8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……? 作:グラナデンロップイヤー
四八〇回目。
二〇三〇年九月。
俺は緊張に包まれていた。
こんなに緊張したのはいつ振りだろうか。
初めて、コラボライブのチケット抽選に応募した時以来だろうか。
当選発表の時間が迫るにつれて心拍数が上がっていく。
……頼む……頼む!
苦節一二〇〇〇年。初めての神頼みだった。
俺が今応募していたのは――かぐやの卒業ライブチケット。
これを手に入れられなければ全てが崩れる。
これを手に入れられなければ、これまでの苦労が無駄になる。
こんなことなら、先にこれを確認しときゃよかった……!
思わずと過去の自分に怒りをぶつける程に、俺の緊張は最高潮に達していた。
手に入れられなければかぐやを攫えないのだから、正に命懸けの大博打。
これを手にしなければ俺は、ずっと死に続けることが確定するかもしれないのだから。
時間になり、通知が届いた。
落選。
「なん……だと……?」
その言葉と共に、膝から崩れ落ちた。
頭の中に浮かんでいた計画が、音を立てて崩れていく。
一度ハズレたら何回やり直してもハズレ続けるのは既に検証済み。
つまり俺は未来永劫、かぐやの卒業ライブに参加出来なくなったということ。
「マジか……」
ゲーミングチェア以外何も無い自室で思わずと呟く。
久方ぶりの深い絶望が心に押し寄せた。
もしかしたらループをここで終わらせられるかもしれない。
いつの間にか抱いていたそんな希望が、完全に打ち砕かれた気がした。
せっかく今回は無駄に有名にならないようにKASSENは最小限に控えてたのに、他の手段を考えなきゃないなら今回もずっと練習して腕が鈍らない様にしておけばよかった。
自分の判断が常に後手後手に回ってしまう事実が情けなくて仕方ない。
この世界での総年数に対して、精神年齢が余りにも幼なすぎである。そんな自分に苛立ちを覚えるが、苛立ったところで何も解決しないと、溜息を吐くのだった。
そして何の解決策も思い浮かばないまま、九月十二日を迎えるのだった。
夜になりツクヨミへとログインした。
そこに明確な理由は存在しない。
強いて言えば、いつも潜っているから。それに尽きた。
もうすぐかぐやの引退ライブが始まる。
だがそこに、行くことはできない。
思わず溜息を吐いた。
数時間と経たぬ内に死ぬのだから、何かしようという気も起きなかった。
人がちらほらといる広場から離れて誰もいない場所へと歩く。
考えてみれば以前、かぐやの卒業ライブに参加出来たのも正式な手段じゃなかった。
――そこまで言うのなら管理者権限で特別に案内してしんぜよー! かぐやの卒業ライブに一名様ごあんな~い☆
あの時はツクヨミの管理人、月見ヤチヨの計らいによって特例で参加させてもらったに過ぎない。
だが今回は、そんな見込みもない。
――ヤオヨロー! 何かお困りですかな新人さん?
前回、ヤチヨは開口一番にそう言った。
――"ツクヨミ"へいらした新人さんが迷い人になるのは忍びない! と・く・べ・つにぃ~、この月見ヤチヨがお好きなトコへ誘ってあげるのですよ。
俺の下に現れた理由を、そう告げた。
今の俺は、新人なんかじゃない。
それでいて有名プレイヤーでもない。
本当にただのしがないモブでしかないのだ。
歩き続け、誰もいない拓けた場所に出る。
そこから見える景色は幻想的で、思わず足を止める。
絶望に覆われていた心が少しだけ、現れたような気がした。
辺りを見渡せばやはり誰もおらず、まるでこの世界に自分だけが存在しているかの様な錯覚を抱く。
胡坐をかいて地べたに座り後ろ手をつけて、ただ目の前の美しい景色を見つめた。
ここなら誰もこなさそうだし、死んでも大丈夫そうだ。
思わずそんな感想を抱いた。
最もログアウトしてしまえば一人きりの部屋で静かに死ねるのだが、卒業ライブのチケットに落選したショックを少しでも持ち越さないために、時間が来るまでこの景色を眺めながら心を洗おうと思ったのだ。
次回は、もしかしたら案を考えるだけの回になるかもな……。
どこか予感めいた思考に、思わず苦笑した。
その時だった。
「ヤオヨロー! ヤチヨが造った世界に見惚れてくれて感謝感激雨アラモード!」
背後からそんな、人を元気にするような明るく楽しげな声が聴こえた。
思わずと顔を向ければそこには、
「そこな方そこな方。黄昏るのも表現だけど、もっと笑顔で黄昏てみると、きっと楽しい気持ちになるよ☆」
黒を基調とした着物を着崩し、美しい銀髪を活発に揺らす月見ヤチヨの姿があった。
闇夜を照らし尽くす満月の如き笑顔が俺を見つめていた。
何故。
それだけが俺の心を占めていた。
初めてツクヨミにログインした日――かぐやの卒業ライブに参加したあの時以来、彼女がこうして俺と会話することはなかった。
だからこそ、何故。
何故今回はまた、俺の前に姿を現したのか。
それが分からず、澄み切った青紫の双眸をただ見つめることしか出来ない。
「今日は新進気鋭のライバー、かぐやの卒業ライブだけどそんなに好きじゃなかったかなっ?」
ヤチヨの言葉に首を傾げる。
だが、何となく理解する。
ヤチヨはここの管理者だ。
俺が手持ち無沙汰だと思い解消しにきてくれたのかもしれない。
今までの俺はずっとKASSENだったりと常にツクヨミ内で何かをし続けていた。
もしかしたら俺の知らないところで、ヤチヨはこうしてプレイヤー達をサポートしていたのかもしれない。
ヤチヨが現れた理由を自分の中で消化し、続けて彼女からの問いに対する返答を考える。
かぐやがそんなに好きじゃなかったか。
答えは考えるまでもなかった。
「好きだよ」
紛れもない本心。じゃなきゃ死に続けてもずっと幸せを願い続けることなんてできないから。
俺の回答に、何故かヤチヨは目を丸くした。
それを見た俺はただ首を傾げることしか出来ない。
数秒と表情を固めていたヤチヨが、やがて首を傾げる。
「ならSETSUNAでいろPに勝ったらかぐやと結婚っていう争奪戦がありましたけど~、MOSESUも参加してたら、もしかしたらかぐやと結婚できたんじゃないかなー?」
間延びした口調で告げられた言葉に、再び首を傾げる。
何故そんな話が出たのか訳が分からなかった。
「いや、別に結婚するつもりはないから参加しなかったんだけど……」
これもまた紛れもない本心。
前回は初めて挑んだが、それは単純にいろはがKASSENの強プレイヤーという話をそれまでの間に知ったから、いろはにも他のプレイヤーと同じように"負けられるか"試さなきゃいけなかっただけだ。
その確認が終わった今回はあの争奪戦に挑む必要性はなかった。
だが俺の回答を聞いたヤチヨは――。
「え?」
驚きに満ちた表情を浮かべて、俺に既視感を抱かせた。
そういや以前も似たようなことあったな……。
前回のヤチヨとの会話を思い出し、そんな感想を抱いた。
人間らしいとしか思えないその表情を見つめていると、やがてヤチヨが口を開く。
「かぐやが好きなのに卒業ライブは見ないの?」
笑みを戻し、再びこちらへと問い掛けてきた。
強引な話題転換にも思えるが、特段深掘る内容でも無かったために思考を切り替える。
新たな質問は、俺の思考を現実へと戻させた。
ヤチヨから顔を戻し、再び正面へと向き直す。
幻想的な景色を見つめながら、口を開いた。
「直接見ないと何の意味もないからね」
「え?」
背後からの声に、反省する。
流石に自分勝手すぎる思考だと気付かされた。
俺がかぐやを攫えなければ、かぐやのライブは見る価値が無い。
まるでそう言っている様に、我ながら思い至った。
……最悪だな。そう自分を蔑んだ。
かぐやはやりたいことを楽しんでいるのに、何て言い草だろうか。
ライブを楽しむつもりはないと、断言したようなもの。
「……いや、何でもない」
意味の無い誤魔化しをして口を閉じた。
美しいはずの景色を見つめるが、何の感想も浮かばなかった。
かぐやの卒業ライブにそんな解答を出した自分が嫌になった。
もしかしたらかぐやを攫う事に固執して、思考が変に染まってしまったのかもしれない。
一度、その方向性から離れて……、また違う可能性を探す作業に戻った方がいいのかもしれない。
そう考えれば、僅かに心が軽くなった。
心が軽くなって――ただ死を待つだけの心境になった。
「何で直接見なきゃ、意味がないの?」
背後から聴こえた声は、どこか今までとは違う口調に思えた。
けれどそれが何なのかは分からない。
背後にいるヤチヨがどんな表情なのかも分からない。
でもどうせ……見たって真意は分からないだろう。
ヤチヨからの問いに漠然と考える。
もう今世と決別したからか、いまいち集中して考えられず、ざっくりとした理由しか思い浮かばない。
……ま、別にいっか。
どうせまたリセットされるんだ。詳しく話すのもめんどくさいし。
「それがハッピーエンドになるからかもね」
テキトー過ぎたのか、ヤチヨからすぐに返事はなかった。
呆れて姿を消したのだろうか。まあ、それならそれでもいい。
どうせ幾ばくかの命。一人の方が気が楽だった。
ボーっと景色を見つめる。
だがその景色は、
「……では、そのハッピーエンドをとくとご覧あれ」
背後からの言葉と共に一変した。
「……え?」
やや遅れて、そんな声が漏れた。
眼前にはサイリウムを持って一方だけを見つめる群衆。
思考がまとまらないままに、何となく立ち上がった。
「はるばるようこそ」
その声に、その光景に鳥肌が立った。
鼓動が早鳴り、身体に熱を帯びる。
群衆が見つめる先にはステージの上で何者かが跪き、
それを見つめるかぐやの姿があった。
上空には夥しい量の人影。その奥に悠然と輝く、巨大な月。
月はまるで誰かを包み込むのを待っているかのように、欠けるところなく大きくその姿を広げていた。
そして同時に気付く。
この場所には見覚えがあると。
すぐに思い出した。
ここはKASSENのフィールドだと。
群衆の最後尾にいる俺の後ろは無人。
慣れた操作を行えば次の瞬間、俺の右手には一振りの太刀が握られていた。
他よりも一番慣れた武器。
……これを逃したら、次は無いかもしれない。
「逃げちゃってごめん。でも、すっごい、すっごい、楽しかったんだ」
その言葉と共に、姿勢を低くして駆け出す。
群衆の僅かな隙間を見つけてはそれをルートにしながら誰にもぶつからずにステージへと向かう。
最高速度を維持し続ける方法はとっくに習得している。
ただひたすらに、一点を見つめ走り続けた。
かぐやの足元に雲が現れる。
慣れた操作で現在時刻を秒単位で表示。
雲に乗せられて浮き上がったかぐやが徐々に上昇していく。
ステージまでは後僅か。
自分の跳躍力の限界から見て、これ以上走るのを中断。
止めた勢いで身を屈める。
「最高の卒業ライブでした!」
上空から聴こえるかぐやの声。
その一点へと全力で飛んだ。
「いっぱいお土産もらっちゃった」
かぐやは観客達を見渡しながら言葉を続ける。
「みんなありが――」
直前に迫った俺と、目が合った。
目を見開いたかぐやを無視して、その細く小さな身体を左腕で抱きしめた。
「え?」
耳元で聴こえた微かな声。
同時にこちらへと襲い掛かってくる人型の群れ。
それをゲーム内だからと躊躇わずに横薙ぎで一掃する。
一秒。
俺は他のループよりも長生きした。
地面へと降り、即座に走り出す。
二秒。
上空から襲いかかってきた相手を薙ぐ。
三秒。
これは本当に演出なのかと、疑問を抱いた。
襲ってきた相手に一閃。
四秒。
相手はずっと、かぐやだけを狙っている。
かぐやを奪い去るためだけの動きに思えて仕方なかった。
五秒。
このステージから退避しようとメニューを開く。
六秒。
思考が停止する。
七秒。
思考が再開した。
何故か、普段押せるはずのボタンが、ロックされていた。
八秒。
襲いかかってきた相手に再び一太刀。
九秒。
どうするか、思考に使った。
十秒。
「……かぐや」
十一秒。
「月に帰るのは、ただの演出なの?」
端的に、一番気になっていたことを聞く。
十二秒。
襲いかかってきた相手を薙ぐ。
十三秒。
沈黙。
十四秒。
沈黙。
ステージ、観客から大分と離れた場所まで来た。
十五秒。
「逃げて迷惑かけたから」
十六秒。
「帰らなくちゃ」
十七秒。
上空から襲いかかってくる多数の敵が見えた。
十八秒。
「おらあああ!」
その声と共に、眼前の敵達が吹き飛ばされたのだった。
十九秒。
「俺達が援護する! だから逃げることだけに集中しろッ!」
武器を振り抜いた体勢でそう俺に叫んだのは、前々回にようやく絶対に負けなくなった最後の相手、ブラックオニキスのリーダー、
二十秒。
「今の状況説明してほしい」
かぐやを攫った俺が、訊ねる。
二十一秒。
真左から敵が迫っくるのが見えた。
二十二秒。
太刀を薙ごうとした瞬間、敵が斬り伏せられる。
二十三秒。
「かぐやを月に連れ戻そうとする奴らです!」
斬り伏せた態勢から即座に双剣を戻した――いろはがそう言った。
二十四秒。
「お願い!」
いろはが俺を見る。
二十五秒。
「かぐやを助けて!」
それは心からの願いだった。
いろはの言葉に、胸が熱くなる。
二十六秒。
「必ず助ける」
二十七秒。
いろはと帝に敵が集まり出し、僅かに距離が開く。
二十八秒。
このまま走り続けようと正面に意識を向けた時。
二十九秒。
眼前に突如人影が現れたので太刀を振る。
三十秒。
「ダメッ! MOSESUはそんなことしてないッ!」
その声と銀糸を認識し、太刀を止めてしまった。
三十一秒。
必死の中に悲痛を込めた顔でヤチヨが正面から俺に抱きつき、動きを止められた。
三十二秒。
敵に完全に包囲された。
三十三秒。
沈黙。
三十四秒。
「……大丈夫だよ」
三十五秒。
「みんな」
……あぁ。
三十六秒。
「ありがとう」
今回も、ダメだったか。
「――ぅぐ、ぅッ!」
太刀を落として心臓を押さえ、膝から崩れ落ちる。
「……え?」
それは果たして、どちらの声だったんだろう。
「がぁ、ッ、ぁ……く、そッ」
全身から力が抜け――かぐやを手放してしまった。
必ず助けると、誓ったのに。
「ぐ、ぅッ……ぁ、あ、あ」
胸を押さえたまま、地面へと倒れ込む。
「ぁ、ぁ……ぁ……ぁ」
意識が急速に遠退いていく。
最後に聴こえたのは――。
「かぐや! かぐやッ! いやっ、待って! 行かないで!」
そんな、泣き叫ぶ少女の声だった。
白羽遠矢、享年二五歳。誕生日前日の出来事也。