8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第23話

 まず最初に始めた事。

 新たなルーティンとして、プログラミングの学習を始めた。

 知識はほぼゼロに戻っていたので完全に初心者としての再スタート。

 最初に手広く触れてはみたものの、がっつり文系思考な俺からすれば特にバックエンド。サーバーに関するプログラミングの勉強が特に苦痛だった。

 よってフロントエンド、つまり表示される側のプログラミングから徐々に深度を増していこうと決意。

 勉強し、コードを書いて試し、試したコードを暗記するまで継続して書き続ける。

 まるで歴史の年号の把握の様に記憶していく方法で、ゆっくりとしっかりと覚えていく。

 いつでも思い出せる様にしておかないと、死に戻ったらその知識を改めて吸収するのが手間になるから。

 そして時が進むと使用できるプログラミング言語が増え、それをもし忘れてしまったら、また生まれ変わってからそのプログラミング言語が出来るまで再習得を待たなければいけない。

 生まれた時から既にあるプログラミング言語をまずは優先的に習得していく。

 IF文、FOR文、FOREACH文――。

 本当に基礎の基礎。初学者の内容から徹底的に暗記していく。

 コードを書き、実際に動いたらそれをペンでノートに書いて身体に浸み込ませる。

 ルーティンではない記憶作業。全くと理解出来ない状態から完璧に理解して忘れなくなるまで何日も何年も何回も繰り返す反復作業。

 ストレスがやばかった。

 何回やっても挙動が思うようにいかず、デスクに台パンする日々。

 書くのが嫌になって何度もノートを破ろうとした日々。

 途中で寝落ちして、目を覚ましたら長々と書いたコードの一部がどんな処理か忘れて……その処理についての勉強から完全にやり直しになった日々。

 日を追うごとに。

 年を追うごとに。

 回を重ねるごとに。

 ストレスが増えていく。神経質になっていく。

 それまでに暗記してきた部分を忘れたら、そこから全て覚え直し。

 その量が増えていくことへのストレス。

 絶対に一つも忘れてはいけないというストレス。

 そして――。

 

 やればやる程に、覚えれば覚える程に、出来る事が増えれば増える程に――"ツクヨミ"という存在が遠く離れて行った。

 

 プログラミングが分かる程に、ツクヨミの一つ一つの細かい処理が分かる様になってきた。

 プログラミングが分かる程に、ツクヨミの一つ一つの細かい処理があまりにも膨大だと理解した。

 プログラミングが分かる程に、ツクヨミの中の一つの細かい処理ですら、再現するのに膨大な回数を擁した。

 やればやる程に、ツクヨミの世界の広さを見せつけられた。

 覚えれば覚える程に、ツクヨミの世界の深さを知らしめられた。

 出来る事が増えれば増える程に、ツクヨミにはまだまだ通用しないのだと思い知らされた。

 それはまるで地上から手を伸ばしても届きそうで届かない月の様な存在。

 こちらから見れば伸ばし開いた手の中に月が収まっている様に思える。

 けれどその手を閉じても、決して月は手の中に入ってはいない。

 知識が増えれば増える程に……ツクヨミは新しい顔を出し続けたのだった。

 

 

 ツクヨミの機能確認のために、久々に潜った。

 その世界は輝いており、沢山のユーザーで賑わっており、誰しもが笑顔を浮かべている。

 広場で佇み、操作に集中し様々な項目やオプションを確認していく。

 その全てに敗北感が募り、その全てが今までの努力を嘲笑う。

 何もかもが、別世界に思えて仕方なかった。

 決して人間如きじゃ辿り着けない極致だと思わされた。

 この光景を見つめる事しか許さないと、言われているように感じた。

 天才と凡人の差を、嫌でも見せつけられた。

 

 月見ヤチヨにしか作れないと、思ってしまった。

 

 全ての動きを止めて、ただ佇む。

 広場に設置された大型のモニターには、月見ヤチヨが映っている。

 闇夜を照らし尽くす満月の様な笑みで、こちらを見ていた。

 俺もまた、照らす対象だと言わんばかりに、笑っていた。

 勝てないと、思ってしまった。

 絶対に負ける訳にはいかないのに、そう思ってしまった。

 

 その時、背後から声が聴こえてきた。

 

「うわぁっ!」

 

 驚きに包まれたその声を聴いて、振り返る。

 

 赤っぽい変則的な肩出しの、膝上までの短い着物。

 膝よりも長い金糸の末端をまとめた髪型。

 側頭部から垂れ下がる、髪に馴染んだ長いロップイヤー。

 前髪の左端につけられた三日月型の髪飾り。

 目尻に入った真っ赤な目張りが引かれ。

 足首の辺りに可愛らしい兎のオブジェクトをつけた大きめのスニーカーを履く――。

 

「ヴェェェ」

 

 倒れ込んだ拍子にそんな声を漏らした――かぐやがいた。

 そしてその傍には、

 

「ほら、手ーかして」

 

 青を基調とした長い袖で、膝上の短さだがかぐやよりも露出度を控えた着物。

 黒みがかった紫色のショートヘアーから覗く額には、小さい真っ赤な宝石が一つ。

 ふくらはぎまでの高さの細身のブーツを履き、狐耳と尻尾を生やした――。

 

「あ、もしや、彩葉?」

 

 倒れたかぐやに手を差し伸べて引き起こした――いろはの姿があった。

 かぐやが起き上がると、彼女の周りを一匹の犬が駆け回る。

 

「も、もしや……」

 

「犬DOGE! 連れて来れるんだね」

 

 そんな会話を少し離れた場所から見つめる。

 足元を駆け回っていた犬を抱き上げたかぐやが周囲を見渡す。

 

「わー、すごいすごいすごい、これがツクヨミなの!?」

 

 世界の美しさと賑わいに魅せられたかぐやの、オレンジがかった瞳が輝く。

 

「うお、すげー! おもしろそうなもんが死ぬほどある!」

 

 口を開きながら呆然と、けれど燦然とした表情で周囲を見回していた。

 

「行こ、かぐや」

 

 いろはがそう言った時、中空に現れたこの世界のマスコット、FUSHIがかぐやへと初回ログイン様の説明を始めた。

 

『――初ログインおめでとう! ツクヨミではみんなが表現者! 君も何かをして人の心を動かしたら、運営から"ふじゅ~"がもらえるよ☆』

 

 その言葉に、昔聞いたヤチヨの言葉を思い出した。

 

 ――ここは電脳世界、仮想世界。肉体を持たずに繋がりを持つとは即ち魂の触れ合い。ここツクヨミで笑顔になれば即ち魂が笑顔になりけり。ここツクヨミで幸せと思わば即ち魂が幸せになりけり。ここツクヨミで魂が誰かを思えば思わるる。人と人、魂と魂が触れ合い、接し合い、表現し合えばやがて惹き合わせる。巡り合わせる。誰もが表現者となればその魂はより多くの魂を震わせる。接し合わせる。触れ合わせる。

 

 そしてかぐやの表情を見る。

 

 ――誰もが表現者になるのなら、ヤチヨが一番の表現者でいないといけないですもの~。

 

 勝てないと、思った。

 俺ではかぐやを……あんな無邪気な笑顔には出来ないから。

 

 ――……大丈夫だよ。みんなありがとう。

 

 顔は見る事が出来なかった。

 でも、今みたいな輝いた笑顔ではなかったに違いない。

 

 ――かぐや! かぐやッ! いやっ、待って! 行かないで!

 

 目の前の光景みたいに、いろはの傍にかぐやを連れて行ってあげられなかった。

 

 ――ダメッ! MOSESUはそんなことしてないッ!

 

 その声と行動に止められて、かぐやを月へと帰してしまった。

 いろはと、離れ離れにさせてしまった。

 

 俺にはこんな――ツクヨミ(しあわせ)は作れないと、思ってしまった。

 

 そこで、気付いた。

 

 何で俺は――ツクヨミ(ハッピーエンド)を作りたいと思ってるんだ、と。

 

 頭に鈍器で殴られた様な衝撃が走る。

 違う。違かった。

 そもそもの目的が、違かったんだと気付かされた。

 俺の目的は――かぐやといろはが一緒にハッピーエンドへと辿り着いた後ろ姿を見たいだけ。

 二人を幸せにするなんて事は、俺には出来ない。

 ならばツクヨミ(しあわせ)を作ろうとしている事自体が、前提からして間違っていた。

 俺がすべきはかぐやが月に帰らないようにする事。

 ツクヨミを、月見ヤチヨを調べて、知って、かぐやが月に帰らないようにする事だったはずだ。

 かぐやを連れて帰ろうとするあの連中への対策。

 ツクヨミの管理者であるヤチヨに邪魔されない為の対策。

 これらを構築する為にプログラミングを勉強し始めたはずだ。

 ツクヨミ(電脳世界)への突破口はそれしかないのだから。

 塞ぎ込み、ずっと靄がかかっていた思考が一気に晴れた気がした。

 並んで歩き去って行く二人の後ろ姿を見ながら、思う。

 

 この光景でいられる為に、俺は生きるんだと。

 

 二人が見えなくなるまで見つめた後、静かにログアウトしたのだった。

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