスは少し逡巡し、ようやく口を開いた。
「……リアン、自分のエーテル適性は分かるか。」
「すまない、分からないな。」
「それなら、俺は首を縦に振れねぇ。死地へ送る趣味はねぇからな。」
「なら、そのエーテル適正があればいいんだな?」
「……まぁ、そうなるな。」
「なら、調べに行こう。そういう組織があると言っていただろう?そこであくまで俺はホロウに被災してしまった時どれだけ生きるのか知りたいだけとでも言えば何とかなるだろうさ。」
「それは……そうかもしれねぇな。……よし、分かった。それで適正が高かったら俺は許す。だが、低かったら絶対にダメだ。」
「ふふ、わかったよ。俺の勝ちだね。」
そうして、今日はもう遅いからと明日HIAで合流するために連絡先を交換して解散することになった。
電話番号だろうと思っていたがどうやらここでは基本的にノックノックというアプリを使うらしい。使い方を知るはずもなく、アトロスに教えて貰っていたが、ずっと呆れたような目で見ていたので少し
夜。寝る準備を整え終わったあと。
俺はヘルメスを見ていた。
「ヘルメスはなぜ動いているんだろう。ここは都市ではないはずなのに。」
――――ピピッ
そう口に出した直後、指令が届いた。
だがその音は今までよりも弱々しく、今に消えてしまいそうだった。
だが、ヘルメスに記された文字列には、また信じ難い文面があった。
「まさか……ヘルメスがこんな指令を出すとは。だが、丁度いい。今は
新たな決意を抱きヘルメスを机の上に置く。点滅するヘルメスには、こう書かれていた。
【リアンへ、自由に生きろ。期限は無期限】
それを最後に、
設定吐露コーナー
・リアンが背負っていたバッグはゼンゼロ世界でのリアンの並行同位体の物です。リアンに身体を渡した後はヘルメスの中に入ったり入ってなかったりします。サブタイトルはヘルメス(inリアン同位体)が出力してると考えてもらえれば。
・カドゥケウスは使えます。いつか出します。これが出てくるのは数日後かもしれませんし数ヶ月後かもしれません。
・アトロスは裏切りという意味があったはずですが今のところ裏切る予定はありません。そもそもいつか出なくなります。
・時系列的にはゼンゼロのストーリー開始の数ヶ月前程度を想定しています。前日譚が生えたらこれは崩壊します。
・アトロスはホロウレイダーですが、プロキシの面が強いレイダーです。善性が強くHIAの協力者をする時もあります。何故か腕っ節も強いです。なんか生えました。後年も取りました。