8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第16話

 五度目の人生。

 意識が戻った瞬間に湧き上がったのは、激しい怒りだった。

 何度ももがき苦しんで死に、そして生き返るという摩訶不思議な状況に対して。

 だから家族にもキツく当たってしまう事も多々あった。

 だから学業も全く手がつかず、高校を卒業して就職することになった。

 だから就職先が遠く離れた東京でも、両親は心配しつつも何も言わずに見送ってくれた。

 就職したのは、前世とは違う零細企業。

 けれど不意に訪れる衝動的な怒りを制御出来ずに、不愛想な態度を取ってしまうことが多く、更に仕事に集中出来ない事からミスも多い毎日。

 職場の人達から距離を置かれ煙たがられる自覚はあった。

 それに対する怒りや悲しみは皆無。

 あるのは、それを自覚する度に湧き上がる自分への情けなさと、自分の置かれた状況――二五歳の最終日の夜に死んで再びゼロ歳からやり直す事に対する激しい怒りのみ。

 怒りに支配されなければ、恐怖で気が狂いそうだった。

 いつまで続くんだ。

 いつまで続ければいいんだ。

 ずっと続くのか。

 永遠に、終わらないのか。

 それを考えてしまう度に――死にたくなった。

 でも、死ねなかった。

 死ぬわけには、いかなかった。

 

 いろはとかぐやが幸せになってほしい。

 

 その思いが俺に死ぬ事を許さなかった。

 二人が幸せになる。

 そう考える度に、心が暖かくなった。

 

 それでしか、心が暖かくならなかった。

 

 だから上京して、同じ部屋に住む。

 七月になり、ベビー用品とスマコンを買い揃える。

 給料は安いから、余裕はなかった。

 でも……それで良かった。

 

 どうせもう、死ぬから。

 

 どこか投げやりにも思える心境。

 二人のことを想えば心が暖まり、怒りに狂わずに済んだ。

 

「ふえええええええええええええええ!」

 

 聴こえてきた声に、強く安堵する。

 外階段を駆け上がって隣の角部屋に急いで入った音に安堵する。

 

「ふやああああ!」

 

 その泣き声に安堵する。

 

「ふやあああああ!」

 

 その泣き声で行動に移そうと思える。

 隣の角部屋のドアの前に立てば、泣き声が止んでいた。

 静かにノックする。

 

「ッ、やばっ、やっぱうるさかったか」

 

 そんな声が微かに聴こえ、やがてドアがガチャリと開かれた。

 

「す、すみませんっ、うるさかったですよね? 今、静かになりましたんで……えっ?」

 

 現れたいろはの姿を見て、安堵する。

 

「いえいえ、赤ん坊の泣き声が聴こえたんで……むしろ、俺の方から、良ければお渡ししたいものがありまして……実家から早く相手を見つけて結婚しろってうるさくて、昨日荷物が届いたんですが、ベビー用品とかが沢山来ちゃいまして困ってたんです」

 

「え?」

 

 ポカンと口を開けたいろはに続ける。

 

「今の俺に全く不要で困ってたんで、お願いします! 貰ってください!」

 

 そう言って既に持ってきていた、固まったままのいろはへとそのまま一式とスマコンを渡す。

 

「申し訳ないですが、ここにあるのは本当にいらなくて……返品不可でお願いします! では!」

 

「えっ……あ、ちょっ」

 

 呼び止められそうだったので慌てて反転し自宅に駆け込む。

 後ろ手に施錠し、静かに息を吐く。

 何だ、この方が効率的じゃん……。

 前回までは一度取りに戻るという方法を選んでいたが、それを省略して最初から持っていけば一気に会話量を減らす事が出来た。

 つまり前回までは、余計な会話が多かったんだと分析。

 考えてみれば、その通りである。

 何せ俺は稀にしか会わない隣人で、いろはにとっては赤の他人である上に、深夜に訪問する不審者。

 そして彼女は謎の赤子を拾ってしまい、心理的にも身体的にも追い詰められた状態。

 その上で不審者との会話の時間が長ければ長い程、いろはにとってストレスを増やすばかり。

 だから互いに一番効率的なのは、最小限の会話によってベビー用品やスマコンなどを受け取ってもらうということ。

 この方法が最も効率よく、かついろはに負担の負担を減らす最良の方法だと結論付けられた。

 その後は何だか全てがどうでも良くなり、惰性で日常を送る。

 自分の境遇に怒りを覚えることもあったが、どうせ死んで戻るんだと考えれば怒りを制御出来るようになってきた。

 そして八月も半ばを過ぎた頃合い。

 休日で家にいた俺の部屋の玄関が不意にノックされた。

 扉を開ければそこには案の定、いろはとかぐやの姿。

 

「あ、あの、隣に住んでいる者です。この度引っ越すこととなったので……以前子供用品をいただいた分を、お返しさせていただきます」

 

 畏まった態度で俺へと封筒を差しだすいろは。

 その奥に視線を向ければ、目が合ってきょとんとした後に笑顔を浮かべた――。

 

「? やっほー、かぐやだよー」

 

 いろはと同年代程度まで成長した、前世と一致するかぐやの姿。

 二人の姿を、僅かに見つめる。

 

「……いや、あれは俺も困ってたから受け取ってくれて助かったんですよ。だから何も気にする必要はないです」

 

「でも、いただいた分はせめてお支払いさせてください」

 

「いえ、何か出費した訳じゃないので貰う訳にはいきません。なので俺に渡そうとしていた分は気にせず好きなもの食べたり好きな物を買ったりしてください」

 

「で、でも……」

 

「えっ!? じゃあその金で買い物行こーよ彩葉! 新しい服買って、寿司も食べるぞ~」

 

 楽しげな声を上げたかぐや。

 それを聞いたいろはが慌てて振り返り「ダメ! これは返すお金だって言ったでしょ?」とかぐやを嗜める。

 

「ぶうぅ」声に出して頬を膨らませたかぐや。

 

 そんな二人へと、口を開く。

 

「その子の言う通りに使ってくれたら嬉しいな」

 

 俺の言葉にいろはがこちらを向く。

 

「え? い、いや、でも」

 

 だがその言葉は最後まで言えず。

 

「ほらほら早く行こー! 彩葉と一緒にやりたいこといっぱいあるから時間があってもあっても足りないよ~」

 

「あ、ちょ、ちょっと引っ張らないでってば」

 

 満面の笑みを浮かべたかぐやに腕を掴まれ強引に引き摺られていくいろは。

 慌てたように静止しようとするが、いろはを引っ張ったままにかぐやが口を開く。

 

「欲しいっていう人にはあげてもいいけど、いらないっていう人にはあげる方が迷惑だも~ん。だったら望み通りかぐや達のために使うのが一番だよね!」

 

「いや、ま、待って、これは常識としてやらなきゃいけないことなの」

 

「いーからいーから~」

 

 そう言って視界からフェードアウトした二人を確認し、静かにドアを閉めた。

 ……よし、これも無事クリア。

 そう結論付け、飲み物を取るために冷蔵庫を開けてボトルコーヒーを取り出す。

 蓋を開けてコップに注ぎ、一口飲んでホッと一息。

 困惑した表情のいろは。

 それを思い出すと心の中で僅かな痛みが以前よりも大きくなった気がしたが、今回もちゃんとやり遂げられたという達成感の方が大きいので無視する。

 

 そして来たる九月十二日の夜。

 ……また、やり直しか。

 白羽遠矢、享年二五歳。誕生日前日の出来事也。

 

 

 

 

 死んでは生き返ること十度目。

 白羽遠矢、二五歳。

 

「いえいえ、赤ん坊の泣き声が聴こえたんで……むしろ、俺の方から、良ければお渡ししたいものがありまして……実家から早く相手を見つけて結婚しろってうるさくて、昨日荷物が届いたんですが、ベビー用品とかが沢山来ちゃいまして困ってたんです」

 

 そう言ってベビー用品とスマコンを渡す。

 

「申し訳ないですが、ここにあるのは本当にいらなくて……返品不可でお願いします! では!」

 

 そう言って部屋に戻った。

 人生におけるたった二つのタスクの内、一つが終わった。

 最低限度の、家賃と光熱費と食費とに加えベビー用品とスマコン代だけがあればいいのだと気付けたのは二回前の時。

 顔を合わせないように電車に乗って都心でバイトをしながら最低限の生計を立てていた。

 けれど家にいることは殆ど無い。

 そう考えれば、タスクは三つか。

 二つのタスク以外で彼女達と顔を合わせる訳にはいかないのだから。

 人生で残り二つとなったタスクを意識しながら生活を続ける。

 前回辺りから、あまり深く考えることをしなくなってきた。

 どうせ死ぬ。どうせ生き返る。

 生きている間に唯一行うことは、いろはとかぐやに対するタスクを行うこと。

 それ以外は存在しないのだから、何も深く考えることはなくなった。

 このままでいい。

 このままでしかない。

 諦めなのか割り切りなのか分からないが、どうでもよかった。

 変わらぬ日々を送り、八月。

 特に思考は持たず、毎日を送る。

 何も考えない。

 あまり、考えたくなかった。

 

「欲しいっていう人にはあげてもいいけど、いらないっていう人にはあげる方が迷惑だも~ん。だったら望み通りかぐや達のために使うのが一番だよね!」

 

「いや、ま、待って、これは常識としてやらなきゃいけないことなの」

 

「いーからいーから~」

 

 その声を最後に、外に誰も居なくなった玄関のドアを閉める。

 何も考えない様にする。

 いつもと変わらないタスク消化をしたんだ。

 これまでと変わらない、最良を果たせたんだ。

 玄関のドアを見つめたままに、服の上から心臓の辺りを押さえる。

 考えるな。

 考えるな。

 

 タスクを消化したという安堵よりも、最後に見た――いろはの困惑した顔に心が激しく痛むなんて、考えるな。

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