8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第12話

 八月も中盤に差し掛かった頃合い。

 今日も今日とて出社で忙しく働いた俺は、スーパーに寄って弁当と総菜を買い、帰路についていた。

 家に帰り、電子レンジで温めて弁当と総菜を食べる。

 パソコンを起動し、ウェブブラウザを立ち上げた。

 そのおすすめに出てきた多くは航空事故などの事故解説動画や事故検証番組の動画。

 だがポツポツと見える別のサムネイルが目に入り……ウェブブラウザを閉じた。

 出社してみて分かったことがある。

 "ツクヨミ"というプラットフォームは、決して若者だけの文化じゃないと。

 三十代や四十代といった社員達も共通認識で話せる程度の幅広いプラットフォームだった。

 だからこそ、職場でも雑談として話がよく出ていた。

 

 ――そういえば白羽さんって"かぐや"ってライバー知ってる?

 ――えー!? ツクヨミやってないんですか!? 今特に盛り上がってるんで絶対やった方がいいですよ?

 ――航空事故の動画ってなんです? 最近だと"かぐや・いろP"見た方がいいですよ?

 

 職場でも、殆どの日で"かぐや"に関する話題が耳に入ってきた。

 いろはが体調を崩した後、やはり風邪だった様で後から『彩葉元気になった!』とかぐやから連絡が来た。

 けれども、何故か彼女達に会う事を引け目に感じ……連絡が来た次の日から出社へと切り替えていたのだった。

 引け目なのか、それ以上の感情なのか自分でも分からない。

 だが自分でも不思議な程に――二人に会うと考えると、身体の震えが止まらなくなった。

 その理由が分からず、自然と家に帰る時間も遅くなっていたのだった。

 パソコンをシャットダウンし、ゲーミングチェアに背中を深く預ける。

 息を吐き、俯きながら目を閉じる。

 

 かぐや達を避けてしまうこの感情は、逃げなんだろうか。

 

 一人になると、その考えばかりが脳裏を過る。

 答えの出ない自問自答。

 二人は悪くない。

 俺が悪いんだ。

 毎度行き着く結論。

 こんな情けない状態なら、会わない方が良いだろう。

 毎度行き着く総括。

 再び息を吐く。

 

「……マジで、何もかわんねえや」

 

 それは自分の性格。

 何かをやり切ることはない。

 何かに情熱を燃やして完遂したことがない。

 全てを中途半端に始めて、全てを中途半端にやめてしまう。

 何もかもが中途半端な性格は、生まれ変わっても変わらなかった。

 いや、変えられなかった。

 変わろうともしていなかった。

 考えれば考えるほどに、これが自分の本質なのだと理解させられた。

 目を開いてボーっと床を見つめる。

 早く出社の時間になればいいのに……。

 それだけが唯一のプラス思考だった。

 

 

 

 

 休日ということで今日の外出予定を立てていた俺の耳に、玄関のドアがノックされる音が届いた。

 誰だ? と思いつつも開錠しドアを開ける。

 

「あ……ど、どうもご無沙汰してます」

 

 聴こえた声、見えた姿に心臓が高鳴った。

 そう言って頭を下げたのは――いろはだった。

 

「トーヤ、久しぶり~」

 

 そしてその奥で笑みを浮かべる――かぐや。

 半月ぶりだろうか。それとももう少しぶりだろうか。

 二人の様子を見て思わず安堵。

 どうやら……一瞬引き攣りそうになった顔はバレなかったらしい。

 

「どうも。それで、どうしたの?」

 

 この話し方で合っていただろうか。

 過去の記憶を引っ張り出しながら、僅かに固い身体を誤魔化して声をかける。

 いろはが顔を上げて、俺へと口を開いた。

 

「この度、引っ越すことになりましたのでご挨拶に来ました」

 

 その言葉に浮かんだ感情は果たして、寂しさだったのか――嬉しさだったのか。

 

「……そっか」

 

 出たのはそんな一言だった。

 いろはが手に持っていた包みを俺に差し出す。

 

「あの、これ……今までお世話になっていた分、お返しします」

 

 その包みは幾分か分厚く、何が入っているのかは即座に理解した。

 いろはの後ろでかぐやが笑う。

 

「かぐや・いろPコンビでたっくさん稼いじゃったからね~」

 

 すごいっしょっ、と同意を求めてくるかぐやに笑みを浮かべる。

 

「そっか、すごいね」

 

「むっふっふ~」

 

 ご満悦なかぐやを見て内心で安堵。

 ……どうやら上手く笑えていたらしい。

 視線を再びいろはに戻す。

 その手の包み。

 

「いや、俺は何もしてないんだから貰うものもないよ」

 

 "本心"からの言葉。

 

「いえっ、沢山お世話になったのでお返しさせてください」

 

「そうだぞー、金は沢山あっても困んな~い」

 

 二人に対して口を開く。

 

「だから俺は何もしてないから貰う訳にはいかないよ。それは君達のお金なんだから、君達の為に使うべきだよ」

 

 いろはが困惑を示し、かぐやは笑顔が消えてきょとんとした。

 だが、言うしかない。

 

「俺達はただの隣人同士だったってだけ。それ以上でもそれ以下でもないんだから、料理の差し入れ程度ならまだしもお金なんて受け取れないよ」

 

「えっ、で、でも」

 

「それが事実だったでしょ? 違う?」

 

 言い縋ろうとするいろはへと訊ねる。

 

「えっ、と……それは、その」

 

 気まずげに言い淀むその姿は、俺の言葉を肯定する反応と言えた。

 

「トーヤ?」

 

 不思議そうに見つめるかぐやが俺の名前を呼ぶ。

 まるで求める反応と異なる返しが来たことによる不思議さを表した様な顔。

 

「君達が誰かを幸せにしたことで稼いだ金を何もしてない俺が受け取ることは出来ない。その金は君達から幸せを貰った誰かが、"君達に幸せになってほしい"と思った金なんだから。だから君達が幸せになる為にだけ、使った方がいい」

 

 二人は何も言わず、俺を見つめている。

 

「学校なのか配信なのか、また別のことなのか分からないけど……君達の幸せのために使うんだ」

 

 いいね? と告げ、笑顔のままにドアを閉めた。

 最後に見たのは、困惑を浮かべたいろは。

 そしてその奥で、どこか不安げな表情を浮かべるかぐやだった。

 鍵を閉め、その場に佇む。

 暫く経って二つの足音が遠ざかっていった。

 身体を反転させて背中をドアに預けたままに崩れ落ちる。

 

「はあっ……はあ……はあっ」

 

 動悸が酷くなり、思わず胸をきつく握る。

 

「はっ、はあっ」

 

 ドッと汗が噴き出し、疲労が一気に押し寄せてきた。

 

「はあっ、はっ、はっ」

 

 ちゃんと、笑えていただろうか。

 飛ぶ鳥跡を濁さずとして、対応出来ていただろうか。

 迷惑をかけずに、終われただろうか。

 

 二人に俺の存在を――忘れさせることが出来ただろうか。

 

 二人は二人の幸せだけを見られるようになっただろうか。

 二人は、これで大丈夫だろうか。

 反省と後悔が止めどなく脳内を埋め尽くしては入れ替わる。

 これでもう、二人の邪魔にはならないだろうか。

 これでもう、二人を不安にさせることはないだろうか。

 けれど止めどなく流れ去った果てに残ったのは……そんな疑心暗鬼だった。

 震える足でゆっくりと立ち上がる。

 心の痛みを堪えてスマホを掴む。

 割れる様に痛む頭を押さえながら、電話帳を開く。

 吐き気を我慢して、一つの連絡先を開く。

 動悸を落ち着かせるために、深呼吸する。

 そして――。

 

 走馬灯の様に流れ去った思い出を無視して――"かぐや"と記された連絡先を削除した。

 

 スマホを床に落とし、その隣に倒れ込む。

 ようやくと、気付いた。

 何かに入れ込むとは……こんなにも大変なのか。

 何かに熱を上げるとは……こんなにも苦しいのか。

 何かに没頭するとは……こんなにも痛いのか。

 何かに関わるとは……こんなにも辛いのか。

 誰かを幸せにするとは……これ以上の思いをしなければいけないのか。

 涙は流れなかった。

 けれど心は全くと、晴れなかった。

 何時間と倒れ込み、やがて静かに起き上がる。

 後悔はない。ただ、この苦痛を受け入れられるようになっただけ。

 この苦痛を抱えながら生きることを、受け入れられただけ。

 あの二人には全く関係の無い、自分勝手な苦悩だと受け入れられただけ。

 だからもう大丈夫。

 

 平日に戻り仕事の毎日が続く。

 休みは何もせず家にいるだけ。

 特に変わらない"今まで"の日常を送っていた。

 そして訪れたのは、九月一二日。

 いつも通り仕事を終えて帰宅中、何となく空を見上げたら――それはもう美しい満月が闇夜の世界を明るく照らしていた。

 アパートの前で何となく立ち止まり、幻想的なその光景を見つめていたその時。

 

「――ぅぐ、ぅッ!」

 

 突如発生した心臓の強烈な痛みに呻き両手で押さえれば、持っていた買い物袋が音を立てて地面に散らばる。

 

「な、んだ……こ、れッ」

 

 思考が霧散し続けるほどの激痛に膝をついて、やがて道路に倒れる。

 

「ぐ、ぅッ……ぁ、あ、あ」

 

 痛みが更に激しさを増して視界が狭まり、意識が薄らいでいく。

 

「ぁ、ぁ……ぁ……ぁ」

 

 声にならない声を上げながら、視界が暗転した。

 最後に思ったこと。

 ……きっと、罰が当たったんだ。

 白羽遠矢、享年二五歳。誕生日前日の出来事也。

 

 

 

 

 ――十年後。

 社会人となり研究者となった酒寄(さかより)彩葉(いろは)は研究所にて、声をかける人を思い浮かべていた。

 

 学生時代からの親友二人、兄、兄の仲間二人。

 

 今日は彩葉にとってとても大事な日。

 それに関わる面々を招いていたのだ。

 関わっているのは彩葉にとって――そして"かぐや"にとってお世話になった面々。

 何度考え直しても、このメンバー以外の抜け漏れはなかった。

 彩葉の手には一台のスマホが握られており、彼女はそれの画面へと顔を向けていた。

 この光景は既に何度目かの馴染んだ光景。

 スマホの機種は――約一〇年前に発売されたミドルクラスの端末。

 その中身を一通り確認し、彩葉は小さく息を吐いた。

 

「よし、改めて問題無し」

 

 スマホをデスクに置いて、再び口を開くのだった。

 

「"かぐや"のスマホにも――今日来る人達以外のやりとりは無いし、大丈夫ね」

 

 

 

 

 白羽遠矢、享年二五歳。

 そんな彼は今――。

 

「おぎゃー、おぎゃー」

 

「生まれてきてくれてありがとう……遠矢。白羽家へようこそ」

 

 白羽遠矢として――再び、生まれ変わっていた。

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