8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第19話

 何とかライブの時間前にはスマコンの入手に成功。

 今世はアルバイターだった俺だが特に借金をしていないのと継続した勤務履歴があり、更には一五万という少額の希望借入額ということでスムーズに審査が完了した。

 すぐに引き出して家電量販店を駆け回り、ようやくと在庫有の店を見つけた。

 店頭価格は以前かぐやに買ったよりも高く、少し上乗せして借り入れたのが功を奏した形だ。

 急いで家に帰り、目に入れるのは怖かったが意を決して装着しスマコンを起動。

 "ツクヨミ"の世界が、初めて俺の記憶に刻み込まれた。

 

『――太陽が沈んで、夜がやってきます』

 

 そんな声が聴こえた。

 同時に、視界の中へと女性が現れる。

 黒を基調とした、胸元から肩にかけて素肌を露出した着物を羽織り、その中央には赤っぽいカバか何なのか分からないキャラクターがデデンと目立っていた。

 裾は前方が短く後方の長いひらひらとしたスカート調になっており、中には紫のプリーツスカートを履いた美しい少女。

 月夜に映える銀髪は膝辺りまでの長さで、ツインテールにしているその結び目には更に髪で輪を作っているのがが特徴的だった。金色の簪を差すその姿はどこか高貴さを醸し出し、銀髪のインナーカラーとして見える淡いピンク色は、高貴さの中に活発さや幼さが共存しているのではないかと見る者に思わせてくる。

 この女性には、見覚えがあった。

 月見(るなみ)ヤチヨ。

 "ツクヨミ"の創設者でAIライバーの設定年齢八千歳、らしい。

 僅かに伏し目がちな艶やかとした表情から、まるでかぐやのような闇夜を照らし尽くす満月の様な笑みへと変わった。

 

『――出かける前に、その恰好じゃあつまらない!』

 

 その言葉と共に、まるで宇宙空間の様な世界が切り替わり、"(アバター)"に関する情報が数多に表示される。

 キャラクターメイキング。その画面だった。

 ……だる。

 そう思った俺は悪くない。

 何せ時間が無いのだ。

 ほぼそのままで問題無いと、五秒程度でキャラメイクを終了。

 シンプルで質素な町人風の着物になったが別にいい。

 名前すらもテキトーに乱打。MOSESU? 意味分からん名前だ。

 まあいい。どうせ一期一会なんだから。

 世界が輝き、景色が変わる。

 

「いてっ」

 

 仮想空間の発展した街を認識した瞬間、思い切りずっこけた。

 痛みはないのに声に出してしまったのは最早人間の本能だろう。今日はコケてばっかだ。

 立ち上がって操作方法を確認。間もなく、歩く走るは問題なく出来るようになった。

 かぐやのライブ会場はどこだと探せば、声が聴こえた。

 

『――初ログインおめでとう! ツクヨミではみんなが表現者! 君も何かをして人の心を動かしたら、運営から"ふじゅ~"がもらえるよ☆』

 

 よく分からん小型のうねうねした可愛らしいマスコットが現れてそんな説明をしてきた。

 そして話し終えて勝手に消えて行ったのである。

 まあ、いいや。

 歩き出してみれば、遠くに数人のグループを見つけた。

 

「早く早く! もう始まっちゃうよ!」

 

 そんな声が聴こえ、アタリだと内心でガッツポーズ。

 グループの後を追いかけようと思えば、そのグループが突如と消えた。

 不意の事態に思わず驚くが、ゲーム内という事でどこかに移動したのだろうと判断。

 

「やべ……どうすっかなぁ」

 

 途方に暮れる俺。

 メニュー画面とか出るのかと色々動かすが、焦っているのか上手くいかない。

 まずい……時間が。

 刻一刻と迫る開演時間に焦燥感だけが強くなっていく。

 これ、動画で見るとしてもどうやってログアウトするんだ……?

 更に焦りが増した。

 電脳世界で独りぼっちで取り残された俺。

 そんな俺に――。

 

「ヤオヨロー! 何かお困りですかな新人さん?」

 

 突如目の前に美しい少女が現れた。

 暗い闇夜を照らし尽くすような、満ち足りた月の笑み。

 服装と髪型から、直近の既視感が解答を導き出す。

 

「月見、ヤチヨ?」

 

 俺の言葉に相手は笑顔のまま――。

 

「さっきぶりだねっ、ようこそ"ツクヨミ"へ☆」

 

 創設者としての言葉を俺に返したのであった。

 

「"ツクヨミ"へいらした新人さんが迷い人になるのは忍びない! と・く・べ・つにぃ~、この月見ヤチヨがお好きなトコへ誘ってあげるのですよ」

 

 その言葉は正に渡りに船。

 

「かぐやのライブ会場って行けます?」

 

 ヤチヨの表情がきょとんとしたものに変わる。

 

「およよ? もしかして新人さんはかぐやのファンなのかなっ?」

 

 その言葉に思わず考え込む。

 ファン。

 俺がそう言うに相応しいのか。

 確かに一回目の転生時には、途中までかぐやの配信は全部見てた。

 けれど俺が繰り返し生き続けてきた総年数を考えれば、それはあまりにも微々たるもの。

 ファンっては、言えないよなあ……。

 そう思うが、それを正直に伝えても意味が無い。

 

「まあ、そんな感じです」

 

 当たり障りのない返答に留めることにした。

 そんな俺を、ヤチヨはきょとんとしたままに見つめる。

 その顔は実に人間らしいと思えた。AIってすげえ。

 ヤチヨはやがて、表情を変えた。

 

「新人さん新人さんっ、かぐやは今日が卒業だよ? 俺はかぐやのファンだー! って断言しちゃった方がきっと楽しいよ☆」

 

 彼女の笑みに思わず、こちらが首を傾げてしまった。

 まあ確かに卒業ライブだ、これでかぐやのライバー人生は終わりなんだろう。

 最後くらい堂々としろってことだろうか。

 でも俺は……自分のことをファンだとは言いたくない。

 こんなにも、三二〇回も――。

 

 累計して八〇〇〇年もかぐやを、いろはを蔑ろにしてきた俺に……ファンだと言う資格はないから。

 

 それに俺は正面からかぐやを応援したいというよりも――いろはと共にハッピーエンドまで駆け抜けたその後ろ姿を見たいんだ。

 心に決めた矜持は、曲げたくない。

 けれどヤチヨには何かしらを返さなければいけない。

 ……これで、行くか。

 やがて浮かんだ折衝案。

 

「このライブを見なきゃ……死んでも死にきれないんだ」

 

「え?」

 

 驚きに染まったその表情は、やはりどこまでも人間っぽいと思ってしまった。機械だったら、そんな反応はしないから。驚くというのは非常に労力がかかり思考と感情を強く動かされることだって、昼に思い知らされたから。

 ヤチヨの口が静かに開かれる。

 

「新人さん新人さん、前にもツクヨミに入ったことある?」

 

 その言葉に小首を傾げる。

 

「いや、今日が初めてだけど……」

 

 俺八〇〇〇年の歴史がそれを断言させる。

 

「あれれ? おっかしーな~、ヤチヨったら超高性能AIなんだけどな~」

 

 そう言って両手を上げて人差し指だけを伸ばしながら拳を内側に傾け、指先を両の側頭部に当てながらカクカクと可愛らしく頭を左右に傾けている。

 だが、その動きもすぐに止まる。

 

「……まいっか!」

 

 そう告げた表情は闇夜を照らし尽くす笑顔だった。

 

「そこまで言うのなら管理者権限で特別に案内してしんぜよー! かぐやの卒業ライブに一名様ごあんな~い☆」

 

 言葉と共にヤチヨが腕を振れば、世界が切り替わった。

 眼前に広がる数多の人だかり。

 けれどその口々から聴こえる「かぐや」という単語から、この場所で間違いないのだと断定。

 ヤチヨに心から感謝した。

 そして、音楽が鳴り響き、歌声が聴こえ続けていた。

 遥か過去に聞き馴染んだ、その歌声。

 

「……かぐや」

 

 ライブは既に始まっていた。

 いつ死ぬのか。そんな疑問は一切浮かばなかった。

 ただ目の前の光景、耳に届く暖かい音色に意識を奪われる。

 見渡す限りの数多の観客がサイリウムを手に、精一杯の声援を送っている。

 ライブの演出なのだろう、ステージの周囲で戦闘を繰り広げている演者達。

 明るく元気な美しい歌声が、心を震わせる音楽と共に俺の中へと浸透していく。

 遥か遠くで歌い踊る姿を見ながら思うこと。

 誰も彼もがかぐやだけを見て、かぐやに腕を伸ばす。

 だが、誰も彼もがかぐやに届くことは無い。

 それはまるで物語の一幕の様な幻想的な光景。

 この光景が、やはり物語と重なって見える。

 

 ――でもそんな苦しい思いは全部全部、かぐやがお月様まで持っていってあげる。

 

 何故か思い出した、昼に言われたかぐやからの言葉。

 何となく、かぐやの頭上へと顔を向ける。

 

 この世界の夜空に輝く、欠ける所の無い満ち足りた月。

 

 過去に何度か見た、死ぬ間際の満月を思い出した。

 視界に映るその月は、まるで俺の命を吸い上げるかの様に魅了し続ける。

 ……満月……かぐや。

 ふと浮かんだ二つの単語。

 その瞬間にまた、昼の光景が再生された。

 

 ――かぐや姫が全部、ぜ~んぶハッピーエンドまで連れて行ってあげる♪

 

 その言葉に、この光景は綺麗に当て嵌まった。

 ここにいる誰もがかぐやに魅了され、かぐやの存在を望んでいる。

 けれどその誰もがかぐやを手に入れることは出来ず、かぐやは今日という日を最後に引退し、姿を消す。

 

 ――かぐや姫が全部、ぜ~んぶハッピーエンドまで連れて行ってあげる♪

 

 かぐや姫は……誰からも寵愛され結婚を申し込まれたが、誰もが手に入れられず、月へと帰って姿を消した。

 竹取物語。それはどうしようもないほどに、目の前の光景に重なってしまった。

 誰もがかぐやの名前を叫び、求めて腕を伸ばしている。

 けれどかぐやはかぐやのままで、やりたいことをやっているのだ。

 

 ――やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!

 

 昔言っていた言葉を、正に体現した姿。

 だからこの後も、有言実行するんだろ?

 

 ――自分でハッピーエンドにする! そんでハッピーエンドまで彩葉も一緒に連れてくことにした!

 

 いろはと一緒に暮らして、めでたしめでたし。

 それがきっと、ハッピーエンドなんだろう。

 誰も不幸にならない、最良のエンド。

 歌が終わり……やがて曲が終わった。

 

 その瞬間、夜空を覆い尽くす人の群れが現れた。

 その光景を見つめるかぐやの表情は、分からない。

 演出の一部だと誰もがその幻想的な光景を眺める。俺もまた、それに倣っていた。

 誰かがかぐやへと歩み寄り、正面に跪く。まるで臣下の儀礼の様に。

 かぐやはその人物を静かに見つめる。

 

 いろはではない誰かを、かぐやは見つめた。

 

 僅かな沈黙。

 それを、かぐやが破る。

 

「はるばるようこそ」

 

 明るい口調は何故か、過去三一九回のどのかぐやとも一致しなかった。

 けれど思い出す。

 

 ――でもそんな苦しい思いは全部全部、かぐやがお月様まで持っていってあげる。

 

 昼間に聞いた声色と、酷似していた。

 

「逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、楽しかったんだ」

 

 ――うーん、何かあんまりよく憶えてないんだけど~。とにかく、毎日超つまんなくて~。楽しいところに逃げた~いって、思った気がする。

 

 何故か、過去に聞いたかぐやの声が脳内に響く。

 あの時の口調と今の口調は、まるで正反対だった。

 まだ痛みを発しないのに、どうしてか心臓を押さえていた。

 かぐやの足元に突如雲が現れ、それが浮き上がればかぐやもまた、静かに浮かび上がった。

 先程から、鼓動がずっと早鳴ったままだ。

 徐々に地面から離れていくかぐやの姿を見ながら思う事は一つ。

 

 なあ、いろはは一緒じゃないのか……?

 

 どうせ演出だろうその光景を見て、真っ先にそう思ってしまった。

 演出だろうが何だろうが、見たくないと思ってしまった。

 かぐやが、いろはから離れていく光景を。

 別れを惜しんだ観客達が駆け寄り、真上を見上げてかぐやの名を叫ぶ。

 だが誰も、伸ばした手はかぐやには届かなかった。

 更に高度を増せばかぐやの背後に月が映り込む。

 まるでかぐやの在るべき場所と言わんばかりに、かぐやの長い髪が、同じ色の満月へと同化していく。

 いろはを伴わずに、かぐやは月明かりに紛れていく。

 

 ――自分でハッピーエンドにする! そんでハッピーエンドまで彩葉も一緒に連れてくことにした!

 

 これはかぐやが望んだハッピーエンドの演出なのか?

 この演出が最後で良いのか?

 月はつまないと言っていたかぐやが選んだ演出なのか?

 いろはを残してかぐやは月に帰りたいのか?

 演出と現実が俺の中で激しく入り乱れ、混ざり合い、心を軋ませる。

 いろはを伴わずに一人去ろうとするかぐやを、見たくなかった。

 その時、声が聴こえた。

 

「最高の卒業ライブでした! いっぱいお土産もらっちゃった。みんなありがとう!」

 

 かぐやの明るい声が締められた瞬間――。

 

「――ぅぐ、ぅッ!」

 

 心臓の痛みに胸を抑えて蹲る。

 

「がぁ、ッ、ぁ……こ、れッ」

 

 視界が仮想空間からゲーミングチェア以外何も無い無機質な部屋へと戻った。

 

「ぐ、ぅッ……ぁ、あ、あ」

 

 痛みが更に激しさを増して視界が狭まる。

 けれど脳裏にはずっと、映像が浮かんでいた。

 いろはを伴わず天へと、月へと去っていくかぐやの姿。

 

 ――うーん、何かあんまりよく憶えてないんだけど~。とにかく、毎日超つまんなくて~。楽しいところに逃げた~いって、思った気がする。

 ――逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、楽しかったんだ。

 

 ――やりたくなかったらやんない。やりたかったらやる!

 ――でもそんな苦しい思いは全部全部、かぐやがお月様まで持っていってあげる。

 

 ――めでたしめでたし~パチパチパチなんだってさ。超バッドエンドじゃない? かぐや姫絶対バッドエンドじゃん! 何かいい話風になってるのが余計許せないし!

 ――かぐや姫が全部、ぜ~んぶハッピーエンドまで連れて行ってあげる♪

 

 痛みを必死に堪えて、意識の全てを思考に回す。

 疑わざるを、得なかった。

 だって、あまりにもタイミングが良すぎる。

 確定ではないが、除外するには検証しきるしかなかった。

 まさか……本当に。

 

「ぁ、ぁ……ぁ……ぁ」

 

 声にならない声を上げながら、視界が暗転した。

 最後に思ったこと。

 ……幸せにしない限り、俺は死に続けるんじゃないか。

 白羽遠矢、享年二五歳。誕生日前日の出来事也。

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