ようこそ死んだはずの俺が行く教室へ   作:ホムンクルス至上主義者

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書き溜めしてないから大変だ


第2話

 あちこちから上がる笑い声、机と椅子を引きずる硬い音、誰かが教科書を叩きつける音。それらが混ざり合って、一つの巨大なノイズとなって鼓膜を震わせる

私立中学校と言っても大して公立と変わらないもんなんだな。1年と数か月を過ごしても改めて思う。前世じゃ公立中、公立高、国立大と親の家計に負担をかけまいと俗世的な選択ばかりしていたから私立というのが初めての経験だった。最初はお金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんばかりで年齢に不相応な厳かさを持っているのかとでも思っていたが、彼らも一端の少年少女らしい。

 雑談に花を咲かせる集団や、席の離れた友人と昼食を食べるため、いそいそと机と椅子のセットを運ぶ者。もう昼食を食べ終わったのか5限の準備をするもの。かくいう俺も友人たちと卓を囲み各々持ち寄りの弁当を食べている。ただ、今黒板を消すのだけはやめてくれ、チョークの粉が弁当に入るだろうが。ちなみに喉や肺に悪いと言われていた昔のチョークは硫酸カルシウムで作られていたが、現代のチョークはホタテの貝殻や卵の殻を原材料に作られているからあまり健康に害はないらしい。だからって不快感がぬぐえるわけでないのだが。

 

「あ‘‘ぁ~~~かわいい彼女が欲しい~~」

「いやお前人いるところでそういうこと言うんじゃねーよ」

「だってよ~本当だったら今頃可愛い彼女と屋上で手作り弁当食べてるはずだったんだぜ。それがこんなむさくるしい男どもに囲まれてるんだ。恨み言の一つは言いたくなるだろうが」

「そんなこと言ってもな、もてない自分を恨めよ「そんなん言うならもう一緒に昼食ってやんないぞ「こいついじめようぜ「そう言ってるうちはモテないだろうな」」」」

 

モテを重視するあまり失言した友人に非難轟々だ。ここはいっちょフォローしてやろう

 

「いやまあ、お前顔悪くないし作ろうと思えば作れるだろ、自信持てよ」

「お前さぁ、慰めてるつもりなんだろうけどお前から言われんのが一番効くんだよ」

「なんでだよ、俺も彼女いないし一回たりともいたこともないぞ、仲間だ仲間。仲よくしようぜ」

「だっt「栄一郎君!迎えに来ましたよ!一緒にご飯食べましょう!」…ほら来た、とっとと行ってやれよこのリア充野郎!」

「いや俺とあいつは付き合ってないしただの幼馴染だわ、何勘違いしてんだよ」

「昔助けてあげた、な」

「家族ぐるみで仲良くてよく遊んでる、な」

「家が近くてかわいいだけの、な」

「いつも一緒に登校してる、な」

「毎日わざわざ階段上って昼食誘ってくる、な」

「やっぱこいつをいじめようぜ」

 

「みんなが俺のことを嫌いなのはよくわかった。だけど本当にそういう関係ではないぞ。断言できる」

 

 どうやら助けようと息巻いてフォローしたところ今度は俺がターゲットになったらしい。ブルートゥスに刺されたカエサルもびっくりの展開だ。恩を仇で返し、見えない矢でも突き刺さったかのように胸を抑えている友人に鋭い視線を送りながらそそくさとなれなれしく組んでいた肩を離す。

 

「栄一郎君早くしてください!お昼休みなくなっちゃいますよ~」

 

「言い訳は聞きたくないからよ、早くいってやれよ、栄・一・郎・君」

 

 火に油を注ぐとはこのことだろう。七瀬の催促の言葉が油だ。火も七瀬がくべた。正真正銘七瀬が単独犯だ。

 ノソリと重い腰を上げすっかり居心地の悪くなった卓から開きかけていた弁当箱をひったくり、逃げるように扉へ向かう。級友たちの刺すような視線を背に受けながら。まさに針のむしろだ。

いたたまれなさから普段は乱雑にドアを開け閉めしているのに面接かのように音もたてず美しくドアを閉める。途端にさっきまで戦場化のように張りつめていた俺の卓から笑い声が聞こえた。

 

「栄一郎君たち本当に仲良しですね。ちょっと羨ましいです」

「ただの悪ノリだよ。まあ七瀬にはそんな友達いないか」

 ちょっとした意趣返し的に言う。お前のせいやと。

 

「それはそうですね。正直友達はいるけど少し壁を感じます…」

 

 心なしかいつもより元気なくぼそっと言う。

 小言のつもりが七瀬は俺の想定以上に思い込んでいたらしい。正直分かるよ?これだけ可愛くて、勉強もできる━テストじゃ満点連発らしい━上に運動だってできるんだ。それでいて学級委員長までこなしてしまうんだから完全無欠でしかない。友達と思っていても無意識に負い目や妬みを持ってしまうものだ。七瀬はその些細な心情を見逃さないだけだ。

 なんだかかわいそうだし辛気臭い雰囲気も好みじゃないため早く弁当食べるなら食べようと、きっぱり言う。

 

「ふふっ、そうですね早くお弁当食べましょう。栄一郎君はやっぱり優しいですね」

 

 心配していた俺とは裏腹にあっけらかんと言う。なんだ、心配して損した。

 

 

━━━━━━

 

「へー、そんな話をしていたんですね栄一郎君たち」

「あいつも顔は悪くないんだけどな、如何せん性格がめんどくさすぎるしそれを勘づかれているんだろうな」

「たしかに見るからにそうですもんね……そういえば栄一郎君は恋愛しないんですか?それだけ色恋話に花を咲かせている集団にいた私の耳にも入らない浮いた話の一つや二つありそうですけど」

「別に興味ないってわけじゃないよ?ただ今は他にやりたいことがあるし、なにより俺のタイプに合致する人がいないんだよね」

 

弁当箱に付属の箸でミニトマトをつまみながら言う。ミニトマトって滑りやすいし箸で食べるの難しいんだよな。表面が結露なのか水分ついてるしあれが悪さを働いる。

 

「タイプですか……そういえば栄一郎君のタイプ、聞いたことがない気がします。あ、私もトマトほしいです」

「ほい、俺のタイプねぇ、俺のこと好きな人なら誰でも……って言いたいけど夢見るなら優しくて努力が出来て頼りがいのある子かな」

 

要望通り俺の弁当箱を七瀬のほうに差し出せば彼女もミニトマトをつまむのに悪戦苦闘している。

 

「あ、あとはお姉さん味が欲しいな。大人びていて包容力のある感じ!俺にだけ甘々ならなお良し!」

「…お姉さんですか……」

 

ようやくつかめたミニトマトの甘い酸味が口いっぱいに広がる。

 

 

 

━━━━━

 

やっとお昼を食べ終わりそれぞれの教室に向かおうかというところで七瀬が口を開く

 

「そういえば栄一郎君がさっきおしゃっていた、やりたいことって何のことですか?」

「あー、やりたいことという程大層なものじゃないよ。ただ人間的に強くなりたいだけ。来るべきに備えて」

「来るべき…?栄一郎君が柔道部と空手部を掛け持ちしているのはそのやりたいことのためですか?」

「そうそう、ただ運動したかったのもあるけどその目的もある」

 

 そうなのだ。この学校まさかの中学校にして柔道部、空手部が設置されているのだ。しかもしっかりとその道に精通した顧問やコーチ付き。さすが私立校。俺の前世の公立校じゃ中学校にその2つの部はなかったしサッカーや野球、バスケ、バレーボールといったメジャーな球技ばかりだった上に顧問やコーチなんて未経験者まみれだったぞ。俺の入っていたバスケ部では無事未経験なのに顧問に任命された新任の先生が慣れないなりに頑張っていた。練習中にルールブックやらを読み込んでいたな。懐かしい。

 話を戻すと七瀬の言う通り俺は柔道部と空手部に入っている。来るべき時、高度育成専門学校に入学した暁には手にコンパスをプスプスと刺してくる女や、死角で暴力上等よろしくな人々とやり合わなくてはならないのだ。いくら栄一郎君ボディとは言え努力しとくに越したことはない。何より栄一郎君ボディだと最初はできないことでも努力すればできるようになるからやっていて楽しいのだ。

 

「栄一郎君は道場破りにでも行く気ですか?」

 

七瀬は苦笑しながら言う

 

「いやいやまさか、勿論武道だけじゃなくて勉強もやってる。部活のない放課後は図書館に籠ったり家で勉強してるでしょ?七瀬も良く一緒にやってるじゃん」

「確かに栄一郎君は勉強もされてますね。よくお家にお伺いして教えていただいていますし、そのおかげかテストでもよい成績です」

 

 もちろん俺は武にばかり熱中し知を等閑にするわけなくバランスよく努力を続けている。一応国立大を出ていたからある程度勉強は得意だと自負していたが、かなり時間が経っているため記憶から抜けかけていた知識もかなりあった。最初はブランクを打破するためちまちまと進めていたのだがまたしても栄一郎君ボディの功なのか、頭の靄が一気に晴れ、乾燥したスポンジが如く知識を吸収し続けている。楽しくなってすっかり前世の履修範囲を超えて先へ先へと進んでいる。

 

「だろ?将来は大学教授にでもなろうかな」

「良いと思います」

 

冷めた目で投げやりに七瀬が言う

 

 そのあとは自然発生的に分かれて各々の教室へ戻っていった。

 悪ノリで死刑台のような雰囲気を醸し出していたあいつらも飽きたのか5限の体育が臨時休講で教室自習だ、5限のサッカーが今週の生きがいだったのに最悪だ、佐藤(体育教師)は高い金もらってるくせしてなにやってんだ、なんだと普通に話しかけてきた。あいつら長い時は本当に長いからな。助かった。

 

 

 

━━━━━

 

 たわいもない雑談を繰り返し七瀬と別れた後部屋の中で俺はガサゴソと荷物を整理していた。

 今日は母の命日だ。毎年の恒例でうちでは命日に、墓に花を供え母の好物だったらしい肉じゃがを食べる。いつもは父がそれらを買ってくるのだが、あいにく今日は特段仕事が忙しいらしく俺に白羽の矢が立ったというわけだ。既に父からオーダーのお達しが来ておりトルコキキョウとカスミソウのセットをご所望のようだ。現代っ子(累計40代)らしくスマホでぽちぽちと改めて花言葉を調べたところトルコキキョウにおいては『感謝』『永遠の愛』なる意味を、カスミソウにおいては『幸福』そしてまたまた『感謝』らしい。どれも前向きな意味で死してなお母への愛が伝わる。生憎俺を産んだのと引き換えに亡くなったような形らしく顔を見ることは叶わなかったが一目見たかった。

 そうこう考えているうちに準備が終わった。リビングの大テーブルに置かれた父からの1万円を取り上げスタスタと歩く。何でも余ったお金はお小遣いにして良いらしい。太っ腹〜!

 

 

 現代において生花店は減少傾向にある。花の需要減少こそあるがスーパーやホームセンターなど新たなプレイヤーによる店頭販売やネットの普及により直接現地に行かずとも買うことができるようになった環境面も大きな要因らしい。そんな時代に珍しく我が家には行きつけのの花屋なるものがある。

 一軒家や定食屋が数軒連なった先に件の店が見えてきた。生花店には独特の匂いと雰囲気が漂っていた。季節こそ額に汗がにじむくらいの夏だが、人為的にそろえられた顔を見せる色とりどりの自然物や、都合よく差し込む温かい日差しによって春真っただ中の西洋庭園かのような様態を醸し出している。そこだけ新鮮な空気が発せられているように感じて息を思いきり吸い込み目を細める。心なしか体感温度が下がったような気がする。

 

「あら坊ちゃん~いらっしゃい。久しぶりじゃない。今日はお父さんと一緒じゃないの?いつも一緒なのに珍しいわね~」

「おばさんお久しぶりです。今日は相当仕事が立て込んでるみたいで僕にお達しが来たというわけです」

「まぁ~、それは大変ね。今日来たということはいつものでしょ、何かオーダーだったりはあるかしら?」

 

 流れるような会話からオーダーまで。今世の俺は、大人との会話に関してはベテランだ。前世の社会人時代から飽きるほど喋った。今世も七瀬両親と関わることでそれは変わらない。将来の履歴書の特技欄に、大人との会話、と書いても良いくらいだろう。そのころには自分も大人だからあまり意味をなさないように思えるが。

 

「去年は菊とカスミソウのセットでしたが今日は菊をトルコキキョウに変更でお願いします。」

「カスミソウとトルコキキョウね。白上げはしていく?」

「いえ、そのままでお願いします」

「分かったわ。…少し時間がかかるからあっちのほうで待っててくださいな」

 

言われた通り店内の片隅に設置されている椅子に座っていたが手持ち無沙汰が為、弄んでいた指先を離し、自然と両脚は店内に展示されている陳列棚のほうへ進んでいた。

 

「…ふむ、『感謝』『永遠の愛』『幸福』。君の年齢で想い人にプロポーズなど考えられないが身内から誰か亡くなったのか?失礼、少々不躾な質問だったな」

 

微塵たりとも心から思ってもなさそうな謝罪な言葉とともに突然後ろから話しかけてきたのは見知らぬ女だった。ウェーブがかった白いロングの髪を後ろに、前髪は右目にかかるよう斜めに流している。黒いリンクルシャツの首元を大きく開き着崩している。据わった双眸(そうぼう)と表情からはありありと自信が漲っているのを感じ取れる。

 

「…ご名答です。今日は母の命日ですので供える花でも買おうかと。そういうあなたはこの店のスタッフさんですか?」

 

 急に後ろから話しかけられビクッと驚いたのはおくびにも出さないよう答える。なんか面倒くさそうな人に絡まれたなと思いながらもここで会話を終わらせるのも不自然だと思い、そんなことはないと確信しているが店員であるのかと質問する。

 

「私が店員?まさか…そんなわけないだろう。ただの客さ、君と同じ」

「そうですよね、前来たときは見たことなかったし。…グラジオラスと月桂樹(ローリエ)。『勝利』『栄光』『輝ける未来』ですか。何か困難に打ち勝った後かのように見えますね」

 

突然話しかけてきた白髪女の花言葉マウントに対して鏡合わせの報いで応えるため目ざとく彼女、もとい花言葉マウント女が手に持つ花の意味を持てる知識をフル動員して引き出す。ありがとう幼少期の七瀬。お前が一時期、花図鑑を読むことに熱中していたおかげだ。頭の中でこの場にはいない彼女に二礼二拍手一礼する。

 

「驚いた。面白い少年だな君。困難という程のものではないがあながち間違ってはいない。その年でそれだけの知識があるのか」

 

 花言葉マウント女は俺の応えを聞くと、少し目を見開いた後にニヤリと口角を上げた。良かった。どうやら彼女のお気に召したようだった。

 きっと彼女はこの生花店に居座り、来る客来る客に無駄な知識でマウントを取り快楽を得ているのだろう。こちらが瀕死の状態であろうがお構いなしにバトルを仕掛けてくる某ゲームのトレーナーたちを思い起こす。可哀そうなモンスターだ。そんなモンスターもまさか自分に張り合ってくる愚物がいるものかと高をくくっていただろう中で俺が現れた。一泡吹かせたり、何年にもわたる恨みを晴らしたかのような俺のもとに声が届く。

 

「お待たせ坊ちゃん!準備できたからこっちで会計だけお願いね」

 

レジに立ったおばさんが注文の品を片手に呼び掛けてくる。ここに留まっても良いことはなさそうなので颯爽とレジへ向かう。

 

「はい、料金は…4500円ね。支払いは何にする?」

「あ、現金でお願いします。…にしてもおばさん、あの人いったい誰なんですか?」

 

わざとらしく嫌そうな表情を浮かべ、おばさんからさっきのマウント女に目線をやる。

 

「…あ~あの子ね~。最近うちによく来てる子ね。私もよくわからないのだけれど毎日グラジオラスと月桂樹のセットを買って帰っていくの。いったい何に使ってるのかしらね~」

 

 俺の顔を不思議そうに見た後、目線を追い納得したような表情を浮かべるおばさん。上半身こそ逸らしているが手元ではキャッシャーを用いて会計を手際よく進めている。流石ベテランだ。

 にしても毎日件の花を買うとか怖すぎるだろ。どれだけ自分に自信があるんだ。

 

「5000円承って…はいこれお釣りの500円ね!今回もサービスしといたから。お父さんによろしく伝えといてね」

「わかりました。おばさんありがとう!」

 

 恭しくボリューミーな花束とお釣りを受け取ってにこやかに会話を終わらせる。

 さて目的も終えたし帰ろうではないか

 

「君、このあたりに住んでいるのか?もう少し話していこうじゃないか」

 

 意気揚々と店を出て、さあ帰ろうというところでまたしてもモンスターが路を塞ぐ。ただでさえ陽があたってまぶしいのにモンスターの白髪がさらに陽を反射して眩しい。これが虫眼鏡で日光を集約される新聞紙の気持ちか。

 モンスターが俺を帰してくれそうな気配は微塵も無い。眩しいし熱いし埒もあかなそうだ。しょうがない、ため息をつきながら嫌々言う。

 

「…良いですけど場所を変えましょう。このままあなたに焼き殺されたらたまったものじゃないです」

「はは、面白いことをいうのだな少年。私に殺人の癖は一切無いが」

 

 言葉が抽象的だったのだろう。場所を変えるというのがモンスターの頭の中ではカフェでゆっくり話すと勝手に変換されていたようだ。彼女に殺人癖が無いように俺にもカフェで女にマウントを取られ続ける癖は一切無い。結論はゴネにゴネて俺が自宅に帰るまでの道中、に帰結した。モンスターに俺の家を知られるのは嫌であったが妥協だ。それくらいしつこかったのだ。それにたった今俺のお小遣いになった5500円を見知らぬ女とのカフェ代に消費したくなかった。少なくともこいつが俺の分まで奢ってくれるほど甲斐性があるようには見えないし、それどころかこの調子なら俺に奢らせるまであり得る。

 

「…それにしても何で僕がこの近所に住んでると分かったんですか」

「なに、簡単なことだ。君はあの店長と親しげに話していただろう。それに最初、久しぶりと挨拶をしていたからこの店の常連なのは丸分かりだ。それに君はバッグや自転車の鍵、ICカードなど遠くに住んでいるなら必要なものをなに一つ持っていないだろう?持っているのは今ズボンのポケットにある5000円札1枚と500円玉一枚、そしてその手だけだ。いや後ろポケットに入っている家の鍵もか」

「えぇ…」

 

モンスターはだらだらと、それでいて鋭い説明をしてくる。これには俺も引き攣った苦笑いしか出なかった。というかこいつはいつ俺の家の鍵を認識した。店に入って以降ポケットから出した覚えは無いぞ。

 

「そう感心するな。照れるだろう。ああ家の鍵か。それなら説明するより見たほうが早いだろう。後ろポケットを見てみろ」

 

照れの欠片も見せず唯我独占、淡々と言葉を連ねるモンスター。言葉にしていないのに俺の心を読んでいることには今更驚かず言われるがまま体を身体を捻り後ろを見た

 

「なるほど……」

「一目でわかるだろう。今日スキニーのジーパンを履いてきたのは悪手だったな」

 

 ケラケラと笑うモンスター。彼女が言うように今日俺は制服を脱ぎ捨てタンスの1番上に乗っていたジーパンとシャツを引っ張り出し着用着とした。そのせいか後ろポケットに入れた鍵はジーパンの生地を盛り上げくっきりとその輪郭を露わにしていたのだ。

 過去の自分を殴りたくなる。いやいくらなんでも花を買いに来たらこんな面倒な人物に付き纏われるとは思わないだろう。しょうがない。

 

「それにしても君自身のことを聞いていなかったな。何歳だ。私よりは年下に見えるが」

「14歳ですよ。中学2年の代です」

「14か、それなら私の一つ下だな」

 

 改めて見ると彼女の容貌はさらに年上にも見えるし歳相応にも見える。年齢を実際に聞くとお姉さん!?と心の底の俺が歓喜するがノーセンキュー。しつこいのは嫌いだし明らかに優しくもお姉さん味もないだろう。

 

「というか一つ上なら今年受験じゃ無いですか。花屋に入り浸っていて勉強とかは大丈夫なんですか?」

「フン、心配することはない。進路など私が目指すと決めたのならそれは手に入れたも同然だ」

 

 とんだ自信家だ。流石毎日のようにグラジオラスと月桂樹を買い漁る女。あっぱれだ。そういえば月桂樹の葉には 『私は死ぬまで変わりません』と言う意味があるらしい。出会ったばかりだが確かにこいつは変わりそうもないとひしひし感じる。

 そんな感じでだらだらと雑談を続けているうちに家の前に到着した。幾度もの押し問答による妥協の産物たる路は今終わった

 

「ああそうだ。名前を伝えておこう。鬼龍院楓花(きりゅういんふうか)だ。君の名前はなんだ」

「俺は松雄栄一郎です。鬼龍院さん」

「松雄か。君とはまたどこかで会う予感がする。これを渡しておこう。話したいことがあれば使えば良い」

 

 そう言ってモンスターこと鬼龍院は俺にメモ用紙のようなものを押し付けてきた。拒める雰囲気でもないので渋々受け取る。どうやらメモ用紙には電話番号とメールアドレスらしきものが達筆で書かれていた。

 受け取った俺に満足したのか鬼龍院はそれじゃあな、と残し来た道を帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変な奴に目をつけられた。ここから俺と七瀬、鬼龍院を巻き込んだ波乱万丈な物語が始まる。

 なんてことはまるでない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父の作る肉じゃがは美味しかった。




今更ながら一人称や口調から分かるように本作は松雄栄一郎の皮を被った一般男性がメインなのでリアル松雄栄一郎くんを求めている人の期待には添えないです
申し訳ない
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