8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第15話

 白羽遠矢。四度目の人生を謳歌していた。否、謳歌なんて出来る筈もなかった。

 両親も家族も親戚も周囲も環境も世界も、生年月日も何も変わらない、生まれ変わり。

 否、"変わっていない"のならばやはり――死に戻りと呼べるのかもしれない。

 再び赤子へと戻っていた時は、それはもう荒れ狂った。

 まあ、赤子らしく泣き喚くことしか出来なかったが、周囲に迷惑をかけないという点ではベストな荒れ方だったとは思う。

 現在二五歳。

 前世と変わらないアパートの一室で一人、ゲーミングチェアに座りながら息を吐く。

 何故、死んだのか。

 何故、生き返るのか。

 今回の転生でこの事実が――俺にとって恐怖を抱く問題となった。

 "また起こるんじゃないか"ではなく、"もう起こらないでくれ"と思うほどに。

 楽観的に考えるのはもう無理だった。

 "また起こる"の確率が自分の中で"今回で最後じゃないか"との比率を大幅に上回ったから。

 だからこそ学業など専念出来るはずもなく、高校を卒業してそのまま就職。

 だが就職先は、都内にした。

 何故死ぬのか、何故生き返るのか。

 そんな苦しみに苛まれる中で、唯一浮かんだ別の思考。

 

 いろはとかぐやが幸せになってほしいという、たった一つの暖かい感情。

 

 それだけが苦しみの中で、俺に正気を保たせてくれた。

 だから何とか都内の仕事を見つけて就職し、前世と同じ部屋を借りた。

 高校を卒業したばかりという事と、大分と精神的に不安定だった俺を心配して両親や家族は何度も都内への就職に反対したが、大丈夫という一点張りで無理やり上京。

 家族への申し訳無さもあったが、もしもいろはとかぐやが何か不幸になったらと考えれば、俺の中から上京しないという選択肢は消えた。

 職場はしがない零細企業で給料も決して高い訳じゃない。

 だがそれでも良かった。

 いや……どうでも良かったのかもしれない。

 

 だって――二五歳で死ぬかもしれないんだ。

 

 最低限必要なのは、それまでの生活費用。

 そしていろはとかぐやに渡す、ベビー用品とスマコンの費用だけだから。

 

 いろはとかぐやの幸せを願う。

 

 それはある種の目標と化し、荒れ狂っていた俺の心を一つの方向にまとめてくれた。

 それがあったから、そこまでは生きなければと思えた。

 そこを支えに、生きてこれた。

 

「ふえええええええええええええええ!」

 

 外から聴こえてきたのはそんな、赤子の元気な泣き声だった。

 突然耳に届いた声だったが、驚きはなかった。

 寧ろ――その声を聴いて安堵する自分がいた。

 やがて外階段を駆け上る音が聴こえ俺の隣の、角部屋のドアが開閉する音が聴こえる。

 それを耳にして深呼吸。

 前世を元に、計画は何度もシミュレーションした。

 基本は前世と同じ。

 それを更にブラッシュアップしてみた。

 

「ふやああああ!」

 

 壁越しに聴こえてきた声に、目を瞑り深呼吸を繰り返す。

 

「ふやあああああ!」

 

 その声を聴いて、目を開けて立ち上がる。

 静かに歩き出して、玄関を出る。

 隣の部屋のドアの前に立った頃には――泣き声は完全に沈黙していた。

 最後に一度深呼吸し、静かにドアをノックする。

 

「ッ、やばっ、やっぱうるさかったか」

 

 そんな声が微かに聴こえ、やがてドアがガチャリと開かれた。

 

「す、すみませんっ、うるさかったですよね? 今、静かになりましたんで」

 

 現れたいろはの姿に記憶が蘇り、懐かしさから思わず目を細めてしまう。

 だがこうしてはいられないと、すぐに我に返る。

 疲れ切った表情で眉を下げながら恐縮しきったいろはに口を開く。

 

「いえいえ、赤ん坊の泣き声が聴こえたんで……むしろ、俺の方から、良ければお渡ししたいものがありまして」

 

「え? 渡したいもの、ですか?」

 

 いろはの表情が訝しみへと変わった。

 俺もまた眉を下げて、困った表情を浮かべる。

 

「はい……実家から早く相手を見つけて結婚しろってうるさくて、昨日荷物が届いたんですが、ベビー用品とかが沢山来ちゃいまして困ってたんです」

 

「え?」

 

 ポカンと口を開けたいろはに続ける。

 

「今の俺に全く不要で困ってたんで、それらを貰っていただけると助かります!」

 

 そう言って頭を下げれば「え、あ、ちょ、ちょっと顔上げてください!」慌てだしたいろは。

 

「お願いします!」

 

「だ、だから顔上げてください! そ、それにいただくのは、その、申し訳ないですし」

 

 彼女を見て、想定と違う反応に困ったのは俺だった。

 俺の想定では悩んだ挙句に遠慮気味にだが、もらってくれると思っていた。

 どうやら俺の想定が甘かったようだ。

 これ以上頼み込めば、いよいよ金を払うとか言いそうな気がしたので慌てて口を開く。

 

「ホントですか! ありがとうございます! じゃあ今持ってきますね!」

 

「え、あ、いや、まだ何も言って」

 

 いろはの声を無視して自宅に戻り、まとめていた渡し物を持ち上げてすぐに外に出る。

 

「これです! どうぞ!」

 

「えっ、うわ、すごい量」

 

 驚いた声を上げるいろはへとそのまま一式とスマコンを渡す。

 

「申し訳ないですが、ここにあるのは本当にいらなくて……返品不可でお願いします! では!」

 

「あ、ちょっ」

 

 呼び止められそうだったので慌てて反転し自宅に駆け込む。

 後ろ手に施錠し、ドアに背中を預けながらしゃがみ込んだ。

 

 失敗したああああ!

 

 心の中でそう絶叫する。

 もっと良い展開に出来ただろ! 結局前世と同じ展開じゃねーか!

 そんな反省と後悔が心の中で叫び続ける。

 けれど、同時に押し寄せてきたのは――やはり安堵だった。

 大丈夫。最低でも前世と同じだ。

 まるで自分に及第点をあげるが如き思考が生まれてくる。

 完璧には出来なかった。

 でも、最低限はクリア出来た。

 その事実が、俺の心を反省と後悔の海から掬い上げる。

 そして同時に――。

 

 次は、もっと上手くやる。

 

 そんな思考が芽生えた。

 だから静かに立ち上がり、電気を消して壁を背にして座り込む。

 背後から何も聴こえない状況が、更に俺を安堵させた。

 大丈夫、決して間違いではないはず……。

 そういった感想が浮かび上がり、何もすることなく天井を見上げながら、朝の訪れを待ったのだった。

 

 相も変わらず仕事に精を出す日々。

 その間に訪れる束の間の休日。

 既に八月も折り返したある日。

 今日は何をしに外出しようかと考えていれば。

 不意に――玄関がノックされた。

 誰だ? と思ったのは僅かな時間。

 軽く深呼吸してから玄関へと向かい、ドアを開けた。

 そこにいたのは――。

 

「あ、あの、隣に住んでいる者です。この度引っ越すこととなったので……以前子供用品をいただいた分を、お返しさせていただきます」

 

 畏まった態度で俺へと封筒を差しだすいろは。

 その奥に視線を向ければ、目が合ってきょとんとした後に笑顔を浮かべた――。

 

「? やっほー、かぐやだよー」

 

 いろはと同年代程度まで成長した、前世と一致するかぐやの姿。

 二人の姿を、僅かに見つめる。

 

「……いや、あれは俺も困ってたから受け取ってくれて助かったんですよ。だから何も気にする必要はないです」

 

「でも、いただいた分はせめてお支払いさせてください」

 

「いえ、何か出費した訳じゃないので貰う訳にはいきません。なので俺に渡そうとしていた分は気にせず好きなもの食べたり好きな物を買ったりしてください」

 

「で、でも……」

 

「えっ!? じゃあその金で買い物行こーよ彩葉! 新しい服買って、寿司も食べるぞ~」

 

 楽しげな声を上げたかぐや。

 それを聞いたいろはが慌てて振り返り「ダメ! これは返すお金だって言ったでしょ?」とかぐやを嗜める。

 

「ぶうぅ」声に出して頬を膨らませたかぐや。

 

 そんな二人へと、口を開く。

 

「その子の言う通りに使ってくれたら嬉しいな」

 

 俺の言葉にいろはがこちらを向く。

 

「え? い、いや、でも」

 

 だがその言葉は最後まで言えず。

 

「ほらほら早く行こー! 彩葉と一緒にやりたいこといっぱいあるから時間があってもあっても足りないよ~」

 

「あ、ちょ、ちょっと引っ張らないでってば」

 

 満面の笑みを浮かべたかぐやに腕を掴まれ強引に引き摺られていくいろは。

 慌てたように静止しようとするが、いろはを引っ張ったままにかぐやが口を開く。

 

「欲しいっていう人にはあげてもいいけど、いらないっていう人にはあげる方が迷惑だも~ん。だったら望み通りかぐや達のために使うのが一番だよね!」

 

「いや、ま、待って、これは常識としてやらなきゃいけないことなの」

 

「いーからいーから~」

 

 そう言って視界からフェードアウトした二人を確認し、静かにドアを閉めた。

 鍵をかけ、背中をドアに預けながら崩れ落ちる。

 

 よしッ!

 

 前世と同じ最良の結果を出せた事に思わずガッツポーズする。

 いろはだけを見て満面の笑みを浮かべたかぐや。

 それを思い出し、暖かい気持ちになる。

 困惑した表情のいろは。

 それを思い出すと心の中で僅かな痛みが以前よりも大きくなった気がしたが、暖かい気持ちの方が大きいので無視する。

 これで、いい。

 そう思えた。

 

 仕事が終わり会社を出て電車に乗り、最寄り駅へと到着。

 九月一二日。俺の誕生日前日。

 正直、今日は朝からずっと何も手につかず、仕事でも細かいミスを沢山してしまい職場の人達に心配されたしまった。

 何事も無いように、振る舞うつもりだった。

 でも……無理だった。

 今日、死ぬかもしれない。

 そう考えてしまうと、全身が震え、何も出来なくなる。

 死ぬ事が怖いのか、心臓に襲いかかる激しい痛みが怖いのか……また死に戻ることが怖いのか。その全てなのか。

 強い恐怖に支配され、何度も上司から早退した方がいいと心配されたが、何とか定時まで働いた。

 いつ死ぬかも分からない状況で早退して、家で一人でジッとしているなど、考えただけで発狂しそうだった。

 だが考えてみれば、職場で死んでいたかもしれない可能性もあったのだ。

 それはそれは実に迷惑な事だろう……いや、どっちにしろ死んだら迷惑かけるか。

 脳内で浮かんだ自問自答はすぐに露と消え去った。

 視界の端に入ったのは、小さな公園。

 何となく足を運び、街灯が一本だけ照らす公園へと入った。

 木製のベンチを見つけ、そこに座り込む。

 誰も居ない公園。一人きりの空間。

 だが遠くから小さくだが人々の喧騒、そして車の行き交う音が耳に入り、それを聴く度に何故か心が少し落ち着いた。

 唯一の光源である街灯を静かに見上げる。

 それを見つめていれば、不意に前世の光景が呼び起こされた。

 

「そういや……満月、見てたっけ」

 

 耳に届いた声色はどこか、自分事にも関わらず他人事の様な音だった。

 けれどそれを深く考える気は起きなかった。

 心臓が痛い程に早鳴り暑さとは関係の無い汗が頻りに流れ落ちているのに、何故か思考は凪いだままだった。

 一〇分だろうか、一時間だろうか、数時間だろうか。

 街灯の丸い暖かな光を見つめながら、漠然と思った。

 ……そっか……死ぬのか。

 その瞬間――。

 

「――ぅぐ、ぅッ!」

 

 突如発生した心臓の強烈な痛みに呻き両手で押さえ、ベンチの上で屈みこむ。

 

「がぁ、ッ、ぁ……こ、れ……だ、ッ」

 

 思考が霧散し続けるほどの激痛に膝をついて、やがてベンチから地面へと崩れ落ちた。

 

「ぐ、ぅッ……ぁ、あ、あ……」

 

 痛みが更に激しさを増して視界が狭まり、意識が薄らいでいく。

 

「ぁ、ぁ……ぁ……ぁ」

 

 声にならない声を上げながら、視界が暗転した。

 最後に思ったこと。

 ……また、生き返るのか。

 白羽遠矢、享年二五歳。誕生日前日の出来事也。

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