メカニカル式のキーから鳴るカタカタ音が気持ちいい(満悦)
ん?他の作品はどうしたって?
・・・いつか書くからゆるして。
ある日誰もいない、フリースタイル用のレース場にて、明らかに速いウマ娘をシンボリルドルフは見かけた。
フリースタイルとは自由気ままに走りたいウマ娘たちが空地を使って作り上げたアマチュアレース場のことである。整備は本場のものと比べて良くないが走るだけなら十分な場所だった。
気まぐれにそこを訪れていたシンボリルドルフは固まっている。あんなに速いウマ娘がいたのか、と。
彼女はそのウマ娘が走り終えて止まっているときに話しかけた。
すごい走りだね。シンボリルドルフは素直に言った。
言われた彼女も少し驚きながらも、感謝した。
ずっと見ていたんですか?
いや、さっきまで近くに訪れていたばかりさ。
和やかに会話が進む。相手の顔を覚えるのが得意なシンボリルドルフは彼女のようなウマ娘が、自身の在学するトレセン学園にいないことを内心確認し、どうやってここまで鍛えることができたのかを聞く。
彼女は色々と参考にしたらしい。専門書、映像、そして自分なりの実践。気が付けばここまで走れるようになったらしい。
シンボリルドルフは感心した。独学でここまでやれるなんて。
皇帝と呼ばれるほどに速い、日本を代表する競争ウマ娘である者にこう言わせるとは、彼女はとても速いようだ。
そこでシンボリルドルフは彼女にこう聞いた。公式の試合に出てみないかと。
だが彼女は即座に拒否した。本当に即座的に、である。
シンボリルドルフは
しばらく動揺をしてしまったのだが、気を取り直し、何故出ない?と聞く。
彼女はただ、興味ない、と答えた。
・・・それだけ、なのかい?
はい、そんだけです。
シンボリルドルフは信じられなかった。ウマ娘と言えば走る存在だ。そしてその力を存分に発揮できる場所を表面的にも潜在的にも持っている。
もちろん個人差はあるが、とにかくウマ娘とはそういうものだ。そんなウマ娘たちのために作られた舞台がある。
その名もトゥインクルシリーズ。ウマ娘にとってまさに夢の舞台といえる場所である。
シンボリルドルフもまたそこで活躍して、先ほどの異名を手に入れたのだ。ゆえにそこでなら彼女の欲求を満たすことができると思った矢先にこれである。
そしてここで諦める皇帝ではなかった。そこから色々と説得を図ってみた。学園の環境、待遇、そして魅力。あらゆる誘い文句を言ってみたが、返事は変わらなかった。
その日は平行線に終わり、一旦諦めることにした。ちなみに彼女は定期的にここに通っている。それを聞いたシンボリルドルフはまた来るといった。
―――――――――――
その日、シンボリルドルフは確かに来た。しかし制服ではなくジャージで。そして今回は一人じゃなかった。隣にはマルゼンスキーという皇帝のよき友人がいた。もちろんジャージだ。
なんでも紹介したかったらしい。彼女はとりあえず挨拶した。
そこで今回、皇帝は共に走りたいと言ってきた。
だが彼女は渋っていた。彼女自身、一人で走るのが趣味なのだ。他の者と走るのは避けたいらしい。
シンボリルドルフはどうしてもと言った。するとマルゼンスキーは止めた。そしてこう言った。
一度走りを見てもいい?
つまり見学したいようだ。彼女はそれなら、と言って一人でコートに入った。
そして彼女は走った。それはもう鋭かった。一周、最初から最後までスピードは落とさず、それでいて綺麗なフォームで。このまま公式の、それも重賞と呼ばれる国が認めたレースに通じるほどのものだった。
この時二人に、シンボリルドルフは先日からだが内心なにかが、くすぶった。
走り終えたあと、マルゼンスキーはシンボリルドルフに聞いたことを
どうして一人で走るほうが好きなの?
彼女はこう答えた。
【会話】に集中できるから。
会話。彼女にとって、走る事とは、コミュニケーションというのだ。ただ彼女は誰と話し合っているのかは、自分でもわからないらしい。
けれど、そんなことは些細なことだった。なぜなら満足できてるからだ。そこに深い意味はなかった。
それを聞いたシンボリルドルフは、とても歯がゆい気分であった。なぜそんな思いをしたかは、この時点で分からなかった。
シンボリルドルフは改めて並走を頼んだ。
彼女は、あくまでも一緒に走るだけなら、と言った。レースのような邪魔し合う雰囲気はなしで。
シンボリルドルフたちはそれで了解した。
三人が並ぶ。皇帝は彼女の走り出しに合わせてスタートする。
先頭は彼女、次にマルゼンスキー、シンボリルドルフの順で走り、皇帝は走りをよく見てみる。
こうしてみると一周回って疑問に思うほどだ。本来速くなるにはトレーナー、つまり指導者が必要である。だが彼女には初めから存在していないという。
本当にここまで速くなるのか、そう思ったが、早めにその考えを消した。
走り続け、半ばを通り過ぎ、最後のコーナーに差し掛かる。
彼女は当然ペースを上げていく。後ろ二人はそれに合わせる。
ペースがどんどんと上がっていく。どんどん、どんどんと。
上がる。上がる。ペースがどんどん上がる。
上がって、上がって、どんどんと上がって・・・
そして気が付いた。
置いていかれる・・・?
走り続けたまま二人の思考が強制的に止まった。このウマ娘たちは日本屈指の実力者である。そして二人ともこの名誉を誇りに思っている。
だからこそ、今の状況を受け入れきれてなかった。
何者でもないウマ娘に置いていかれる・・・?
そして気が付けば先にゴールラインを彼女に先超された。
二人は
そんな様子を見て疑問に思った彼女が、どうしたの、と声を掛ける。
正気に戻った二人は、ごまかした。
だがシンボリルドルフの内側から、なにかが
いつの間にか、己の拳を独りでに潰そうと。
そのなにかを、皇帝はグッとこらえる。
その日シンボリルドルフとマルゼンスキーは彼女の走りを見学することに専念した。
――――――――――
シンボリルドルフというウマ娘は、「全てのウマ娘の幸福を願う」という思いを持っている。
だがそれ以上に、極度の負けず嫌いであった。
その自己分析に皇帝が気づいたのはいつだったか。いや、初めから気づいていたかもしれない。
それゆえ止まることができなかった。
それからシンボリルドルフは彼女のもとに毎回駆け付けた。
時には一人で、時には自身をとても慕う後輩と、時には同級生を、時にはまた並走して・・・
なお、シンボリルドルフ、その他トレセン学園のウマ娘は誰一人として彼女の前を走れたものはいなかった。
彼女のやり方に合わせたうえで、というのもあるが。だがその道を
自身の
だが全て似たような返事しかしなかった。
興味ない、トレセン学園との方針が合わない、そこまでやる気がない。
余談だがトレセン学園のモットーは《唯一抜きん出て並ぶ者なし》というもの。
まさに学園、ひいてはトゥインクルシリーズという勝負の世界にふさわしい、ことわざである。
が、とりあえず一人で走っていたい彼女にとっては、根本的に合わないものとなっていた。
しかし、シンボリルドルフは諦めきれなかった。そしてレースの世界に絶対的な信頼を置いていた。
舞台で走れば、彼女は変わってくれる。
彼女はひたすらに頼んだ。レースに出てほしい。頼む。
そのお願いはマルゼンスキーなどの皇帝を慕うウマ娘もどうしてもと必死になるほどだった。
決して短くない時間がかかった。
彼女はようやく折れた。
しかしこう念を押した。
期待はしないでください。
と。
―――――――――――
彼女の実力は本物だった。公式レースのデビューから確かな実績を作り続け、国内最高峰の舞台、G1レースをもぎ取るほど強かった。
誰もが彼女の強さに納得した。その時代は彼女が主役だった。
・・・しかし、シンボリルドルフは違和感を感じた。
フリースタイルのような走りが出来ていない・・・?
初めは緊張と経験の無さかと思った。そのため皇帝はトレセン学園内のコートで並走をしてみた。
だがそれでもあの時のような走りを彼女はできなかった。自身が先にゴールしてしまうほどに。
なぜ?いったいどうして?そんな疑問を解決できないでいた。
ふと彼女が一つ頼む。以前のように、あの誰もいないレース場で走ってきていいかと。
少しでも戻れる可能性に願った皇帝は共にあの場所に向かった。
―――――――――――
その日から時間を重ねることによって、彼女の実力の正体がようやくわかった。
結論から言うと彼女は文字通り、たった一人で走ることで真の実力を発揮できるウマ娘であった。
そう、
ライバルなんて必要なかった。誘導するスタッフもいらなかった。観客なんてもってのほか。
自身以外のあらゆる存在が、ノイズだった。
彼女の力は、みなが夢見る舞台には合わなかったのである。
ようやくわかった。そんなことが。
その事実に、シンボリルドルフは・・・
感情的になった。
皇帝は望んでいた。みなにとって、いや。それはシンボリルドルフのわがままだった。
トゥインクルシリーズという大舞台で彼女に勝ちたかった。正々堂々と戦いたかった。何もかも全てを出し尽くして、今まで出し切れなかったものすべてを彼女にぶつけたかった!
それには彼女の力が必要不可欠なカギだった。
シンボリルドルフはしばらく離れていたトゥインクルシリーズに復帰して実際に彼女と何度か勝負をした。
だが全てが皇帝の勝利かつ不完全燃焼に終わってしまった。彼女の実力がどうあがいても発揮されないのだ。
その代わり、誰もいないレース場での勝負では、全て彼女が勝った。何度も、何度も、公式レースとは比べ物にならないほどの量を走った。
それがほしかった。それをあの舞台で出してほしかった。あの場所で自身にぶつけてほしかった!なぜならあそこは、私が存在したい場所なのだから!!!
・・・本当はもう気づいていた。
ピンポイントで噛み合わないのである。肝心なところで、致命的な
少なくとも、皇帝の夢は皮肉にも永遠に夢のままでいた。目の前にあるのに、けどそこにはなかった。
――――――――――
誰もいないレース場。そこでうなだれてしまう皇帝をそっとし、彼女は外側にいるウマ娘に近づく。
その子の名前はアグネスデジタル。彼女の友人で方向性こそ違えど、このウマ娘も他の者の幸福を強く願っている。
そう、みなの、である。
彼女はアグネスデジタルのそばに座る。そしてこうさりげなく聞く。
私が悪いのかな?
結局彼女はトレセン学園に
だが彼女は・・・終始合わなかった。
・・・あなたはなにも悪くない。
振り絞るように言った。
じゃあなにが悪かったのかな?
・・・誰も、誰も悪くなかった・・・。ただ合わなかった・・・それだけ、だったんです。
アグネスデジタルも見たかった。彼女と皇帝の、歴史に残る戦いを。
だが舞台を用意すれば、彼女の力は嘘だったかのように鳴りを潜めしまい、数あるレースの一つに過ぎないようになる。
かといって彼女の世界で走ればそれはその者しか知らない幻となり、誰にも知られることない。初めからなかったかのように。
みなに知ってほしかった。世の中にはこんなに凄い存在がいるのだと。
歴史に載ってほしかった。彼女の作った道に後進するウマ娘が辿るために。
ままならないね。
彼女は一言そういった。