8000年過ぎた頃からもっと恋しくなった……?   作:グラナデンロップイヤー

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第4話

 しめて七万といったところだろうか。

 それなりのグレードのおむつや服、ミルクなのか離乳食なのか分からなかったのでそれぞれを大量に買い込み、それらをベビーカーに載せて帰路についた。

 出費としては決して安くない金額だが、前世でも甥っ子に対しての金銭感覚もあまり変わりないと考えれば、これが俺の金の使い方なんだろう。

 大量の子供用品を入れたベビーカーを押しつつ坂を上りながら、考えるのはやはり赤子というか少女のこと。

 果たして学業と子育ては両立出来るのだろうか。

 そして少女は部活かバイトか分からないが夜遅くに帰ってくることもある。

 子育てとは相性が悪そうな生活スタイルに思えた。

 光る電柱から産まれたという謎の赤子。

 それを彼女は最後まで育て続けるのだろうか。

 それともやはり難しいと、然るべきところへと引き渡すのだろうか。

 仮にそうなっても、彼女を責める気持ちは全く無い。

 社会人とて育休を取って専念しなければ行えないのが子育てなのだ。

 あの赤子の年頃は特に、付きっ切りになる必要がある。

 自分の子でもないのだから、それが限界で赤子を手放すといった選択肢を取るのもまた普通のことだろう。

 だが由緒不明で謎に満ちた赤ん坊。

 その異常性と神秘性を考えれば、果たして然るべきところに預けるのが正解なのか。

 全ては少女の決断次第だろう。

 けれど少女がそれらに頼ることが出来ないのならば……俺が育てるのもまた、一つの選択肢なのかもしれない。

 そんなことを考えていれば、我が家であるアパートが見えてきた。

 思ったよりも重量のあるベビーカーを両手で抱えながら外階段を上る。

 自分の部屋を通り過ぎ、隣の部屋の扉を軽くノックする。

 だが、反応はなかった。

 寝ているのかとも考えたが、鍵を預けたこともあり一応自分の部屋に戻りノックする。

 だが、反応はなかった。

 

「……んん?」

 

 思わずと声に出しながら首を傾げる。

 やはり寝ているのかと結論付け、確認のために自分の部屋のドアノブをひねってみた。

 ガチャリ、と扉が開いた。

 その事実に思わず首を傾げつつ扉を開けて中を見た。

 

 赤子を腕に抱きながら眠る少女の姿があった。

 

 後ろはまとめているが、顔にかかった紫がかった美しい黒髪が小さな寝息に合わせて微かに揺れている。

 その姿を暫し見つめ、やがて動き出す。

 起こさない様に外で余計な外装を開けては静かに室内へと運び込み、少女と赤子の邪魔にならない位置に置いていく。

 哺乳瓶やそれを簡単に洗浄できる電動用品とともに、どれが良いか分からずに買ってきた粉末や液体などの多種多様なミルクをキッチンに並べ、その他必要な物を少女自身の食事とともに冷蔵庫に入れて付箋にその旨を記載し冷蔵庫に貼り付ける。

 中に入ってる弁当は要らなかったら捨てるから好きにしてねと書いといたし、まあ何とかなるだろう。

 スーパーで買ってきた弁当だがそれを用意したのが得体の知れない隣人の男。だからこそ食えと強制することはできない。

 彼女にはまだ俺への警戒も持ち合わせているはずで極力、直接的な子育てに干渉しない範囲でサポートすることしかできないのだ。

 数十分かけて静かに作業し、それらの使い方も付箋に書いて貼り付けた。

 最後に静かに玄関の扉を閉めたのだった。

 外階段を静かに降りて再び外出する。

 流石に寝起きで男がいたら嫌だろう。

 

「久々にパチっとくかー」

 

 独り言を漏らしつつ、時間潰しの出来る一円パチンコ専門店へと向かったのだった。

 

 

 気付けば夕方になり、帰路へとつく。

 時間潰しではあったが結果は二千円のプラス。土曜で混んでいるパチ屋で勝てたのだから上々と言えよう。

 三時間くらい前にやめてたら二万勝ちだったなあ、とあるあるな思考をしつつも、スーパーに寄って総菜と弁当を買い込む。

 アパートに到着し、静かに階段を上る。

 二階一番手前の自室をノックしようと手を上げれば。

 

「うあっ、うえっ」

 

「あぁ、よしよしミルク飲もうねー」

 

 中からそんな声が届き、手を下ろした。

 ……とりあえず、落ち着くまで待っとくか。

 そう考えてドア横の壁に背中を預けたのだった。

 十分程度だろうか。静かになった室内の様子にそろそろいいかと判断。

 控えめにドアをノックすれば、室内がバタバタと騒がしくなる。

 ガチャンとドア開き、そこから整った容貌が顔を覗かせた。

 

「あっ、し、白羽さん。お、おかえりなさい」

 

 俺に気付き、そう声をかけてくる少女。

 

「えっと、入っても大丈夫かな」

 

「は、はいっ。というか私の方こそ勝手にお邪魔してて申し訳ありません!」

 

 扉を全開にして四五度の最敬礼を示す彼女の姿は妙に様になっていた。

 まだ学生なのに何故という疑問が思わず浮かぶがすぐに捨て去る。

 ちらりと室内を覗けば、洗って片付けずにそのまま置いていた俺のタオルケットを布団代わりにして眠る赤子の姿があった。

 

「寝てるみたいだね」

 

 俺の言葉に少女は頭を上げて静かに振り返る。

 

「はい、さっきぐずったんですけどミルクをあげてまた寝たみたいで……」

 

 そう言って赤子を見ていた少女だが、不意に勢いよくこちらへと振り返った。

 

「そうだ! こんなに買っていただいて幾らでしたかっ?」

 

 お支払いします、と告げた少女の圧力に思わず目を丸くする。

 だがすぐに昨晩の様子を思い出して納得した。

 

「さっきまでパチンコに行ってたんだけどさ、そこで結構な大勝ちしたんだよね。それこそ出費よりも多く勝ち越したんだよ」

 

「え? パ、パチンコ、ですか?」

 

 真面目な少女にとってはあまり聞き馴染みのない言葉だろう。

 困惑を全面に出した彼女に続ける。

 

「そそ。てな訳でとっくに出費分は回収させてもらってるから払う必要はないよ」

 

「で、でも買っていただいたのは事実ですし、その分は払わせてください」

 

 何とか食い下がろうとする少女。

 それは確かにある種の正論。

 

「けどさ、俺が買い物に行かなきゃパチンコに行こうっては思わなかったわけで、買い物をしたからこそその出費以上に稼いで帰ってこれたんだよ? だとしたら買い物の出費は俺がそれ以上の金を得る為の必要経費ってことじゃない?」

 

 少女はハッとした表情を浮かべるが、すぐにその目を細める。

 

「でも、私にとっては必要で白羽さんにとっては不要なもの買ってきていただいたことは事実です。なのでそこでかかった費用は私が払うべきです」

 

「なるほど。つまり君からかかった費用をもらわなきゃいけないわけだ」

 

「そうですっ」

 

 正論ではある。

 だがこちらには暴論がある。

 

「じゃあ俺はパチンコで勝った分の金額を君に渡す必要があるってことだね」

 

「……えっ?」

 

 ぽかんとする少女に続ける。

 

「つまり俺は買い物で出費しなかったという事実が成立するなら、俺はパチンコで勝たなかったという事実も成立するでしょ? パチンコで勝つ為の出費を君がしたというのなら、俺が勝った分は本来君がパチンコで勝てた金額だから、勝ち分を君は受け取る義務があるよね?」

 

 呆然と俺の話を聞いていた少女。

 だがその肩が微かに震え始める。

 

「そ、そんなの暴論で因果関係がありませんっ」

 

「現に俺は買い物をして出費して、そしてパチンコで大勝ちしたっていう事実があるのに?」

 

「それでもですっ。子供用品の買い物の出費とパチンコでの収入に直接的な関係性は存在しないので一緒くたにすべきじゃないですっ」

 

「でも実際そうだったよ?」

 

「ああもうっ、何で自分が損をする方向に理論武装するんですか!?」

 

 両手で頭を抱え髪を乱す少女。

 そうなのだ。

 暴論も、発言者に損しかない暴論ならば相手にとって正論以上に覆せない理論になる。

 "普通は"が絶対に通じないディベートにおける彼女の混乱は手に取るように分かった。

 

「ちなみに金を受け取らない場合は受け取ってくれるまで毎日ポストにトイチの利子を入れ続けるから」

 

「下手なストーカーより厄介すぎる……!」

 

 疲れたように首を垂れた少女が大きく息を吐く。

 

「……せめて、かかった費用は折半させてください」

 

 力なく、けれど譲れないといった口調で告げられた言葉に暫し逡巡。

 

「中に入っても大丈夫?」

 

 そう告げれば「え? あ、はい」という返事。

 少女が後退し、俺も続いて玄関に入り後ろ手に扉を閉めた。

 視界の奥で眠り続ける小さな姿を見つめ、やがて口を開く。

 

「君は、あの子をどうしたい?」

 

「え?」

 

 赤ん坊を見つめたまま、再び口を開く。

 

「このまま育て続けるのか、それとも手放すのか」

 

 視界の端から息を呑む声が聴こえた。

 その事から、彼女自身もそれは考えながらも後回しにしていたことが分かる。

 だがそれを責めるつもりは毛頭ない。

 寧ろ突然の事態によく対応していると思えるほどだ。

 

「どっちを選んでも、俺は責めないしその選択を尊重するよ」

 

 視界の端で目を見開いたのが分かった。

 赤ん坊は変わらずにすやすやと眠っている。

 

「な、なんで……」

 

「君一人でこの子を育てきるのは本当に大変なことだと思う。一番やっちゃダメなのは君が潰れてしまうこと……そうすれば君と一緒にこの子も潰れちゃう」

 

 靴を脱いで中に入り、静かに赤子の傍にしゃがみ込む。

 亜麻色の髪に優しく触れてみれば、サラサラとした髪質が指に伝わる。

 むず痒いのか僅かに頭を振る赤ん坊に思わず笑みが浮かんだ。

 

「君とこの子が幸せになる方法は、一緒にいるって選択肢なのかもしれない。でも、それ以外の方法が幸せに繋がるのかもしれない」

 

 返事はなく、殆ど俺の独白のような語り。

 だがそれで良かった。

 無言こそが、少女がこの子のことを真剣に考えてくれている証なのだから。

 髪から指を離して静かに立ち上がる。

 振り返れば、苦しそうに胸に手を当てながら俯く少女の姿。

 

「俺は君に対して出費した訳じゃない。この子に対して出費したんだから、君からお金をもらうと俺が余計にお金をもらっただけになるんだよね」

 

 苦笑しつつそう告げれば、一度顔を上げた少女が再び俯く。

 これもまた一つの暴論なのかもしれない。

 けれど誰かを想っての損のない暴論ならば、反論しづらいに違いない。

 

「……あり、がとう、ございます」

 

 そんな言葉すらも俺には余計なのに、随分と優しい子だ。

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