ナマの奇妙な日常   作:ココリンク

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3話 スローリー・タイム その2

(話し合いじゃ……無理そう…………)

 

豆芽はゆっくりと言いながら何かに突き動かされているかのような所長を前に、恐怖し思わず右手から味噌汁が漏れそうになる。

 

でもその温かみが勇気をくれる。

 

 

昔──今は亡き祖母が夜ご飯の時には必ず味噌汁を作ってくれていた。

 

どんなに嫌なことがあっても、辛いことがあっても、ホッとする味に自然と笑顔になった。

 

いつもは嫌な流れる味噌汁だけど、その温度が頑張れって勇気をくれる。

 

 

豆芽は真っ直ぐ所長を見つめると

 

両手を高く上げ

 

「……降参……です。

ここに…………住みます」

 

と、やけに弱々しく伝えた。

 

 

「あら……。

あれだけ嫌がってたのに。

……ようこそ。たくさん私たちと仲良くしましょう」

 

所長は不思議そうに見詰めるが、ニッコリと笑い、廊下へと向かった。

 

『観念したかー?』

 

スローリータイムは入り口の枝に移動し、相変わらずじっと豆芽を見ている。

 

 

豆芽は手を挙げながら、目線だけ動かした。

 

(…………入り口から見て、左が廊下……

右が昨日私たちが話したリビング……客間かな? 昨日、大事そうにしてたタブレットがテーブルに置かれてる……。

……鏡が多い…………それに、カメラも……。

私の2mくらい……右斜後ろには窓……。

そとは雨で暗いから……反射してそれも鏡になってる……。

目を合わせると、スローリータイムが発動するって言ってた……。

鏡越しでもそうだし……カメラでも目を合わせたらだめなのかも…………。

だったら……やりたくなかったけど…………

こうするしかない!!)

 

豆芽は意を決して、右手をギュッと握り、振りかぶった。

 

味噌汁を空中に撒き散らし、スローリータイムの視界を奪うために。

 

「いけ!

わたしの能力!!」

 

豆芽は味噌汁を吹き出したが

 

『無駄だからやめろよ』

 

スローリータイムの声がしたと思うと

 

所長が持ってきたお椀を高速で──いや、1/3で空中に撒き散らされた味噌汁を軽々と掬ってしまった。

 

「降参っていうのは……うそ?」

 

所長は豆芽の目の前に立ち、見下ろす。

 

表情はにこやかだが、口調はとても冷たい。

 

「次やったら……

その右手を本当に折るからね?

脅しじゃない……正当防衛。

その右手で私に危害を加えるってなら、私はその右手を封じるだけよ」

 

『そうだぞー。

人間、手を使えないと不便だぞー』

 

所長の忠告に、後ろのスローリータイムは乗っかり呑気に野次を飛ばす。

 

豆芽は緊張で漏れ出そうな味噌汁を必死に抑え、顔を伏せてしまう。

 

「いい子ね。

何か飲みたいものある?

紅茶に牛乳、オレンジジュース。

ココアにコーヒーもあるわよ」

 

「オ……

…………ココア……で」

 

「……わかったわ」

 

所長はまた廊下の方へ歩いて行った。

 

『おい、何顔伏せてんだ?

ココアがいいとかおこちゃまだな』

 

豆芽は煽りに乗りそうになり少し目線を上げて、スローリータイムを見てしまった。

 

(だめ……目線を合わせちゃだめ……

目線を合わせたらしばらく1/3になっちゃう。

なんとか、目線を合わせないで……目線を合わせないで……………やらないと

でも……スローリータイムはずっと見てる……

下手な動きはスローリータイム越しに……所長さんに見られちゃう…………)

 

『なあ、お前の味噌汁って何味なんだよ?

具はあるのか?

我はなあ……ワカメ好きだぜ』

 

「え……?」

 

豆芽は思わず、“ナマケモノって味噌汁飲むの?”と顔を上げてしまった。

 

『ははは!

ばかだなあ! お前!

我はスタンドだ!

スタンドが味噌汁飲むわけねえだろ!

面白いなあ! お前!!』

 

豆芽は出し抜かれた恥ずかしさに顔を赤くしてしまい、勢いで手をスローリータイムに翳した。

 

「これ以上煽るとかけるよ!!」

 

が、急に手を捕まれ、指を大きく逸らされた。

 

「い……痛い痛い痛い!!」

 

「また悪さする」

 

所長が、お仕置きのためにそらしたのだ。

 

もう片方の手には、アツアツのココアがコップに注がれている。

 

(え……もうできたの……

いや……そうだ!!)

 

豆芽は始めは好みのオレンジジュースを頼もうとしたが、温かいココアにすれば時間がかかると思っていた。

 

だが、その認識は誤りだった。

 

(ココアができるのも……

今のわたしにとっては……いつもの3倍なんだ……!?)

 

「悪さするなら本当に折るからね?

はい、冷めないうちに……ね?」

 

「…………ありがとう……ございます」

 

豆芽はココアを受け取り、ふーふーと冷まそうとしたが、すでにもう適温だった。

 

少しずつ、飲んで行き、最後に奥に溜まったダマごと飲もうとしたが、傾ける角度が追いつかずに、底にダマが残ってしまう。

 

「ごちそう……さま…………でした」

 

豆芽はマグカップを所長に渡そうとする。

 

所長は片側だけ透明な雫が垂れているのに気付いた。

 

「手から水……溢れてるわよ……

緊張……してるのね」

 

「…………止めることはできますけど……

限界が近いです」

 

豆芽はそう言いながら、わざと指の力を緩めた。

 

(しっかり見てなかったけど……物の早さはどうなるんだろう?

わたしや所長の持ってるものは、その人の早さに合わせられてる。

じゃあ、わたしが今離したこのマグカップは?)

 

豆芽は所長が手を出す前にマグカップを落とす。

 

「ッ……!」

 

所長は一瞬驚いたが、すぐに態勢を低くし、マグカップを掴んだ。

 

落とした直後にはマグカップに残像があったが、所長が動き出してからは、残像はなく、所長も高速ではなく普通に動いているように感じた。

 

『離せば我の時間じゃなくなるから気をつけろよなー』

 

スローリータイムが急に目の前に姿を表し、豆芽の顔を覗いた。

 

また目を合わせてしまった。

 

「わあ!!」

 

豆芽は驚き腰を抜かしそうになるが

 

「大丈夫?

自分の時間に慣れないとね」

 

所長が元の時間のスピードで動いて転ぶ前に、豆芽を支えてくれた。

 

「……ありがとう……ございます」

 

豆芽はお礼を言うが、同時に恐怖も感じた。

 

驚きのような思考時間のない反射的な行動であっても、3倍速く動く相手にはすぐに対応されてしまった。

 

なす術はないのだろうか。

 

豆芽は悔しさで右手をギュッと握りしめたとき

 

「うわっ…!!」

 

つい、右手の味噌汁を止めることができず決壊し、薄ーい茶色の液体が飛び出た。

 

さっき指を逸らさせた痛みもあり、しっかり握れてないこともあってか、お風呂の中でやる手の水鉄砲のように噴射。

 

所長は豆芽の叫び声で気付き、マグカップで掬おうとしたが

 

「熱…!!」

 

スローリータイムの腕に僅かにかかってしまい、あとはみな床に溢れた。

 

所長も腕を抑えた。

 

『熱……!!

なんじゃこの味噌汁!?』

 

少し経ってから、スローリータイムも熱がり腕を抑えた。

 

「ご……ごめんなさい……!!

ごめんなさい……!!」

 

豆芽は必死に平謝りする。

 

所長は優しく微笑みながら豆芽に歩み寄り、手を豆芽の頭の上に乗せた。

 

「わざとじゃないのよね。

怖かったんでしょ?

まあでも時期に慣れるわ」

 

所長は豆芽の頭を優しく撫でる。

 

豆芽は許されたと思いホッとした束の間

 

所長は豆芽の右手を両手で掴み、自身の胸の前で力を入れた。

 

「慣れるのは右手が使えなくなる生活よ!!」

 

「い……うああ……」

 

豆芽は女性の3倍の力で握られ、想像を絶する痛みに呻き声しか出せない。

 

だが、涙で滲む視界で豆芽は自分の右手を見た。

 

「う………うああああああああ!!!!」

 

そして力いっぱい叫ぶ。

 

豆芽の右手は天井を向いていた。

 

すなわち、所長の顔を向いていた!

 

「ッ……!?」

 

所長は驚き、咄嗟に豆芽の手を返して床に向け、そこから出る薄ーい茶色の液体を床にばら撒いた。

 

「やってくれたわね!

この手はもう!」

 

と所長はさらに力を入れようとしたが

 

豆芽の右手が震え始めた。

 

さっきまでの汁が出るときとは違う、なにか大きなものが蠢くような震えが

 

「な……なに…………」

 

所長はつい右の掌をみたそのとき

 

 

べしゃり と所長の顔をドロドロとしたものが覆いかぶさった。

 

「やった……!

うまくいった……!」

 

豆芽は痛む右手を引き、自分の胸に引く。

 

「これはダマだ……!

味噌汁の味噌のダマなんだ!!

さっきわたしは忠告した!

ズルじゃない!!

抑えるのが精一杯って!!

わたしがさっきから漏れ出してたのはただの水だ!!

味噌汁じゃない!!

くらえ!!

わたしの能力!!!」

 

豆芽の掛け声とともに、所長のもとへ多量の水滴が飛んでくる。

 

だが、ただの水滴。

 

熱くもない、さっきのような勢いもない。

 

ただの横殴りな水滴。

 

 

所長は驚くと能力を維持できずに、スローリータイムを解除してしまう。

 

時間を操るとはそういうこと。

 

集中力が必要なのだ。

 

即ち今、豆芽の早さは普通になっている。

 

(ただのなにもできない女の子だと思ってたら…………!

ただの世間知らずのオタク女子かと思ったら……この子……!)

 

所長は俄然、興味が湧いた。

 

スローリータイムの世界で監禁して可愛がってやる!

 

スローリータイムを必ずあの少女と目を合わせてやる!

 

何かによって突き動かされる心に、強い思いが込められた。

 

目はダマに邪魔されて見えないが、気配は感じる。

 

スローリータイムは今、豆芽の目の前に発現し

 

 

 

ゴオオオオオオオオ!!!

 

と耳鳴りがした。

 

体になにか巨大なものが突撃するようだ。

 

体中になにか冷たいものが刺さるようだ。

 

(なんだ……!!

これは………なんだ!!!!??

スローリータイム!!?

どこに出ている!!?)

 

 

 

 

『どこに出してやがる!!?

思い切り外じゃあないかあ!?』

 

スローリータイムも困惑する。

 

所長が一度自分を引っ込めたと思い、また発現させたと思ったらその場所は外だった。

 

『見えないからって思いつきでやるんじゃあねえ!?

目も開けられねえ…!!?

我の世界に誘えねえ!?』

 

耳鳴りは街の喧騒だ。

(雨が降ると、遠くの音がより聞こえやすくなる)

 

突撃は強風だ。

 

刺さる冷たさは雨なのだ。

 

普段の3倍の力の大雨だ。

 

 

「やっぱり。

所長さんの言う通り。

この大雨を1/3の感覚で受ければ、ハリケーンだ」

 

豆芽は窓を空けていた。

 

所長にかかった冷たい横殴りの飛沫は豆芽の能力なんかじゃない。

 

ただの雨だ。

 

豆芽は視界から見える普通の速度に見える窓の外を見ていた。

 

「わたしはなにもしなかったんじゃない。

ゆっくりとゆっくりと、アハ体験の変わる画像変化クイズのように、グラデーションのように窓へ移動したんだ!

さっきマグカップを落としたとき、所長が驚いて能力を解除したあとに、ナマケモノさんをわたしの目の前に出した!

それは、解除したら再びナマケモノさんと目を合わせなきゃいけないんじゃあないか!?

だから窓を空けて外を見たんだ!!

空けた事に気付かせないように、能力として偽装して空けたんだ!!

空けてないと!

窓ガラスの反射で内側から目を合わせられちゃうからね!!」

 

豆芽は所長の方へ向いた。

 

苦しがっており、聞こえているのかどうか分からない。

 

「ナマケモノさんは所長がふつうの早さでもずっとずっと1/3だ。

よく分かんないけど。スタンド……?ってのに攻撃すれば、本体にも影響あるみたいだよね?

ナマケモノさんにかかったわたしの熱湯に反応するまで、ナマケモノさんは所長さんの3倍かかった。

だから、ナマケモノさんを外に出したら、所長さんの時間に関係なくこうなるって思ったよ……………。

正解……だった…………。

…………今、スマホで見たけどあと15分で雨は止むらしい…………

この場合、所長さんの15分は15分なのか45分なのかよく分からないけどね……」

 

 

スマホの時計を見る

 

18:24

 

(どうせ鞄も行方不明で傘もないし)ダッシュで帰れば門限まで間に合う。

 

 

 

豆芽はお椀に手を翳す。

 

そして、熱々の味噌汁を注ぎ、テーブルに乗せてラップを掛けた。

 

「よし!

帰る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

────

深夜22時

 

麹屋家

 

 

「やだあああ!!

アニメ観るううう!!!」

 

「大人しくしてなさい……

録画してるんでしょ?」

 

「やだやだやだああああ!!!

せっかくダッシュで帰ったのにいい!!」

 

豆芽は大雨の中を傘もささずに走って帰り、家に帰ると緊張の糸が解けたのか玄関でぐっすり寝てしまったらしい。

 

母親が家に帰る頃にはすっかり体が冷えて熱を出していたのだ。

 

母親はベッドで暴れる豆芽を必死に取り押さえる。

 

「わがまま言わない。

カバンも失くしたらしいじゃない。

紡輝ちゃんが見付けてくれたからちゃんと、明日お礼しなさいよ。

そのためにはい!! もう寝る!!

ゆっくりしなさい!!」

 

「う……

うう………

もう……もう…………

もう、ゆっくりはこりごりだあ〜〜!!」

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