8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第11話

 かぐやがライバーとしてデビューしてから。

 そこから日はどんどんと跨ぐ。

 相変わらず在宅ワークを続けている俺。

 何も変わらない生活。

 だが、如実に変わったこともある。

 いろはだけじゃない、かぐやとも接する機会が日を追うごとに減ってきた。

 そして二週間も経つ頃には、家に来ることはなくなった。

 無論、外で会えば挨拶をするし話もする。

 だがそれがなければ、二人との接点が皆無となった。

 まるでこれまでが胡蝶の夢だったかの様に、一人きりの生活へと戻っていたのだ。

 ふと、一抹の寂しさに襲われることもある。

 嵐のように明るさを振り撒くかぐや。

 遠慮しながらも、かぐやを心配して俺の下に来るいろは。

 けれど寂しさは思考で切り替えた。

 

 かぐやは、いろはと居る時には俺の所には来ない。

 いろはが居なくて俺の所に来るのは――暇だから。つまらないから。

 かぐやが、いろはが居なくとも俺の所には来なくなった。

 いろはが居なくて俺の所に来ないのは――楽しいから。つまらなくないから。

 つまり俺の所に来ないのは、かぐやが楽しく過ごせている証なのだ。

 

 そう考えれば寂しさなんて吹き飛ぶ。

 かぐやは幸せに、ハッピーエンドになろうとしていると思えたから。

 そしていろはは、ハッピーエンドになろうとしていると思えたから。

 たまに会ういろはは、疲れた表情を浮かべていることはあるが、潰れそうなほどに追い詰められているとは思えない。

 口振りから、かぐやと一緒に暮らしていくことを受け入れいる。

 故に二人は、互いを支え合っていくと決めたのだ。

 だからそこに俺が入れる余地はない。

 俺はただ、必定じゃなきゃ関わらずに二人の背中を見るだけ。

 二人がハッピーエンド、幸せになってくれれば――俺の寂しさは完全に消えるだろう。

 かぐやは配信者としてすごい勢いで成長しており、いろははそのサポートをしている。

 かぐやから聞いた話ではいろはが作曲した曲を配信でBGMで使ったり歌ったりしているらしい。

 視聴出来る時は俺もリアルタイムで観たりはしているが、全部は見切れず、仕事中の作業用BGMとしてアーカイブで残りは視聴したりと様々。

 コメントなんてしたことがなく、視聴オンリーの視聴者だった。

 動画が唯一の繋がり、なんて言えば実にみみっちい。

 けれど、実際にはそう言うしかないのだろう。

 画面に映るかぐやは実に楽しそうで、成功しても失敗してもかぐやはいつも笑っていた。

 その笑顔に安心だけでなく僅かな寂しさが浮かぶ度に、自分の未熟さが嫌になる。

 

 前世の記憶、というにはあまりにも鮮明で輪郭の整った記憶を持つ、正に転生者。

 かぐやの配信を見る度に、かぐやの笑顔を見る度に、思う。

 何故、転生したのだろうと。

 何か意味があるのか、何の意味もないのか。神の采配なのか、神の手違いなのか。

 その答えはきっと出ないに違いない。

 だがそれでも、転生したことを後悔してはいない。

 

『今日はねー、歌枠やるよー!』

 

 現代風にアレンジした様な肩出しの赤い着物を着た、ロップイヤーの如く長い兎耳を側頭部に垂らし三日月の髪飾りを差したかぐや。その背後には肩掛けのキーボードを持ち狐の着ぐるみで頭まで覆い隠したいろは。

 いろはの演奏に始まり、美しい歌声でかぐやが歌い始める。

 笑顔全開のかぐや。着ぐるみに覆われてはいるが、どこかリズムに乗って楽しそうな雰囲気が伝わってくるいろは。

 この二人に出会い、この二人に関わり、この二人の幸せを心から願える。

 こんな人生なんてそうそう訪れないだろう。

 異性というよりもどこか保護者の様な心境に近いのだろうか。

 楽しそうな雰囲気に笑みが浮かび、頑張れと応援したくなり、練習も本番もお疲れ様という思いが湧き上がり、よく頑張ったねと褒めたくなる。

 

「俺も頑張るかあ」

 

 そう呟いてモニターから顔を逸らし、手前のノートパソコンへと意識を集中させた。

 内容は変われどもいつもと変わらないウェブ制作。

 視界の端に輝きを映しながら、いつもと変わらない作業を淡々とこなしたのだった。

 

 

 

 

 いつもと変わらない日々が更に数日続いていたある日。

 一人きりの空間は突如として破られた。

 ドンドンドンとけたたましく叩かれた玄関のドア。

 それはどこか威圧的でもあり、緊急的な音色に思えた。

 首を傾げながらもゲーミングチェアから立ち上がり玄関へと向かう。

 カチャリと開錠した瞬間――。

 

 勢いよくドアが開け放たれ、金色の弾丸が俺の胸元に衝突した。

 

 不意の出来事に思わず固まってしまう。

 だが顔を下げて胸元を見ると。

 

「彩葉! 彩葉が! 倒れちゃった!」

 

 その言葉に、心臓が激しい痛みを訴えた。

 

「彩葉が! 彩葉が!」

 

 胸元に抱きつき必死に声を上げるのは、かぐや。

 久しぶりに見たその姿は、以前よりも更に伸びた金髪が印象的だった。

 困惑が思考を支配しそうになるが、胸元で震える存在を意識し続けることで無理矢理に冷静さを保ち続ける。

 久しぶりといった感傷もないままに思考を整理した。

 

「大丈夫。落ち着いて、かぐや」

 

 そう言って頭を撫でるが「彩葉が! 彩葉が!」しか言わない彼女に言葉を続ける。

 

「かぐや、落ち着いて。助けたいんでしょ?」

 

 聞き方を変えれば何度も頷きが返ってくる。

 とりあえずは最初の難関をクリアしたか……。

 そう考えて次の思考を巡らす。

 

「今、彼女はどこにいるの?」

 

「家に、いる」

 

 なるほど。

 だったらまずは行くべきか。

 

「じゃあ一緒に行こっか」

 

 そう告げれば勢い良くかぐやが顔を上げた。

 

「うん! 彩葉を助けてっ!」

 

 涙に濡れた深紅の双眸の中に俺が映る。

 腕を掴んで俺を引っ張りながらいろはの家へと向かった。

 勝手にお邪魔してしまって申し訳ないと思いつつも室内に上がれば沢山の小物が散乱しており、その中心で布団の中で眠るいろはの姿。

 布団は微かにだが上下しており、素人目にはそこまで重篤な症状には思えなかった。

 だがその顔はどこか赤らんでるように思え、近付いてそっと額に手を乗せれば、明らかに熱があるのが分かった。

 家に市販の風邪薬があるのを思い出したが、果たして風邪なのかどうかが判断出来ず、自分の身体ならいざ知らず他人に対して無責任に風邪薬を飲ませるのは気が引けた。

 このまま病院に連れて行くべきなのか、いろはに断りを入れずに勝手に連れて行っていいものか。

 そんな自分勝手な思考が浮かび上がる。

 不意に裾が引かれた。

 顔を向ければ、涙を浮かべた不安げなかぐやの姿。

 

「彩葉、大丈夫? 死なない?」

 

 僅かに逡巡。

 やがて、口を開いた。

 

「大丈夫、死なないよ。大丈夫だから」

 

 そう言ってかぐやの頭を撫でる。

 

「……でも、苦しそう」

 

「今は熱があるからね。タオルあったら、水に浸しておでこに乗せてあげよっか」

 

 風邪の対処法を告げれば「わ、分かった! タオル探してくる!」といって駆け出したかぐや。

 その背中を見つめた後、再びいろはへと顔を向けた。

 眠っている姿は幾分か苦しげな表情。

 

 ――大丈夫、死なないよ。大丈夫だから。

 

 この言葉は果たして、かぐやだけに言った言葉だろうか。

 自問自答が止めどなく流れ続ける。

 その言葉は、その判断はただの正常性バイアスじゃないか。自分を納得させるための言葉じゃないか。

 本当にこの判断で大丈夫なのか。

 それが繰り返し思考を駆け巡る。

 

「タオルあった!」

 

 届いた言葉に意識を戻せば、程よいサイズのタオルを掲げながら駆け寄って来るかぐやの姿。

 

「じゃあそれを水に浸そっか」

 

「分かった!」

 

 再び駆け出してかぐやは流しで水を出し、タオルを浸す。

 そしてそのままこちらに振り返ろうとして――。

 

「ストップストップ。そのままだとびちゃびちゃになるから、タオルを絞って水が垂れないようにしよっか」

 

 俺の言葉に首を傾げたかぐやだったが、やがて頷きシンク内でタオルを絞り始める。

 そして水気を切ったタオルを持って駆け寄ってきた。

 受け取って程よいサイズにまで折り畳み、再びかぐやに渡す。

 

「これをおでこにのっけてあげて」

 

「う、うん」

 

 少し緊張気味に、慎重にいろはのおでこへとタオルを乗せたのだった。

 手を離して立ち上がり再び俺を見上げる。

 何も言わないがその表情はまるで「次は?」と訊ねている様に思えた。

 頭の中で風邪の際の対処法を更に思い浮かべ口を開く。

 

「何時間か経ったら体温でタオルが温くなっちゃうから、そしたらまた水に浸して冷たくする必要があるね」

 

 何度も頷くかぐやに続ける。

 

「後は熱くて布団をはだけさせることもあるけど、ずっと布団に入れてあげてた方が治りが早いから、布団がはだけたらすぐに直してあげてね」

 

「分かった! あったかい方がいいんだ!」

 

 かぐやはそう言って部屋中を駆け回り、転がっていたぬいぐるみを片っ端から回収。

 両手に抱えたそれらをいろはが眠る布団の周りに並べていく。

 

「いっぱいふかふかあればあったかいよね?」

 

 置き終えたかぐやに苦笑を堪えて頷きを返した。

 そこで思い出す。

 

「そうだ、ちょっと待ってて」

 

 そう言って部屋を出ようと踵を返せば――。

 

「待って! 行かないで!」

 

 不安に満ちた声色で背後から抱きつかれた。

 

「行っちゃヤダ……彩葉が死んじゃう」

 

 抱きつかれた背中から震えが伝わってくる。

 このまま居るべきかと、一瞬考えてしまう。

 だがそれは……いろはが望まないだろう。

 かぐやの頭に手を置きながら口を開く。

 

「すぐ戻るよ。一分くらい離れるだけ」

 

「……ヤダ」

 

 僅かに逡巡。

 だが、やがて決意した。

 

「かぐやは、いろはのこと大好きでしょ?」

 

「……うん」

 

「いろはを、ハッピーエンドまで連れて行きたいんでしょ?」

 

「うん」

 

「いろははこれまでかぐやをずっと助けてくれたでしょ?」

 

「うん」

 

「かぐやも、いろはを助けたいでしょ?」

 

「うん」

 

「なら、かぐやがいろはを助けなきゃいけない。俺もサポートするけど……かぐやが、いろはから"ありがとう"って言われなきゃいけない」

 

 かぐやの幸せのために――かぐやを拒絶することを決意した。

 "いろは"と"かぐや"二人の幸せを考えれば――"この場"には俺が存在しない方がいいと、決意した。

 

「俺にも"ありがとう"って言われたら、意味がない。いろはが罪悪感を抱かずに素直に感謝できるのはかぐやだけなんだ。だからかぐやがいろはの面倒を見なきゃ、ダメなんだ」

 

「……わかんない」

 

「難しく考えなくて大丈夫だよ。かぐやはどうしたらいろはが早く元気になるかだけを考えるだけで大丈夫。かぐやは、いろはは大丈夫かな? って心配しなくても大丈夫だよ」

 

 返答はない。

 

「いろはが元気になったら、どんなことしたい?」

 

「……一緒にご飯食べたい。一緒に買い物行きたい。一緒に配信したい」

 

 でも、と続けた。

 

「彩葉と、一緒に笑いたい」

 

 抱きつく力が弱まった。

 

「じゃあ、かぐやがやるべきことは?」

 

 背中がもぞりと動く。

 だが返答はなかった。

 

「いろはが起きた時安心できるように、かぐやが傍にいてあげることだよ」

 

 ピクリと、背中に微かな反応が伝わる。

 

「できそう?」

 

 訊ねれば、背中の温もりが静かに離れた。

 もう一度だけ頭を撫でて「すぐ戻ってくるよ」と告げ部屋を後にする。

 歩きながら腹の奥に違和感を感じつつも無視して自宅に入る。

 そして目当ての物、個包装のマスクを一枚取って再び自宅を出る。

 同じ人類の枠に嵌めて良いか分からないが、かぐやにも移る可能性がゼロではないのなら、一応マスクをつけてもらおうと思った。

 俺までマスクをつけてはかぐやの心配が増大する可能性があるので、マスクはかぐやのみ。

 いろはの部屋に戻れば、いろはの枕元に座り込みその寝顔を見つめるかぐやの後ろ姿。

 声をかけてマスクをつけてもらい、起きた時用の粥かうどんでも作れるようにと食材を買いに再び外出。

 それぞれの食材を買い込みいろはの部屋に置き、寝汗が酷かったらたまに拭いてあげてと最後のアドバイスをし、何かあったら連絡をくれればすぐに向かうと告げていろはの部屋を後にした。

 最後に見たかぐやの不安げな表情を思い出しつつ、自宅の玄関を潜りドアを閉める。

 施錠し靴を脱いだ勢いですぐ横にある流しに向かい、胃からせり上がってきたモノを吐きだした。

 

 いろはを本当にあのままにしてて大丈夫なのか。

 もしいろはの容体が悪化したらどうするのか。

 この選択が本当に正しかったのか。

 間違っていたらどうするのか。

 何か見逃しはなかったか。

 かぐやを一人にして良かったのか。

 かぐやだけに任せて本当に良かったのか。

 かぐやの不安を完全に解消しないままで良かったのか。

 かぐやに責任を負わせてしまったのではないか。

 もっとかぐやを安心させることは出来なかったのか。

 二人の幸せを願いながら不幸にさせるのではないか。

 二人の幸せを俺が壊してしまうのではないか。

 二人のハッピーエンドを俺が消してしまったんじゃないか。

 二人に関わってしまったのが、本当に正しかったのか。

 二人に俺が関わったことで、こんな状態になってしまったのではないか。

 二人の幸せのために、もっと別の方法があったのではないか。

 

 幸せを願っていたいろはに深く関わりすぎて、ストレスを与え、拒絶された。

 幸せを願っていたかぐやに拒絶して、不安にさせて、一人にした。

 幸せを願っていた二人に関わって、幸せじゃない状況に陥らせた。

 

 何度も吐きながら、吐くモノすらなくなっても消えない吐き気に嘔吐を繰り返しながら、それらの思考が激しく入り乱れる。

 何が大人だ、転生者だ。

 別のもっとスマートで洗練されたやり方があったに違いない。

 俺じゃなかったらきっと、もっとちゃんと、こんな躓きなんて無いままに二人は幸せになれたに違いない。

 ようやくと吐き気が収まった頃、力が抜けて膝から崩れ落ちたのだった。

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