ナマの奇妙な日常   作:ココリンク

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2話 スローリー・タイム その1

──わたしの名前は麹屋豆芽。

 

どこにでもいるふつうの中学2年生。

 

好きなことはアニメを観ること。

 

嫌いなことは好きなアニメをリアタイできないこと。

 

 

わたしには普通じゃない力がある。

 

それは、右手から味噌汁を出すこと。

 

…………いや、ふざけてないふざけてない。

 

ほんとにそう。

 

右の手の平にこう、はあって感じで力いれると味噌汁が出るんだもん。

 

具は出ない。

 

ただの出汁の効いた味噌な汁…………汁………

自分の体から出るものを汁っていいたくないなあ……。

 

──能力で一番古い記憶は8歳の頃。

 

お漏らしをしたと思ったママが拭こうとしたときに、火傷したのを覚えてる。

 

体育の授業で熱中し過ぎて撒き散らした事もあった。

(天井に雨漏りしそうな穴があったから、そのせいにできたけど)

 

病院で検査しても体の異常はなかった。

 

ママが心配するから、隠さなきゃいけないんだって。そう思った。

 

掌っていうのは、エクリン腺っていう汗がでるところが全身の中で一番密集しててなんやかんやってお医者さんが言ってたけど多分違う。

 

これはわたしの能力なんだ。

 

自分としては、美味しいし落ち着くし、いい能力だと思うよ。

 

緊張したりびっくりしたりすると、思わず漏れ出ちゃうけどいい能力。

 

初めての中間テストで数学が分からなさすぎて、解答用紙をビショビショにしたけどいい能力。

 

ゲームでボス戦に集中してたらいつの間にか出ていて、ゲームを壊したこともあるけどいい能力。

 

好きな男の子に告白しようとしたら、緊張で握ってたスカートにかかってて漏らしたと思われたけどいい能力。

 

そう……いい能力。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────

学校。

 

「紡輝ー……!!

きいてよー!!

教えてもらったナマケモノ研究所行ったらさ!

午後のはずが午前になっててママにめっちゃ怒られた!!

最悪!!」

 

豆芽は教室に入るとすぐに、紡輝(つむぎ)のもとへ向かった。

 

雲鳴紡輝(うんめい つむぎ)。

 

ロングヘアーにツインテールをした幼いようで整った顔立ちの豆芽の友達だ。

 

──あのあと、電話を切ってとりあえずすぐに帰り、連絡しなかったこと出なかったことを怒られた。

 

その後、とりあえず軽くシャワーを浴びて、雨予報のニュースを観ながら朝食を食べ、制服に着替えてなんとかギリギリ学校に間に合ったのだった。

 

 

 

 

紡輝は豆芽の右手をそっと包み

 

「落ち着いて、豆芽ちゃん。

今日も手汗すごいよ……?

大変だったね。

それほどナマケモノの話面白かったんだ」

 

そう言いながら、上目遣いで撫で回す。

 

「う……うん!

(紡輝……あんまり手触らないで……

急いだから味噌汁漏れてるから……

冷めたからやけどはしないだろうけど、恥ずかしいよ……)

楽しかった!」

 

豆芽は最近やり始めた友達の艶めかしい動きに少々引きながらも、率直な感想を伝えた。

 

 

「そう……よかった。

このグーグーも喜んでるよ」

 

紡輝はカバンの中をほぼ占領するくらいやや大きめなナマケモノのぬいぐるみを取り出した。

 

目は不揃いな丸いボタンで、手足や背中はツギハギで縫い直してある。

 

ナマケモノにどっぷりな紡輝が最近、近所のフリーマーケットで一目惚れして買ったらしい。

 

「うんうん!

……あ! このグーグー!

ミユビナマケモノでしょ!

垂れ目のような模様がある!」

 

豆芽のナマケモノトークに反応してか、紡輝の目に光が点る。

 

「そうそう!

ちゃんと指も3本あってね!

しかもこの頭にフサフサもしっかり再現されててさ!!」

 

艶めかしさもなくなり、興奮した様子な紡輝。

 

「ほんとだー!!

かわいいー!!」

 

豆芽も安心した様子で話題に乗っかる

 

「あ!

じゃあ! ここ!

尻尾はミユビナマケモノには尻尾が!」

 

と、豆芽はぬいぐるみをひっくり返しお尻をみるが

 

「……あれ」

 

尻尾はなかった。

 

「えー……ここまでして尻尾ないの……」

 

「そうなんだよねー」

 

紡輝が残念そうな声を出したと思うと

 

 

「…………豆芽ちゃんも“そう思う”よね?」

 

との問いかけを最後に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……」

 

豆芽は教室から出ていた。

 

いや、教室だけじゃない。

 

学校から……駅から。

 

 

豆芽は昨日来ていた『ナマケモノ研究所に来ていた』!

 

 

 

(あれ……なんでわたし……)

 

豆芽は辺りを見渡す。

 

確かにそこは昨日来ていたナマケモノ研究所。

 

豆芽は焦りで味噌汁が漏れ出さないように、なんとか右手をギュッと握りながら考え、そして深呼吸し

 

(昨日までの全部夢だあ!)

 

と納得した。

 

「そうだよねそうだよね

いくら所長さんの話が面白くたっても、徹夜未経験のわたしが、徹夜してまで話を聞けるわけないし!

大ミス犯してやばい怒られるーってのも夢の代表的ものだしね!

ほら!

スマホの時間も16:34!

日にちだって5/18の月曜日………………

よし! 月曜日だ!

うんうん!

…………月曜日じゃん!!!」

 

『なんじゃ騒がしい』

 

スマホを見下ろして豆芽が叫んでいると、顔の前から声がした。

 

「うわああああああ!!!」

 

顔を上げるとそこには、昨日の研究所のナマケモノが目の前に迫っていた。

 

豆芽はまた飛び退き、腰を抜かす。

 

『驚いたり叫んだり忙しいのお』

 

「喋ったああああ!!!!」

 

『逐一反応せんでもよい』

 

ナマケモノは木にぶら下がり、面白そうに笑みを浮かべる。

 

豆芽は立て続けに信じられないことばかり起きるため、愕然としている。

 

(午後だったのが午前で

教室で紡輝と話してたのに研究所にいて

ナマケモノが喋ってて……

やっぱり……これ……夢だ

うん夢だ。

夢夢。

ほら、ほっぺた引っ張っ

 

「いたい!!」

 

豆芽はほっぺたを引っ張ろうと、頬を抓った時点で痛くなり離した。

 

『おいおい

『スローリータイム』我が時間に合わせているんだからそりゃ当然だろ』

 

「……?

時間……?」

 

『ほれ、外……見てみ』

 

ナマケモノは豆芽を見続けたまま顎で示す。

 

豆芽が窓ガラス越しに外を見ると

 

「はや…!!」

 

小学生が、残像を残して物凄い速さで通り過ぎて行った。

 

小学生だけじゃない。

 

カラスも、ネコも風に吹かれる落ち葉も。

 

みんな残像を残して、物凄い速さで動いている。

 

「なにこれ……

ナマケモノさん……!!

何が起こってるの!?」

 

『『スローリータイム』

アイコンタクトってあるだろ?

目と目を合わせて通じ合う。

心が通じ合う合うってことだ。

だから、我がペースにお前を合わせた。

世界はもっとゆっくりでいい。

だからお前の時間は我の時間だ』

 

「…………?

どゆこと?」

 

ナマケモノの説明にポカンとする豆芽。

 

「彼は『スローリータイム』。

私の“スタンド”よ」

 

そこにソファに座っていた女性が声を掛けた。

 

昨日、ナマケモノについてを豆芽に教えてくれた、この研究所の所長だ。

 

「わっ……

所長さん……!

いつから!?」

 

「さっきからここにいたけど……

賑やかな子だね。

紡輝ちゃんが紹介するだけあるよ」

 

所長はソファから立ち上がると、ナマケモノのデータがびっしりと書き連ねてあるノートを手に取りページを開いた。

 

「昨日も言ったけど

ナマケモノってのは他の哺乳類の心拍数の『1/3』しかの。

生き物というのは『約15億回心臓が鼓動すると死ぬ』と言われる。

1回の脈拍に0.1秒のハツカネズミの寿命は2年。

3秒かかるゾウは70年ももつ。

だから、心臓の拍動が遅いほどその生命へ与えられた時間は長くゆっくりってこと。」

 

「う……うん」

 

豆芽はその話は興味深く覚えていたのだが、それで何を言いたいのかが分からないため、空返事をするしかない。

 

「『スローリータイム』

このナマケモノのスタンドの名前……そして私の能力。

目を合わせたものの鼓動は1/3だ。

さっきこの子と目を合わせたね?

そう……君の時間は1/3になっている。

君の1分はほかの誰かの3分。

君の1時間はほかの誰かの3時間。

いくら速く動きたくても、いくら急ごうとも、君は本来の1/3でしか動けない」

 

「……なる……ほど…………」

 

豆芽は説明を聞き納得し、頷いた。

 

頷き

 

少し考え

 

しばらくし

 

「いや!!

困る!!」

 

と叫んだ。

 

「困ります!!

なんでそんな事するんですか!?

ていうか、昨日もそうやって!!?

わたし、ママにめっちゃくっちゃ!!

怒られたんですよ!!?

責任取ってください!!

それにわたし帰らないと!!

門限の20時……いや…………その時間ママまだ帰ってないから21時でもいいけど…………

少なくとも!!

月曜日だから……えっと………22時までには帰らないと!!

楽しみにしてるアニメが!! リアタイ間に合わない!!!」

 

 

豆芽は走って外へ出ようとしたが

 

所長は残像を残すような猛スピードで入り口を塞いでしまう。

 

「え……!

早……!?」

 

『だからー

お前が遅いんだっての。

我の『スローリータイム』の中だから』

 

「スローリータイム。

あまり話し過ぎるのは良くないぞ」

 

 

スローリータイムは目に入ったものの、速さを1/3にできる。

 

その本体である所長は、その影響を受けることも無視することもできる。

 

さっき、猛スピードで動いたように見えたのは、所長だけ1/3から1/1──即ち、本来の時間で動いたからだ。

 

感覚すらも1/3になるから、目に入る光も増えて残像のように見える。

 

動作も1/3になるから、抓ったほっぺたもいつもの3倍長い時間抓って痛かったのだ。

 

 

 

「なぜだか分からないが」

 

所長は再びスローリータイムのペースになり、扉を抑えながら話し始める。

 

「私は君をここに閉じ込めて……このスローリータイムのペースにしなくてはならない。

そう思っている。

なぜだか分からないがね。

……さて、私は君に危害を加えるつもりはない。

うちにはTVがある。

電話もあるから連絡はできる。

いまじゃあ、衣食住なんでもネットで揃えてあげられる。

ナマの沼へもっと浸かろうじゃあないかあ」

 

豆芽は必死に思考を巡らせる。

 

(何言ってんの……?

この人……

危害を加えるつもりはないって……

とっくに昨日加えられてるんだけど!!

それに……リアタイが……

我が家でゆっくりしたいの!!

お年玉前借りしたオーディオで!!

よく分かんないけど、わたしはいま……所長さんとナマケモノさんの不思議な力で、動きが1/3になって…………………

なんで!!

不公平!!

わたしの能力、右手から味噌汁なのに!!

時を操るとかずるじゃん!!)

 

巡らせた思考はあっち行ったりこっち行ったりでうまくまとまらない。

 

所長は難しい顔で悩む豆芽を見下ろしたまま動かない。

 

 

『そういえばお前。

我が見えてるんだろ?

お前もスタンド能力があるんだろ?』

 

「……え?

スタ……ンド……?」

 

聞き覚えのない言葉に豆芽は首を傾げる。

 

『……へ?』

 

スローリータイムは呆気にとられる。

 

「……まさか…………

知らないのか?」

 

所長も驚いた様子を見せた。

 

豆芽は小さく頷く。

 

「…………簡単に言えば限られた人が持つ

不思議な能力のこと。

なにかない?

特別な力みたいなの?」

 

所長は優しい声で訊いた。

 

「え……えっと…………」

 

豆芽は説明しようとしたが、時間を操るという壮大な能力を見せられてからの自分の能力の落差に恥ずかしくなり、たじろいでしまう。

 

『我の能力は説明したぜ

言わないと不公平だろ』

 

スローリータイムは隠しているのだと思い、苦言を呈した。

 

「えっと……」

 

豆芽は口で言うのは恥ずかしかったため、テーブルの上に置いてあるマグカップを左手に取った。

 

『おお、なにかしてくれんのか?

変形か?

テレキネシスか?』

 

スローリータイムの煽りにやりづらさを感じつつ、豆芽は右手をマグカップに翳し、力を入れた。

 

 

ジョボボボ と薄茶色の液体が溢れ、湯気が立ち昇った。

 

『へ?』

 

スローリータイムはまた呆気にとられる。

 

「こ……これが…………わたしの能力……

“右手から味噌汁を出す能力”……です」

 

『なんだそれ?

能力なのか?』

 

スローリータイムは馬鹿にするように言うが

 

「いや、待て」

 

と所長は制止する。

 

「ナマケモノは体に蛾を住まわせて、蛾が運ぶ窒素を栄養にした苔を体に生やしてそれを食べると言われている。

自分の栄養を自分で取ることができるという点では、ナマケモノと一緒……

実に興味深い能力だ…………」

 

所長は目をギラつかせて、豆芽の右手を見詰めた。

 

豆芽は褒められてるんだかそうじゃないんだかよくわからないがとりあえず

 

「ありがとう……ございます…………」

 

とお礼だけ言った。

 

 

「いい能力だ……

それに君は私の話もよく聞いてくれた。

一緒に過ごすのも悪くないだろ?」

 

「いやです!

これだけは譲れません!!

わたしは家で! リアルタイムで!

観てたいんです!!」

 

「…………その焦りはなぜ?」

 

「……え?」

 

「今の世の中、アニメやゲーム……映画。

音楽にバラエティ。

群雄割拠、様々な娯楽が楽しめる。

たくさんあり過ぎて、それを義務として“消化”という言葉を使い、タイパを気にして焦って焦って娯楽に向き合う人がいる。

…………そんなの……虚しいと思わない?

ゆっくりまったりと自分のペースで、向き合えばいいのに。

知ってる? ナマケモノってたくさん食べ過ぎると消化できなくて餓死しちゃうこともあるんだよ?」

 

「……そ……………それは…………」

 

豆芽は言い返せない。

 

時間やネタバレを気にして焦って視聴し、本来の楽しみを見出せなかった作品も多数ある。

 

たくさん見ている分、ゆっくりと時間をかけて味わいたいと思うものも幾つも出逢ってる。

 

だが、豆芽はふと立ち直った。

 

「いや!

それとこれとは話は別!!

理論はわかります!!

納得します!!

理想です!!

ですが!!

わたしを閉じ込める理由にはなりません!!

それに! リアタイで同時にSNSやママと熱狂するのは他に変えられない幸せです!!」

 

「……そう。

でも残念。

味噌汁を出すスタンドで、早さを1/3にするスタンドの私に勝てる?

スタンド同士……能力バトルをするとしたら、私は君だけを1/3に遅くして馬乗りになり、骨を折ってそのかわいい顔を血に染めることだってできちゃう。

君はどう?

見たところアツアツで火傷しそうだけど、1/3の遅さでかけようとしても避けることは容易。

それに仮に外に出たとしても、スローリータイムが君を視界に入れ続ける限り早さは戻らない。

外は雨と強風。

それが1/3の君に襲い掛かるから、ハリケーンの中へと飛び込むようなものよ」

 

『そうだぞー

大人しくしたほうがいいぜ』

 

スローリータイムはいつの間にか、所長の背中に捕まり顔を覗かせている。

 

まるで守護霊。

 

STAND BY ME。

 

その名の通り、隣にSTAND(立つ)もの!

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