零と緑谷が特訓でワープしてから10時間以上が経ったグラントリノの事務所内は変わらず、グラントリノとレディ・ナガンは暇を潰していた。
そして天井にヒビが入ると、二人は平然とそこに視線を向けた。
「帰ってきたな」
「みたいだね」
天井のヒビがガラスのように砕け、穴が開くとそこから緑谷を脇に抱えた零がきれいに着地をした。
「戻ったぜ!」
「‥‥‥ッ」
笑顔な零と既に喋れないほどまで疲労した緑谷の姿にレディ・ナガンは溜息を吐いた。
「やりすぎ」
「これでも手は抜いてたぜ」
「この子の様子を見て言え」
「うるせぇな…それより出かけるぞ」
「どこに?」
「渋谷だ」
「もう良いのか?」
「ああ、後は実戦だけだ」
「‥‥‥っ!」
とんとん拍子に話が進む中、緑谷は少しだけでも休憩を求めようとするが、疲労のあまり声が出ず、かすれたような音しか出なかった。
しかし、そんな状態でも零は緑谷の主張に気付き、笑顔で答えた。
「安心しろ!行く途中で体力だけは回復してやる!」
笑顔で事務所に出る零と緑谷、グラントリノとレディ・ナガンに助けを求めようとしたが、グラントリノは零のやる事に文句がない様子であり、レディ・ナガンは両手を合わせて謝罪の意を示した。
(この人…無茶苦茶だ!)
クラスメイトで零の弟子の一人である
その頃、ラーハルト達の元で職場体験に来ていた
「保須市?」
「ああ、保須市での“ヒーロー殺し”の被害はまだ一人、これまでのヤツの行動から保須市での犯行を繰り返す可能性が高い」
「だから我々にも要請があり、今日から夕方は保須市でのパトロールになる」
「なるほど…」
クロコダインとラーハルトの説明を聞いて心人は納得するが、その表情は不安の色があることに二人はすぐに気づいた。
「何か心配な事でもあるのか?」
「‥‥‥クラスメイトがそこにいるから」
「…もしやインゲニウムの弟か?」
「…うん」
「そうか…」
心人の言いたいことを察した二人は、心人の言うクラスメイトの飯田の行動が心配になった。
竜騎士ヒーロー事務所は、インゲニウムとの交流が多少なりともあったため、弟の存在は聞いており、性格まで把握していた。もしインゲニウムの弟がヒーロー殺しに遭遇してしまった場合、冷静な判断が出来るとは二人は思っていなかった。
「心人君、そのインゲニウムの弟君の職場体験先は分かるか?」
「あ…うん」
飯田の職場体験先を教えると二人はすぐに行動に移り、飯田の職場体験先と連絡を取り、連携を取るための即席チームアップの依頼を行うと、移動が遅いボラホーンとクロコダインがタクシーに乗って先に保須市に向かい、心人とラーハルト、ガルダンディは連絡が取れ次第自力で保須市に向かうことになった。
そして、新幹線で渋谷に向かっていた零、グラントリノ、レディ・ナガン、緑谷は同性同士隣同士で座って到着を待っていた。
「今の夜の渋谷はどれくらい小競り合いが多いんだ?」
「大体な───」
(なんか物騒な会話をしてる!)
「別な事をして気を紛らわしてた方が良いぞ。着いたら多分小競り合いのど真ん中に放り込むから」
「はい…」
レディ・ナガンの忠告に素直に従い、スマホで飯田との通知を確認する。そこには自分のメッセージを既読しているが、返事が返されていなかった。
(飯田くん、いつもなら既読後三分以内に返事くれるのに…)
いつもと違う飯田の行動に緑谷は駅でのやり取りを思い出し、自分の行動があの時正しかったのか悩むが、その答えが出るはずもなかった。
すると、突然零が立ち上がった。
(‥‥‥?)
「この辺りか」
今いる車両の一番後ろで立ち止まり、他の乗客が騒ぎ始めて窓の外を見ていると、零は自身の右手を軽く振るい始める。数回ほど同じ動きをしていると
『お客様、座席にお座りください』
アナウンスが聞こえてると新幹線が急ブレーキをかけ、零が立っている場所にプロヒーローが飛ばされ来た。
「なんだ?あいつ…」
「邪魔!」
飛ばされ来たプロヒーローの首根っこを掴んで後ろに投げ飛ばすと、プロヒーローを吹き飛ばしたと思われる存在が新幹線の車両内に入り込んできた。
「脳無!」
以前自分たちを襲ってきた存在の名前を緑谷が叫ぶと同時に零は攻撃を繰り出していた。
(『
拳が脳無の頭に直撃するが、脳無は軽くふらつく程度だった。
しかし、零は全く予想通りと言わんばかりの反応であった。
「成程…それなりに頑丈だな」
(閃華裂光拳の効果が全くないな、ベースは死体と見て間違いない。たく鳴羽田の失敗から死体を使うってのはらしいと言えばらしいが…)
「グラントリノ!レディ・ナガン!デク!行くぞ!」
三人に零は短い指示を出し、上半身の服を繊維レベルまで分解し、上半身から
そして緑谷は、保須市の光景に戸惑いを感じていた。
「な、何だ…何が起きてるの?」
脳無と共に離れた零は保須市の無人のビルに飛び込み、個性で拘束しながら保須市の状況を把握し始めた。
(『サーチ』+『
蝙蝠の超音波と蛇のピット器官、そして犬を凌ぐ象の嗅覚、それらにサーチの個性で感知範囲を保須市全域にまで広げる。これらから収集される情報を不忘とハイブリットで調整し負担を押さえるという芸当を脳無を抑えながらやってのける。
そして、収集された情報から事態の危険性をいち早く把握した。
(少し離れているがだいぶデカい火事が起きてるな。それに脳無とかいうヤツも他にもあと数体くらいいる…ん?…丁度いいアイツもいるから手伝わせるか)
零はズボンから小さい文字で『不壊』と彫られたデバイスを取り出し、連絡を始める。しかし、デバイスに意識を向けすぎていたのか拘束していた脳無が僅かに緩んだ隙に逃亡を許してしまった。
「あっ‥‥‥まあいいか。炎司や燈矢も来てるし、ほっといても問題ないだろう」
現在情報がほとんどない脳無の危険度は高いが、零の基準では危険度は低いと判断されたため他の者でも問題ないと判断してデバイスの操作を続けた。
そこから少し時間が遡って、保須市に来ていた心人とラーハルト達は被害を抑えていた。
「ラーハルト!黒いヤツは以前話したヤツと同レベルって思って!他はそんな強くない!」
「十分な情報だ!」
「ガルダンディ!そいつらに消耗なんて概念は無いって前提で動いて!羽根を無駄にするだけ!」
「マジか!?助かる!」
脳無と戦闘経験がある心人の言葉にラーハルト達は迅速に動く。
機動力のあるラーハルト、ガルダンディ、そして戦闘許可が下りている心人が出現した脳無の相手をし、ボラホーンとクロコダインは避難誘導に回っていた。
既に戦闘が開始され多少の時間が経っているが、心人が脳無の条件をある程度割り出していた。
(出てきた脳無の大きな違いは肌の色…白色、灰色、黒色の三パターン。そして肌の色によって強さに大きな違いがあった)
ラーハルト達と共に脳無の相手をしつつ、心人は冷静に情報の整理を行い続ける。
(肌が黒いのが一番強いタイプで、白いのが一番弱いタイプなのは、剣で斬った時の筋肉の感触で分かった。問題は一番弱いタイプでいくつの個性を持たされているのかだ…組み合わせ次第じゃ大きな脅威になる)
黒い肌の脳無が心人に襲い掛かるが、心人は剣で脳無の両腕を切り落とした。
しかし脳無は唸り声を上げながら肘から先を失った腕を再生させ、再び襲い掛かる。
「くっ!USJの時のヤツより少し弱いけど、こうも多いと色々間に合わない!」
「じゃあグットタイミングだな!」
上空にいた脳無の一体を
「とう…ブルーライト!」
「ちっ!」
「よくここまで被害を食い止めたな!」
燈矢の助太刀により、今度は両腕を丸焦げにされた脳無だが、今度は
「うわ、めんどくせぇ!」
「ラーハルト、ブルーライト」
「ええ」
「間違いないな」
ガルダンディが脳無の再生に悪態をつくが、心人と燈矢、ラーハルトはある事に気付いた。
「わざわざ引き千切ったってことは
「ブルーライト、俺とディーノで脳無の機動力を奪う。その隙に最大火力で焼け。ガルダンディ、お前は他のヒーロー達が来た際の情報共有を頼む」
「任せとけ!」
「言われなても!ディーノも?」
「問題ありません!」
「じゃあ親父の出番なくすか!」
「ああ!」
「え!?炎司さん…じゃなくて、エンデヴァー来てるの!!」
「「集中!!」」
「はい!」
心人、ラーハルトが前に出て脳無にしかける。燈矢もいつでも最大火力が打てるように準備を既に終え、呪文での援護が出来る準備を既に終えていた。
その頃、人気のない路地裏で、脳無達と心人達の戦いによる爆発音が聞こえて来ていた。
「騒々しい…阿呆が出たか?後で片づける。今は…俺がなすべきことをなす」
赤い巻物を首に巻き全身に無数の刃物を所持し、これまで多くのヒーローを殺傷してきた
「か…体が…動かねえ…くそ野郎が…死ね!」
「安心しろ。アイツのリストにお前の名前は
ステインが愛用の刃こぼれが酷い刀を構えた時、攻撃をしかけてくる存在に気付きその攻撃の対応に切り替えた。
そしてステインに攻撃しようとした存在、飯田のマスクが外れ倒れたがその目は私怨に染まり、ステインだけを見ていた。
「消えろ。子供の立ち入っていい領域じゃない。」
「血のように赤い巻物と全身に携帯した刃物…ヒーロー殺しステインだな?」
「‥‥‥」
「そうだな!?お前を追ってきた。こんなにも早くに見つかるとはな!僕は…」
ステインは刀を飯田の目の前に突きつけ飯田の言葉を止めた。そして、飯田の目から目的を推測することはステインにとって容易であった。
「その目は敵討ちか?言葉には気を付けろ…その言葉がお前自身の人生を狂わせることになる」
「…犯罪者が説教か?」
ステインの言葉に飯田は更に怒りを募らせる。飯田の頭に浮かんだのは自慢の兄の顔であった。
「僕は、お前にやられたヒーローの弟だ」
「…弟?」
次に浮かんだのは嬉しそうに話す幼い日の飯田自身の姿。
「最高に立派な兄さんの弟だ」
また次に浮かんだのは、二人が楽しそうにするかつての記憶であった。
「兄に代わり、お前を止めに来た!」
最後に浮かんだのは、ステインに敗れ入院した兄の姿とその言葉であった。
『この名…受け取ってくんねえか?』
「僕の名前を生涯忘れるな!インゲニウム!お前を倒すヒーローの名だ!」
「…そうか、大阿呆が」
「誰が!」
飯田は足のエンジンを全開にして攻撃を繰り出す。しかし、ステインはその攻撃を難なく躱す。
「インゲニウム…兄弟か。奴は
改造シューズに装備された棘で飯田の肩を刺し、もう片方の足で地面に叩きつけた。
「だがお前は、弱く愚かだ」
愛用の刀で飯田の左腕を刺し、刺された箇所から血が噴き出した。
「アイツの弟なら、その名をなぜ穢す?」
「黙れ悪党…脊髄損傷で下半身麻痺だそうだ…もうヒーロー活動はかなわないそうだ…兄さんは、多くの人を助け導いてきた。立派なヒーローなんだ」
「知っている。奴は実力はなかったが、見返りも求めず、自身を高めることに努めた。
「実力が足りないだと…僕に夢を抱かせてくれた立派なヒーローだったんだぞ!それを…許さない…殺してやる!」
「アイツをまず助けろよ」
飯田の怒りの言葉を聞くだけ聞いたステインは動けなくなっているネイティブに指を指す。
「自らを顧みず他を救い出せ。己の為に力を振るうな。目先の憎しみに囚われ私欲を満たそうなど、ヒーローから最も遠い行いだ。お前の兄なら、こんなことをしないのは弟のお前が良く知っているはずだ」
腕に突き刺した剣を抜き、剣の切先に付着した血を舐める。すると飯田の体が全く動けなくなる。それを確認すると飯田の頭に置いていた足を退け、ネイティブの方に歩み寄る。
「お前はやる価値がない…そこで自身の行いを悔い、ヒーローへの道を諦めるんだな」
「っ!?」
ネイティブへのトドメを再び刺そうとする、腰のポーチから振動を感じ、デバイスを取り出し耳に当てた。
「何の用だ?俺は今仕事中だ」
「───?───!」
「元よりそのつもりだ。今日の分のヤツをやってな」
「───」
「…お前がそういうということはそれほど危険ということか?」
「───」
「…わかった」
数言で話が終わり、刀をネイティブに再び構え直す。
「じゃあな。正しき社会への供物」
「待て…やめろ…ヒーロー殺し!」
ネイティブへのトドメを繰り出そうとしたその時、新たな攻撃を感じた。
そして向こうから緑谷が壁を利用して一気に近づき、渾身の一撃をステインに当てた。
「SMASH!」
「み…緑谷…くん」
対応が間に合わなかったステインは踏ん張りながらも飛ばされ、飯田は緑谷の存在に驚きを隠せなかった。
緑谷は、緊張と恐怖が体にのしかかりながらも、ぎこちない笑顔で大声で言った。
「助けに来たよ飯田くん!」
「ぐっ…」
(あいつ…死柄木の持っていた写真の…)
「緑谷くん…なぜ?」
「ワイドショーでやってた。ヒーロー殺しの被害者の六割が人気のない街の死角で発見されてる。だから騒ぎの中心からノーマルヒーロー事務所辺りの路地裏をしらみつぶしに捜してきた!」
(ほうコイツは…)
緑谷の推測と行動力にステインは評価する。今までのヒーローとは違いものを感じていたからでもある。
「動ける?大通りに出ようプロの応援が必要だ」
「体を動かせない…斬りつけられてから、恐らくヤツの個性」
「それもワイドショーの解説者が推測してた通りだ。斬るのが個性の発動条件ってことか」
(飯田くんだけならまだ担いで逃げられたかもしれないのに…)
ステインを殴った際、ネイティブの存在にも気づいていた緑谷は、スマホで自身の位置情報をクラス内のグループに送信した。これで誰か気付いてもらうことを祈りながらもグラントリノとレディ・ナガンとはぐれた自身を責めつつ、飯田とネイティブを守りながら戦う覚悟をする。
そんな緑谷の姿を見て、飯田は倒れながらも訴えた。
「緑谷くん手を…出すな…君は関係ないだろう!」
「何…言ってるの…」
「『仲間が助けに来た』…良いセリフじゃないか。だが、俺は俺のやるべき義務がある。ぶつかり合えば当然…弱い方が淘汰されるわけだが…」
「っ!?」
「さあどうする?」
ステインの目を見て、USJ時の
「やめろ!逃げろ!言ったろう!君には関係ないだから!」
「そんな事言ったらヒーローは何もできないじゃないか!」
「‥‥‥」
「言いたいことは色々あるけど後にする。オールマイトが言ってた…『余計なお世話はヒーローの本質なんだ』って」
「…!」
「‥‥‥」
ぎこちない笑顔でステインと向かい合う緑谷を見たステインは口を開けて笑う。
ある者との出会いによって、ステインは実力が足りなくともその心意気や覚悟と言った精神面が本物なら一流と判断するようになり、緑谷は正にその一流の者と判断した。
人が少ない路地裏で、応援が来るまでネイティブ達を守り切れれば緑谷の勝利、その前にステインが凶器が当たれば緑谷達の敗北という本物の中の本物の実戦が始まろうとしていた。