ナマの奇妙な日常   作:ココリンク

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4話 ヌー・ムー・ドールズ その1

翌朝──学校。

 

 

「もしもーーし、麹屋さああん。

ありがとうの1つもないんですかあ……?」

 

意気消沈し、机にうっぷしている豆芽の頭に、紡輝は鞄を置いたり離したりしている。

 

 

「さっき通学路でネタバレくらった…………

SNSぜっがぐがまんじだのに…………」

 

豆芽はアニメは朝に観れば良いと母親に説得されてしっかり寝て熱は引いたのだが、結局朝早く起きれず、帰ってから観ることにした。

 

だが、登校中にそのアニメのことを話すほかの生徒の遠くの話し声によってネタバレされてしまったのだ。

 

「ごんなごどなら、熱なおらなぎゃよがっだ」

 

豆芽は大粒な涙を流し、右手からはちょびちょびと味噌汁が漏れていた。

 

「はいはい。

美人が台無し美人が台無し」

 

紡輝はそう言いながら鞄からティッシュを取り出し、慣れた手付きで、豆芽の鼻に当て

 

豆芽は躊躇なく思い切り鼻をかんだ。

 

「……ありがと…………」

 

「まったく……

確かに……うちの校長の話長くて退屈だから、火曜は休みたい気持ちもわかるけどさー

…………ていうか、豆芽ちゃん。昨日どこ行ってたの?

制服のままで、鞄を置いて」

 

紡輝はあとで捨てるためにティッシュを包みながら、呆れた様子で訊く。

 

「え…………

いや……それが…………」

 

豆芽は目線を逸らして言い淀む。

 

(わたしだって知らないよ……

気付いたら放課後になってて、所長さんとスタンドバトルしたって……信じてもらえないし、発熱の悪夢って思われそうだよ……

いやもう、夢であってよ……夢であってほしいよ)

 

「隠すんだー。

親友でしょ?

とりあえず言ってみなさいよ」

 

紡輝はわざと明るい感じで、茶化すように豆芽の眉間を突いた。

 

「…………うん」

 

豆芽は紡輝の明るさに少し安心感を覚え、口を開いた。

 

「わたしにも……よく分からないんだけどさ…………

いつの間にか……紡輝ちゃんが教えてくれたナマケモノの研究所にいて…………

それで……えっと…………」

 

そこから先はやはり言えなかった。

 

監禁だとか、閉じ込められただとか、そんなチャチなものではない。

 

時間そのもの。

 

一切不変であるはずの概念に干渉され、操られたのだ。

 

信じてもらえないだとかバカにされるとかならまだよい。

 

豆芽はじっと見詰める紡輝を見詰めた。

 

(紡輝って、わたしに対してすごい過保護にするとこあるからなあ……

小学生の頃、借りパクされた本を紡輝に相談したら一人一人に尋問したことあったっけ…………

所長さんに監禁されたって言ったら、絶対正義感に突き動かされて文句言ったりなんかしに行くよ……!)

 

紡輝を危険な目にあわせるわけにはいかない。

 

豆芽はなんとか思考を巡らせ

 

「所……所長さんとお……お茶してたんだあ……!

いい人だよね〜、あの人……!

ナマケモノさんのこと考えてたらー……!

わたしも……! ナマケモノさんのようにボーッとしちゃってた!

あは……あはは」

 

豆芽は必死に思い付いた言い訳をした。

 

 

紡輝は訝しげな顔をし、深いため息をついた。

 

「やっぱり嘘つくんだ」

 

豆芽の鞄を乱暴に豆芽の机に置き、冷たい視線を送る。

 

「あ……え……えと」

 

豆芽は見たことのない冷たい表情に、心がキュッと苦しくなる。

 

なんとか言い訳をしたいが、いい言葉が出てこない。

 

紡輝は一瞬だけ口角を上げると、豆芽の右手を強く握り

 

「今日の全校集会

校長先生の話……面白いらしいよ」

 

と耳打ちし、手を離して自分の席に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

1時間目は全校集会だった。

 

皆、体育館に集まり、出席番号順に並び綺麗に整列する。

 

(紡輝……怒ってるかな…………

あとで謝らないと。

でも……どうやって?)

 

豆芽は前の方で、グーグーのぬいぐるみを抱えて座る紡輝を見てあれこれ考える。

 

あの見限られたような表情がこびりついてちて離れない。

 

なんとか仲直りしようとするが、いい案が浮かばず、全校集会の進行が音だけ入ってくる。

 

そのとき

 

「最後に、校長先生からのお言葉です」

 

と司会の先生の声がした。

 

(……そういえば)

 

豆芽は校長先生で思い出す。

 

最後に紡輝は言っていた。

 

“今日の全校集会

校長先生の話……面白いらしいよ”

と。

 

あまりにも長くてあまりにも退屈な学校名物とも言われる校長先生が面白いはずないと思いながらも、豆芽は藁にもすがる思いだった。

 

(面白いって言ってた……

教えてくれたなら……それについて話したいはず……!!

ちゃんと聴かなきゃ……!!

もんみみの聞くんじゃなくて……みみ、じゅう……よん…?こころ……ので!! 聴かなきゃ!!)

 

 

 

豆芽は思わず前のめりになり、話を聞こうとした。

 

そのとき

 

「ヌー・ムー・ドールズ」

 

と紡輝の呟く声がしたと思うと

 

 

豆芽を除いた全員が物言わず立ち上がる。

 

(え……?

……え? なに?)

 

豆芽は状況が飲み込めないが、皆が立ち上がる中、一人だけ座るのも不自然なので立ち上がった。

 

全員はそのままゾロゾロと体育館を出て行く。

 

「え……

あ……な……なに……?

(何かの演出? 何か言ってた!?

わたしだけ!? わたしだけなにも聞いてないの!?)」

 

豆芽は困惑しながらも、流れに身を任せて出ようとしたが

 

「だめだよ」

 

と紡輝が豆芽の右手を握った。

 

 

「紡輝……

紡輝これ……何が起こってるの?

紡輝知ってるの!?」

 

豆芽は不安そうな顔をして訊いた。

 

紡輝はにこりと微笑む。

 

ただそれだけ。

 

それだけしてたら、2人を除いた全員が体育館から出ていってしまった。

 

「やっと2人きりだね」

 

紡輝はそう言いながら、豆芽の右手を自分の顔に近付け

 

レロ

 

と舐めた。

 

「ひっ……!!?」

 

豆芽は咄嗟に振り払い、右手を隠す。

 

「なにするの!?

紡輝……!?」

 

豆芽は怯えながら紡輝に訊く。

 

「せっかく2人きりじゃない?

豆芽ちゃんはこういうの嫌い……?」

 

「嫌いとか……よく分かんないよ!

何が起こってるの!?」

 

「…………美味しい。

優しい味噌の味だ。

豆芽ちゃんの味噌汁は美味しいね」

 

「……え?」

 

いま、確かに言った。

 

味噌汁と。

 

豆芽は昨日まで、味噌汁の体質のことを隠し続けていた。

 

親でさえも知らない。

 

昨日対峙した所長以外、誰にも伝えてなどいないはず。

 

それなのに……どうして

 

「…………かわいい顔。

やだなあ、昨日だって…………

豆芽ちゃんの美味しかったよ」

 

紡輝は少し頬を染めると、グーグーを抱きしめた。

 

「指切りげんまんってあるよね?

あれさ、勿体ないと思わない?

小指を結んで、その指を切っちゃうんだよ?」

 

「……なに……言ってんの……?」

 

「ねえ豆芽ちゃん。

小指っていうのはね、運に命の糸で結ばれてるの。

それを、契りや約束のために切る。

それってさ、違うと思わない?

一生繋がるはずの運命の繋がりを切り離してしまう。

それって絆を蔑ろにすることだよね?

糸ってのは大事に大事に切れないようにずっと結んどくものだよね?」

 

紡輝が言い切ると、胸に抱くグーグーの首が動いた。

 

「……え」

 

豆芽は目の錯覚か、それともそういうふうに紡輝が動かしているのかと思った。

 

でもそれは違う。

 

千切れそうなほど、首が傾いている。

 

紡輝が力をいれていないのに、首が270°傾いている。

 

「ヌー・ムー・ドールズ。

なんでさ、こんな大きなぬいぐるみ持ってるのに、誰も何も言わないんだろ?

豆芽ちゃん以外に」

 

「え……誰も…………なにも…………」

 

豆芽は気にしたことなかったが、たしかに教室でも全校集会に持っていってもほかの生徒には何も反応がない。

 

胸に抱けるほどの大きなぬいぐるみなのに。

 

(……っ!!

まさか……!?)

 

豆芽は驚愕する。

 

昨日、研究所でスローリータイムが言っていた。

 

“我が見えてるんだろ?

お前もスタンド能力があるんだろ?”

 

スタンドはスタンド使いでしか見えない。

 

みんなこのぬいぐるみに対して何も言わないんじゃない、スルーしているのではない。

 

はじめから、“見えていない”のだ。

 

「まさか……

スタンド!?」

 

豆芽は思わず声に出してしまった。

 

「やっと気付いたんだ?

本当に何も知らなくてかわいい」

 

豆芽は思わず後退りし、右手を紡輝に翳した。

 

「攻撃するの?

私を? その右手から味噌汁がでる能力で?」

 

紡輝はそのまま豆芽に迫る。

 

構えることもせず、何かをする様子も見せず。

 

ただただ、グーグーを抱きしめて歩いてくる。

 

そして、豆芽の右掌を自分の胸に重ねた。

 

「ほら、攻撃しなよ」

 

「…………」

 

豆芽は震えたまま、なにもできない。

 

思い切り噴射すれば、火傷をさせてそのまま逃げることもできる。

 

でも、大事な親友に手荒なことはできない。

 

「ずいぶんと優しいね。

じゃあ、私のスタンド能力を教えてあげるよ。

私のスタンド、ヌー・ムー・ドールズ。

能力は波長の合った相手を操ること」

 

「…………は……ちょう……?」

 

「そう。

波長。

よく言うでしょ?

仲の良い人やよく一緒に過ごしている人に“私たち波長が合うね”って。

お互いの気持ちや考えていることのリンク。

それが、私の能力の発動条件。

そして、この全校集会が一番ちょうど良いの」

 

紡輝は自分の胸を豆芽の手にさらに押し当てる。

 

豆芽は手を離そうとしたが、紡輝はガッチリと右手を掴み、離さない。

 

「逃げちゃだめ。

ねえ、豆芽ちゃん。

校長先生の話ってつまらないよね?

ここの人全員に聞いたらさ、全員“そう思う”って答えると思うの。

だからみんな“早く終わってほしい”って思うの。

校長先生も、受けてないこと自覚してるからそう思ってたみたいだね。

でも、私、豆芽ちゃんに良いこと教えたよね?

“今回の話面白い”って。

だから豆芽ちゃんは楽しみにしてた。

“早く終わってほしいって思わなかった”

波長が合わなかった」

 

「え……

…………じゃあ……!!」

 

「そう。

みんなを外に出したのは私。

そして、覚えてる?

昨日、このグーグーのしっぽが無いことに“波長が合った”こと」

 

「う……うそ…………」

 

「私は豆芽ちゃんみたいに嘘付かないよ。

昨日、研究所に豆芽ちゃんを向かわせたのは私。

……安心して、授業はしっかり受けさせてあるから」

 

「うそ……

うそだ…………うそだ!!」

 

豆芽は涙を目に湛えて泣き叫ぶ。

 

右手が震える。

 

いまにも放流しそうな味噌汁をなんとか止めている。

 

「紡輝は……そんなことしない……!!

紡輝がわたしにそんな酷いことなんか!!」

 

「するよ。

嘘つきな豆芽ちゃん。

泣いてる顔、困ってる顔、絶望してる顔。

そんな豆芽ちゃん大好きだから」

 

紡輝は豆芽の右手を放した。

 

豆芽は急に力が抜け、二の句がつげなくなった。

 

思わずまた後退りする。

 

紡輝のことをもう真正面から見れない。

 

自分じゃ知らない、でも不健全だと直感で理解する感情を受け止めきれない。

 

紡輝は微笑む。

 

そして、

 

「よくできました」

 

と拍手した。

 

 

「やっぱり波長が合うね。

私たち。

いま、私こう思ってる。

それでも私たちは友達でいたいって。

そして、私はこうヌー・ムー・ドールズで操った。

体育館から逃げないって」

 

豆芽は紡輝の言葉に顔を上げ、絶望した。

 

紡輝が言う通りだった。

 

どんなに酷くても、どんなに不健全な思いを持たれても、豆芽は紡輝と友達でいたい。

 

だから、豆芽は自分の意思に反して体育館から逃げることができない。

 

 

「私はただ、豆芽ちゃんともっともっと仲良くなりたかっただけだよ?

でもさ、豆芽ちゃんオタク語りばかりするんだもん。

あんまり波長合わなくなってきたなあって思ったから、お話が上手でナマケモノの沼にはめてくれる所長さんを紹介してみた。

そしたら、効果覿面!

さ、嘘つきな豆芽ちゃん。

私のこと嘘つきって言ったお仕置きしないと」

 

紡輝が視線を送ると、豆芽は体が動いてしまう。

 

操り人形が糸に引かれるように、勝手に動いてしまう。

 

右腕が勝手に内側に捻り始めた。

 

「な……なに……!?」

 

「お仕置きだよ。

豆芽ちゃんの右手は危ないから、少し不自由にするだけ。

知ってる? 腕を内側に回すのって回内っていうらしいんだ。

骨とか靭帯とか? その影響でだいたい90°位まで回るんだけど……それ以上いったら…………どうなるかな?」

 

「だめ……やめて……

い……いた……やめて……紡輝……!

やめて……!!」

 

自分じゃ止められない腕の捻り。

 

筋肉が異常なまでに縮められ引き伸ばされ、骨も捻じられ激痛が走る。

 

このままでは本当に筋肉が千切れてしまう。

 

「やめない。

泣いてる顔かわいい」

 

「紡輝……!

やめ……いた……いああああああああ……!!」

 

あまりの激痛に泣き叫ぶ。

 

意識も朦朧として目の前が真っ白になりかける。

 

いや、真っ黒……

 

なにかが、目の前を塞いだ。

 

豆芽は必死に意識を保ちその何かをみたとき

 

『よお元気だったかぁ』

 

ナマケモノがいた。

 

顔の前で目を合わせている。

 

腕の力が抜け、元に戻った。

 

 

「ちっ…………

なんで邪魔するの?」

 

紡輝は体育館の入り口に目を向け、舌打ちした。

 

入り口から誰かが歩いてくる。

 

「波長というのは空間を伝わる1周期分の長さのこと。

波の長さってのは時間によって引き伸ばされたり、逆に押し縮んだりもする。

知ってる? テープレコーダーとかを倍速したときに声が高くなるの? 今の子はしらないかな?」

 

きっちりとした白衣。

 

そして眼鏡の奥の知己的な瞳。

 

ナマケモノ研究所の所長だ。

 

 

「だから豆芽ちゃんの時間を1/3にした。

そうすれば引き伸ばされた波長は合わないからね。

……紡輝ちゃん。

私とナマケモノ談義で波長が合ったからって、私のスタンド能力を利用するために操るなんて。

許せないよ」

 

「敗北者は黙ってなよ」

 

紡輝は怒りに満ちた顔で睨み付ける。

 

胸元に抱くグーグーも、顔を傾け怪しく動く。

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