無相録(AI小説)   作:記録院

3 / 8
父と母と子で構成された3枚のお面。


第三記録 親子の面

 記録帳の四隅には、まだ線が残っていた。

 

 閉じれば消える。開けば現れる。現れるといっても、墨の線として浮かぶわけではない。紙の繊維の奥から、そこだけ少し暗くなる。右上、右下、左上、左下。四つの角は互いに届いていない。だから、まだ枠ではない。

 

 私はそれを記録しなかった。

 

 記録しないことは、存在しないことではない。

 だが、記録しなければ、少なくとも記録院のものにはならない。

 

 そう考えた時点で、私は一度筆を置いた。

 考えたことは、すでに半分ほど書いたことに近い。

 

 第三の赤札は、朝ではなく昼過ぎに届いた。

 

 今回は、札だけではなかった。白い箱があった。白木で作られた浅い箱で、蓋は三つに分かれている。蓋の継ぎ目には細い紙が貼られていた。封緘ではない。ずれを知るための紙である。開けてよいものには、封よりも弱い印が使われる。

 

 箱の上には、赤札が一枚。

 

 乙四十一。

 面三点。

 照合候補、乙三十七関連。

 紙面閲覧不要。

 開封可。

 装着不可。

 長時間凝視、避けること。

 記録者、同一。

 

 同一。

 

 私はその二字を読み、記録帳の四隅を見た。

 まだ角である。

 まだ中はない。

 それだけ確かめて、私は箱を受け取った。

 

 収蔵係は今回は来なかった。

 

 代わりに、面保全室の係がいた。彼女は古い布と木製品を扱う係で、記録者ではない。指先がいつも乾いていて、爪が短い。話すとき、対象を見ない。対象ではなく、自分の手元を見る。それは良い癖である。見すぎる者は、見られる。

 

「開けますか」

 

「札には開封可とある」

 

「装着不可ともあります」

 

「装着する予定はない」

 

「予定は、あまり意味がありません」

 

 面保全室の係はそう言った。

 声は静かだった。

 記録院では、よくある声である。大きな声を出す者は長く残らない。残らないだけならまだよい。声だけが残ることもある。

 

 私は白木箱を机に置いた。

 

 蓋は三つある。

 左、中央、右。

 それぞれに、小さな墨書きがあった。

 

 父。

 子。

 母。

 

 順番が不自然だった。

 

 父、母、子ではない。

 父、子、母。

 子を挟むなら、父と母は両側に置かれる。ならば箱としては自然である。だが、文字を読むときには違和感が残る。父、子、母。まるで子が先に置かれ、父と母があとから周囲に立ったようだった。

 

 私は記録した。

 

 乙四十一。

 白木箱入り。

 面三点。

 蓋表記、左より父、子、母。

 開封可。

 装着不可。

 

 筆先が「顔」と書こうとして止まった。

 

 面三点で足りる。

 顔面とは書かなくてよい。

 面は面である。

 

 私は左の蓋を開けた。

 

 金色が見えた。

 

 父の面、と札にはある。

 

 薄い金箔が貼られていた。むらはない。光は強くない。磨かれた黄金というより、長い時間をかけて手の熱を失った金である。木製の面は軽そうに見えたが、箱の底に沈むように置かれていた。額は広く、頬は少し痩せ、口元は閉じている。目の孔はなかった。目にあたるくぼみだけがあり、そこに影が溜まっている。

 

 父の面は、怒っているように見えた。

 

 そう書きかけて、私は筆を止めた。

 

 怒っているように、ではない。

 下から見ると、怒っているように見える。

 正面から見ると、静かである。

 少し右にずれると、困っているようにも見える。

 

 私は姿勢を変えずに記録した。

 

 左面。

 黄金色木製。

 薄箔。

 目孔なし。

 表情、角度により変化。

 正面、静。

 下方、怒。

 右方、困惑様。

 

 様。

 

 それは便利な語だった。

 似ているが、そうとは言い切れないものに使う。記録者は様を多用する。様を使えば、世界は少しだけ責任を免れる。だが、免れた責任はどこへ行くのか。たいてい、読んだ者へ行く。

 

「父ですか」

 

 面保全室の係が尋ねた。

 

「蓋にはそうある」

 

「あなたには」

 

「父に見える」

 

「誰の」

 

 私は彼女を見た。

 

 彼女は手元を見ていた。

 私を見ていない。

 面も見ていない。

 

「誰の、とは」

 

「父という言葉は、いつも誰かから見た言葉です」

 

 私はその言葉を記録しなかった。

 

 中央の蓋を開けた。

 

 子の面は、小さかった。

 三つのうちで最も軽く見えた。金箔は同じようにむらがない。だが、頬の丸みに光が集まり、他の二つよりも明るい。口元はわずかに上がっている。あるいは、上がっているように見える。鼻筋は短く、顎は浅い。目のくぼみは薄く、影が少ない。

 

 子の面は、笑っているように見えた。

 

 私はすぐには書かなかった。

 

 視線を少し上げる。

 笑みが消える。

 

 左から見る。

 眠そうに見える。

 

 右から見る。

 泣く直前のように見える。

 

 下から見る。

 何も考えていないように見える。

 

 私は記録した。

 

 中央面。

 黄金色木製。

 小型。

 目孔なし。

 正面、笑様。

 左方、眠様。

 右方、泣前様。

 下方、空白様。

 

 空白様。

 

 その語はおかしい。

 空白に様をつける必要はない。空白とは何もないことである。何もないように見える、というのは、何かがあると認めている。

 

 私は消さなかった。

 

 右の蓋を開けた。

 

 母の面は、なだらかだった。

 頬は父の面よりふくらみ、子の面より細い。口元は閉じている。目のくぼみは深すぎず浅すぎず、そこに落ちる影だけが柔らかい。金箔は、三つのうちで最も薄く見えた。だが剥がれはない。擦れもない。裏面の縁にだけ、わずかな摩耗がある。

 

 母の面は、微笑んでいるように見えた。

 

 その瞬間、私は先に書いた子の面の記録を見た。

 正面、笑様。

 

 笑っているのは、子だったか。

 母だったか。

 あるいは、私がそう見たかっただけか。

 

 私は右面の記録を始めた。

 

 右面。

 黄金色木製。

 薄箔。

 目孔なし。

 正面、微笑様。

 上方、疲労様。

 左方、慈愛様。

 右方、無表情様。

 

 慈愛様。

 

 私はまた筆を止めた。

 

 慈愛は観察記録に適さない。表情ですらない。見た者が、そこに関係を読み込んだだけである。頬の角度、口元の線、影の落ち方。それらをまとめて、私は慈愛と書きかけた。書きかけたのではない。すでに書いていた。

 

 面保全室の係が言った。

 

「裏を見ますか」

 

「見る」

 

「持ち上げます」

 

「触れるのか」

 

「面には触れます。肌では触れません」

 

 彼女は白い布を指に巻き、父の面を持ち上げた。持ち上げる動作は、驚くほどゆっくりだった。面が軽いから慎重なのではない。軽さを信用していないのだ。

 

 裏面は黒ずんでいた。

 木の地が見える。金箔は表だけで、裏にはない。内側には、かつて何かが書かれていたらしい。墨の跡があった。だが、擦れている。読めない。

 

 私は近づきすぎないよう、距離を保って見た。

 

 名の跡。

 判読不可。

 摩耗により消失。

 ただし、摩耗方向が不自然。

 

 不自然だった。

 

 面の裏に名が書かれていたなら、擦れるのは装着した者の肌に触れる部分である。額、頬、顎の内側。だが、父の面の名は、文字そのものだけが削れていた。周囲の木は残っている。名前だけが、長い時間をかけて撫でられたように消えている。

 

「誰かが消したのか」

 

「消そうとした跡はありません」

 

「では、擦れた」

 

「読もうとしたのだと思います」

 

 面保全室の係は言った。

 

「何度も」

 

 私はその言葉を記録した。

 

 裏面銘、判読不可。

 削除痕なし。

 摩耗は銘字部分に集中。

 読解行為による摩耗の可能性。

 

 読まれすぎて、名が消える。

 

 それは珍しいことではない。

 紙でも、木札でも、石碑でも起こる。人は残すために名を刻む。だが、名は読まれるたびに少しずつ減る。読まれなければ忘れられ、読まれれば摩耗する。では、名が残るとはどういう状態なのか。

 

 母の面も同じだった。

 子の面も同じだった。

 

 裏面には、名の跡がある。

 だが読めない。

 読めないのに、名があったことだけは分かる。

 

 私は三枚の裏を順に記録した。

 

 父面、裏銘不明。

 母面、裏銘不明。

 子面、裏銘不明。

 

 書き終えてから、箱の蓋を見た。

 

 左、父。

 中央、子。

 右、母。

 

 私が書いた順は、父、子、母。

 だが、いま記録した順は、父、母、子になっていた。

 

 私は筆を止めた。

 

 記録を確認する。

 左面、父。

 中央面、子。

 右面、母。

 

 裏面記録。

 父面。

 母面。

 子面。

 

 順番が変わっている。

 

 単なる誤記である。

 そう考えることはできた。私は母の面を先に裏返したのかもしれない。面保全室の係が順番を変えたのかもしれない。箱の蓋を読み違えたのかもしれない。

 

 だが、面の位置は変わっていない。

 

 左、父。

 中央、子。

 右、母。

 

 私は中央の子の面を見た。

 

 笑っていなかった。

 

 少なくとも、さっき見たようには笑っていなかった。口元の線は同じである。頬の丸みも同じである。影の落ち方も大きく変わっていない。だが、そこに笑いはなかった。あるのは、見られることを待っているような静けさだった。

 

「あなたには」

 

 面保全室の係が言った。

 

「いま、どれが子に見えますか」

 

 私は答えなかった。

 

 答える前に、三枚を見た。

 

 左の面。

 広い額。

 痩せた頬。

 閉じた口元。

 

 父に見える。

 

 中央の面。

 丸い頬。

 短い鼻筋。

 浅い顎。

 

 子に見える。

 

 右の面。

 なだらかな頬。

 柔らかい影。

 薄い金箔。

 

 母に見える。

 

 変わっていない。

 変わっていないはずである。

 

 私はそう記録しようとして、やめた。

 

 変わっていないと書くためには、変わる可能性を認めなければならない。

 

「箱の表記は信用できるか」

 

「箱は後から作られています」

 

「では、面そのものに父母子の区別は」

 

「ありません」

 

「ないのか」

 

「ないように扱えます」

 

「それは、ないということか」

 

「記録者が決めることです」

 

 私は彼女を見た。

 彼女は、やはり手元を見ていた。

 

「私は決めない」

 

「もう書いています」

 

 私は記録紙を見た。

 

 左面、父。

 中央面、子。

 右面、母。

 

 そう書いてある。

 そう書いたのは私である。

 

 蓋にそうあったからだ。

 そう見えたからではない。

 そう見えたからではない、はずである。

 

 面保全室の係は、箱の底から古い紙片を取り出した。薄い布に包まれている。紙片は破れており、端だけが残っていた。そこには短い文があった。

 

 ……三名、特注。

 ……角度により、表情移ろうこと。

 ……父母子として用いること。

 ……名は裏に。

 

 それだけだった。

 

「製作記録か」

 

「断片です」

 

「職人の名は」

 

「ありません」

 

「演者の名は」

 

「ありません」

 

「面の名は」

 

「ありません」

 

「父母子だけか」

 

「役だけです」

 

 役。

 

 私はその語を記録した。

 

 父とは名ではない。

 母とは名ではない。

 子とは名ではない。

 それらは、誰かとの関係である。関係は、単独では存在しない。父は子によって父であり、母は子によって母であり、子は父母によって子である。

 

 ならば、この三枚は一枚ずつでは存在できない。

 

 私は三枚の面をもう一度見た。

 

 左の面は、中央を見ているようだった。

 右の面も、中央を見ているようだった。

 中央の面は、どこも見ていなかった。

 

 目の孔はない。

 見ているはずがない。

 

 だが、そう見えた。

 

 私は記録した。

 

 三面は互いに視線を持たない。

 ただし配置により、中央面を挟む構図が生じる。

 観察者は、左右面に保護、監視、期待、または圧を読み込む可能性。

 中央面は、その受け取り方によって表情を変えるように見える。

 

 書き終えると、中央の面が笑ったように見えた。

 

 私は視線を外した。

 

 面保全室の係が、布をかけようとした。

 

「まだだ」

 

「長く見ています」

 

「あと少し」

 

「それがいちばん危ない言い方です」

 

 私は返事をしなかった。

 

 正面から見た子の面を、もう一度確認する必要があった。確認しなければ、さきほどの記述が曖昧になる。曖昧な記録は、対象の側へ余白を渡す。余白を渡せば、何かが入る。

 

 私は中央面だけを見た。

 

 子の面。

 黄金色。

 小型。

 正面、笑様。

 

 笑様。

 

 そう書いた記録がある。

 ならば、今も笑っているかを確認する。

 

 口元は同じ。

 頬の影も同じ。

 目のくぼみも同じ。

 

 だが、笑っているように見えるのは、こちらが笑いを探しているからではないか。

 

 私は筆を持った。

 

 中央面。

 正面表情、笑様と記録済。

 再観察時、笑様の根拠不明。

 口縁角度、初回観察と差異なし。

 頬部影、差異なし。

 観察者側の解釈変動の可能性。

 

 そこまで書いて、手が止まった。

 

 観察者側。

 

 私は、自分を観察者側と書いた。

 私ではなく。

 記録者でもなく。

 観察者側。

 

 面と私のあいだに、線が一本引かれたようだった。

 

 その線は見えない。

 だが、第二記録の余白の角を思い出した。枠はまだ閉じていない。けれど、物と見る者のあいだに線が引かれれば、そこには内側と外側が生まれる。

 

 私は筆を置いた。

 

「布を」

 

 私が言うと、面保全室の係はすぐに三枚へ布をかけた。

 薄い白布だった。

 布をかけると、金色は消えた。表情も消えた。父も母も子も消えた。そこには、三つのふくらみだけが残った。

 

 私は少し安心した。

 

 父母子は、布の上には出なかった。

 

 そう思ったとき、面保全室の係が言った。

 

「ひとつ、確認します」

 

「何を」

 

「私は、どれを母と呼びましたか」

 

 私は答えようとした。

 

 彼女が母と呼んだ場面は、なかったはずである。彼女は面を左、中央、右と呼んだ。あるいは父、子、母と呼んだのは箱の蓋であり、彼女ではない。彼女は、あなたにはどれが子に見えるか、と尋ねた。それ以外には、役名を口にしていない。

 

 そう思った。

 

 だが、記憶の中で、彼女は一度だけ言っていた。

 

 母を持ち上げます。

 

 いつ言ったのか。

 言っていない。

 言ったような気がする。

 どちらでもある。

 

「あなたは、呼んでいない」

 

 私は答えた。

 

 面保全室の係は、うなずかなかった。

 

「記録には」

 

 私は記録紙を見た。

 

 面保全室係、右面を母と称す。

 係の称呼により、右面を母面として仮記録。

 

 そんな一行があった。

 

 書いた覚えはない。

 

 私は紙を持ち上げた。

 筆跡は私のものだった。墨の濃さも、筆圧も、いつもの記録と変わらない。書いたのは私である。少なくとも、紙はそう主張している。

 

「呼んでいない」

 

 彼女は言った。

 

「なら、なぜ」

 

「あなたが、そう見たからです」

 

 私は反論できなかった。

 

 見たものを書く。

 それが記録者の仕事である。

 だが、見たものは、対象だけでできていない。光、角度、距離、知識、期待、恐れ、疲れ、以前の記録。それらが重なり、そこに一つの表情が生まれる。

 

 ならば、表情はどこにあるのか。

 

 面の上か。

 見る者の中か。

 それとも、そのあいだか。

 

 私は三つの白布のふくらみを見た。

 

 父。

 母。

 子。

 

 そう見えた。

 布の上に何も描かれていないのに、そう見えた。

 

 私は記録を終えることにした。

 

 仮分類を書く。

 

 対象、乙四十一。

 通称、親子の面。

 構成、三面。

 材質、黄金色木製。

 表面、薄箔、劣化少。

 裏面、銘跡あり、判読不可。

 目孔、なし。

 表情、観察角度により変化。

 役名、父、母、子。

 固有名、消失。

 異常性、観察者による役割付与が記録へ混入する可能性。

 装着、禁止。

 長時間凝視、制限。

 単独保管、非推奨。

 

 単独保管、非推奨。

 

 私はその行を見直した。

 なぜ非推奨なのか。

 三枚は三枚で箱に入っている。単独に分ける予定はない。だが、分けてはならないと思った。父だけを取り出せば、父ではなくなる。母だけを取り出せば、母ではなくなる。子だけを取り出せば、子ではなくなる。

 

 ならば、三枚であれば安全なのか。

 

 分からない。

 

 分からないが、三枚でなければ危険であることだけは分かる。

 

 私は報告書を閉じた。

 

 白木箱の蓋を戻す。

 左、父。

 中央、子。

 右、母。

 

 封緘紙は切れたままである。開封した以上、元には戻らない。面保全室の係が新しい紙を貼り、日付を入れた。彼女の筆跡は細く、まっすぐだった。対象を見ない者の線である。

 

「次は、どこへ」

 

 私が尋ねると、彼女は答えた。

 

「舞台具室です」

 

「舞台具」

 

「外套の照合が必要です」

 

 私はそこで、手を止めた。

 

 外套。

 

 その語は、まだ第三記録には出ていない。

 出ていないはずである。

 

「なぜ外套が」

 

「三枚であれば、着けるものが要ります」

 

「面は装着不可だ」

 

「今は」

 

 彼女は箱を持ち上げた。

 

「今は、箱に入っています」

 

 私はそれ以上尋ねなかった。

 

 箱が運び出されると、机の上には報告書だけが残った。私は提出前に、最後の確認をした。

 

 仮番号、乙四十一。

 通称、親子の面。

 構成、三面。

 役名、父、母、子。

 固有名、不明。

 表情、観察者依存。

 装着、禁止。

 舞台具室照合、要。

 

 末尾に、私の記録者情報欄があった。

 前回と同一。

 そう書かれている。

 

 私はその下に、なぜか一行を見つけた。

 

 子は笑っていた。

 

 記録本文のどこにも、その断定はない。

 私は笑様と書いた。笑っているように、と書いた。正面から見るとそう見える、と書いた。観察者側の解釈変動、とも書いた。

 

 だが、末尾には断定があった。

 

 子は笑っていた。

 

 私は筆を取った。

 その一行を消すべきだった。

 断定は危険である。断定は、対象に形を与える。形を与えられたものは、次にその形で現れる。

 

 だが、消せなかった。

 

 消すには、子が笑っていなかったと書かなければならない。

 それもまた、断定だった。

 

 私は報告書を閉じた。

 

 提出箱に入れる。

 紙束が底に触れ、小さな音を立てる。

 

 それだけだった。

 

 机に戻ると、記録帳が開いていた。

 

 前回と同じである。

 開いた覚えはない。

 風はない。

 乾いた墨皿と、筆と、白い余白がある。

 

 四隅の黒線は、まだ互いに届いていなかった。

 だが、その内側に、小さな丸が三つあった。

 

 左。

 中央。

 右。

 

 私はそれらを見た。

 ただの染みである。

 そう記録することもできた。

 

 左の染みは、こちらを見ているようだった。

 右の染みも、こちらを見ているようだった。

 中央の染みだけが、少し笑っているように見えた。

 

 私は記録帳を閉じた。

 

 閉じる直前、どこにも書いていない一文が、頭の中に残った。

 

 それが良いことだったのかは、今となってはわからないが。




 角度を変えると表情が異なって見える、黄金色の木製の面である。
 表面に張られた金箔は薄く、ムラがない。きっと優れた職人の手によるものだろう。
 しかし裏面に書かれていたであろう名前は、すり減って消えてしまった。

 これはある3人の演者が特注したものである。
 職人は彼らのため、この素晴らしい面を生み出した。
 角度を変えれば、それに合わせていきいきとした表情が移り変わるようにみえる。
 長い歳月が経とうとも、表面の彩色は褪せておらず、非常な丈夫さが見て取れる。

 三人羽織として演者が身に着けてから、これはずっと外されることがなかった。
 そうなれば当然、摩耗が存在する。
 それでも彼らの演技に支障はなく、だからこそ職人はこれを作っているとき、どれほど丹精を込めたのかが察せられる。
 それが良いことだったのかは、今となってはわからないが。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。