8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第18話

 三二〇。

 今回のタスクを全部こなした。

 もうやり残したことはない。

 後は九月十二日を待つだけ。

 考える事はもうしたくない。

 だって少しでも考えたら、頭が割れる様に痛いから。

 心臓が握りつぶされそうになるから。

 自分を責める思考に支配されるから。

 自分の罪を認めさせるために感情が暴れるから。

 ただ九月十二日を待つだけ。

 それが今まで通りで、これからもそうだから。

 人間だから、勝手な感情があって、勝手な思考があって、悩み苦しむんだ。

 何も考えなければ、身体の中の痛みを無視すれば、何事も無く次に行ける。

 それをこの四十回くらいで学習した。

 人間をやめれば苦しくないって、学習した。

 何回も生き返るなんて、人間じゃないし。

 何回も同じ人生を生き続けるなんて、人間じゃないし。

 何回もリセットされるなんて、人間じゃないし。

 一から百までずっと同じ事を繰り返して、百までいったらまた一からやり直す。

 そこに思考なんて不要なのだと学習した。

 そこに感情なんて不要なのだと学習した。

 寸分違わずに同じ言動を繰り返して、二五年経ったらまたやり直す。

 二五年周期のルーティン、二五年のパターン、二五年のパッケージ。

 頑張る必要はない。いつも通り、何も変わらずにこなすだけ。

 頑張るなんて、感情や思考を持つ者が行う精神的な奮闘。

 精神的に何も抱かなければ、何も変われずにいられる。

 たった一つでも例外が発生しない様に、全てを同じに繰り返し続けるのが最優先。

 だって、何か一つでもズレたり見落としたり逃したりすれば、以降の全てが崩れる。

 崩れたら、思考が生まれる。

 崩れたら、感情が生まれる。

 一日が過ぎた。

 一日が過ぎた。

 前回と何も変わらない、数日が過ぎた。

 そしてループ処理のリセット点である二〇三〇〇九一二が来た。

 金は最低限あれば良い。

 今日で退職したバイトを終えたのは昼前。午前中だけの仕事だけで必要経費は賄えたから。

 都心から電車に乗って最寄り駅に着く。遅延が発生しない、"いつも"の通りの電車。

 いつも通り、後は家に帰って夜になるまで待機し、リセットを待つだけ。

 "何も変わらない"、そんな一日。

 "何も変わらない"からこそ、駅を出て歩きながら街の景色を見て、思った。

 

 何も変わらない、と。

 

 それは"何も変わらない"という――思考だった。

 思考が発生すればルーティンに、パターンに、パッケージに極微小のズレを引き起こさせる。

 そのズレは、脳内で先に影響を及ぼす。

 "何も変わらない"。

 それは――過去三一九回の記憶を呼び起こすパンドラの箱であった。

 遡る様に記憶が急速に巻き戻されていく。

 三一九、三一八――二百――百。

 急速に巻き戻されていくのは間違いなく、"何も変わらない"から。

 そして残り一つとなった時。

 巻き戻る速度が劇的に遅くなった。

 

 不安げな表情でこちらを見つめる少女。

 困惑した表情でこちらを見つめる少女。

 

 それらが長く、脳内で再生され続ける。

 "何も変わらない"が、制御としての役割を果たさなくなった。

 ならば溢れるは思考、そして感情。

 消し去った筈の白羽遠矢という人間性が、三二〇回という巻き戻しによって作り上げられたガワに、僅かながらに影響を及ぼした。

 

「ッ」

 

 身体が、息を呑んだ反応を示す。

 ゆっくりと、前のめりに倒れる身体。

 視界の端に映ったのは――靴先が触れる、今まで躓いたことのない僅かな段差。

 状況を理解したが、倒れることは止められない。

 腕を前に出して、掌が地面に押しつけられる。

 肘を曲げて衝撃を逃がし前腕が地面へと接地した。

 地面に倒れ伏せるのを回避するために、膝を折って地面へとつける。

 まるで四つん這いで蹲った様な態勢で、ようやくと動きを止めたのだった。

 だが、起き上がることは出来なかった。

 

 いつもと、違う……ここから、どうすればいい。

 

 その思考がループし、身体が反応を示さない。

 三二〇回のループの中で、こんなことは初めてだった。

 だからこそ"何も変わらない"しか存在しない脳内では、この状況を修復するためのトラブルシューティングなど存在しない。

 ザワザワと周囲の音が耳に届き、それがノイズとなって更に焦りという感情が思考を暴れさせる。

 

 こんなの、知らない……どうすれば、いい……どうしたら、いい。

 

 思考が袋小路へと入り込み、身体への制御に意識を向けさせない。

 ただひたすらに焦り、困惑し、戸惑い、鼓動が早さを増す。

 どう、すれば……どう……しよう……。

 感情が極限へと達し、思考すらも乱れ始めた時――。

 

「ねーねー、大丈夫?」

 

 頭上から、声が聴こえた。

 明るさを伴った軽い、けれど澄んだ声。

 何故か、心臓が高鳴った。

 

「おーい、聞いてる~?」

 

 再度の声に、鼓動が速まる。

 急速に、記憶の中でその声色に一致する存在がフィルタリングされていった。

 聞き憶えのある声。

 聞き馴染みのある声。

 いつしか――声とも認識しなくなっていた音声データ。

 けれどその声に、何故か心臓の高鳴りが止まらない。

 

「むう~」

 

 変わった声色。けれど高鳴りは変わらなかった。

 

「えいっ」

 

 その声と共に両頬が柔らかな感触に包まれ、強制的に顔の角度を変えられる。

 正面やや上へと向けられた視界に映り込んだのは――。

 

「ここで蹲ってどうしたの~?」

 

 長く透き通った金糸。そしてまん丸の深紅の双眸には、呆然とした――俺の顔が映り込んでいた。

 記憶が、思考が、感情が溢れ出す。

 こうして触れ合った唯一の――転生一回目の記憶が、鮮明に呼び起こされた。

 小さな赤子の頃に髪を撫でた記憶。抱っこした記憶。

 成長してオムライスを食べている姿、うどんに夢中になっている姿。

 成長してコードを効率の良いものへと勝手に描き替えられた記憶。

 スマコンを強請られた記憶。スマホをあげて喜んでいた姿。ゲーミングチェアを気に入り、座ってグルグルと回っていた姿。

 いろはに料理を作りたいと言ってきた表情。

 ライバーとしてデビューし、初配信の感想を笑顔で訊ねてくる表情。

 いろはが体調を崩し、泣きながら助けを求めてきた時の顔。

 いろはの部屋のドアを閉める間際に不安げな表情のまま俺を見つめつつも、何も言わずに俺を見つめていた時の顔。

 引っ越す時の最後に見せた、やはり不安げに俺を見つめていた顔。

 

「か、ぐ……や」

 

 呆然とした俺の呟きに「およ?」と言ってかぐやがきょとんとする。

 

「もしかしてかぐやを知ってるカンジ?」

 

 そう言って首を傾げたかぐやだが、すぐにその表情が変わる。

 俺が見たかった、笑顔へと。

 

「なら話は早~い。今日かぐや"ツクヨミ"で卒業ライブするから見に来てねっ?」

 

「え……?」

 

 思わずと返してしまう。

 三二〇回の転生の中で、そんな事実は初めて知った。

 いや、もしかしたら知る機会はあったのかもしれないが、意識していなかっただけかもしれない。

 だが俺自身には初めての事実で、驚かざるを得なかった。

 

「落ちこんでたり塞ぎこんでたり悩んでたり、誰しも悩みはあると思う」

 

 そう続けた顔は、どこか優しげな笑みに思えた。

 かぐやが、口を開く。

 

「でもそんな苦しい思いは全部全部、かぐやがお月様まで持っていってあげる」

 

 その笑みに、言葉に、声に見惚れる。聴き惚れる。

 かぐやが楽しげな笑みへと変えた。

 

「かぐや姫が全部、ぜ~んぶハッピーエンドまで連れて行ってあげる♪」

 

 ――彩葉だけじゃない! トーヤもハッピーエンドまで連れてく、一緒に!

 

 ああ、そうか。

 ようやく分かった。

 転生一回目の俺が抱いた気持ち。

 ――二人でハッピーエンドまで一緒に行くのを見せてくれれば、それが俺のハッピーエンドだよ。

 それは紛れもない本心で。

 紛れもない――俺の生きる意味なんだって。

 思い出した様に懐かしく、それでいて新鮮な感覚が心に広がる。

 

「……うん。必ず行くよ」

 

 そう答えればかぐやは嬉しそうに笑った。

 同時に、遠くから声が聴こえる。

 

「かぐやッ!」

 

 それはやはり聞き馴染みのある声で。

 

「あっ、彩葉~」

 

 かぐやが顔を向けて浮かべた笑顔は特別で。

 

「急にいなくならないで」

 

 辿り着いた少女の肩手には食材の入った買い物袋があって。

 

「ん? 倒れたまま固まってる人いたから気になって」

 

 それは記憶の通りに好奇心旺盛で。

 

「驚かさないで」

 

 それは記憶とは違い、どこか不安そうで。

 

「彩葉、心配性~。早く帰ってご飯作ろ~」

 

「……そうだね」

 

 それは記憶と違い、どこか悲しそうで。

 立ち上がっていろはに腕を絡めたかぐやが先陣をきるように歩き出した。

 つられて踵を返したいろはが一度振り返り俺を見て――すぐに興味をなくした様に顔を戻した。

 仲睦まじい二人の後ろ姿が人ごみに消えていく。

 ザワザワとした周りの声は、気にならなかった。

 何も考えず身体に力を入れれば――自然と立ち上がれた。

 かぐやは、笑顔だった。

 でも――いろはには笑顔がなかった。

 なら。

 

 こんなルーティンは間違ってる。

 

 二人が幸せになれる未来を迎えられるルーティンが――方法があるはずだ。

 だったら、それを見つけるのが俺の生きる意味。

 それを見つけて続けるのが、俺の生きる意味。

 感情が、思考が身体に馴染む。

 久々に――"生きよう"って思えた。

 久々に――"頑張ろう"って思えた。

 かぐやの卒業ライブ。それは"ツクヨミ"で行うと言っていた。

 つまり、俺が真っ先に取り組まなくてはいけないのが……スマコンの入手。

 スマホを取り出して俺の全財産を見る。

 ……全然足りない。

 何やってんだ、今までの俺。思わず過去の自分を叱責する。

 だが自分を責めたとて現実は何も変わらない。

 何か方法は無いか。

 百万回以上は見続けたであろう、背景と化していた景色を見渡す。

 

「……あ」

 

 一つの看板が目に留まり、思わずと声を上げる。

 それはまるで、悪魔の誘い。

 今日死ぬから別にいっか……。

 そんな思いが湧き上がる。

 僅かに逡巡。

 

 ――今日かぐや"ツクヨミ"で卒業ライブするから見に来てねっ?

 

 今世の俺に、今の俺に……かぐやの卒業ライブ以上に重要なタスクは存在しない。

 ならばそのタスクを完了するために、何だってやってやる。

 そう決意して駆け出した。

 やがて"今日死ぬから返済しなくていいよね?"の精神で飛び込んだのは、消費者金融の無人契約機だった。

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