8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第3話

「……どゆこと?」

 

 思わずと振り返れば、まさに「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべている少女。

 その姿に、疲労やストレスや困惑といった心理的負担が油断として思わず口に出してしまった本音なのだと理解。

 これまでの自分の至らない部分を含め頑なに正論を貫いてきた少女の態度から、その言葉はどうも嘘には思えなかった。

 

「え、えっとっ、べ、別に盗んできたとかじゃなくて! その、突然現れたと言いますか、七色に光る電柱から産まれてきたと言いますか! 赤ちゃんが泣いていたんでとりあえず連れ帰ってきたといいますかっ」

 

 やたらと慌てた様子で口早に言い訳を述べ続ける少女。

 その言葉の数々はまるで荒唐無稽のような話ばかり。

 ……勝手にヒートアップしそうだから、とりあえず止めよう。

 

「おけおけ。じゃあ赤子を助けたってことだね?」

 

「……えっ?」

 

 俺の言葉に少女の声が止まる。

 驚きに満ちた顔のまま、俺を見つめた。

 

「……信じて、くれるんですか?」

 

 その言葉に頷きを返す。

 

「うん。生きてりゃきっと、そんなこともあるしさ」

 

「いや、普通ないと思いますけど」

 

 やたらと冷静な返しをされたが別にいい。

 重要なのは彼女の声で赤子が起きる心配がなくなったことだ。

 

「つまり、君も突然の事態に困ってるってことだよね?」

 

 そう訊ねれば「えっ? あ、は、はい」と返ってくる。

 なるほど……ならば何の準備も出来てないか。

 何故ここまで俺が冷静なのか。

 それは一重に――俺が"転生者"だから。

 転生なんて経験をしているのだから、電柱から赤ちゃんが出てくるなんて摩訶不思議も容易に受け入れられた。

 元々話を一旦飲み込んでから考えるタイプではあったが、このような状況でも何の戸惑いも浮かんでこないのは間違いなく転生したという事実を持っているから。

 そんなこともある、程度の感想しかなかった。

 ふと、今日からのスケジュールを考えれば三連休の始まりである。大企業万歳。

 ならばきっと、出来ることは色々あるはずだ。

 

「じゃあ、やんなきゃいけない事を考えよっか」

 

「え?」

 

「まず、現時点で足りない物を揃えないといけないだろうしさ」

 

 俺の言葉にハッとした表情を浮かべた少女。

 まあ、真面目そうな彼女からすれば目の前のことに手一杯で他に思考を回せないだろう。更にはそれが子育てなのだから尚の事。

 だが少女はやがて、僅かに顔を逸らした。

 

「いや……でも、白羽さんにご迷惑をかけるのは」

 

 届いたのはそんな言葉だった。

 自分で何とかしなければいけない。

 他の人には一切迷惑をかけられない、頼る訳にはいかないといった態度の具現化。

 まあ、その言葉はどこか予想していた。

 

「つまり、俺が勝手にお節介して君に迷惑をかければイーブンってことかな?」

 

「えっ?」

 

 彼女のその真面目な性格など知らぬ。

 謎の出生を持つ赤子に興味があるというのも勿論ある。

 だがそれ以上に、隣人の女子高生が突然の子育てに苦労して疲労して心が病むかもしれないとずっと思いながら関わらずにいる方が、結果的に俺としてはデカいストレスを抱えることになるのだ。

 

「勝手に赤ん坊が必要と思うものを大量に買って君の家の前に置いてたりすれば君は迷惑でしょ?」

 

 だから関わる方が興味を満たせてストレスも減る。

 もちろん子育てという未経験に手を突っ込む以上、相応のストレスはあるのかもしれない。

 けれど、手伝わずに少女を見捨てたという事態になれば、その後悔はきっと一生続くに違いないから。

 情けは人の為ならず。もしかしたら彼女のためになるかもしれないが、それ以上に俺のために俺は手伝おうと思う。

 俺の言葉に愕然とした表情で見つめてくる少女に笑みを浮かべる。

 

「つまり俺が勝手に動けば、君にとって悩みの種がもう一つ増えることになるけど、あえて不合理な手段を選ぶの?」

 

「い、いや、それって屁理屈じゃ」

 

「屁理屈って思っててもいいよ? 俺は勝手に動くだけだし」

 

「なんて傲慢……!」

 

 恐ろしい子、とでも言いだしそうな顔で俺を見る少女。

 

「それが嫌だったら、今日はもう寝て明日に備えること」

 

 じゃっ、と告げて再び踵を返す。

 背後から聴こえた「あ、あのっ」という呼び止める声を無視して扉を開けて、自分の部屋へと戻ったのだった。

 靴を脱ぎフローリングの床を歩いて椅子に座る。

 長時間作業にも最適なゲーミングチェアは俺の身体を優しく受け止める。

 

「……はあ」

 

 思わずと息を吐く。

 浮かぶは先程のやり取り。

 相手は未成年の女子高生であり、こちらは大人。

 あのやり取りが、態度が果たして正解だったのか、その分析が脳内を激しく駆け巡る。

 

 大人げなかった気がする。

 いやでも、ああしなければ手伝うことは出来なかったかもしれない。

 そもそも手伝うという自分勝手な選択肢が本当に正解だったのか。

 けど手伝わなきゃ後悔することになったかもしれない。

 

 眼下の小さな箱を開けて、その中から一本の細い円柱を取りだす。

 口に咥えて、ライターで火をつけた。

 深呼吸をするように深く吸い込み、やがて紫煙が宙に浮かんでは消える。

 その光景を見つめながら、一言。

 

「……ま、こういう結果になったんだ……なるようになるしかないか」

 

 椅子から立ち上がり、煙草を咥えたままに銀の薄い灰皿とスマホを持って立ち上がる。

 数歩歩き、やがて腰を下ろす。

 壁へと背中を預け、天井を見上げた。

 ……とりあえず、夜泣きしたら最悪こっちの部屋に来させてあやせるようにしとくか。

 そうなったら朝まで外で時間を潰しておけばいい。

 なんてことを考えなら、背後に意識を向けつつも視線はスマホへと落としたのだった。

 

 

 夜が明けた。

 壁にもたれかかったままに、ワンルームであるこの部屋に備え付けのキッチンの窓が青白んだことでそう認識する。

 そのまま更に時間が経ち、七時頃から一気に押し寄せる睡魔を煙草で必死に誤魔化し続ければ、ようやくと色々な店が開店し始める時間が近付いてきた。

 眠気覚ましと外出用にシャワーを浴び、出た頃には程よい時間帯となり着替えを済ませる。

 夜通しで調べ上げた情報によれば西竹屋という子供用品専門店がいいらしい。

 品揃えも豊富で必需品を全て補完してくれる優秀な店。

 前世で記憶していた名前と僅かに違うことに違和感をいだきつつも、そろそろ出るかと靴を履いて玄関を開けた。

 

「あっ」

 

 まるで既視感と思しき声が聴こえた。

 顔を向ければ、そこには私服姿の少女が立っていた。

 出で立ちは正にこれから外出すると断言出来る姿。

 だがそれ以上に目立ったのは、彼女の腕の中にいる存在。

 亜麻色と言えばいいのだろうか、短いが髪がしっかりと生え揃った赤ん坊の姿。

 思ったよりも成長していた姿に思わず瞠目する。

 扉を閉めて鍵をかける。

 

「おはよう」

 

 思考を捨てた挨拶。

 

「お、おはようございます」

 

 しっかりと返された。

 すやすやと眠っている赤子を見つめ、やがて瞬き。

 ……ま、何でもいっか。

 眠気でそんなに思考が回っていないのかもしれない。

 そう思考を切り捨てた。

 

「そんじゃ、買い物行ってくるんで」

 

 軽い口調でそう告げて歩き出そうとすれば。

 

「あ、あのっ」

 

 やはりというか何というか、案の定止められた。

 

「や、やっぱりご迷惑になるので、その……手伝っていただかなくて、大丈夫です」

 

 意を決したような、それでいて幾分か引け目を連想させる口調。

 一度目を瞑り、思考をまとめる。

 ……ま、いっか。

 それは彼女に対する態度の決定。

 やがて目を開けた。

 少女の下へ歩み寄り、もこもこの服を着ながらすやすやと眠る赤ちゃんのお腹の上に鍵を置いた。

 

「え……?」

 

 踵を返して数歩歩く。

 

「もしその子が泣いてまた壁ドンされそうになったら、俺の部屋であやしとくといいよ」

 

「え?」

 

 背後から伝わる戸惑いを感じつつ、話を続ける。

 

「あーあ、これで家に入る手段がなくなっちゃったなあ。もし俺が帰ってきた時にその鍵がどこにあるか分からなかったらもう家に入れないから困っちゃうなー」

 

「えっ? え?」

 

「もし俺の鍵を持ってる人がアパートにいなかったら困るなあ」

 

 やや間延びした口調でそう告げ、顔だけを少女に向ける。

 

「じゃっ、そんな訳でよろしく」

 

 そう言って外階段を軽く駆け降りる。

 

「ええ!? ちょ、ちょっとっ……もうっ!」

 

 頭上から聴こえた声を無視してそのままアパートを後にしたのだった。

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