まのさば一般ネタ思いつき短編集 作:匿名希望
――あのピクニック以降、私は何をするにも手がつきませんでした。気を紛らわせる――億が一にも脱出の手がかりが得られることに賭け、改めて【牢屋敷】中を【怪力】の魔法で壊して回りました。
【友達】を囚える忌まわしい【檻】を確かに物理的に破壊しているというのに、私の迷いは晴れることはありませんでした。
結局その破壊活動も、途中でハンナさんやエマさんに止められ、私達以外の生存者の一人――宝生マーゴさんからのヘイトを買っただけに終わりました。
唯一の成果と言えば、【ゴクチョウ】さんや【看守】さんの監視は思ったよりも雑であったと判明したこと。本来であったら、外出禁止の時間帯に大手(?)を振って出歩けるようになりました。
……だからと言って、ハンナさん達の【魔女化】までのタイムリミットが伸びた訳ではなく、むしろ無駄に浪費しただけ。
見せかけの笑顔の裏側に秘めた焦りが、ついに限界を迎えてしまいそうになった時――私はメルルさんに呼び出されました。何か相談事があると。
場所は地下の焼却炉。普段滅多に訪れる人はいないので、メルルさんはよっぽど他人に聞かれたくない内容なのでしょう。
【友達】に頼りにされているという事実に、穴の空いた心が一瞬でも満たされる感覚を味わうことができました――ですが、所詮は錯覚。解決できなければ意味はありません。
稼働していなければ、地上に比べて少しひんやりとした空気に満ちた焼却炉で、私はメルルさんを待っていました。
どうやったら時間制限つきの【難題】を解くことができるのかを、必死に思考をぐるぐると巡らしながら――それは待ち人の来訪で中断されました。
「シェ、シェリーさん……すいません、突然お呼び出しして」
「いえいえ、気にしないで下さい。私とメルルさんの仲じゃないですかー。それで肝心の相談とは? どんな難事件でも、この名探偵にお任せあれ!」
(……一体どの口がほざいているんでしょうね)
明るい陽気な声で、そんな自己嫌悪を包み隠す。それに気づかず、メルルさんはおどおどした様子で口を開く。
「あの……相談事というのは私のことではなく、ハンナさんのことについてなんです」
「……っ!? は、ハンナさんがどうかしたんでしょうか?」
動揺を押し殺し、普段通りの調子で問い返しました。
「何だか最近のハンナさんは……その言い難いのですが、何かを極度に恐れているように感じるんです。シェリーさんは心当たりがありませんか?」
「えーと……そうですねー。私にもさっぱりです。力になれそうになくて、申し訳ありません」
「い、いえ……構いませんっ!? でも、シェリーさんにも分からないのでしたら一体何が原因なのでしょうか……! 私、凄く心配です……!」
そう心の奥底から【友達】のことを慮るメルルさんの姿勢に、私は無力な自分を対比させて内心落ち込んでしまいます。
「……そう言えばこの間のピクニックの時、ハンナさん以前よりも高く飛んでいらしゃたような……まさか【魔女化】が進行していて、そのことを? ……だとしたら、私はどうすれば?
メルルさんは僅かな違和感から、ハンナさんが抱えている【秘密】に思い至ってしまいます。その顔を悲しげに歪め、目には涙を浮かべる。
しかし、私にとってそのメルルさんの言葉は背中を押してくれる甘い誘惑のように聞こえました。
――そうです、本人は当然のこと、メルルさんだってハンナさんが【魔女】になってほしくないって言っているじゃないですか。
それなら、私がハンナさんからの【依頼】を実行するのに何の問題もないですね。
だが、その結論に至るまでに私は些細な【引っかかり】を覚えてしまいます。先ほどのメルルさんの台詞、普通に聞く分にはただ【友達】のことを思ったものにしか聞こえないでしょう。
けれど、私にハンナさんを殺させようと誘導する意図を感じ取ってしまいます。
それに関連して、想起されるのは一回目の【魔女裁判】が終わった際に、【幻視】の魔法を持つ黒部ナノカさんの台詞。
『――いるのでしょう。この中に、デスゲームの黒幕が』
私達【魔女候補】の中に黒幕は紛れ込み、【魔女化】を促したり、その瞬間を楽しんで観察していると。
一度でもそう考えてしまうと、その献身的な態度すら私のような偽装に見えてきてしまいます。
(疑心暗鬼による私の思い込みなら良いのですが。……アンアンさんについては分かりませんが、少なくともレイアさんについてはいくら【魔女因子】による影響があったとしても、一番最初に殺人事件を起こすには不自然です。
第三者――黒幕による何かしらの干渉があったと考えるのが自然でしょう……ちょうど今の私のように)
もちろん証拠などなく、推論に仮定を何重にも重ねた推理とも呼べないお粗末な妄想。名探偵を自称する私にとって、全く似つかわしくない愚行。
けれど、不思議と得心がいってしまいました。まるではめる場所が分からないパズルのピースを、正解の位置に置けた時のような爽快感が、胸の内を凪ぎました。
そんな私の心境の変化を、今度こそは察知したのかメルルさんは頭に疑問符を浮かべながら尋ねてきます。
「あ、あのっ……シェリーさん、大丈夫でしょうか? もしも体調が優れないのでしたら、医務室で――」
「――いえ問題ないです、メルルさん。それよりも、私は確認しなければいけないことがあります。名探偵として……貴女の【友達】として」
「ええと……私で答えられることでしたら構いませんが」
私はそこで大きく深呼吸を行い、一拍間を置きました。
「――ナノカさんが以前仰っていたこの【牢屋敷】の黒幕。それって、もしかしてメルルさんのことじゃないですか?」
私がその言葉を言い終えた後、メルルさんの表情がいつも以上に動揺を露わにしたものに変貌します。
「何を言っているんですか、シェリーさん……!? 私が黒幕? そんなこと、絶対にありえません……! ……やっぱりシェリーさんも疲れているんじゃないですか?」
「……認めてくれないんですね、メルルさん。でも、安心して下さい。たとえメルルさんが本当に黒幕であったとしても、貴女も私の大切な【友達】の一人です。他の方々は分かりませんが、少なくとも私は貴女を糾弾したいとは思っていません。
……ですが、もしもよろしければメルルさんのことを教えてくれませんか? 何か力になれるかもしれません……信じてもらえませんか? それとも全くの見当違いであるのなら、今言ったことは忘れて下さい」
「……」
私の嘘偽りのない言葉を。本音をメルルさんは遮ることなく聞いてくれました。ただ、それが届いたかまでは私には分かりません。
もしかしなくても私の飛躍した妄想に過ぎず、メルルさんに泣きつかれたエマさんやハンナさんに私が怒られて終わるだけ――いえ、たとえどちらに転んだとしても、私はその結果を受け入れる覚悟です。
耳が痛いほどの静寂が、私とメルルさんの間に満ち――それはメルルさんの震えた声によって打ち破られました。その様子は、まるで親に置き去りにされた小さな子供のようでした。
「……シェリーさん。本当に私が
「もうー、メルルさんも疑り深い人ですねー」
「……自分で何を言っているか分かっているんですか? 他の皆さんを裏切ることになるんですよ?」
「――さっきも言った通り、私は何があっても、貴女の
それがメルルさんの最後の心の防波堤を崩したのか、メルルさんはクシャっと表情を歪め、だっと私の胸の中に飛び込んできました。
柔らかい温もりを包み込むように、私はそっとメルルさんを抱きしめる。先日のピクニックで、ハンナさんにしてあげたように。
そうしていると、メルルさんは涙声で軽くしゃっくりを上げながら、ぽつりぽつりと語り始めました。彼女自身の長い、永い旅路。そのほんの短い一幕を。
「わた、し……今までずっと独りで家族に――【大魔女】様に会いたい一心で、この【牢屋敷】や【魔女裁判】の運営を……皆さんを【魔女化】させることを頑張ってきました。
……でも全然【大魔女】様は見つからずに、仲良くなった子達も全員死んだり、【なれはて】になってしまいました。
とっても悲しくて、寂しくて、もう折れそうになっていましたが……シェリーさんが私のことを黒幕だと知った上で友達と言ってくれて、凄く嬉しかったです……! ……シェリーさんは、【大魔女】様や他の子達のように、私を置いていなくならないで下さい……ね?」
私の腕の中で、こちらに縋るように上目遣いで見上げてくるメルルさん。
事前に色々なパターンを想定し、臨機応変に対応できるようにしていたが、いつもとはまた少し違った彼女のギャップに、死んでいるはずの心に不思議な感覚を抱き、何とか頷くだけで精一杯でした。
しばらくメルルさんの好きなようにさせていたが、私は他の【友達】のことについても考えていました。
(……メルルさんのこと、エマさんやハンナさんにどうやって説明しましょうか。ううー、良い方法が思い浮かびません……。というか、ハンナさんからの【依頼】の件もありますし、一体何から手をつけたら良いんでしょうか?)
そんな思考の一部が口から漏れ出ていたのか、ある程度落ち着いた調子のメルルさんが私に話しかけてきた。
「あ、あのっ……シェリーさんっ! ハンナさんのことでしたら、【魔女化】そのものはどうにもできませんが、エマさんも含めてずっと一緒にいられる方法ならあります……どうしますか?」
無言で、その方法を聞く。なるほど、確かに人間としての倫理観を一切合切捨てることができれば、私の抱える【難題】を全て解決できる画期的なアイデアでした。
唯一の問題点である倫理観に関しても、元から人の心がない【
――怯える天使の皮を被った魔女の甘い毒に惑わされ、もう一人の怪物は笑顔で頷き返しました。