8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第26話

 二〇三〇年九月十二日。

 この日、俺はいつも通りデータセンターの地下三階にいた。

 研究所兼自室としてずっと使っている階である。

 視界には、一人の少女がベッドの中で横になり目を閉じていた。

 そのベッドは円形の透明な容器に囲われ、外界と完全に隔離されていた。

 だがその目が空くことは無い。

 何故ならこれは、空だから。

 

 かぐやと全く同じ組成を持っただけの、人形。

 

 無数のコードが全身に張り巡らされ、それによって動かずとも形状が一切劣化しない様に保たれていた。

 本物のかぐやと同じく髪色や髪の長さを変えられるように何回も死にながらその機能を実装したが、結局一切活用されることはなかった。

 けれどそれを、徒労に終わったと言うつもりはない。

 全ては一つの正解を導き出す為の、それ以外の可能性を完全に潰すのに役立ったのだから。

 すっかりと身体に馴染んでしまったルーティンは"今回"も全て行った。

 考えずとも身体が勝手に動いてしまうのだから、最早、今後もやめられないだろう。

 かぐやの卒業ライブは数時間後。

 "人形"を保管している部屋を出て暫くと歩き、自室として使っている部屋に入る。

 そこは四畳ほどのスペースで、デスクトップパソコンとモニターにキーボードとマウス。

 それらが載っているデスクの前には、見慣れすぎたゲーミングチェアだけが置かれていた。

 ゲーミングチェアへと腰を下ろし背凭れへと体重を強く預ければ、ギシリと椅子が軽く悲鳴を上げた。

 真白な室内で天井を見上げる。

 染み一つ無い真っ白な天井。

 ……さて、どうするか。

 思わずとそんな言葉が内心で浮かび上がった。

 それは卒業ライブに関して。

 かぐやが月に帰る事に関して。

 

 魂が本体であると仮説を立てた"回"から、何回か死んだ。

 ルーティンをこなし、方法を模索。

 でも、やはり魂をコピー。もしくは魂のクローンを生みだす方法は地球上のどこにも存在しなかった。

 けれど前回のループの終焉でふと浮かんだ思考。

 

 感情が魂だとしたら、魂は感情の可能性はないのか?

 

 随分と馬鹿な文章である。

 けれどそれは俺に、ある仮説を生みださせた。

 それを実行するかどうか、悩んでいたのだった。

 だが悩むということは、実行するかもしれないということ。

 自分に出来る最後の手段。

 最後の、検証。

 その後押しが、今回は存在した。

 "今回"でようやく、昨日にようやく……"ツクヨミ"に関する"総て"を、理解したのだ。

 

 月見ヤチヨの、解析が完了した。

 

 それにより、彼女のデータが送られている位置を特定した。

 つまり――現実における、月見ヤチヨの居場所が判明したのだ。

 だからこそ"動く"という選択肢が今回は生まれてしまった。

 条件が、整ってしまった。

 

 残る検証は一つで、俺にとって、かぐやといろはの幸せを見られるかどうかの最後の機会。

 ツクヨミを完全に把握し、月見ヤチヨの解析が完了し、残る未解決は現実にいる月見ヤチヨの存在だけ。

 

 かぐやといろは、そしてヤチヨ。

 幸せを見たい、そして知りたい。

 その二つの結末が分かる機会が、同時に訪れたのだ。

 正にこれまでの集大成と言える状況。

 俺が何回も死んで来たことへの、集大成。

 

 かぐやといろはの幸せを、見たい。

 何故ヤチヨが、かぐやを月に帰らせるためのお膳立てをしているのかを知りたい。

 

 なのにまだ動かない理由。

 その訳は、二つ。

 一つは、恐怖。

 今回、失敗したらもう打つ手はなくなる。

 もうどうにも出来ないのだと、証明されてしまうのだ。

 俺がやってきた事は全て無駄だったと、決定してしまうのだ。

 かぐやといろはが幸せになる未来が訪れないと、判明してしまうのだ。

 

 そういう運命なのだと――受け入れるしかなくなるのだ。

 

 それが"現実"だと認識してしまう事が、怖かった。

 目を閉じて息を吐く。

 浮かんできた光景は、今までに見てきたかぐやといろはの姿。

 必死に赤子を育てるいろは。

 かぐやが成長してからは、どこか突き放す口調をしながらも、決して突き放したりはしなかったいろは。

 かぐやが月に帰るその時に泣き叫んで必死に呼び止めようとするいろは。

 いろはと一緒にいる事が楽しくて仕方ないかぐや。

 いろはを連れて一緒にハッピーエンドまで行くと宣言したかぐや。

 いろはが倒れて、泣きながら必死に助けを求めてきたかぐや。

 

 かぐやといろはからの助けを求める声を裏切った……俺。

 

 やるしか、ないよな。

 やらなきゃ、いけない。

 やらないと、いけない。

 二人からの助けをどちらも果たせなかった俺が、自分の恐怖に怯える資格はない。

 ……俺の事はどうでもいい。

 内心でそう呟けば、幾分か心が軽くなった気がした。

 二つ目の、内容に関しても受け入れた。

 かぐやが月に帰らなくなるのなら、やろうと思えた。

 ゲーミングチェアから立ち上がり、静かに自室を出る。

 まずはこっちからだな……。

 そう考えて、外へと出たのだった。

 

 

 

 

 かぐやの卒業ライブが始まるまで、あと一時間。

 とあるマンションの一室。

 その玄関の前に、俺は立っていた。

 クローンを作るに当たり、それに関わる器具や工具の加工も全て暗記した。

 だからこのマンションにも簡単に入れた。監視カメラから俺の姿は消していた。

 だからこの部屋の鍵も、型を取って即席で作れた。

 作った鍵を差し込めば、しっかりと嵌り込みガチャンと開錠される。

 

 ここが、月見ヤチヨからデータが送られている部屋だった。

 

 扉を開ければ、視界に映り込んだのは――無数の電子機器。

 ウチのデータセンターの様に整然とはしておらず、乱雑に危機が散らばっている。

 一目で分かった。ここがサーバーなのだと。

 けれど数多の機器や配線が散らばる部屋。

 その中央に鎮座するモノに、目を奪われた。

 

 水槽に入った――タケノコ。

 

 水槽の中では水中に酸素を供給するかの様に気泡が絶え間なく水底から水面へと立ち昇っている。

 そしてケーブルが繋がれており、タケノコへと接続されている様に思えた。

 あまりに不可思議で不自然な光景。

 室内には誰もおらず、サーバーやパソコンといった電子機器を除けば、残るは水槽とその中に水没しているタケノコだけ。

 扉を閉じて中へと足を進める。

 タケノコ。

 そう考えて、今の俺にとって真っ先に浮かぶもの。

 

 かぐや姫。

 

 竹取物語だった。

 かぐや姫は竹から生まれた。

 "かぐや"に関連して、その思考が真っ先に浮かんだのだった。

 けれど意味が分からないのは変わらない。

 何も分からない。

 しかし――。

 

 まるで何かに誘われるかの様に、腕が持ち上がった。

 

 途中で認識し、止める事も出来た。

 でも……何となく、止めようとは思わなかった。

 初めてかぐやに触れた時の様に、優しく、指先が水槽に触れた。

 

 その瞬間――俺の脳内に夥しい量の映像が流れ込んできた。

 

 眼前の扉が開き、そこに映ったのは――いろはだった。

 制服姿のいろはに抱きあげられる。

 いろはの部屋で、いろはに抱きかかえられながら、歌を聞いた。

 いろはの部屋で起き上がり、お腹が空いたと寝ているいろはを起こす。

 いろはが買ってきたオムライスを食べて、どこから来たのかと訊ねられて、月から来たとジェスチャーした。

 学校に行ったいろはの居ぬ間に、いろはの部屋にあったスマコンが欲しくていろはの金で買った。

 いろはの学校まで行って、後をつけて、カフェでおいしいパンケーキを食べた。

 

 そこでいろはに――"かぐや"という名前を、プレゼントされた。

 

 家に帰っていろはに料理を振る舞った。

 いろはの部屋で、いろはと生活を始めた。

 初めて"ツクヨミ"に入り、キャラクターメイキングに拘った。

 そして訪れた電脳世界の美しさに魅了され、歌姫のライブをいろはと一緒に見た。

 歌姫がイベントを開催すると宣言し、優勝者は歌姫とのコラボライブが出来るらしい。

 ヤチヨカップ。

 それはそれは、とても楽しそうに思えて。

 だから居ても立っても居られなくて、大声で宣言した。

 最後の方はいろはに口を抑えられたけど、眼前に現れた歌姫からライバーにならないと参加資格が無いと言われて。

 ライバーになる為の情報を集めるべくすぐにログアウトした。

 初配信をした。

 いろはの部屋で見つけたキーボードを使ってジングルを作った。

 でも、いろはが弾いてみせたキーボードの音色は美しく、それでいて心を震わせた。

 だからいろはに曲を作ってほしいと頼み込み、いろはにプロデューサーになってもらい、二人による共同作業での配信を行う様になった。

 いろはと、いろはの友達二人と海水浴に行った。

 いろはの友達たちは有名なインフルエンサーで、コラボしてもっと、いろはと一緒に人気になった。

 配信で色んなことをして、KASSENを知って、リスナー達から求婚されて、それが面白くてかぐや争奪戦を開催したら負けそうになって、いろはに助けてもらった。

 初めてのソロライブ。もちろんいろはも一緒。

 

 そこで決めた……いろはとだけの、仲良しの合図。

 

 ソロライブは大盛況に終わって、配信で使う沢山の道具によって手狭になった引っ越そうと思った。

 買い物に行こうと誘って、一緒に不動産屋に行った。

 

 いろはが……倒れた。

 

 家まで連れ帰って寝かせていろはのバイト先に休ませる連絡して、たくさんのぬいぐるみで囲んでふかふかにさせて、"ネギ味噌ショウガと卵おじや"を作ってたら、いろはが目を覚ました。

 病院に行こうと言ったが、いろはは拒否した。

 お金がかかるからって。かぐやが出すと言ったが、いろははやはり拒否した。

 予定をギリギリで組んでるから何日も休んだら学業が追いつけなくなる。そしたら奨学金も出ないかもしれない。

 だからかぐやは聞いた。

 何故、そんなに一人で頑張るのかと。

 いろはが死ぬかもしれないと泣いたかぐやが、病人であるいろはに慰められる。

 かぐやが落ち着いた頃合いでもう一度訊ね、やがていろはが話した。

 

 幼い頃に死んだ父親についての話。

 家を出て行ってしまった兄についての話。

 そして、母親についての話。

 母は風邪なんか引かない。母は誰よりも正しくて強くて完璧で、母から見れば自分はずっと何かが足りない。

 だから家を出て行くことを選んだ。母が出来たこと、母が通った道を一人で正確になぞることができて初めて、自分は母と対等に向き合えるようになると思って。

 学費も生活費も全て一人で賄うことで、折り合いがついたと。

 

 ――えらい簡単に言ってるけど、みんなそんなことしてなくない?

 表情は分からない。けれどかぐやの声だった。

 けれどいろはは肯定しない。

 

 ――お母さんはそのくらいのこと平気でやってたし、私も譲らなかったし。最初にここで目を覚ました時のことよく覚えてる。何にもないし、誰にも頼れないけど、自分の力で生きるんだって思ったらめっちゃ力湧いてきた。なんかラッキー……みたいな?

 

 ――いやいやいや、ラッキーじゃないっつーの! 宇宙人調べでもそのお母さん激ヤバおかしいって!

 かぐやの反論に、いろははぬいぐるみを強く抱きしめた。

 

 ――かぐやには……。

 

 ――え?

 

 ――ううん、何でもない

 

 そしていろはへと料理を出して、「……超うまい」という感想をもらったかぐやが「でーしょぉぉぉぉぉう?」と返したのだった。

 

 いろはの体調が回復して、いつも通りに戻る。

 そしてかぐやの話題はヤチヨカップに集中する。

 かなりの速度で順位を上げており話題を集めてはいるが、まだ一位じゃない。

 方法を模索し、相談し、メッセージが来て、現時点での第一位であるブラックオニキスとゲーム対決をすることになった。

 対戦するゲームはKASSEN。ルールはSENGOKU。三対三の対戦バトル。

 けれどブラックオニキスのリーダーである帝アキラのファンであるいろはの友人は、いろはと共にかぐや側のメンバーだったにも関わらず、帝からのウインクで意識を失ってしまった。

 

 そして残る一人のメンバーとして現れたのが歌姫――月見ヤチヨ。

 

 ヤチヨの大ファンであるいろはが驚いて絶叫。

 かぐや、いろは、ヤチヨの三人でゲームに挑む事となった。

 ゲームが始まった。

 その中で知らされた事実。

 帝アキラは――いろはの実の兄だということ。

 一戦目はあっという間に負け。

 二戦目は、勝った。

 そして運命の三戦目。

 

 結果は――負けた。

 

 ――あーっ! 負けた! 負っげっだっああああ!

 その言葉と共に――かぐやの視界が揺れに揺れる。

 ――だってだって、負けちゃったんだよ! かぐやと彩葉なのに負けちゃったんだよ! たくのやしかったー!

 いろはの宥める声を無視してかぐやが更に叫ぶ。

 ――彩葉、かぐや、お疲れ様! もうちょっとだったのにね~、ヤッチョもたくのやしかったー☆

 ヤチヨもまた、かぐやの口調を真似する。

 そして同時に……ヤチヨカップが終了した。

 

 結果――第一位かぐや・いろP。新規獲得ファン数一〇一万七一〇六人。

 

 今日一番の歓声が上がった。

 ――えっ、負けたのに、えっ……やっ……やっったあああああああああああ!

 その声と共に、映像が上空へと飛び上がったのだった。

 かぐやといろはは、ヤチヨとのコラボライブの出演権を手に入れた。

 

 ――さーて、ここからはクライマックスに向けてハードな展開が待っているかも。このお話を、最後まで見届けてね? 運命の荒波に揉まれる覚悟はいいかー?

 

 ヤチヨが二人へと問い掛けた声に「おー!」というかぐやの明るく元気な声。視界に映るいろはは拳を突き上げていた。

 ヤチヨカップが終わり、二人は引っ越した。

 月三五万のマンション。保証人はいろはの兄、帝アキラだった。

 引っ越し先で初めてのご飯。二人でパスタを作り、一緒に食べる。

 ――一番、かぐや! ここ十年でさいこー!

 ――あんた生まれて一ヶ月でしょ!

 かぐやが笑った。

 いろはも笑った。

 部屋の中は二人の笑顔と笑い声だけに、包まれていた。

 

 そして来たるコラボライブの前日。

 夜にかぐやはノートパソコンを弄っており、いろはの下に行く。

 ――これなに? どうやって開くの?

 持っていたノートパソコンの画面を見せれば「え? あ、勝手に見ないでよ」といろはの言葉。

 そこに表示されていたのは、音楽ファイル。

 ――これ……聞いたの?

 ――うん、すっごく素敵な曲だった。

 かぐやの言葉に、俺も同意した。

 ――何か途中までなんだー、続きは?

 ――ない……もう作れないんだ。

 二言目でようやく笑顔を作ったいろはが印象的だった。

 

 ヤチヨとのコラボライブ当日。

 ライブ前の控室に、三人がいた。

 かぐや、いろは、ヤチヨ。

 ――ねーねー、彩葉。練習しすぎてお腹すいたー。終わったらパンケーキ食べよ?

 かぐやがそう言えば、

 ――パンケーキいいなー。ヤチヨも食べたいなー。

 ヤチヨがそう返す。

 ――一緒に食べる?

 かぐやがそう言えば、

 ――よよよ、ヤチヨは電子の海の歌姫なので食べられないのです。

 ヤチヨがそう返す。

 ――えー、それ何の拷問? かぐやだったら絶対無理!

 かぐやはそう言って、

 ――ヤチヨ可哀想、何とかしてあげられないかなー。

 そう続ければ。

 ――よよよ、泣けること言ってくれるねえ、お嬢さん。でも、大丈夫。ヤチヨは代わりにキラキラを食べて生きてるから。

 ――キラキラ?

 思わずとだろう、いろはが聞き返した。

 ――そう、ツクヨミに集まってくれた人たちのみーんなのキラキラ。それを見るのがヤチヨは何よりの大好物なのです。

 ヤチヨがそう言えば、

 ――そうなんだ。じゃあ、これあげる。

 その言葉と共にかぐやが差し出したのは、生まれてからずっと手首に付けていた――銀のブレスレット。

 ヤチヨがそれを見て口を開く。

 ――こらこら。こういうのは、もっと大切な人にあげるもんなんだよ☆

 その言葉と笑みにかぐやは「ふーん……?」と返した。

 

 始まったコラボライブは大成功に幕を閉じた。

 ヤチヨを褒め称える声。

 かぐやに求婚する声などが耳に届く。

 かぐやはただ、その光景を見つめていた。

 そして、口を開いた。

 

 ――……彩葉。

 ――めーっちゃ、楽しかった!

 

 そして僅かに滲んだ光景が客席を映し、やがて――。

 

 ――彩葉、好き。

 

 その言葉と共に真横に立ついろはへと、収束した。

 ――私?

 いろはが小首を傾げる。

 かぐやの声が聴こえた。

 

 ――あー、もー、彩葉と結婚しよっかなー。

 

 そして「ダメ?」と彩葉に問い掛ける。

 ――まあ、生活費折版してくれるなら、一緒に住むのはいいけどさ。

 ――え、本当?

 二人のやり取り。

 頬を微かに染めたいろはが顔を逸らしながら口を開くが、それはかぐやの耳には届かなかった。

 

 そして、状況が一変した。

 

 ――ん? なんだろ。

 

 かぐやがそう言って、客席を覗き込む。

 その瞬間――。

 

 頭が割れんばかりの激痛が走り続け、何も見えなくなった。

 

 視界が、脳内が激しい砂嵐の様にノイズだらけになり――何も見えず、何も聴こえなくなったのだった。

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